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⌘第二幕⌘ 恋と留学編
第二夜 涙ノ華ト空虚ナ枝葉
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痛い……痛い……
怖い……怖い……
泣いているのは誰だろう?…
何も解らなかったあの頃…
『綺麗だ…椿姫…俺のモノだ』
『や……っ、ぁっ……だめ、やめてえ!!』
未だ未熟で…出来上がっていない白い体
少女は歳の割に発育が良かった…八歳にして整った美貌に…既に膨らみを網羅した体、大きなルビーからクリスタルが生成されているかのようにはらはらと瞳から涙を零す。少女を一目見た時から欲しいと感じた一人の青年がいた。
十八の青年、既にその青年は自分で事業を立ち上げ、この国の一部の栄華に貢献している実業家。親はおらず、様々なコネや手を使い、その賢さゆえ上り詰めた青年。事業の会談ついでに訪れた当時の娯楽施設、物珍しい見世物屋でその青年は一人の少女を見つけた。
瞳の模様が椿のように華開き真紅の瞳を持った少女、名前を椿姫…日本人にはあり得ない色味の瞳。しかし彼女のもつ黒髪はやたら煌びやかで艶やか。肌は雪のように白いその少女は檻の中で鎖に繋がれ…髪から片目に椿の華を象った大きな装飾品をつけられ、真っ赤な着物を着せられている。肌艶はとても良く芳醇な香りを纏う。この少女の香りだ……見世の最奥に佇むお姫様。そう、誰が見ても間違いなくこの店の看板だった。
『コイツは……?』
青年は彼女の出生を聞いた。その店主はこう答えた。
『へえ、詳しくは知りやせんが……』
なんでも、何処ぞの華族令嬢らしいということ、そうしてこの瞳は先見ノ華といって、先の未来が視える不思議な能力を持ち合わせているという…その情報は何処から来たのか…まるで信憑性に欠けるが青年は若さゆえにその少女の能力を見たいと思った。然しその能力を開放する術はその青年には無く、足繁もなくその少女を見るためだけに見世に通い続けた。
『こんな女は見たことがない……』
やがてその少女を見ているだけでは飽き足らず、少女に触れたいとさえ思うようになった…思えば既にその時から青年は少女に狂わされていたのかもしれない。くらくらとするほどの芳醇な香りを放つ見目麗しい少女。人形のようなその少女を抱いたなら……そんな妄想を巡らし、夜毎脳内で少女を抱いて欲望を処理する糧にした。そうして情欲に溺れていると気づいた時には既に遅かった。少女を自分のモノにしたい……そう考えるようになってしまったのだ。
見世にとって少女を見るためだけに莫大な金額を羽振りよく払っていくその青年は、ある意味見世にとっては好都合だった。その青年が訪れただけで纏まった金が入るのだ。次第にその青年の希望は悉く叶えられるようになった。時には少女の髪に触れたい……時には少女に口づけを……その青年は見世の常連になっていった。そうしてその時は訪れた
『コイツに触れたい……部屋を用意しろ』
この青年のお陰で見世は繁栄した…少女を見つけて半年の事だ。
椿姫と言われる少女は、過酷な環境下の中で心が壊れていた…大好きだった真っ白い大きなお家…大好きだった庭。大好きだった友達…それら全てさえ忘れてしまう程に。それと同時に少女に使われていたのは強力な薬だった。意識を朦朧とさせる軽いものだが渡米から渡ってきた薬は少女の体に影響を与えていたのだろう。
『や……やだ……』
『……ふ、そういうところは本能で感じ取っているというわけか』
連れて行かれたのは、赤で彩られた部屋…その妖しい雰囲気の部屋には香が焚いてある…少女の香りと香の香りが充満して、より一層青年の情欲を掻き立てた。少女は身に感じた危険を感じ取ったのか声を上げて逃げようとする。青年は初めてその声を聞いた、それがまた興奮を掻き立てる。嫌がる少女の躰を引き寄せて、うっすらと色を差された小さな唇に青年の唇が重なる。少女の歯列を準えるように舌先を滑り込ませ小さな甘い舌を吸い上げた
『はあ……はは……ぁあ、いい香りだ……甘くて……』
『ふ……は……ぁっ』
細くて弱々しいながらも、しっかりと女性の躰へと変化している少女は感じた事のない快楽に麻痺をする。歳の割に膨らみのある肢体はしなやかだ。唇の合間から響く水音は淫靡で今から起こる事を予兆させる。少女を装飾している椿の華を象った装飾をひとつひとつ引き剥がすように大きなベッドの上に投げ捨てられる。少女の体を覆っているそれなりに上等な着物のリボン帯を解き、青年の顔前に露わになる傷のない少女の裸体を艶かしく舐めるように見つめる青年…露わになるその姿に彼は息を呑んだ。生きるために青年は容姿を活かして仕事で幾つもコネを作るのに沢山の女と寝た。然しそのどれを取っても脳裏に思い描いても、これほどまでに青年の情欲を掻き立てる"女"は初めてだった。青年の欲望は募るばかりで少女の躰の至るところに唇を滑らせ味わうかのように行為に耽る。募りすぎた欲望は少女の躰を手折り、心を傷つけた……
既に壊れた心を打ち砕いたのだ。それでも愛撫された躰は否応無しに少女の気持ちに反して快楽を受け止めた。
『へえ……濡れてる…初花も来ているというのか…、口では嫌だと言いながら……俺を受け入れようとする……ふふ、本当に良い女だな』
いくら少女が他の同年代の少女よりも、よっぽど発育が進んでると言っても、やはり少女…小さな体に男を受け入れる器など出来上がっていない。ただ欲望のままにその青年は少女の中へ己を投じた。
『ひやっ……ぁあ、いたい、いたい!!やだ……ぁっ!』
籠の中にいた時は囀りさえしなかった……愛らしいその声で、愛らしい顔を歪ませて小さな体で逃げるようとするけれど、びくともしない青年は少女を抱き込んでそのまま犯したーー……が、その刹那、男の体が突如動かなくなった……そして……
『ぁああ……!!!おまえ……なにを!!!ぐっ!!』
突如、灼けつく程の熱い感覚が体を駆け巡った。うっすら裂ける皮膚からは鮮血が飛び散り、少女を犯していた手は途端に動かなくなる。割れるような頭の痛みと共に息苦しさも相まって手で顔を覆うと指の隙間から少女の顔を見やるや、その少女の真紅の瞳はまるで華のような模様を描き映し出していた。真紅という宝石のような瞳は最早、紅蓮のようである。そうしてその青年は暫しその体の機能を全て失った。戻るまでにそうとう時間がかかったが…その時受けた傷と熱故に時折今でも肢体が機能しなくなってしまうことがあるらしい。それが少女と青年の確執……
