平原圭伝説(レジェンド)

小鳥頼人

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3巻

3_病は気さえあれば数%は快復に向かう可能性有 ③

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「ソロソロ次ノステップ、ノックニ移ルトスッゾクソザコドモガァッ!!」
 野球は打つだけの競技ではない。走れて守れねばならないのだ!
「俺ガ打ツカラ一人ズツセカンドベースニ着ケ」
 一同は金属バットを天にかかげた俺に圧倒されている。
「……うっわ。圭が打つのかよ。嫌な予感しかしねーや」
「同じく」
 面々は俺の打球に恐れをなしている。だが俺の快音響くバットから放たれる打球を取れずして試合になるものかよ!
 気だるげにセカンドベース前に高岩がスタンバイした。
「行クゾ高岩ァ!」
 自らボールをトスしてバットを振る!

 カーン!

 大きな放物線を描いた打球が高岩の遥か後方に落下した。
「オイッ!! アレシキ取レヤ!! 怠慢プレーゾ!!」
 高岩の野郎め、はなから諦めて一切の努力を放棄しやがった。
「いやいや、思いきりライトフライじゃないですか。僕の守備範囲に打ってくださいよ」
「注文ガ細ケェ奴メ……」
「守備範囲内に打ってくれないと練習にならないでしょ」
 本当にこいつはわがまま坊やだよ。ぬるい環境は甘えだよ、甘え。
「仕方ネーナァ!」
 お望みどおりに打ってやるよ!

 カーン!

「ファウルって……正面に飛ばせないんですか?」
 打球は一塁線の外側をライナーで飛んでいった。
「圭は投球だけじゃなくてバットコントロールも皆無か。想像どおりだな。ま、己の感情も抑えられないし、なんにも制御できないよな」
「ナッガットゥダッイッチイィギギギィ……ッ!!」
 俺ほどマネジメント能力に長けた逸材はいねーだろ。現に新山高岩に恐怖政治を敷いて管理してるというのによ。
 不適切な発言に身体中に力がこもる。いかん、歯ぎしりが強すぎて歯が欠けそうだぜ! そうなったら永田大地、お前傷害罪な。
「新山さん、代わりに打ってみてくださいよ」
「……俺かよ!?」
 自身が指名されると微塵みじんも思ってなかったのだろう、高岩に名指しされた新山は分かりやすく狼狽ろうばいしている。この中で最年長のくせに情けない奴。
「送球難ならせめてノッカーくらいできないと存在価値ないですよ」
「そうかもだけどさ……分かったよ」
 新山は気乗りしない態度を崩さないままバッターボックスに立ってボールをトスする。
「ふっ!」
 新山が打ったゴロは高岩が立つ場所の少し左に飛ぶ。
「はいっ――ファースト!」
「ナイス送球だねー!」
 高岩は無難に打球を処理して送球し、ファーストの江田が捕球した。江田、お前うるさいんだよ。
「普通にノックが成立したな」
「ノッカーは新山さんで、新山さんがノックする時だけ交代すればいいんじゃない?」
 その後も新山はおおむねまともなノックを続ける。
「ググ……新山ニモ一ツクライハ使イ道ガアルモンダナ」
 まぁさすがに一物いちぶつくらいはないと? 生きる希望が見い出せないしな? ……決して悔しくはない……これだけはハッキリしてる……!
「次、平原ぁ! ビシバシ行くぞ!」
 調子づいた新山はあろうことかこの俺様を指名してきやがった。不躾ぶしつけな輩だこと。
「オラアァ!!」
 痛烈なゴロが俺の正面に飛んできて――俺は打球を弾いて取りこぼしてしまった。
「おいおい、主将を気取るならそれくらい取れよ」
「ヲ前ヨォ、俺ノ時ダケ打球強スギダロ!?」
 つーか新山のくせして偉そうに指図すんなっつーの! しばくよ?
「気のせいでしょ」
「気ノセイナワッキャネーダロ!?」
 まるで日頃の鬱憤うっぷんを晴らそうかとばかりに力んでたよな? こんなところで下らないマウント取るんじゃないよ。お前俺に何か恨みでもあんの?
「今度こそ取れよな!」
「言ワレンデモ承知シトルワボケカスニキビ野郎メ! サッサト打テヤ!」
 新山が打った強烈な打球をさばき、
「ハイドゥーッ!」
 全肩力かたりょくを使って投げた。
「って、なんで俺に投げるんだよ!?」
 投げた先の新山は避けやがった。ちっ、大人しく当たって苦しめや。
「ソラ仕留メルタメヨ!」
「仕留める!? ノックでなんてことしようとしてるの!? 気は確かか!?」
 お前があまりにも生意気だから我慢できなかったんだよ。
 そんなこんなで一時間ほどノックを続けた。

