「豆柴化しちゃうオレには、恋なんて無理だと思ってた」

星井 悠里

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3.プライドとか

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 授業の前にとりあえず雑用を色々して、そろそろ行くかと、立ち上がった。

「理事長んとこ?」
 黒木が聞いてくるので、うん、と頷く。

「頑張れよ」
 多分、怒られると思ってるんだろうな。励まされてしまい、苦笑しながら頷いた。
 オレは黒木に背を向けてから、小さくため息。講師室を出ようとしたら、ドアが向こうから開いた。

「あ、律先生、おはようございます」

 明るい笑顔で入ってきたのは、斉藤 瑞月《さいとう みずき》先生。シンプルな水色のシャツに、黒のズボン。一つにまとめた髪もサラサラ綺麗で、スタイルが良くて、清潔感もある。男子だけじゃなくて女子生徒にも人気の先生だ。今年の新人講師だけど、頭も良いし、教え方もうまいし、なんか要領が良い。バイトで接客業をしてたとかで、保護者対応とかもうまい。
 なんかオレより、全然仕事出来る気がする。

「おはよう、瑞月先生」

 そう挨拶をしてすれ違って、瑞月先生が黒木の隣に座るのを何となく目に映しながら、部屋を出た。
 理事長室は、講師室の廊下を曲がって、一番奥の部屋。結構奥まってる。その手前には、資料置き場とか、給湯室とか、諸々。

 ため息をつきながら、理事長室をノックした。

「失礼します」
 中に入ると、広い理事長室。
 奥の大きな机から、おばさんが立ち上がって、部屋の真ん中にあるソファに腰かけた。

「律、座って」
「ん……」

 ソファに座ると同時に、顔を見られて、ため息を疲れた。

「昨日の終業時間と、今朝の始業時間、見たけど」

 それは、予備校に入るセキュリティのところで時間が管理されてて、全部理事長が見れるから、まあ、バレるのは分かってたけど。

「帰るの遅すぎ。来るの早すぎ。それしてるとまた、なっちゃうわよね? ていうか、昨日は? どうだったの?」
「――まぁ、寝る時は、柴だったけど」
「朝起きたら戻ってた?」
「うん。そう」
 もうおばさんに隠しても仕方ないので正直に答えると。

「律は講師として教えるのは問題ないけど――それ以外の業務が遅すぎね。ていうか、保護者との時間が長くない? 生徒からの相談も長すぎ。ある程度で話をまとめに入らないと。いつまでも聞いてると、終わらないからね」
「……分かってる……」

 はー、とため息。

「寝不足と、ストレス。――ちゃんとしたご飯、食べてる?」
「……おにぎりとか?」
「おかずは? 何でもいいから、ほら、サラダチキンとか売ってるでしょ。ゆで卵とか、栄養あるもの食べて、早く帰って寝ること」
「分かってるんだけどー」
「だけどじゃない! もー明里に頼まれてるんだからさ、倒れさせる訳にはいかないし。というか、律の場合、倒れるより、あっちがバレるのは面倒でしょ? 一生隠していきたいって言ってたよね?」
「うん。それは、もう絶対隠しておきたい」
「じゃあ、とりあえず、早く帰りなさい」

 帰れたら帰ってるしー! という思いで見つめ返すと、おばさんは、深くため息をついた。

「綾人先生。見習ってみたら? 彼、保護者の扱い、うまいから」
「なんとなく分かります」
「そこまで長時間話さなくても、わりと納得してもらってるし、クレームもないし」
「……なんとなく知ってます」

 ……だらだら長時間ものすごく付き合ったあげく、納得されずに、クレームが入るオレとは違うんだよね……。分かってるんだよ、話を聞き続けたから良いってもんでもないのは。でも、なんか下手に会話を切ると、それはそれでまた怒られるし。

「ちょっと、今度綾人先生が保護者と話す時、隣の部屋とかで聞かせて貰ったら? 参考になると思うし」
「――はー……」

 入社一年目とかなら、それも出来たけど。
 ……ていうか、オレの方が大学からここに居て先輩なのに。って言っても、保護者対応をし出したのは、ちゃんと就職してからだから、まあその部分は、同じ年数だけどさ。

「なんか、今更、そんな新人みたいなこと……」
「うまくできないんだから仕方ないでしょ」

 ずばり言われて、ため息。
 ――黒木にそんなこと、頼みたくないよぅ……超カッコ悪い。いらないプライドなのは分かってるけど、叶うことはないとはいえ、オレは、黒木が好きな訳で……。そんなカッコ悪いこと、頼みたくない。はー。

「瑞月先生の方が……」
「入社一年目の女子に頼めるのに、何で同期に頼めないのよ」

 ……鋭すぎる、ツッコみ。
 まあそれは。オレの黒木への想いをおばさんがしらないから、まあ当然。

「同期に負けたくないとか、意地張ってるなら、そこは、成長のために我慢したほうがいいと思うけど」
「……考えさせて」

 そう言うと、おばさんは苦笑して、はいはい、と頷いた。

「とりあえず、今日はなるべく早く帰って。マル付けとかが終わらないなら、それこそ、周りにヘルプしてもらって」
「……はーい」

「意地張らない! もー。倒れたら元もこもないし、バレたくないんでしょ!」
「……分かった、とりあえず今日は、早く帰って、ちゃんと食べるから」

 ちょうどそこで予鈴が鳴ったので、やっとこの話は終わりになった。

 これで今日帰らなかったら、明日、怒られるかもな。

「来週の飲み会。ちゃんと出なさいよ?」
「飲み会……ああ、そっか」

 このビル自体、なんか点検が入るとかで、早めに出なきゃいけない日だっけ。そんな機会、めったにないから、飲み会しましょうってことになったんだった。

「お店、料理がおいしいとこだから。出て、ちゃんとたくさん食べて帰りなさいよ」
「おばさん、出ないの?」
「私、出張」
「了解。ちゃんと出るから。じゃあね」
「綾人先生に頼むこと、真面目に考えなさいよ」
「……はぁい……」

 力なく返事をして、部屋を出た。
 赤ちゃんの頃から可愛がられてきたおばさん。心配してくれてるのは分かるし、頭が上がるはずもない。

 黒木にかぁ……。
 うう。瑞月先生の方がマシ。って、男として先輩としてはどうだって、オレも思うけど。
 はー。
 黒木に、仕事できないって思われたくない……ってもう思われてるか……。


 あーだめだ。こんなこと考えてドツボにはまると、柴になる。

 ぶるぶる首を振って、とりあえず、元気に歩き出してみた。


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