ーーーーー
ーーーーーーーー……キシ、キシ……
『ん……は……』
ーー憂を包み込むベッドが二人分の重みで軋む。意識を失って感覚も戻らないままに憂は燈臣に組み敷かれていた
『……本当にこの女は、ますます美しくなった……あの時以来、駒草憂、お前を忘れたことはなかったよ…』
『……!!ぁっ……』
突如意識を覚醒させた憂は、燈臣が自分の上に居て衣服を脱ぎ捨てているのを目に映す。彼女が一番最初に感じたのは胸の飾りである紅い実を口に含まれて、胸を揉みしだかれている感覚だ。体全体が金縛りのような重たさに支配された。巽に触れられた時とは明らかに違う悪寒…。とある記憶がまざまざと蘇ってくるような…気持ち悪さに苛まれた。
『あの時の後遺症かな……ふふ、そう…覚えてるだろう?お前はこの感覚を……!俺も忘れたことはないよ。いまでも時々古傷が疼いて仕方がない……その痛みが伴うときに毎回お前を思い出す……憎さもあれどまた愛おしい』
燈臣が憂の耳元で形の良い唇を歪ませその言葉を伝えた。
躰が憂の心とは裏腹に弄ばれる感覚。彼女は確かにその感覚を知っている。今記憶には残っていない過去の自分の閉ざされた記憶。薄暗い檻の中で、ただ身に感じたのは恐怖…あの場所から解放されるのだろう、そう一度は夢を見た。けれどその夢は打ち砕かれる…気づいた時には男の腕の中に居た。
その男は誰だった……?やっと救われると思った…けれど違った。良いように扱われその後の日々は余計に辛かったこと…然し同時にその男を殺しかけた記憶も頭の隅にはあるのだ、その相手は…端整な身形の青年だった…そう、目の前の青年は明らかに大人の色香を秘めた男性であるが、その容姿に酷く恐怖心を覚えたのが彼女の答えだった……。
『あなた…あの時の……』
燈臣の手が、唇が、彼女の体を翻弄して身動きが取れない。それは当時の状況と酷く似ている。これを人はデジャヴと言うのだろうか……唇を震わせ、あの時の人だと言葉にしては燈臣の表情が情欲のそれへと豹変する
『そうだよ…お前を一番最初に抱いた男だ。そうしてその瞳に殺されかけた男だよ……』
藍染燈臣…彼のエメラルド色の瞳はひどく仄暗い。その瞳で、ただただ憂を映す。それが余計に彼の執拗さと冷酷さを思わせた。あの時、腕に抱いた少女はもうすっかり女性の体へと変わっていた。燈臣が幾度も幾度も焦がれたあの麗しい姿のままに成長した少女はまさに彼が欲する華そのもので、貪るように歪んだ愛を与えながら彼女の宝石のような瞳を手で覆い隠す
『や……め……ッ!?』
そうして彼女の抵抗もままならず、その口を手で塞がれる。鼻や口から胸に取り入れていた酸素が上手く供給できなくなると意識がまた朦朧としてしまう。これではいけないと打開策を練るものの、幾ら抵抗しようとも男である彼に力が叶うはずもなく、憂は彼の言葉を耳にして意識を手放しそうになる
『安心しろ。また可愛がってやる……あの時のように…、そう…もうあの暴走はしないのか……?あれは先見ノ華の力だろう……』
あの青年から与えられた恐怖心は、少女の心を打ち砕いた。それが引き金となって力を暴発させ、目の前の男を引き裂いた。しかし憂は既にこの力を制御できるようになっている。先見ノ華は制御しようにも制御できない部分もあるが故意に人を傷つけることの暴発は出来なくなってしまった。彼女の良心が……彼女の心が力を誘発させる部分もあるからだ。憂が傷つけたくないと思ったらその力はどうしたって発動できるものではない。そもそも先見ノ華とは先を視る能力であり本来は人を傷つけるものではないのだから。
『しない……私はもう、人を傷つけない!』
その凛とした声は燈臣の耳に確かに届いて、ふと笑みを深めるは彼女に対しての一層の愛おしさか。
ー……弄ばれても、憂が心に脳裏に思い描くのは巽だった。愛おしい人が浮かぶ。自分を案じてくれていると感じる程に優しい表情で彼は笑みを浮かべていたのだ。諦めかけていた憂に、諦めるなと告げてくれたようなそんな気さえした。燈臣に良いようになどされたくは無い…口を塞がれ、呼吸がままならずも、まだ多少の意識はあると諦めることを止めた彼女は、ふと、簪のような形の髪飾りをしていることを思い出した。
髪に挿した一輪の薔薇にも見える髪飾り。簪のようなそれは先が尖っていて一瞬だけでも彼を怯ませるのならばちょうどいい武器ではある……と、思考を凝らしている狭間で燈臣が憂の唇へ唇を重ねた。舌を滑り込ませ咥内を犯して、その淫靡な行為に夢中になっている彼を意識を手放す一歩手前で瞳に映す。ベッドに投げ出されていた手は幸いにも拘束されておらず、彼が自分に夢中である前に対処できないだろうか。と……詩經に叩き込まれたあらゆる戦法を考えた結果、自分の髪からスルリと音も立てず引き抜いた髪飾りを燈臣の脚に突き立てた
『……!!!ぐっ……!』
痛みに詰まらせた声を上げる燈臣は一度、体をよろけさせる。
そのすぐのこと、客室の窓ガラスが大きな音を立てて割れた。何が起こったのか先程まで口を塞がれて呼吸もままならず意識を失いかけた憂の頭で鮮明に考えられる程の状況把握は出来なかったが、確かに彼女が目にしたのは、春風に乗って夜桜舞い散る月影に、漆黒の長い髪を靡かせる、背の高い男性。全てを見透かしたような瞳は深緑色……、その男性は他の誰でも無い。あの𧲸革の夜会から姿を眩ませていた詩經だった、そうして彼女はその来訪者の名前を呟く。
『……し、きょう……』
詩經の姿を見て、燈臣もまさかの来訪者に驚きを隠すことが出来ずにいて、彼女が脚に突き刺した簪を引き抜きながら立ち上がると詩經の名前を口にすると詩經が燈臣に向かって放つ言葉は至って冷静である。
『まさか…お前が憂に私情を持ってるとは思わなかった…コイツは俺が連れていく。お前は𧲸革の内情を探れ、それが新しい任務だ』
どうやら燈臣は詩經のことを知っていたらしい、憂は遠のく意識の中で詩經と燈臣が交わしてる言葉をぼんやりと耳にした。𧲸革の内情を探れと…詩經はまだ𧲸革を狙っているのか……なぜ、そこまで𧲸革に執着するのだろう、どうして?けれどなんとなく解ったのは詩經が憂自身を狙うことはもう無さそうだと言うことだ。
