次元トランジット 〜時空を超えた先にあるもの〜

柿村 呼波

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第2章 迷子の仔猫

過去へと繋がる扉

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10月28日 PM

それは雲一つない秋晴れの空が心地よい日のことだった。


 チリンチリンチリンチリーン。
来客を知らせるベルの音が鳴り響いた。
この店の店主である九条薫は長い黒髪をかきあげながらその美しい顔を上げた。

彼の目線の先にある店の入り口には、やけに見覚えのある人物が申し訳なさそうに佇んでいた。
九条薫は一向に話し出さないその人物に話しかけようとした時、その後ろにいる珍しい人物と目があった。

「確か君は蒼井君のご友人だったよね。私に用があるのは君かな」

「はい、こんにちは、蒼井の友達の門脇智也と申します。いつも蒼井がお世話になり有難うございます」

「いやいや、こちらこそお世話になっているよ。彼のピアノのファンは多いからね」

「私も蒼井のピアノは大学の頃から好きでして、最近はブルーローズでの演奏を楽しみにしているんです」

「それはそれは、いつもブルーローズをご贔屓頂きありがとうございます」

「今日は蒼井のピアノのことではなくて、実は九条さんにお願いしたいことがあってこちらのお店に伺いました」

それだけ話すと後ろの男が突然頭を下げた。

「唐突に申し訳ありません。過去のある時点の様子を確認したいんです。過去へ行くにはどうしたらいいですか」

「それはいいけど、君はどういう理由で過去へ行きたいのかな?」

九条に尋ねられた門脇は蒼井の促すような顔を見て深く頷いた。

「実は叔父の探偵事務所に、猫が行方不明になって探してほしいと言う依頼が来たんです。殆ど手掛かりという手掛かりが見つからなくて捜索が手詰まりになってしまって……。お恥ずかしながらこうして九条さんにお願いにあがった次第であります」

門脇は今度は、九条に90度の最敬礼をした。それを見た九条は困ったように笑った。

「その猫の捜索依頼は単なる迷子じゃないみたいだね。話を聞いてみないことには力になれるかどうか分からないから、まず何があったのか話してもらえないだろうか」

「ありがとうございます。……それが3日前のことなんですが……」

門脇は一度目を閉じると大きく深呼吸をした。

「依頼主のご夫妻は主に輸入雑貨の卸と小売りをしています。最近では人気のトルコの黒い紅茶が順調に売り上げを伸ばしていて取引先ともとても良い関係を築いているようです。

 以前その取引先のトルコ人社長が来日し、依頼主ご夫妻のご自宅に宿泊した時のことです。ご夫妻の自宅にあった日本の家電や設備をいたく気に入ったそうで、すぐにでも欲しいとお願いされたご夫妻はすぐにトルコへ送る手配を取ったそうです。アイロン掛けまで仕上げる全自動洗濯機を、いつも品質の良い品を優先的に納めてくれるお礼として代金は受け取らずプレゼントしたと言っていました。

 すると次にその社長が新商品の説明を兼ねて来日した時なんですが……依頼主のお二人が猫が大好きだと話していたことを覚えていた社長は2人に内緒でトルコの子猫を連れてやって来たんです。

『この子がこの家を気に入ったら二人に預けても良いかい』と言いつつも社長は初めから猫を譲るつもりだったそうです。

猫好きのご夫妻に断る理由はないので、賢くて順応性の高いその猫は日本で暮らすことになりました。お二人には内緒なだけで、合法的に社長によって猫は然るべき手続きを経て入国しています。

それに猫を日本に置いていくことにしたのは家の間取りやご夫妻の事も猫が気に入ったと社長が確認し安心したからなのですが……」
『ちゃんと伝えるのに前置きが長くなって申し訳ないけど、端折ると分からなくなるから聞いてください』とは門脇の心の声だ。

門脇は一旦話を止めて、呼吸を整えるとまたすぐ話し始めた。
「結局その猫は預かるのではなく、諸々の手続きも済ませて日本に住むことになったのです。とても賢いその猫は ”ターキッシュアンゴラ” と言って日本では殆ど見ることのない珍しい猫なんです。
大きな耳はピンと上に向かって立っていて、白くて長い毛は優雅で美しい、そして特徴的な目を持つその猫はマニアの間でとても人気があることで有名でした。だから二人も連れ去られたりしないように充分過ぎる程気をつけていたんです。
動物病院に行くにも他の飼い主さんに会わないように時間予約などは徹底していたと仰っていました。

それが3日前、奥さんが自宅に併設されているアンティーク調のお店からの呼び出しを受け様子を見に行ったほんのわずかな間に突然猫が跡形もなく消えてしまったそうなのです。
備え付けの防犯カメラにも映っていなかったので計画的な犯行ではないかとは思われるのですが、どうにも手掛かりが少なすぎて……はっきり断定出来ないのです」
『怪しいところはあるけど、裏付けできないんだよな……』門脇は本当にお手上げのようだ。

