次元トランジット 〜時空を超えた先にあるもの〜

柿村 呼波

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第1章 繰り返す女

違う世界

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 ホテルに到着しフロントで宿泊手続きをする。すぐにベルボーイに案内され予約したスイートルームに向かい部屋に荷物を置くとすぐにレストランへと向かった。

シーズンオフのホテルの中は客の姿もまばらだった。おかげで小走りしてホテルの中を移動しても非難じみた目を向けられることもない。廊下からレストランの入り口を見るとお目当ての二人が丁度席に付くところだった。鮫島李花は小走りで2人に近づき、然も偶然を装い声をかけた。

「すみません、もしかして本城美里さんですか?」

旅先で突然後ろから声をかけられた本城美里は吃驚した。

「えっ……  」

彼女は確認するように声のした方向に振り返った。

「東京のリームでお世話になっております、鮫島の妹の李花です」

名乗られた相手を美里は知っていた。

「鮫島社長には主人がお世話になっております。鮫島さんもお仕事ですか?」

「えぇ、そんな感じです。お二人はこれからお食事ですか。せっかくなのでご一緒させてもらっても良いですか?」

「そうですね、これも何かの縁でしょうから」

美里は申し訳なさそうに相手の女性に話しかけた。

「ジュリアいいかしら」

「美里がいいならダイジョウブだよ、お腹すいたから早く食べよう!」

何も知らないジュリアはあまり気にした素振りは見せなかった。そして3人で食事をしながら鮫島李花は二人が交わす薩摩切子の話を聞いていた。二人の話が落ち着いた時、唐突に鮫島李花が話し出した。

「お二人とも明日もしお時間があったら、少し観光に付き合ってもらえませんか? 大きな湖があるというので遊覧船に乗りたいんです。どうでしょうか?」

「私はまだ修行中の身だから明日はゴメンナサイ」

ジュリアのその言葉に鮫島李花は心の中でガッツポーズを作った。これで邪魔者が一人消えた、と。

「行きたいのですが、観光するのならもう1泊したい所なのですが、実はホテルは今日までしか押さえてないのです」

「それだったら大丈夫です、実はスイートルームに滞在しているので、使っていないベッドルームがあるのでそちらでよかったら、いかがでしょうか」

「いえ、それは申し訳ないのでホテルに問い合わせてみます。それでダメな時はお願いしても良いですか?」

「勿論です。遠慮しないでくださいね」

食事を終えてジュリアとも別れた美里がフロントへ問い合わせると、明日は通常の部屋は全て予約で埋まっていてDXスイートルームしか空いていないと言われた。一瞬、鮫島梨花の好意に甘えようかと思ったが何故か嫌な予感がしたので今回はランクアップした部屋の予約を取った。


 二人と別れた鮫島李花は広い部屋で一人笑いが堪えられなかった。

「部屋なんて取れるわけがないじゃない、空室は全部私が押さえちゃったんだから」

美里の嫌な予感は気のせいなどではなかったのだ。

しかし時折ふらりと要人の訪れるこのホテルでは万が一に備えてDXスイートなどの予約は受けない事になっていた。そのため、鮫島李花は全ての空室を押さえていた訳ではなかったのだ。少しずつ己の望む方向と歯車が噛み合わなくなってきていることに彼女は気付いていない。

 翌日朝食後に美里は一人でフロントへ行くと今日泊まる部屋を確認していた。鮫島李花は少し離れたところからそれを見て勝手に今日までの部屋の会計をしているのだと勘違いしていた。その後二人は観光用の遊覧船に乗るために近くの湖へと向かった。

小型の遊覧船に乗り込んだ二人はジュリアの作る薩摩切子について話していた。ジュリアは苦労の甲斐あって師匠に認められ、これから自分でデザインしたグラスを作るので出来上がったら是非みに来て欲しいと言っていたようだ。それを楽しみにしていると美里も話していた。