それはなぜか…?憂の未来が先見できないからだ……先見ノ華は、その人にとっての人生の分岐点を視るもの…つまり詩經が憂を殺そうとしているのならばそれが視える筈なのだが、それがなかったのだ。……そこからは憂の意識は無く、ただ、彼女が感じているのは、ゆらゆらと体が揺れて心地が良いということだった。
ーー桜の香りが鼻を掠める
夜桜の花弁がひらりひらりと憂の頬を撫でた。
憂……憂……
誰かが彼女の名前を呼んだ。優しくて心地いい……彼女は夢を見ていた、巽の優しい声が聞こえる……そうして彼女を抱きしめてくれるのだ。頑張ったね……そう言ってくれる。
これは夢なのに、それでも嬉しかった。巽は留学してしまって会うことはできない。時折送られてくる彼からの手紙に胸を馳せて読むけれど、それでも今は二人は遠い。
閉じられた瞳から溢れるは涙。
『憂……、ねえ……憂……憂!!』
少しの微睡の中で、意識が浮上して双眸が開かれる。真紅の瞳は戸惑いと悲しみと、両方の感情が混じり合って爆ぜては溶ける。真紅の瞳から溢れる真珠を憂の名前を呼んでいた声の主は見た。
『オマエ、どうしたの?乃木園の屋敷の夜会に行ったのは知ってたけど…𧲸革の屋敷前で転がってるってどういうことさ!?しかもこの格好……っ、たく……これでも着てなよ』
涙で濡れた憂の目元を拭って彼女の躰を起こし上半身に自分の上着をかけてくれる、その声の主は𧲸革稔、巽の弟だった。こういう優しいところは巽とそっくりで流石兄弟と言えるだろう。
『私……詩經……そう、詩經は?』
『は?あのお騒がせ野郎のこと?』
憂の頭が混乱しているのはその様子から理解できるが、まさか混乱に相まって夢でも見ていたのだろうか?と、彼は眉間に皺寄せた。あの夜会の男の名前が憂の口から出るとは思わなかったからこそ稔は聞き返した。至極嫌味ったらしく、自分はあの男が嫌いだと言わんばかりの言い方で。そんな稔の様子に心が和らぎ、幾分か冷静になる頃にあらためて詩經に助けられた事実が現実味を帯びてくる。
『ふふ……でも……よかった……』
怖かった……それが一番最初に喉元まで出てきた言葉。けれど憂はそれを口にはしない。怖かったと言ってしまったら、また沢山泣いてしまいそうだ。それに稔を困らせてしまう、だからあえて良かったと言った。これも本音である、巽を想っていたからこそ、燈臣と伽倻子の張り巡らせた罠を掻い潜って対処できた…あのあと詩經が来てくれなければ死んでいたかもしれない……そんな恐怖心はあれど、それでも助かったのは幸運だ、巽が確かな約束をくれたからだと、憂の頭の中は彼で満たされていた。
『何がよかったのさ…こんな…ッ』
稔が倒れてる憂に気づいて、まず目に入ったのが型崩れをしたドレスを身に纏って倒れている姿。もともと露出の高いドレスだったのか胸元があいているものだが、誰が見ても大いに乱された痕跡がある。それだけならまだしも彼女の首筋や胸元には赤い痕が散りばめられているのだ。そんな姿を見てしまったら何かあったことなど明白である。だから稔は怒った……けれどこの怒りは決して憂に向けられたものでは無く自分だった。
ー巽の留学前日……
『巽……留学するのはアイツのため?けど、本当にいいの?巽があの人を納得させるために留学を条件にしたのはわかるよ……けど幾ら𧲸革だって実際、詩經……だっけ、アイツの侵入を許してる…安全と言うわけでは無いでしょ?』
巽が部屋で留学のため最終調整で荷物をまとめているところに稔は訪れた。憂はその時、仕事に出ていて側にはいなかったが憂を𧲸革に置き、果ては彼女を妻に。そう決心した巽は自分の留学を秤にかけ父親である慶三と取引をした。
彼女のこれからのことを考えて巽がどういった考えを持っているのかしっかり聞いておきたかったからという稔の考えであった。
『確かに憂のためでもあるけど……もう半分は俺の為だよ、将来𧲸革を継ぐんなら稔でもいいと思ってる。けど、憂を幸せにするのは俺じゃないと嫌だ。これは俺のワガママだって解ってる、だけど駄目なんだ……先見ノ華っていう不思議な力をもってる女性と𧲸革の子息は度々一緒になってるらしいけど、身分がものをいうこの世界で、俺は身分も何もわからないたった一人の女の子を好きになった。𧲸革は存続させろ…、血筋とか考えて華族のお嬢さんと結婚する?そんなの無理な話なんだ俺にはね、だから俺は憂が幸せになるために憂の居場所を作りたい。それだけなんだ』
巽はこう言う。現当主である𧲸革慶三はどうあっても長男の巽を跡取りとして担ぎ上げたい。そして稔をその補佐に任命し、二人で𧲸革を存続させてほしい。その願いを蹴ることは簡単にできるし、巽自身は本気で権利を手放し稔に𧲸革を継いでもらってもいいと思っているが、今や日本事業の垣根である𧲸革の体裁もあれば、𧲸革に関わっている人々の生活もある。巽も賢く聡明であるけれど、同時に稔も負けず劣らず同じ程賢い、そして聡明だ。きっと巽が事業を放り投げたとしても難なく尻拭いはするだろう、そう確信があるけれど長男である以上、幾つか父の会社の手伝いを任されていた巽が責任を捨てて一人の少女と幸せになりたいなど不可能なことだった。
繁栄をさせるなら、より強固な繋がりが欲しい。それが昔の……いわゆるこの大正時代の成り立ちだった。身分の差で結ばれたい人と結ばれない。その根底が変わらない限り何も変わらない、それなら自分が𧲸革を変えていくしかないのだと辿り着いたこの答えこそ、巽のなかでの最善の方法だった。
『…俺がいない間…憂を頼んだよ』
『……え?』
片付けを終えた巽が向き直ると稔の方へと歩みを進めて、その肩にそっと手を置いた。一呼吸置いてから息を大きく吸い込んで、その言葉が出るまでにどれだけ沈黙しただろう。きっと巽にとって憂を頼むということは自分の人生を賭けた最大の願いと葛藤で。躊躇いの後に紡がれ、向けられた言葉と表情は、稔が今まで見てきた巽の表情とは明らかに違う真に迫った有無を言わさずの眼差しである。あの稔が思わず言葉に詰まるほど。
『憂は俺の命だからさ』
巽にとっての宝物を稔に預けた。
三年という年月を、自分の命だと言った宝物を、誰でもない稔に任せたのだ。
