平原圭伝説(レジェンド)

小鳥頼人

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1巻

6_想いは言葉にしないと伝わらないことが多々ある ①

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「永田大地ィ! キッサマァ!!」
「はぁ。本当懲りないな。何度も何度も、うんざりなんだよ」

 永田大地が凍てついた視線を送ってくる。
 今日も元気にお勤めしたのだが、案の定永田大地に返り討ちにされてしまった。
 だがそれでこそ俺のライバルだ。何事も勝負事とあれば簡単に逆転勝ちできてしまっては、ドラマ性に欠けて面白味がないからな。
「フッ。ダガ俺モ徐々ニ適応シテキテイル。貴様ヲナギ倒ス日モ遠クナイゾ」
「適応? どこが?? 痛みに適応してドMになってるだけじゃ――いや、それは元々か」
「ハ? 俺様ガMニナルノハ、女ノ子ニ対シテダケダゾ!」
「お前の性癖なんぞこれっぽっちも聞きたくなかったんだが? なんで俺が勝ったのに罰ゲームみたいな話を聞かされなくちゃいけないの? お前、いくらなんでも惨くない?」
「俺様ノ嗜好ガ聞ケタダケ有難イダロ!」
 人が貴重な情報を提供してやったのに、感謝の欠片もない輩だな。礼儀ってモンがなってない。
 そもそも、お前がドMとか言い出すからだろうがよ。
「はぁ……お前にはSM以前に愛って概念がないもんな。親愛、愛情、慈愛……どれも」
「バカモノガ! 俺様ホド愛ニ溢レ餓エテイルイケメンナドイナイ!」
「一丁前に餓えてやがんのかよ……」
 何人なんぴとにも愛を与え、また、受ける権利がある!
「自愛だけはあるよな。それもかなりドギついやつ」
 そりゃこんな、何でも軽々とこなしてしまうハイスペックな自分が可愛くないはずがない。
「ソコマデホザクナラ、ヲ前ニ俺ノ愛ヲ証明シテヤルヨ!」
「誤解を招く言い方すんのやめてくんね? ラブハラで先生にチクるよ?」
「俺ノ愛ノ大キサニヲ前ノ腰ハ砕ケテ二度ト振レナクナルダロウ」
「二度とバスケできなくなったらどう落とし前つけてくれるんだよ――っと、部活行かなきゃだな。こんなところでこんな奴とこんなことで時間を無駄にしてる場合じゃないや」
 永田大地は低俗な3Kを語り、慌てて体育館へと駆けていった。
「フッ……焦レ喚ケ。貴様ノ敗北ハモウ目前ナンダカラナ!」
 っと、そんな俺も部活だったわ。

「今日モ華麗ニ陸ヲ舞ウ邦改ノ貴公子、平原スプリンター!」
 俺はトラックを煌びやかに何往復と周る。想いを脚に乗せて未来へと突き進むこの感覚が堪らなく興奮する。

『なんであいつ、長距離専攻なのにスプリンターを自称してるの?』
『そりゃ頭が沸くスピードが速いからよ』
『あぁそれで……』
『貴公子じゃなくて奇行子じゃね?』

「フッ――何ノ才能モ持タヌ有象無象ガ……ヌャーッハッハッハッハッハ――――ゲホゲホゲボォッ!! オゲェエェ!!」
 俺のマーベラスな走り様に、陸上部のギャラリーどもは羨望の眼差しを向けてくる。
 惚れ惚れする走りなのは自他ともに認めるところではあるが、お前らもちょっとは俺の領域まで辿り着けるように努力を怠るなよ。
 ま、努力したところで常に神に近づいている俺に追いつくどころか、差を縮めることすら一生ままならんだろうけどな! お前ら凡人未満の一般ピープルにはぁ!
「陸上部ノエースモ校内マラソン全校トップモ俺様ノモンジャーーーーーーイ!」

『なぁ、どうして俺たちあんな奴に勝てないんだろうな』
『悔しいけど、あいつは紛れもなく陸上部のエースだし、去年のマラソン大会も全校二位、学年トップだったからな』

 二位、だと…………?
 聞き捨てならない発言を受け、俺は走りを一時中断してギャラリーの元へと全力疾走した。
「シャアアラアアァァッッップププップー!! 二位トカ言ウナ! 二番ナド、俺ガ最モ嫌イナ順位ダ」
 突如俺が眼前まで迫ってきたことで相手は一瞬ビビった顔をしたが、すぐさま困惑した表情に塗り替えた。
「ナンバーワンにならないとダメなのか? 二位じゃダメなんですか?」
「二位デ満足シ、歩ミヲ止メタ向上心ノナイボンクラニ未来ナドナイ!」
 日本男児たるもの、常に高みを目指さずして何が大和魂か!
「ま、圭なんて放っておいて俺たちも頑張るか」
「おう」
 ギャラリーどもは俺を置いて走りはじめた。うむうむ。少しでも俺の領域に近づけるよう精々無駄に足掻くがよいぞ。
 俺も鍛錬を続ける。
 この一歩一歩全てが俺の光り輝く未来へと向かっているのだ!