すると九条が門脇に尋ねた。

「その猫の目に特徴があるって言ってたけどもしかしてその猫オッドアイじゃないの」

「いえそれが…………  確かにオッドアイではあるんですが、その片方の目が珍しいダイクロイックアイと言って一つの瞳が二色に分かれているんです。ダイクロイックアイは千匹に一匹産まれるか生まれないかと言われるほど珍しいものなのです。
そしてその猫は右目は単色のブルー、左目はグリーンとイエローが一つの瞳の中にある非常に珍しい瞳の猫です」
『あんなに綺麗な目の猫初めて見たもんな、マニアは喉から手が出るほど欲しいんだろうな』
心の声からどうやら門脇は本物を見たことがあるようだと九条は感じ取った。

「だから、狙われたんだ……それでどうして過去に行きたいの?」

「防犯カメラも目撃情報も当てにならないので、過去に行ってどこに連れて行かれたのか知りたいんです。ご夫妻もとても可愛がっているので出来るだけ早く見つけて連れ戻したいと考えています」
『マニアに売られていなければいいんだけど、大丈夫かな……』

「そうなんだ、だったら門脇くんだけじゃなくて蒼井君も一緒に過去に連れて行くといいよ」

「本当ですか、有難うございます」
『蒼井が一緒に来てくれるなら、早く見つかるかもしれないな』

門脇の蒼井に絶大な信頼を寄せていた。九条はその様子に口元を緩めた。しかしそこで蒼井本人からクレームが入った。

「九条さんちょっと待って下さい、勝手に決められても困ります。どうして僕まで一緒に行く必要があるんですか。探偵の門脇一人でも大丈夫じゃないですか」

「蒼井君が困ることって一体何」

「僕は今日これからブルーローズでピアノの演奏の仕事があるからです」

「そのことなら大丈夫。その時間の前に戻ってくればいいだけだから。もし戻って来られなくても私が代わりに演奏するから全く問題ないし心配無用だよ。だから一緒に行ってあげてくれないかな」

蒼井はいつもの如く何を考えているのかさっぱり分からない九条に、また振り回されていた。

「ちょっと腑に落ちませんが…… 一応、分かりました。で、僕は何をすればいいんですか」

拗ねたようなぶっきらぼうな言い方だった。

「君は君の出来ることをすればいいんだよ、大丈夫だから心配しないで行ってきてね」

「僕のできることって、またそんな曖昧な言い方を……」

九条にこれ以上聞いたところで望んだ答えは返って来ないと踏んだ蒼井は早々に気持ちを切り替えることにした。二人のやり取りが落ち着いたところで門脇から声がかかった。

「あのー お取り込み中すみません。九条さん、僕たちこれからすぐ過去に行ける感じですか?」

「あぁごめんね、すぐに行けるように今準備するから。まず門脇君はこのタグを首から下げてくれるかな」

門脇は九条から渡された銀色のドッグタグを素直に首から下げた。

「蒼井君はリングを持っているからタグはいらないよ。猫のためにも早く過去へ渡った方がいいと思うからよろしくね」

九条は話は終わったとばかりにカウンターから出てきて即座に青い扉を出現させた。門脇は一瞬目を丸くしたが、それ以上に驚くことはなかった。とにかく早く探しに行かないと、猫に何かあってからでは取り返しがつかないからだ。

「そのタグは鍵の代わりになっているから扉に翳すと過去に行けるよ。過去から現在へと帰ってくる時も必要だから無くさないように気をつけて。帰りはタグを手に持てば扉が現れるからその扉にタグを翳せばここへ帰って来れるから安心して。

それと、もし蒼井くんがピアノを弾く時間に間に合わせたかったら門脇君に渡したタグが光ってから10分以内に帰ってくること。タイムリミットは24時間。例えば昼から夜に時間移動してもその時間は含まれないから安心してね。2人で24時間を有効に使うように。注意事項はこれくらいかな。後は蒼井くんよろしくね」

「有難うございます、行ってきます」

「行って来ます、でも今日もブルーローズでピアノを弾きたいので絶対間に合うように帰ってきます、必ず」

「はいはい、行ってらっしゃい」

九条は穏やかな顔で二人が扉の向こう側へ行くのを見送った。

見送った後、九条は蒼井の言葉を思い出していた。その中で一つだけ分からないことがあった。
なぜ彼は今日ブルーローズでピアノを演奏したかったのだろうか、と言うことだ。今日はいつもなら聞こえる蒼井の心の声が彼の感情が昂っている時以外は聞こえなかった。どうやら九条が思うよりも早く彼は心の声を聞く方も出す方もコントロールできるようになりつつあるようだ。

「やっぱり蒼井くんを監視者見習いにしたのは正解だったな。いつ彼が自分のポテンシャルに気が付けるか……彼のおかげでまた楽しみが増えたよ」

九条がやけに楽しそうに零したした独り言を控室の扉の前に立っていた天ヶ瀬が聞いていた。ブルーローズの新メニューの料理の試作を持って来たところだったのだ。

しかしそれは九条が、わざと天ヶ瀬に聞かせるために零した独り言だった。



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