ーー現在……
『重すぎるよ、巽の宝物は……』
憂が特別なのは知っている、その特別な力の出どころは稔も知らない。彼女は一人の女性、自分の生きている道がある。稔だってそうだ、彼自身も歩まなくてはならない道がある。年中ずっと見張っているのは無理な話で、常に一緒にいる事が出来るわけでもない。
例えば今日のような事だって稔が知らないところで起きている可能性もあるのだ。ひとまず何も無くて良かったと言うべきなのか否か……稔は憂を部屋に送り届けることにしたのだった。
ーーー憂を部屋に送り届けて稔が向かったのは、𧲸革の地下にある階段を降りて角の書庫。そう、稔は憂の能力である先見ノ華のことを良く知らない。だからこそ𧲸革が先見ノ華とどう言った仕組みがあって、どういった因果関係があるか知りたかったからだ。
『何も知らされないで頼まれたって……どうしたらいいんだよ…バカ兄貴』
埃っぽい空間は、古い書物の匂いとインクの匂いで充満している。書庫には電気という電気はないから間接照明として使っているランプに火を灯した。仄かに明るくなる部屋の空気感はひんやりとしていて稔は腕を軽く擦る。訝しげに眉を寄せ巽に対して悪態をつき、書庫の文献を探すために本棚の一段目から目を凝らした。先見ノ華の出所は何処か?……𧲸革との関係とは?と…一つ一つ本に触れていくと一つだけ、やたらと手触りの良い本を見つけた。分厚いそれは厳重で小さな南京錠で鍵付けをされているのだ。
『…これは…』
一瞬、思考が停止する。南京錠というものは鍵が数字入力形式になっている。右から一つ一つ設定された数字を変えていかなければ一つ間違えても開かないそれは難攻不落
『何かこの本に隠されてる?』
稔は思い当たる数字を指で回すけれど、やはり当てずっぽうでは開けることなど出来るはずもなく、何処かに解錠の答えがあるのではないかと辺りを見回した。
体調ゆえに今でこそ余りこの部屋を使わないが、つい数年前までは確かに使用されていた当主の机をしらみ潰しに探すと、それはあった。家令である千夜子のおかげか掃除だけ行き届いた引き出しの中は整頓されており大切そうに保管された一つの紐閉じの本。慶三のものなのか、はたまた他の誰のものなのか解らない日記だ
『誰の……』
ペラペラとページをめくっていくと、その連なる文字は女性が書いたものであると、すぐに理解した。その流れるような言い回しや、優しい表現はその性格や人となりが表れていたからだった。
慶三と結婚するまでの思い出、日常のことが二日に一度、もしくは毎日書かれていたが、内容から推測するに自分を産んですぐに他界してしまった母親、沙羅のものだと確信を得る。
白黒の写真だけでしか見たことがない自分の母親、そんな彼女を知る機会にはちょうどよく、少しの興味を胸に抱き日記を読み進めていくと巽が産まれる前と産まれた後で不自然に書かれているページがある。言ってしまえば、その間が明らかに破り取られているのだ
『巽を身籠もっている間の日記が無いのは不自然だ……』
色々調べたいことはあれど、日記から得た情報で沙羅が慶三と出会った頃。沙羅の誕生日…と様々な情報を頭に取り入れたところで先程の南京錠の解錠を試みた。
ー……〇二二三……カチャン
南京錠の解錠数字は〇二二三……
『〇二二三……二月二三日…って』
慶三と沙羅の結婚した日。結婚記念日であるが、幸せ絶頂のはずのその日付は……
『母さんの……破りとられてるページの最初にくるはずだった日付』
そう、その数字は残っている日記の何処にも書かれていないもの。
稔が破り捨てられる直前の日付から推測して書かれているはずであろう幸せなページ、あってもおかしくはないはずの空白ページの日付だった。
『どういう……』
南京錠を取り、分厚い手記を眺めると……稔は驚くべき事実を目にする。
ー𧲸革雅良………追放
𧲸革雅良
𧲸革雅良とは誰だ?それは稔が産まれてから一度も聞いたことのない名前だった。追放…不穏なその文字列に目が離せなくなる。
そこには𧲸革雅良の出生記録や、その全てを𧲸革から抹消するという記述だった。𧲸革雅良は……稔と巽の父親である現当主、𧲸革慶三の兄であり…慶三が当主になる前の、前当主だったという。
『ボクと巽の叔父…』
当時の当主はそれは荒くれ者であった、家臣の言う事には目もくれず…好き放題遊び歩く男だった。
聡明で賢く、そうして当主として素晴らしい手腕を振るう能力ある男であり𧲸革の権限を網羅した男だったが、その男は禁忌を犯した。自分の妻を陥れ自殺に追い込み……𧲸革慶三の妻であり、先見ノ華をもっていた沙羅に恋慕の情を抱いていた……そうして…
『……追放された……』
これは𧲸革の歴史である…
そう書かれたその本は、稔の求めていた事を記述しているかのようで、稔は思った以上に衝撃を受けたのだ。先見ノ華とは、この世に一番最初に産まれた女にあった能力ということ。それは巽も聞き及んだことだが、稔はそれを今、初めて知った。そして先見ノ華は希少で𧲸革の男とどうにも関わりが深い。
『まだ……足りない。調べる事が多すぎる……』
稔はこの日から、ありとあらゆる文献を読み𧲸革の歴史と先見ノ華の関係性を調べる事にしたのだ。それが後にこの物語の真相となることはまだ誰も知る由もない。
ーーー月影に一人、背の高い男性の姿がある。
夜も更けて肌寒くなってきた夜桜の上に佇む男、かつて憂を駒として扱い、失敗した彼女を始末しようとした青年。どういうわけか今日は助けた。漆黒の髪を靡かせて、夜桜の花びらを一枚手中に収めると、そっと掌を開く。
ーはらり、ひらりと……その花弁は夜風に乗って飛んでいった。
『𧲸革は…先見ノ華には抗えない……やはり惹かれ合う運命ということか……藍染燈臣が憂に執着してるとは知らなかったが…まったく狂わせてくれる』
詩經の物憂いげな深緑色の瞳には、想い人の部屋で一人ひっそりと静かな涙で頬を濡らす少女の姿が映っている…そう、先程助けた駒草憂、詩經にとって彼女は華だった。誰にも汚されることの無い高嶺の花。確かにあの夜会の夜、詩經は憂を殺そうとした。しかしそれは間違いだという事に気がついたのだった
『……憂が高嶺の花ならば、俺はさながら地に落ちた枝葉か…ふ……』
その場所に暫し佇んで、夜も更け月が真上に昇る頃……
胸に空虚感を抱くその男はつぶやいた。
