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戦線布告と悲劇のヒロイン

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昼休み、中庭の階段でいつもシャズ、リーシュ、ビトリーの3人でお昼を食べていたが、今日はリーシュが来なかった。どんなに用事があっても必ず顔を見せに来る彼女がだ。

ビトリーは朝、リーシュと会って、寂しそうにしていた事だけを話した。泣いていた事や、嫉妬している事は伏せておく。
あまり立ち入りしすぎないで、率直な報告だけをする。ビトリーは普段から気を使うタイプだ。下手に首を突っ込むのはシャズにとっても、リーシュにとっても良い結果を産まない。見守り、そっとサポートをする。たとえどんな結果になっても。

対してシャズは、こう答えた。
「アイツが何を思っているのかわからないけど、ずっと側で手を引いていたヤツが、ちょっと遠くに行くだけだ。なんでそんなに悲しむんだよ。あ、アレか?借りてるおもちゃを返さなきゃいけなくてーとか、家に泊まりに来てた友達が帰る時とかの」
基本的に無口なシャズがよく喋る。
「さあな。俺は見た事を報告しただけだよ」
「・・・俺も見たよ。後ろ姿だったけど、泣いてたろ?」
白状したように答えたシャズに、隠していた事を言い当てられてビトリーは驚いた。
「あ、あぁ、後ろ姿見ただけでわかるのか?」
「わかる。ってかアイツがそんなに寂しそうにしておいて泣いてない方がヤバイよ」
「で、どうするんだ?」
「別に、何もしない。釘を刺されておいてアイツに近づけるかよ。今後は一定の距離を保って接する」
「はぁ、何も言われずにいきなり距離置かれたらそりゃ傷つくわな」
「いいんだよ、コレで。オレとアイツは違う。わかってたよ。住む世界が違うって」
やっぱり何も言わずに急に距離を置いていた。思わずため息が出てしまった。でも、コレは凄い進歩だった。
「人間嫌いのお前がな~おまけに金持ちは視界にも入れない」
「・・・向こうから入ってきただけだ」
シャズはそっぽを向いてぶっきらぼうに答えた。でも、オレはシャズがたくさんの人に嫌われても構わない。と思っているからこそ、最低限必要で表面的な、上部だけの付き合いの距離感を理解してるのを知っている。

お前ならもっと上手いやり方知ってるだろう。
とは思ったが言わないでおく。
変に近づけるような真似は良くない。助けてほしいと言われた時に手を貸す。なるようにしかならない。
育ってきた環境が違い、価値観が違うのはまごう事なき事実だ。今はお互いに辛いだけだろうし、もどかしいが、見守るしかない。ビトリーはこらえるように昼食の食べかけのカレーパンを持っていない手を握りしめた。
「ありがとな」
シャズは聞こえるか聞こえないかギリギリのところでビトリーにお礼を言った。ビトリーは聞こえたのか聞こえていないのか、シャズには分からず、残りのカレーパンに齧り付いていた。



数日後、リーシュは3年生の教室前にいた。シャズの慕う先輩に会いに来たのだ。ドアから教室を覗き、探している。

こっそりしてるつもりだが、彼女はとても目立つ。ヒソヒソ見られているが全く気付いていないようだ。

クスクスと笑い声が聞こえてきて、リーシュが後ろを振り返った。
「アナタがリーシュちゃんかしら?」
「へ?あ、はぅ!」
いきなり後ろから声をかけられてリーシュは文字通り飛び上がるほど驚いた。
彼女はクスクス笑っている。
「そんなに緊張しないでちょうだい」
「す、すみまふ!」
噛んだ・・・。恥ずかしくて穴があったら飛び込みたい。
「クスクス、困ったわね。何か私にご用かしら?」
「えっと・・・せ、宣戦布告しに来ました!」
「どういう意味かしら?」
「私、シャズさんを渡さないです!返しませんから!」
「そう」
「・・・そ、それだけ言いに来ました!」
「そう。でもね?シャズは物じゃないわ。今後どうするかはシャズの自由じゃないかしら?」
「そ、それは・・・」
たしかにその通りだ。リーシュは言葉に詰まる。
「それとも、お金でシャズを側に置きたいの?縛りつけて?」
「そ、そういう訳じゃ!」
「ここで私達だけが言い争っても意味ないわ。用件はそれだけ?」
「へ?あ、はい」
「じゃあ、どいてくれるかしら?道を塞がれるとみんな困るわ」
はたと気づくと、何人かが集まっている事にようやく気づいた。
「じゃあね」
「あ、あの・・・!行っちゃいました。はぁ~、大人です・・・」
正論で打ち負かされたリーシュは3年生の教室を後にしながらため息をついた。


「先輩、あんまりイジメないでやって下さいよ」
「あら、やっぱりいたのね」
シャズが話しかける。どうやら全部聞いていたらしい。
「たまたま通りかかったら人が集まってたから見に来ただけです」
「そう。だって、あの子、いつも私を見るとかわいい顔で睨んでくるんだもの。これ以上変な噂されたくないわ」
「ったく!ロジーが余計なこと言うからだ!」
「私がアナタの初恋相手だって?」
「ガキの頃の話だっつの!」
「そうね~。アナタは勘弁してほしいわ」
「え、俺、告ってないのに振られてます!?」
「からかってるだけよ?」
「そうですか・・・?」
「・・・確かに、アナタと私はよく似てるわ。気も合う。でもね、似すぎてるのよ」
「似すぎてる?」
「そう。根本的なところが似ているの。好きなもの、嫌いなもの、環境に思考パターン。まるで相棒だわ」
「はぁ・・・?」
「たしかに共通点や価値観が同じ人を好きになる事は多いわ。きっかけになる事も多い。でも、感情はもっと複雑な物だもの。勿論正反対の人と関わるのは大変だけど違っていた方が楽しいし、発見が大きいし、成長もするの。もちろんそれでいい人だっているけどね」
「たしかに。・・・ってやっぱり俺、振られてます!?」
「あら、気づかれちゃった?私はアナタみたいな野良猫なんて嫌よ」
「の、野良猫?」
「そう。辛い過去を受けた人が全てで、今現在目の前にいる人と同じと決めつけて、威嚇する」
「・・・」
「そうやってフィルターを作って自分の身を守っているの。本物の野良猫は小さいから可愛いけど、人間になるとタチ悪いわ」
「・・・」
「うふふ、ちょっと意地悪しすぎちゃったみたい。ごめんなさい。あの子に睨まれてちょっと不機嫌だったんだと思うわ」
「すいません・・・」
頭を下げて降参したようなシャズを見て、エンスは小さなため息をついた。

学校中で恋人らしいとウワサになっている2人に巻き込まれてしまい、質問責め等の大変な目にあったのだ。
しかし、リーシュに話してしまい、サッサと2人が本当にそういう仲になればいいと思う反面、観客から登場人物であるライバル役になったのも面白い。
これからどうなるか楽しみでもある。エンスは不思議な自分にまた、ため息をついた。
「何だか悲劇のヒロインみたい、困ったわ」
「はぁ?」
思わず溢れたエンスの本音にシャズは頭に?マークを浮かべた。
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