次元トランジット 〜時空を超えた先にあるもの〜

柿村 呼波

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第1章 繰り返す女

行動開始_2 

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 次元監視者として6次元にいた天ヶ瀬と蒼井は本庄の居るレストランの窓の近くから鮫島李花を観察していた。女の視線の先には天ヶ瀬のよく知る本庄幹彦が少し遅めの昼食を取っていた。本城幹彦はレストラン・ブルーローズのソムリエ本城秀徳の弟なのだ。

 鮫島李花は本城の方を後ろ斜め45度の辺りの席から凝視している。注文したケーキセットには一口も手をつけていない。

そして本城が左手をウエイターを呼ぶために顔の横に上げたのをじっと見ていた。

「よかった、間に合ったわ……」

本城幹彦の左手薬指には今は何もなかった。
離れた距離から観察していた蒼井は有り得ない距離から聞こえた声に妙な違和感を感じていた。

「天ヶ瀬さん、監視対象者からこんなに離れているのに、話し声が聞こえた気がするんですけど、この6次元って場所はどうなってるんですか?」

「離れた場所からただ見ているだけじゃ何やっているのか分からないでしょ? 声が聞こえればある程度監視対象が何をしているか分かるしね。異次元である6次元には何か大きな力が働いてるってことで良いかな。まあ後は九条さんのおかげってことにしといて」

「あのう……、九条さんは何者なんですか?」

「まぁ……  そのうち分かるようになるよ、多分」

答えをはぐらかす天ヶ瀬はこの不思議な現象を説明するつもりが無いことを、蒼井は悟った。今は取り敢えず九条のことは考えるのはやめて、事の成り行きを見守ることに徹した。6次元という余剰次元で体をふわふわとその辺に漂わせたままで。



 和やかに同僚と話をしながら本城幹彦は昼食をとっていた。彼は日本人ばかりの中にいると、少々目立つ。髪はプラチナブロンドで瞳は榛色、長身で彫りが深く鼻筋が通り目力もある。そんな華やかさで人目を惹きつけてしまう。それに加えて基本的に老若男女問わず紳士的な態度。隠れたファンがいることも頷ける。

彼の曽祖父がイギリス人だったのだが孫である母親よりも曾孫の兄弟二人の方が強くその特徴が現れたようだ。一種の隔世遺伝である。

天ヶ瀬と蒼井が監視を続けていると食事の合間に同僚が本城に話しかけた。

「あの薩摩切子工房のオヤジさん、よくあの子を弟子にしたよなあ。うちのショールームにも見本を置いてくれるなんてオヤジさんも随分丸くなったよな」

次元監視者の二人が同僚だと思っていたのはリームの社長の鮫島潤一であり、鮫島李花の兄だった。

「美里が薩摩切子が好きで、日本だけじゃなくて世界中の人に知ってもらいたいって言って、オヤジさんのところに取材を申し込みに行ったのがきっかけだったよな……   まさかこんなことになるとは」

「薩摩切子って一度途絶えたのに30年位前に復刻してくれたから、またあの独特で綺麗なガラス細工が見られる様になったんだったよな」

「そうだな。うちの店で扱える様になったのも、美里ちゃんのお陰だよ。お礼を言っておいてくれるかな本城」

「ありがとうございます社長。ちゃんと伝えておきます」

本城がお礼を言付かった相手である翻訳家の新島美里は、翻訳だけでは飽き足らず、少し前にとうとう自分で本を作ってしまった。しかも、日本語ではなく世界中で一番多く使われている言語、英語で本を作ったのだ。その本のおかげもあり、薩摩切子は海外のからも購入希望者がぐんと増えたのだ。

 初めは取材を渋っていたオヤジさんも薩摩切子が認められたことに痛く感謝するようになった。そんな時、フランス人のジュリア・エヴァンが弟子入りしたいとオヤジさんの工房に突然アポも無しに訪ねてきたのだ。

ジュリアは見かけは鼻筋の通った生粋のフランス人だが、元々日本に憧れて学生時代から日本語を勉強していたのでゆっくりではあるが日本語でもコミュニケーションが取れる。

伝統工芸の世界にもAIよる恩恵は少なからずある。一般的にはAIが進化しオフィスワークでの単純作業では機械化が進み人手が要らなくなった。一方、その機械や仕組みを管理する人間はこれまで以上に必要になった。AIが得意なのは決まりに則って答えを出すこと。そのうち弁護士を筆頭とする士業と呼ばれる人たちも淘汰されると言われている。

 少子高齢化やAIの進化でこれまであった仕事がなくなると言われていた。しかし全てがAIに代わるわけではない。それに時代に合わなくなった仕事がなくなればその代わりにまた新しい仕事が生まれる。それに始まりのAIを作りだすのは人間なのだから。

そして3Dプリンターを使って家やビルまで建ってしまう時代になっても人の手で作る伝統工芸品の繊細な趣はまだ機械やAIには造り出せない。それにこんな時代だからこそ、余計に手間暇かかった手作りの作品から人は趣や温かみを感じ取りたいのかもしれない。

 そして突撃訪問されたオヤジさんは結局彼女の押しの強さと迸るような熱い情熱に負けてあっさりと弟子入りを許可してしまった。

「俺はもう弟子は取らない」

以前そんなことを言っていた男が随分と丸くなったものだ。そして目でたく弟子入りできた彼女は今は工房近くにあるオヤジさんの家の離れに暮らしている。

「フランス人の彼女、心は日本人だって言ってたよ。美里にも会いたいって言ってたな」

「本城、俺やっぱり今度美里ちゃんに会って直接お礼が言いたいんだが、会いに行ってもいいか?」

「もう少し落ち着いたら、兄の働いているレストランで食事をしよう。美味しいワインを頼んでおくよ」

「楽しみにしている、ありがとう」

二人はまだ途中だった食事を再び食べ始めた。
そんな様子を少し離れた席から見ていた鮫島李花は、本城の指にまだ指輪が無いことを確認して一安心していた。

しきりにバッグの中の書類を確認していた鮫島李花は注文したケーキを一口も食べることもなく会計に向かった。


その様子を監視していた蒼井は天ヶ瀬に指示を仰いだ。

「僕たちは鮫島李花の尾行ですか?」

「尾行というかこの次元からの監視かな、じゃあ、次の場所に移動するよ」

天ヶ瀬に言われた時は6次元の中をゆらゆら漂っていたはずなのに、突然蒼井の周りの空間が北国の雪景色のように一瞬にして白く染まった。

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