「イヨイヨ集大成、実践練習ヨ!!」
 最後は実戦形式の練習をするぞ。
 実際にピッチャーとキャッチャーを設けて投球をし、打者が打ってそれ以外の連中は守備を行う。ウチはギリギリ九人しかいないので守備は八人体制で交代しながら行う。
「早い集大成だなおい」
「ショウガネーダロウガ。ミョウガモネーガナ?」
「マジ何言ってんの?」
 試合まで日がない。腰を据えてる場合じゃないんだよ。
「投手ハ俺、捕手ハ里見デ行ク」
「異議あり」
 永田大地が生意気にも異議を唱えてきやがった。
「却下ダ」
「キャッチャーの里見君はいいとしてもさぁ、ストライクも入れられない輩がピッチャー? 笑わせんなよ」
「笑ッテネージャネェノ」
 あと却下っつってんのになんで続けるかね。コイツ日本語不自由なのか?
「試合にならないって言ってるんだよ」
 眉間にしわを寄せて凄んできたものだから思わずのけぞってしまった。こ、この俺をビビらせるとはやるではないか。
「……分カッタ分カッタ。ナラピッチャーハ田村ニシテヤルヨ」
 打撃投手ができる程度の制球力がある田村を先発させりゃ文句ないだろ。俺は守護神として最終回に投げればいい。
「俺ハショートヲ務メル。セカンドハ……新山!」
「俺かよ!?」
 セカンドを任命された新山はビックリ仰天の表情だ。
「センターハ高岩アァ!!」
「センターって……たくさん走らされるからダルいですよ」
 せっかく声を大にして指名してやったというのに、喜ぶどころか不満しか吐かないクソガキ。お前、社会出たら間違いなく苦労するわ。
「完全に人の好き嫌いでポジション固めてら」
「側近をセンターラインにしたな」
 モブどもがうるさいが、とにもかくにもポジションを定めて練習開始だ!
「コノ広大ナル守備範囲ヲ刮目かつもくセヨ――アアッ!?」
 小和田が打ったしょっぱいショートゴロはグラブに収まらず。
 いっけね。何回目かも分からぬポロリを披露してしまった。俺の伝説はホロリもあるけどポロリもあるよ!
「確かに平原の守備範囲は広いし強肩だけど捕球が下手すぎてな」
「あのお手玉とポロポロじゃショート失格でしょ」
「ダダダッ、ダッ黙ラッシャーーーーイッ!!」
 お前ら、できる男がちょ~っと失策したからってここぞとばかりに叩くんじゃないよ! 他人をおとしめるよりも己の実力を向上させよ!
「俺だって捕球は得意だぜ――あ」
 セカンドの新山はポロリこそしないものの悪送球を連発。
「この二遊間さぁ……満足に俺のミットまで投げられないのかよ……」
 ファーストの守備につく江田がごちた。ドンマイの一言も出せないのかよ、お前は。
「センターの高岩君がマシなのが不幸中の幸いだな」
「センターラインが全滅だとファイヤーは避けられないもんな」
「ピッチャーのメンタルが破壊されるよ」
「ヲ前等自分ノ守備ニ集中センカイ全開ゼンマイ!!」
 俺より守備範囲が狭いくせに文句は一丁前。こういう連中は心底ムカつく。結果出してから文句垂れろや結果ァ!
「新山さんは取るまでは一級品なのにそのあとが……残念ですね」
「セカンドからですらあの送球難じゃファーストか外野しかできないんじゃないかね。セカンドなんてつかせちゃダメな人だろ。ゴロでアウト取れないじゃん」
「ショートやサードももってのほかだわ。色々と惜しい人だよなぁ……」
「そこそこ俊足で打撃も長打力はあるのに芯に当たらないというね」
 だから己のプレーに集中しろっての。お前ら偉そうに他人をとやかく批評できる立場なのか、おぉん?
 それと新山の俊足は逃げ足が早いだけだろ。
「上手いじゃないか由生」
 沖山が打ったセンターライナーを正面の当たりだったとはいえ難なくさばいた高岩に新山が賛辞さんじの言葉を送る。
「僕、中学で野球部に入ってましたからね」
 だからコイツ短髪なのか。納得。
「ま、一年生の途中で退部したんですけどね」
「最後までやり抜いたわけじゃなかったのか」
「正確に言えば退部させられた、ですけど」
 高岩は強制的に退部となったらしい。
「なにかやらかしたのか?」
「遅刻しすぎたのと、練習中にトイレで居眠りしすぎて破門を言い渡されました」
「なにやってんだ……」
「そこから僕の女遊びははじまりました」
「マジでなにやってんだよ」
 高岩は野球の球遊びをやめて女遊びにシフトしたようだ。下衆げすな野郎だぜ。愛の戦士ならば俺みたいに一途な男であれよ!
 実践練習を続けることしばし。
「アレだなーなんかさぁ……」
「あぁ、俺も感じてるよ。寄せ集め軍団だから打撃も守備も全然だよな」
「こんなんでユウキとの約束は果たせるのか……」
 各種プレーのお粗末さをの当たりにした面々はネガティブ発言をかましはじめた。
「ヲ前等ソレデイイノカ!? ユウキガ病死シタラヲ前等ノセイダゾ? 呪イガ降リカカルゾ?」
 寄せ集めを言い訳にしてたら士気も高まらない。そんなんじゃマジで不甲斐ない結果に終わる羽目になるぞ。
「ユウキの呪いはともかく、お前から呪われそうで怖くなってきた」
「オはらイシトケヤ」
 永田大地よ、今更俺に恐れをなしたか。学習能力の低いやっちゃのぅ。
「お前が俺の前から消えてくれれば万事解決だけどな」
「ハ!? ナンデソンナ酷イコト言ウンダ!?」
 お前には一切の慈悲じひがないのか!? 人間の感情を失ったロボットなのか!? どう育ったらそんな人格になっちまうんだよ!?
「エエカラ練習アルノミジャイ!」
 こうして俺たちは時間の許す限り練習に精を出したのだった。
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