ー『真の継承者は……𧲸革巽ではない』
第二夜
涙ノ華ト空虚ナ枝葉 完
怖い……怖い……
泣いているのは誰だろう?…
何も解らなかったあの頃…
『綺麗だ…椿姫…俺のモノだ』
『や……っ、ぁっ……だめ、やめてえ!!』
未だ未熟で…出来上がっていない白い体
少女は歳の割に発育が良かった…八歳にして整った美貌に…既に膨らみを網羅した体、大きなルビーからクリスタルが生成されているかのようにはらはらと瞳から涙を零す。少女を一目見た時から欲しいと感じた一人の青年がいた。
十八の青年、既にその青年は自分で事業を立ち上げ、この国の一部の栄華に貢献している実業家。親はおらず、様々なコネや手を使い、その賢さゆえ上り詰めた青年。事業の会談ついでに訪れた当時の娯楽施設、物珍しい見世物屋でその青年は一人の少女を見つけた。
瞳の模様が椿のように華開き真紅の瞳を持った少女、名前を椿姫…日本人にはあり得ない色味の瞳。しかし彼女のもつ黒髪はやたら煌びやかで艶やか。肌は雪のように白いその少女は檻の中で鎖に繋がれ…髪から片目に椿の華を象った大きな装飾品をつけられ、真っ赤な着物を着せられている。肌艶はとても良く芳醇な香りを纏う。この少女の香りだ……見世の最奥に佇むお姫様。そう、誰が見ても間違いなくこの店の看板だった。
『コイツは……?』
青年は彼女の出生を聞いた。その店主はこう答えた。
『へえ、詳しくは知りやせんが……』
なんでも、何処ぞの華族令嬢らしいということ、そうしてこの瞳は先見ノ華といって、先の未来が視える不思議な能力を持ち合わせているという…その情報は何処から来たのか…まるで信憑性に欠けるが青年は若さゆえにその少女の能力を見たいと思った。然しその能力を開放する術はその青年には無く、足繁もなくその少女を見るためだけに見世に通い続けた。
『こんな女は見たことがない……』
やがてその少女を見ているだけでは飽き足らず、少女に触れたいとさえ思うようになった…思えば既にその時から青年は少女に狂わされていたのかもしれない。くらくらとするほどの芳醇な香りを放つ見目麗しい少女。人形のようなその少女を抱いたなら……そんな妄想を巡らし、夜毎脳内で少女を抱いて欲望を処理する糧にした。そうして情欲に溺れていると気づいた時には既に遅かった。少女を自分のモノにしたい……そう考えるようになってしまったのだ。
見世にとって少女を見るためだけに莫大な金額を羽振りよく払っていくその青年は、ある意味見世にとっては好都合だった。その青年が訪れただけで纏まった金が入るのだ。次第にその青年の希望は悉く叶えられるようになった。時には少女の髪に触れたい……時には少女に口づけを……その青年は見世の常連になっていった。そうしてその時は訪れた
『コイツに触れたい……部屋を用意しろ』
この青年のお陰で見世は繁栄した…少女を見つけて半年の事だ。
椿姫と言われる少女は、過酷な環境下の中で心が壊れていた…大好きだった真っ白い大きなお家…大好きだった庭。大好きだった友達…それら全てさえ忘れてしまう程に。それと同時に少女に使われていたのは強力な薬だった。意識を朦朧とさせる軽いものだが渡米から渡ってきた薬は少女の体に影響を与えていたのだろう。
『や……やだ……』
『……ふ、そういうところは本能で感じ取っているというわけか』
連れて行かれたのは、赤で彩られた部屋…その妖しい雰囲気の部屋には香が焚いてある…少女の香りと香の香りが充満して、より一層青年の情欲を掻き立てた。少女は身に感じた危険を感じ取ったのか声を上げて逃げようとする。青年は初めてその声を聞いた、それがまた興奮を掻き立てる。嫌がる少女の躰を引き寄せて、うっすらと色を差された小さな唇に青年の唇が重なる。少女の歯列を準えるように舌先を滑り込ませ小さな甘い舌を吸い上げた
『はあ……はは……ぁあ、いい香りだ……甘くて……』
『ふ……は……ぁっ』
細くて弱々しいながらも、しっかりと女性の躰へと変化している少女は感じた事のない快楽に麻痺をする。歳の割に膨らみのある肢体はしなやかだ。唇の合間から響く水音は淫靡で今から起こる事を予兆させる。少女を装飾している椿の華を象った装飾をひとつひとつ引き剥がすように大きなベッドの上に投げ捨てられる。少女の体を覆っているそれなりに上等な着物のリボン帯を解き、青年の顔前に露わになる傷のない少女の裸体を艶かしく舐めるように見つめる青年…露わになるその姿に彼は息を呑んだ。生きるために青年は容姿を活かして仕事で幾つもコネを作るのに沢山の女と寝た。然しそのどれを取っても脳裏に思い描いても、これほどまでに青年の情欲を掻き立てる"女"は初めてだった。青年の欲望は募るばかりで少女の躰の至るところに唇を滑らせ味わうかのように行為に耽る。募りすぎた欲望は少女の躰を手折り、心を傷つけた……
既に壊れた心を打ち砕いたのだ。それでも愛撫された躰は否応無しに少女の気持ちに反して快楽を受け止めた。
『へえ……濡れてる…初花も来ているというのか…、口では嫌だと言いながら……俺を受け入れようとする……ふふ、本当に良い女だな』
いくら少女が他の同年代の少女よりも、よっぽど発育が進んでると言っても、やはり少女…小さな体に男を受け入れる器など出来上がっていない。ただ欲望のままにその青年は少女の中へ己を投じた。
『ひやっ……ぁあ、いたい、いたい!!やだ……ぁっ!』
籠の中にいた時は囀りさえしなかった……愛らしいその声で、愛らしい顔を歪ませて小さな体で逃げるようとするけれど、びくともしない青年は少女を抱き込んでそのまま犯したーー……が、その刹那、男の体が突如動かなくなった……そして……
『ぁああ……!!!おまえ……なにを!!!ぐっ!!』
突如、灼けつく程の熱い感覚が体を駆け巡った。うっすら裂ける皮膚からは鮮血が飛び散り、少女を犯していた手は途端に動かなくなる。割れるような頭の痛みと共に息苦しさも相まって手で顔を覆うと指の隙間から少女の顔を見やるや、その少女の真紅の瞳はまるで華のような模様を描き映し出していた。真紅という宝石のような瞳は最早、紅蓮のようである。そうしてその青年は暫しその体の機能を全て失った。戻るまでにそうとう時間がかかったが…その時受けた傷と熱故に時折今でも肢体が機能しなくなってしまうことがあるらしい。それが少女と青年の確執……