すると突然、鮫島李花が話題を変えた。

「天気も良いので、上に行って船からの景色を見ませんか」

何故か気が進まない美里だったが断る理由もないので仕方なく答えた。

「ええそうですね、せっかくなので行ってみましょう」

二人は立ち上がり通路側へ移動しデッキへと向かう階段を登った。鮫島李花は階段を登る美里の姿を眺めながら諜報部からの報告書のことを思い出していた。

その内容はこうだ。

ー現地の方からの情報ー
・この湖は、薩摩富士と呼ばれている標高900m程の山を逆さにしたような形をしているらしい
・50年以上前の話になるが、ボートに乗って湖の中央付近まで行きその時にバランスを崩し誤って湖に落ちた女性がいたという情報がある
しかし湖があまりに深すぎて警察が捜索したくても死体が上がってこなかったと言われている


鮫島李花はこの情報を知った時、ある恐ろしい計画を思いついた。


 座席のあるフロアから階段を登りきりデッキに出ると、鮫島李花は不自然にならないように美里を誘導した。

「向こうの方の景色がいいから船の端まで移動しましょう」

デッキからは湖がよく見える位置で船の中からは死角になる湖側の手摺のところまで二人は移動した。二人は遊覧船から見える壮大な山肌を眺めていた。すると突然鮫島李花はパンプレットに載っていた架空の生き物について話し出した。

「本城さん、ここってネッシーみたいなのが居るって噂ご存知ですか」

「そうなんですか?」

「なんでも湖から顔を出しているところを見た人がいるって話ですよ」

「そういえば、人魚かも知れないって話も聞いたことがあった気がします」

すると鮫島李花は右手を大きく振り上げて湖の真ん中あたりを指差した。

「ほら、あの辺にいたんですって」

「えっどこですか」

好奇心旺盛な美里は不注意に湖を覗き込んだせいで、船から少し身を乗り出してしまった。その瞬間を見逃さない鮫島李花は『今が絶好のチャンスだ』と、スッと美里に近付き背中を押して湖に落とすために美里の背中を押そうとした。その瞬間、グワンという低い音とともに周りの景色が湖の波のように歪み体まで一緒に歪んでいるような不快感が襲ってきた。耐えきれずギュッと目を閉じると苦しさで意識も手放してしまった。

 暫くして意識が戻ると体ごと歪んだような奇妙な感覚は治まっていたので目を開けてみた。するとそこはモノクロで何もない空間だった。鮫島李花はつい今し方まで憎き本城美里と遊覧船に乗っていたはずで、愛する人を手に入れられるまであともう少しのはずだった。

「あの女はどうなったのかしら、あの後湖の底へ沈んでくれたかしら」

自分の状況も把握できていないのに、美里を湖に突き落とそうとした後のことの方が気になって仕方がないようだ。しかし突然どこか知らない場所へと引き込まれたことを不思議に思う間も無く、突然後ろから誰かの声が聞こえてきた。

振り向くと全身漆黒の衣装を身に纏い、周りの色よりもっと白い顔をした男が鮫島李花の方へと近づいて来た。

「君は……  鮫島李花で間違いないか」

「えぇ、そうですが。それよりここはどこですか? さっきまで遊覧船にいたはずなのに、それにあなたは誰ですか」

「ここは君みたいな罪を犯したものが来る場所だよ。そして私は管理人みたいなものだ」

「管理人? ですか」

よく見ると、肌が白いだけでなく彫りの深い顔でありながら少し目尻の吊り上がったキリッと涼やかな美青年だった。鮫島李花はもっと状況を把握したいと美青年に質問しようとしたのだが遮られてしまった。

「君はもう現在には戻れない。次元を移動して罪を増やしてしまったからね。あー、現在にいた時点ですでに罪を犯していたんだ。でも未来へ来てからの行動次第では罪を償うチャンスが与えられる可能性もあったのに、残念だったな」