    ♪

「イヤァ今日モ熱イ汗ヲ流シタゼ」
 恋に部活に勉強に、全てにおいて全力で精を出してこそ青春だよな。
 只今駅前。
 これから電車に乗って高速移動しようってところだ。
 そこで――

「マキ、好きだよ」
「私はシュウのことだーい好きだよ」
「俺は大大、大好きだ」

 駅の改札入り口で高校生のバカップルが抱擁をしながら性春を謳歌していた。
 アツアツの時期ってこんな状態になるよね。俺と葵はここまでおアツくなったことはないが。
「世界の中心で叫びたいくらいにマキが好きだ」
「タケシ――間違えたシュウくぅ~ん。だいしゅきぃ」
 女が彼氏の名前を呼び間違えたけど、二股してるんじゃないだろうな……?
 見つめ合ったバカップルは改札前で人目が多いというのに、お構いなしにキッスをしはじめた。
 うーん。さすがにおアツすぎないか? 人目も憚らず愛で殴り合うカップルを至近距離で凝視している俺の方がこっ恥ずかしくなってきたぞ。
「ニシテモ、愛カ……」
 先ほど永田大地から放たれた無礼千万な言葉を思い出す。
 俺に愛がないとか抜かしやがったよな。絶対に俺の愛でアイツの肉体も精神も捻り潰してくれるわ!
 だが問題は愛を如何にして証明するかだ。
 葵とのイチャラブを見せつけるのが一番手っ取り早いんだが、葵はそこまでベタベタするキャラじゃない。なので俺としても節操なしな行動は慎みたい。それに葵にそんな破廉恥プレイをさせるわけにはいかない。
「一人デモコノ心ニうずク愛ヲ叫ブ方法ハナイモノカ……」
 キスを続けるバカップルを尻目にしばし思考する。

 ――――ん? 叫ぶ……。

「ソウカ、単純ナ話ダッタナ」
 閃いてしまった。永田大地はおろか、広範囲のピープルどもに俺の愛をアッピィルする有効な手段。
「トナレバ、早速実行ニ移スゾ」
 思い立ったが吉日。
 フットワークが軽快な俺はバカップルのすぐ真隣まで移動し、

「俺様ハ世界ノ中心カラ叫ブ!! 葵、愛シテルゾェィーーーーーーーーーーッ!!」

 夕闇に覆われた大空に向かって声高に咆哮ほうこうをあげた。
「えっなに!? 俺様!?」
「どこに向かって叫んでるの……?」
 ふっ。想いと声さえあれば、愛を叫ぶなど容易きことよ。
 隣のバカップルがぽかんとした顔で俺と空を交互に見て首を傾げているが、お前らのような脳内お花畑の性春高校生にはこの深みは分からんよな。
 バカップル以外の通行人も、不審者のような扱いで俺に視線を送る者や、一瞥だけしてスルーする者など、様々な反応を示している。
「コレデマタ俺様ノ知名度ガ上ガッチマウナァ」
 だが知名度は高くて困ることはほぼほぼない! 精々、週刊誌のネタを求めるパパラッチに追われる程度だ。
「ナァ、ヲ前等モソウ思ウダロ?」
 バカップルに同意を求めるが、
「…………イツノ間ニヤラ消エテヤガル」
 すぐ隣にいたはずのバカップルの姿が忽然こつぜんと消えていた。
「俺様ノオーラニ耐エカネテ居ヅラクナッチマッタカ」
 これは悪いことをしてしまった。上級国民の定めとはいえ、俺は罪なナイスガイよ。
 それにしても、愛を叫ぶと心が晴れ晴れとするな。他のところでも叫びたくなってきたぞ。

 ということで、隣の駅まで移動して交差点前で待機。
 信号が青になった瞬間に俺のアクセルはフルターボするぜ。
「コノ溢ルル想イハイクラ吐キ出シテモ、泉ノヨウニ湧キ出テクルカラ不思議ナモンダゼ……」
 よし。信号が青に変わった。
 交差点の真ん中で立ち止まり、大きく息を吸い込んで、

「俺様ハヲ前等全員ヲ愛シテイルゼヴェイヴェーーーーーーーーーーイ!!」

 俺の強大な愛を通行人どもにぶち当ててやった。
 通行人たちは、交差点のど真ん中で棒立ちの俺を邪魔そうに避けつつこちらを一瞥したり、連れとヒソヒソ話したり、俺を指差しながら「アレマジウケるんだけどぉ~!」と笑っていたりと上々な反応を見せている。
 バッチリと成果を出せたことを確認でき、感慨に浸っていると、信号から青色が消えていることに気づく。
「ヤベッ、信号ガ赤ニナッチマッタ!」
 急いで横断歩道を渡ろうとするが、車がお構いなしに突っ込んでくる。
 間一髪渡り切ったが、複数の車からクラクションを鳴らされ、
「テメェ死にてえのか!!」
 と軽乗用車のドライバーから怒鳴られた。
「死ニタイノハ貴様ダロヴァ~カ!」
 俺も対抗して走り去った車に向かってお尻ペンペンをしつつ、恨み節を放射しておいた。これで奴の人生も今日でジ・エンドを迎えることであろう。

 そして次なる舞台へ。
 駅中のコンコースの真ん中に立ち、

「ヲ前等全員大好キダーーーーーーーー!! 抱イテヤンヨーーーーーーーー!!」

 両手を掲げて想いの丈をぶちまける。
 まだだ、まだ足りねえ――まだ終わらせはしないぜ!
 と、俺の腕が何者かによって掴まれたことに気づく。
 視線を横へと移動すると――四十代くらいのタンクトップに短パンのマッチョ体型の男が俺の腕を抱き締めていた。
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