ーーーーー
ーーーーーーーー……キシ、キシ……
『ん……は……』
ーー憂を包み込むベッドが二人分の重みで軋む。意識を失って感覚も戻らないままに憂は燈臣に組み敷かれていた
『……本当にこの女は、ますます美しくなった……あの時以来、駒草憂、お前を忘れたことはなかったよ…』
『……!!ぁっ……』
突如意識を覚醒させた憂は、燈臣が自分の上に居て衣服を脱ぎ捨てているのを目に映す。彼女が一番最初に感じたのは胸の飾りである紅い実を口に含まれて、胸を揉みしだかれている感覚だ。体全体が金縛りのような重たさに支配された。巽に触れられた時とは明らかに違う悪寒…。とある記憶がまざまざと蘇ってくるような…気持ち悪さに苛まれた。
『あの時の後遺症かな……ふふ、そう…覚えてるだろう?お前はこの感覚を……!俺も忘れたことはないよ。いまでも時々古傷が疼いて仕方がない……その痛みが伴うときに毎回お前を思い出す……憎さもあれどまた愛おしい』
燈臣が憂の耳元で形の良い唇を歪ませその言葉を伝えた。
躰が憂の心とは裏腹に弄ばれる感覚。彼女は確かにその感覚を知っている。今記憶には残っていない過去の自分の閉ざされた記憶。薄暗い檻の中で、ただ身に感じたのは恐怖…あの場所から解放されるのだろう、そう一度は夢を見た。けれどその夢は打ち砕かれる…気づいた時には男の腕の中に居た。
その男は誰だった……?やっと救われると思った…けれど違った。良いように扱われその後の日々は余計に辛かったこと…然し同時にその男を殺しかけた記憶も頭の隅にはあるのだ、その相手は…端整な身形の青年だった…そう、目の前の青年は明らかに大人の色香を秘めた男性であるが、その容姿に酷く恐怖心を覚えたのが彼女の答えだった……。
『あなた…あの時の……』
燈臣の手が、唇が、彼女の体を翻弄して身動きが取れない。それは当時の状況と酷く似ている。これを人はデジャヴと言うのだろうか……唇を震わせ、あの時の人だと言葉にしては燈臣の表情が情欲のそれへと豹変する
『そうだよ…お前を一番最初に抱いた男だ。そうしてその瞳に殺されかけた男だよ……』
藍染燈臣…彼のエメラルド色の瞳はひどく仄暗い。その瞳で、ただただ憂を映す。それが余計に彼の執拗さと冷酷さを思わせた。あの時、腕に抱いた少女はもうすっかり女性の体へと変わっていた。燈臣が幾度も幾度も焦がれたあの麗しい姿のままに成長した少女はまさに彼が欲する華そのもので、貪るように歪んだ愛を与えながら彼女の宝石のような瞳を手で覆い隠す
『や……め……ッ!?』
そうして彼女の抵抗もままならず、その口を手で塞がれる。鼻や口から胸に取り入れていた酸素が上手く供給できなくなると意識がまた朦朧としてしまう。これではいけないと打開策を練るものの、幾ら抵抗しようとも男である彼に力が叶うはずもなく、憂は彼の言葉を耳にして意識を手放しそうになる
『安心しろ。また可愛がってやる……あの時のように…、そう…もうあの暴走はしないのか……?あれは先見ノ華の力だろう……』
あの青年から与えられた恐怖心は、少女の心を打ち砕いた。それが引き金となって力を暴発させ、目の前の男を引き裂いた。しかし憂は既にこの力を制御できるようになっている。先見ノ華は制御しようにも制御できない部分もあるが故意に人を傷つけることの暴発は出来なくなってしまった。彼女の良心が……彼女の心が力を誘発させる部分もあるからだ。憂が傷つけたくないと思ったらその力はどうしたって発動できるものではない。そもそも先見ノ華とは先を視る能力であり本来は人を傷つけるものではないのだから。
『しない……私はもう、人を傷つけない!』
その凛とした声は燈臣の耳に確かに届いて、ふと笑みを深めるは彼女に対しての一層の愛おしさか。
ー……弄ばれても、憂が心に脳裏に思い描くのは巽だった。愛おしい人が浮かぶ。自分を案じてくれていると感じる程に優しい表情で彼は笑みを浮かべていたのだ。諦めかけていた憂に、諦めるなと告げてくれたようなそんな気さえした。燈臣に良いようになどされたくは無い…口を塞がれ、呼吸がままならずも、まだ多少の意識はあると諦めることを止めた彼女は、ふと、簪のような形の髪飾りをしていることを思い出した。
髪に挿した一輪の薔薇にも見える髪飾り。簪のようなそれは先が尖っていて一瞬だけでも彼を怯ませるのならばちょうどいい武器ではある……と、思考を凝らしている狭間で燈臣が憂の唇へ唇を重ねた。舌を滑り込ませ咥内を犯して、その淫靡な行為に夢中になっている彼を意識を手放す一歩手前で瞳に映す。ベッドに投げ出されていた手は幸いにも拘束されておらず、彼が自分に夢中である前に対処できないだろうか。と……詩經に叩き込まれたあらゆる戦法を考えた結果、自分の髪からスルリと音も立てず引き抜いた髪飾りを燈臣の脚に突き立てた
『……!!!ぐっ……!』
痛みに詰まらせた声を上げる燈臣は一度、体をよろけさせる。
そのすぐのこと、客室の窓ガラスが大きな音を立てて割れた。何が起こったのか先程まで口を塞がれて呼吸もままならず意識を失いかけた憂の頭で鮮明に考えられる程の状況把握は出来なかったが、確かに彼女が目にしたのは、春風に乗って夜桜舞い散る月影に、漆黒の長い髪を靡かせる、背の高い男性。全てを見透かしたような瞳は深緑色……、その男性は他の誰でも無い。あの𧲸革の夜会から姿を眩ませていた詩經だった、そうして彼女はその来訪者の名前を呟く。
『……し、きょう……』
詩經の姿を見て、燈臣もまさかの来訪者に驚きを隠すことが出来ずにいて、彼女が脚に突き刺した簪を引き抜きながら立ち上がると詩經の名前を口にすると詩經が燈臣に向かって放つ言葉は至って冷静である。
『まさか…お前が憂に私情を持ってるとは思わなかった…コイツは俺が連れていく。お前は𧲸革の内情を探れ、それが新しい任務だ』
どうやら燈臣は詩經のことを知っていたらしい、憂は遠のく意識の中で詩經と燈臣が交わしてる言葉をぼんやりと耳にした。𧲸革の内情を探れと…詩經はまだ𧲸革を狙っているのか……なぜ、そこまで𧲸革に執着するのだろう、どうして?けれどなんとなく解ったのは詩經が憂自身を狙うことはもう無さそうだと言うことだ。
