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突然突撃!

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太陽が踊り、蝉が激しく鳴いている。少し歩いただけで汗ばむ。水を手に当てると、小さくなって飛び込みたくなる季節だ。
「ロジー、いつも時間通りですね」
「この気温の中リーシュ様を待たせるわけにはいきませんから。今日、シャズさんは?」
「用事がある。待つぐらいなら先に帰れって」
「相変わらずリーシュ様への口の聞き方がなっていませんね。一度きちんと注意を」
「ダメです!学校では私、シャズさんの後輩なんですよ!?それに、今さらシャズさんに敬語を使われると恐いです」

想像してみる。
「リーシュ様、今日は私、用がありまして、先にお帰りいただいて大丈夫ですよ」

「・・・確かに、何か悪い物でも食べたのかと心配になりますね」
「ふふっです!」
「さ、どうぞ。車内は涼しいですよ」
「はい!」
ロジーは車のドアを開けた。

その時、女の子が走ってきた。
歳は中学生くらいで、髪はくるくるして肩の辺りまである。その髪といい、勝気そうなつり目といい、何処かで見た事がある気がする。
どんどん近づいてきた女の子はリーシュに激突する勢いだ。
ロジーがサッと前に出て女の子の勢いを利用しながら転ばせた。
リーシュは驚いて小さな悲鳴をあげた。
しかし、彼女は地面をぐるりと転がってまた此方へと向かってくる。随分と運動神経が良さそうに見えるが、気合いだけで動いている。重心が安定していない。
ロジーは避ける素振りを見せて抱き上げた。お腹の辺りを腕に抱えているような持ち方をして、捕まえたようだ。
彼女はバタバタと暴れている。
「離してよ!このおっ!お金持ちはみーんな用心棒が必要な程悪い事してるっての!?」
「キミの目的は?お金が欲しいんですか?」
「・・・・・・っ!」
「何がしたいんです!」
ロジーは女の子を地面に押さえつけて声を少し荒げた。
「ロジー!やめてください!」
リーシュがそう叫ぶ
「うるさいっ!バカにしてんの!?」
女の子は庇ったリーシュを睨みつけた。
「このぉっ!シャズお兄ちゃんを返せぇ!!」
女の子は泣き喚いた。

「ん?リーシュどうした?まだ帰ってなかったのかよ」
そこにシャズがやってきた。
「シャズお兄ちゃん!!」
女の子はロジーをすり抜け、シャズに飛びついて行った。
「ニトア!?どうしてここ
「シャズお兄ちゃんっ!お兄ちゃんっ!」
ニトアと呼ばれた女の子はシャズにひっつきぐすぐす泣いている。
「シャズさん、その子は?妹さんですか?」
リーシュが尋ねる。
「あぁ、ビトリーのな。俺とは幼馴染だ」
一向に泣き止まず、シャズから離れないニトアの頭をシャズは撫でる。
「心配かけたみたいだな。今日は一緒に帰ろうぜ。買い物に付き合ってくれるか?」
ニトアは離れないままコクンと頷いた。
「つーわけだ。じゃあ、今日は電車で帰るわ」
「承知しました。勘違いされているようなのでご説明もお願い致します」
ロジーはまだ警戒しており、眼鏡を直しながら言った。
「ん」
シャズはそれだけ言うと、ニトアをおんぶして帰っていった。


「ロジー、私はシャズさんをこの屋敷に縛りつけているんでしょうか?」
屋敷に車が到着したが、降りようとせずにずっと静かに座っていたリーシュはロジーを見ずに下を向いて呟いた。
「あのニトアという少女の事ですか?」
「はい。私のワガママでシャズさんを独り占めしてしまっているのかと思うと」
「此方で働くと決めたのはシャズさんです」
「でも・・・・・・
「最初、家を訪ねて行った時は随分と警戒されてしまいましてね。窓から屋根伝いに逃げようとしていたらしいです」
「えぇ!⁈そんなに怯えさせてしまったんですか!?」
やっとリーシュは顔を上げた。
「ロジー!!」
「すみません。しかし、料理人になってほしいと言うと、話を聞く気になって頂きました。全く興味がないならそのまま逃げてしまったでしょうね」
「ただ安心したんじゃないですか!?」
リーシュは珍しく怒っている。
「それもあるでしょうね」
ロジーは笑みを浮かべながら続ける。
「大家さんに話して鍵を開けていただきましたから」
「最初からそのつもりだったんじゃないですか⁈」
「中々出てきてくださらないからですよ」
「・・・・・・」
リーシュはまだ怒っている。

「詳しい話をしていく内にシャズさんは興味を持たれました。決め手はお給料でしょうが、一般的な調理師や、シャズさんが学生だという事でも、膨大なお給料を払っている訳ではありません。言葉通りちょっといいくらいです。普段、学校意外ほとんどバイトしかしていないシャズさんの給料より2割高いくらいですね。シャズさんがごねたらもっとお給料は良くなっていたでしょうが、シャズさんは了承してくださいました。わかっていてしなかったと思われます」
「わかるんですか?」
「私は執事ですから。リーシュ様を助けたい気持ちもあると思いますよ」
「なら、嬉しいです」
「・・・ただシャズさんは少しひねくれてしまっています」
「それはわかります。素直じゃないです」
「それに、調理師は彼の転職だろうとポークスが溢していたんです。弟子にしたい。やる気が出て真面目に勉強すれば将来、良い料理人になる、と」
ポークスはこの屋敷の料理長だ。プライドが高く、あまり人を褒めない。そのポークスが褒めた。シャズが期待されているという事だ。もちろん、本人の意志が一番必要だが。

「・・・ニトアさんについて調べてほしいです」
「もう調査済みです」
「いつ調べたんですか!?」
「シャズさんを調べている時に偶々」
「流石だと褒めていいんでしょうか?」
ロジーは微笑み、口を開く。
「シャズさんの仰っていた通り、彼女はシャズさんと親しくしているビトリーさんの妹さんです。幼い頃はよく遊んでいたようで、幼馴染みと言う仲です」
「幼馴染み・・・」
「ニトアさんはよく、シャズお兄ちゃんのお嫁さんになるんだーと言っていたそうです」
「・・・・・・!!」
「どうされました?」
「い、いえ、何でもないです」
「それだけシャズさんを慕っていたという事になります。私はむしろシャズさんが面倒見がとても良い事に感心致しました。リーシュ様とお話しをしている時にも感じてはいましたが」
「それは私が子供って言ってます!?」
「失礼しました。そういう意味ではありませんよ」
ロジーは慌ててリーシュをなだめる。
口は災いの元。主人だけに、主人のために嘘をつくのがポリシーだ。それがリーシュの魅力でもあるのだから。
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