”残念だった” と言っているのに管理人と名乗る男は微かに侮蔑の笑みを浮かべていた。鮫島梨花は『何が残念なの、罪って何?』と怪訝な眼差しを管理人に向けた。

「それと君は自分がどんな罪を犯したか分かっているのか。あーでも分かってたらここに来ていないか」

自己完結している管理人。

鮫島李花の罪。それは殺人未遂に有印私文書偽造罪、偽造有印私文書行使罪。判明していることだけでもこれだけあるのだから、調べればもっと出てくるのは間違い無いだろう。

「私、罪なんて犯した覚えはないですけど、人違いじゃありませんか。ちょっと変なことを言うのはやめてもらえませんか」

管理人は『こいつ、あの瞬間に移動させてやったから罪を犯してないとかいうのか。別にお前のために移動させた訳じゃない。それにしても自分に都合の悪いことは記憶にございませんって何処ぞの政治家か。それとも3歩で忘れる鳥頭なのか』などと心の中だけで呟いていた。

 突然異空間に来たというのに緊張感がないばかりでなく、罪の意識が全く感じられない罪人を目の前にして、管理人である神崎英人はすぐに思考を切り替えた。

『こういう輩には一切合切教えてやる必要はない。時間が勿体無いからさっさと仕事しようかな』と素早く次の行動に移った。

管理人、神崎は鮫島李花の方へ冷ややかな目線を向けて言葉を放った。

「俺の慈悲が分かっていないようだが一応話しておく。それとここで話したことは次の場所に行った時には忘れてしまうだろうが一つだけ教えてやろう」

一旦鮫島李花から目線を外した後、深いため息をついてからある一点を見てこう言った。

「君がこれまでどんな罪を犯したのか、もしも本当に自分自身と向き合うことができたら、これから行く場所から解放されるかもしれない」

鮫島李花はその言葉を聞いた瞬間、また体ごと歪んだかと思う感覚と共に意識を失ってしまった。

鮫島李花が目の前から消えたことを確認した神崎は呆れたように呟いた。

「まあ、そんな可能性は限りなく0に等しいけど」





 鮫島梨花が目覚めて視界に入った景色はよく見慣れた自分の部屋の天井だった。目覚めたばかりなのに少しも疲れが取れていなかった。徐に起き上がり身だしなみも整えず急いで食堂に向かうと佐伯を呼んだ。

なぜなのか理由は自分でもよく分からないがどうしても何かを確かめなくてはいけない気がした。

「おはようございます。お嬢様どうなさいましたか? お着替えもなさらずに」

「そんなのはいいの、佐伯。お父様の取っている新聞を見せて」

「新聞でございますか。お嬢様はニュースはネットでご覧になるからいらないと仰っていませんでしたか」

「いいから、あるなら貸して! 早く!!」

「こちらでございます」

佐伯が新聞を差し出す。

「なんだ有るじゃない、早く寄こしなさいよ」

鮫島李花は引ったくるように佐伯から新聞を奪い取った。彼女は何故だか今日の日付を確認したかった。自分でもどうして日付を確認したいのか分からないのだが、とにかく新聞を見て日付を確認することにした。そこには、1020と書いてあった。

 特に何の問題もないはずなのに、どういう訳か何かがおかしいような気がする。しかしその何かが一体何なのか鮫島李花には皆目見当もつかない。

彼女はその少しの違和感よりも、10月20日の自分の予定について思い出した。今日は過去に行って、自分と本城幹彦との婚姻届を提出するんだったと。大切な予定を思い出したら、体も空腹だと訴えてきた。

「今日沢村はいないの」

「今日料理長は休みでございます。ですが料理は届いておりますのでご安心下さい」

「そう……分かったわ。準備してくれる、佐伯」

「畏まりましたお嬢様、少々お待ちください。ただいまご用意致します」

佐伯はキッチンへ届けられたブランチを取りに行った。

鮫島李花はブランチをテーブルに並べる佐伯を見ながらこの後の行動をシュミレーションしていた。

「食事を済ませたら、少しでも早くあの店に行かなくちゃ。過去に繋がることができる店ンへ」

彼女はそれだけ呟くとブランチが用意されるのを待った。


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