それはなぜか…?憂の未来が先見できないからだ……先見ノ華は、その人にとっての人生の分岐点を視るもの…つまり詩經が憂を殺そうとしているのならばそれが視える筈なのだが、それがなかったのだ。……そこからは憂の意識は無く、ただ、彼女が感じているのは、ゆらゆらと体が揺れて心地が良いということだった。
ーー桜の香りが鼻を掠める
夜桜の花弁がひらりひらりと憂の頬を撫でた。
憂……憂……
誰かが彼女の名前を呼んだ。優しくて心地いい……彼女は夢を見ていた、巽の優しい声が聞こえる……そうして彼女を抱きしめてくれるのだ。頑張ったね……そう言ってくれる。
これは夢なのに、それでも嬉しかった。巽は留学してしまって会うことはできない。時折送られてくる彼からの手紙に胸を馳せて読むけれど、それでも今は二人は遠い。
閉じられた瞳から溢れるは涙。
『憂……、ねえ……憂……憂!!』
少しの微睡の中で、意識が浮上して双眸が開かれる。真紅の瞳は戸惑いと悲しみと、両方の感情が混じり合って爆ぜては溶ける。真紅の瞳から溢れる真珠を憂の名前を呼んでいた声の主は見た。
『オマエ、どうしたの?乃木園の屋敷の夜会に行ったのは知ってたけど…𧲸革の屋敷前で転がってるってどういうことさ!?しかもこの格好……っ、たく……これでも着てなよ』
涙で濡れた憂の目元を拭って彼女の躰を起こし上半身に自分の上着をかけてくれる、その声の主は𧲸革稔、巽の弟だった。こういう優しいところは巽とそっくりで流石兄弟と言えるだろう。
『私……詩經……そう、詩經は?』
『は?あのお騒がせ野郎のこと?』
憂の頭が混乱しているのはその様子から理解できるが、まさか混乱に相まって夢でも見ていたのだろうか?と、彼は眉間に皺寄せた。あの夜会の男の名前が憂の口から出るとは思わなかったからこそ稔は聞き返した。至極嫌味ったらしく、自分はあの男が嫌いだと言わんばかりの言い方で。そんな稔の様子に心が和らぎ、幾分か冷静になる頃にあらためて詩經に助けられた事実が現実味を帯びてくる。
『ふふ……でも……よかった……』
怖かった……それが一番最初に喉元まで出てきた言葉。けれど憂はそれを口にはしない。怖かったと言ってしまったら、また沢山泣いてしまいそうだ。それに稔を困らせてしまう、だからあえて良かったと言った。これも本音である、巽を想っていたからこそ、燈臣と伽倻子の張り巡らせた罠を掻い潜って対処できた…あのあと詩經が来てくれなければ死んでいたかもしれない……そんな恐怖心はあれど、それでも助かったのは幸運だ、巽が確かな約束をくれたからだと、憂の頭の中は彼で満たされていた。
『何がよかったのさ…こんな…ッ』
稔が倒れてる憂に気づいて、まず目に入ったのが型崩れをしたドレスを身に纏って倒れている姿。もともと露出の高いドレスだったのか胸元があいているものだが、誰が見ても大いに乱された痕跡がある。それだけならまだしも彼女の首筋や胸元には赤い痕が散りばめられているのだ。そんな姿を見てしまったら何かあったことなど明白である。だから稔は怒った……けれどこの怒りは決して憂に向けられたものでは無く自分だった。
ー巽の留学前日……
『巽……留学するのはアイツのため?けど、本当にいいの?巽があの人を納得させるために留学を条件にしたのはわかるよ……けど幾ら𧲸革だって実際、詩經……だっけ、アイツの侵入を許してる…安全と言うわけでは無いでしょ?』
巽が部屋で留学のため最終調整で荷物をまとめているところに稔は訪れた。憂はその時、仕事に出ていて側にはいなかったが憂を𧲸革に置き、果ては彼女を妻に。そう決心した巽は自分の留学を秤にかけ父親である慶三と取引をした。
彼女のこれからのことを考えて巽がどういった考えを持っているのかしっかり聞いておきたかったからという稔の考えであった。
『確かに憂のためでもあるけど……もう半分は俺の為だよ、将来𧲸革を継ぐんなら稔でもいいと思ってる。けど、憂を幸せにするのは俺じゃないと嫌だ。これは俺のワガママだって解ってる、だけど駄目なんだ……先見ノ華っていう不思議な力をもってる女性と𧲸革の子息は度々一緒になってるらしいけど、身分がものをいうこの世界で、俺は身分も何もわからないたった一人の女の子を好きになった。𧲸革は存続させろ…、血筋とか考えて華族のお嬢さんと結婚する?そんなの無理な話なんだ俺にはね、だから俺は憂が幸せになるために憂の居場所を作りたい。それだけなんだ』
巽はこう言う。現当主である𧲸革慶三はどうあっても長男の巽を跡取りとして担ぎ上げたい。そして稔をその補佐に任命し、二人で𧲸革を存続させてほしい。その願いを蹴ることは簡単にできるし、巽自身は本気で権利を手放し稔に𧲸革を継いでもらってもいいと思っているが、今や日本事業の垣根である𧲸革の体裁もあれば、𧲸革に関わっている人々の生活もある。巽も賢く聡明であるけれど、同時に稔も負けず劣らず同じ程賢い、そして聡明だ。きっと巽が事業を放り投げたとしても難なく尻拭いはするだろう、そう確信があるけれど長男である以上、幾つか父の会社の手伝いを任されていた巽が責任を捨てて一人の少女と幸せになりたいなど不可能なことだった。
繁栄をさせるなら、より強固な繋がりが欲しい。それが昔の……いわゆるこの大正時代の成り立ちだった。身分の差で結ばれたい人と結ばれない。その根底が変わらない限り何も変わらない、それなら自分が𧲸革を変えていくしかないのだと辿り着いたこの答えこそ、巽のなかでの最善の方法だった。
『…俺がいない間…憂を頼んだよ』
『……え?』
片付けを終えた巽が向き直ると稔の方へと歩みを進めて、その肩にそっと手を置いた。一呼吸置いてから息を大きく吸い込んで、その言葉が出るまでにどれだけ沈黙しただろう。きっと巽にとって憂を頼むということは自分の人生を賭けた最大の願いと葛藤で。躊躇いの後に紡がれ、向けられた言葉と表情は、稔が今まで見てきた巽の表情とは明らかに違う真に迫った有無を言わさずの眼差しである。あの稔が思わず言葉に詰まるほど。
『憂は俺の命だからさ』
巽にとっての宝物を稔に預けた。
三年という年月を、自分の命だと言った宝物を、誰でもない稔に任せたのだ。
ーー現在……
『重すぎるよ、巽の宝物は……』
憂が特別なのは知っている、その特別な力の出どころは稔も知らない。彼女は一人の女性、自分の生きている道がある。稔だってそうだ、彼自身も歩まなくてはならない道がある。年中ずっと見張っているのは無理な話で、常に一緒にいる事が出来るわけでもない。
例えば今日のような事だって稔が知らないところで起きている可能性もあるのだ。ひとまず何も無くて良かったと言うべきなのか否か……稔は憂を部屋に送り届けることにしたのだった。
ーーー憂を部屋に送り届けて稔が向かったのは、𧲸革の地下にある階段を降りて角の書庫。そう、稔は憂の能力である先見ノ華のことを良く知らない。だからこそ𧲸革が先見ノ華とどう言った仕組みがあって、どういった因果関係があるか知りたかったからだ。
『何も知らされないで頼まれたって……どうしたらいいんだよ…バカ兄貴』
埃っぽい空間は、古い書物の匂いとインクの匂いで充満している。書庫には電気という電気はないから間接照明として使っているランプに火を灯した。仄かに明るくなる部屋の空気感はひんやりとしていて稔は腕を軽く擦る。訝しげに眉を寄せ巽に対して悪態をつき、書庫の文献を探すために本棚の一段目から目を凝らした。先見ノ華の出所は何処か?……𧲸革との関係とは?と…一つ一つ本に触れていくと一つだけ、やたらと手触りの良い本を見つけた。分厚いそれは厳重で小さな南京錠で鍵付けをされているのだ。
『…これは…』
一瞬、思考が停止する。南京錠というものは鍵が数字入力形式になっている。右から一つ一つ設定された数字を変えていかなければ一つ間違えても開かないそれは難攻不落
『何かこの本に隠されてる?』
稔は思い当たる数字を指で回すけれど、やはり当てずっぽうでは開けることなど出来るはずもなく、何処かに解錠の答えがあるのではないかと辺りを見回した。
体調ゆえに今でこそ余りこの部屋を使わないが、つい数年前までは確かに使用されていた当主の机をしらみ潰しに探すと、それはあった。家令である千夜子のおかげか掃除だけ行き届いた引き出しの中は整頓されており大切そうに保管された一つの紐閉じの本。慶三のものなのか、はたまた他の誰のものなのか解らない日記だ
『誰の……』
ペラペラとページをめくっていくと、その連なる文字は女性が書いたものであると、すぐに理解した。その流れるような言い回しや、優しい表現はその性格や人となりが表れていたからだった。
慶三と結婚するまでの思い出、日常のことが二日に一度、もしくは毎日書かれていたが、内容から推測するに自分を産んですぐに他界してしまった母親、沙羅のものだと確信を得る。
白黒の写真だけでしか見たことがない自分の母親、そんな彼女を知る機会にはちょうどよく、少しの興味を胸に抱き日記を読み進めていくと巽が産まれる前と産まれた後で不自然に書かれているページがある。言ってしまえば、その間が明らかに破り取られているのだ
『巽を身籠もっている間の日記が無いのは不自然だ……』
色々調べたいことはあれど、日記から得た情報で沙羅が慶三と出会った頃。沙羅の誕生日…と様々な情報を頭に取り入れたところで先程の南京錠の解錠を試みた。
ー……〇二二三……カチャン
南京錠の解錠数字は〇二二三……
『〇二二三……二月二三日…って』
慶三と沙羅の結婚した日。結婚記念日であるが、幸せ絶頂のはずのその日付は……
『母さんの……破りとられてるページの最初にくるはずだった日付』
そう、その数字は残っている日記の何処にも書かれていないもの。
稔が破り捨てられる直前の日付から推測して書かれているはずであろう幸せなページ、あってもおかしくはないはずの空白ページの日付だった。
『どういう……』
南京錠を取り、分厚い手記を眺めると……稔は驚くべき事実を目にする。
ー𧲸革雅良………追放
𧲸革雅良
𧲸革雅良とは誰だ?それは稔が産まれてから一度も聞いたことのない名前だった。追放…不穏なその文字列に目が離せなくなる。
そこには𧲸革雅良の出生記録や、その全てを𧲸革から抹消するという記述だった。𧲸革雅良は……稔と巽の父親である現当主、𧲸革慶三の兄であり…慶三が当主になる前の、前当主だったという。
『ボクと巽の叔父…』
当時の当主はそれは荒くれ者であった、家臣の言う事には目もくれず…好き放題遊び歩く男だった。
聡明で賢く、そうして当主として素晴らしい手腕を振るう能力ある男であり𧲸革の権限を網羅した男だったが、その男は禁忌を犯した。自分の妻を陥れ自殺に追い込み……𧲸革慶三の妻であり、先見ノ華をもっていた沙羅に恋慕の情を抱いていた……そうして…
『……追放された……』
これは𧲸革の歴史である…
そう書かれたその本は、稔の求めていた事を記述しているかのようで、稔は思った以上に衝撃を受けたのだ。先見ノ華とは、この世に一番最初に産まれた女にあった能力ということ。それは巽も聞き及んだことだが、稔はそれを今、初めて知った。そして先見ノ華は希少で𧲸革の男とどうにも関わりが深い。
『まだ……足りない。調べる事が多すぎる……』
稔はこの日から、ありとあらゆる文献を読み𧲸革の歴史と先見ノ華の関係性を調べる事にしたのだ。それが後にこの物語の真相となることはまだ誰も知る由もない。
ーーー月影に一人、背の高い男性の姿がある。
夜も更けて肌寒くなってきた夜桜の上に佇む男、かつて憂を駒として扱い、失敗した彼女を始末しようとした青年。どういうわけか今日は助けた。漆黒の髪を靡かせて、夜桜の花びらを一枚手中に収めると、そっと掌を開く。
ーはらり、ひらりと……その花弁は夜風に乗って飛んでいった。
『𧲸革は…先見ノ華には抗えない……やはり惹かれ合う運命ということか……藍染燈臣が憂に執着してるとは知らなかったが…まったく狂わせてくれる』
詩經の物憂いげな深緑色の瞳には、想い人の部屋で一人ひっそりと静かな涙で頬を濡らす少女の姿が映っている…そう、先程助けた駒草憂、詩經にとって彼女は華だった。誰にも汚されることの無い高嶺の花。確かにあの夜会の夜、詩經は憂を殺そうとした。しかしそれは間違いだという事に気がついたのだった
『……憂が高嶺の花ならば、俺はさながら地に落ちた枝葉か…ふ……』
その場所に暫し佇んで、夜も更け月が真上に昇る頃……
胸に空虚感を抱くその男はつぶやいた。
ー『真の継承者は……𧲸革巽ではない』
第二夜
涙ノ華ト空虚ナ枝葉 完
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