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アーサー、アーシャ、アーサー
円満
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三回、妻はアーサーを引き取ることを我慢した。そして、四回目は、もう、我慢しなかった。
マイアが亡くなって一年後、静観していた妻は、とうとう、怒ったのだ。
父ウラーノは、妖精憑きキロンに抱きかかえられたアーサーを王都の屋敷に連れ帰ってきた。すぐに、妻は侍女たちを引き連れ、妖精憑きキロンと会話して、侍女を残して、妻は父ウラーノの元に戻ってきた。
そして、妻は俺よりも先に、父ウラーノを殴ったのだ。
視界の端でウラーノが吹っ飛ぶ光景を見た妖精憑きキロンは驚いて、足を止めた。そして、ウラーノと妻を二度見したのだ。とても、妻は人を殴るような女には見えないだろう。
妻の実家は後ろ暗い仕事をしている。だから、子にも容赦しないのだ。妻は、見た目華奢でか弱そうだが、技術がすごいのだ。どうやれば、人を吹っ飛ばせるか、ということをよく知っているのだ。人質にされても、人が痛いという場所を熟知しているから、そこを押して痛めつけて、弱らせて、ということを妻は笑顔でするのだ。俺は、夫婦喧嘩を絶対にしない。
「お前、年寄に向かって」
「アーサーがあんなになるなんて、聞いていません」
「父親のくせに、まさか、あんなことをするとは」
「男でしたら、言い訳はしないでちょうだい。見苦しい。今度こそ、アーサーはわたくしが引き取ります。例の部屋にアーサーを案内してちょうだい。医者も呼んできて。薬もあるだけ、掻き集めなさい。旦那様、お話があります」
俺の妻は、笑顔で父ウラーノを黙らせ、父の使用人たちに指示し、最後、俺を呼んだ。
俺は粛々と妻に従った。人払いをして、妻と対面して、裁きを待った。
「わたくし、三回は我慢しました。今度こそ、アーサーを引き取りましょう。あのどうしようもない父親は、愛人ごと処分です。わたくしの実家におまかせください」
「そんな簡単に決めるんじゃない。まずは、実権をこちらに握ろう。父上は今度こそ、引退させる。もう、口出しはさせない」
「アーサーの父親はどうしますか?」
「アーサーの扱いは、難しいんだ。辺境の三大貴族が今、アーサーがされたことを火消している」
本当に、大変なことになった。
アーサーは妖精憑きのお気に入りとして、帝国では監視対象となっている。ところが、その監視がマイアが亡くなって一年間、外れたのだ。妖精憑きのお気に入りは、ともかく、気をつけて扱わないといけないというのに、何かが起こったのだ。その事情はわからない。
しかし、妖精憑きのお気に入りであるアーサーが虐待されていた事実を帝国に報告することは、大変なこととなるのだ。辺境は帝国の攻撃を受けることとなる。皇帝レオンは、容赦しない。辺境の一部がやったのなら、辺境全土を攻撃すればいい、というのが皇帝レオンである。やり過ぎだ、と批判されても、区切りが面倒だから、と皇帝レオンは言い切る。誰も皇帝は止められないのだ。
だから、今、辺境を支える三大貴族の内の侯爵家と伯爵家が奔走しているのである。まず、アーサーの監視の責任がある辺境の神殿に働きかけ、報告を誤魔化してもらっているのだ。
間違っても、我が家がアーサーを保護したから引き取る、なんてことを堂々と言えない。辺境としては、妖精憑きのお気に入りであるアーサーは、辺境で元気にやっています、と言い続けなければならないのだ。そのため、アーサーは辺境にいなければならない。
そういう説明を距離をとってした。俺相手でも、妻は容赦なく手が出るんだ。
「辺境なんて、消し炭になればいいではないですか。子爵家のこと、お飾りと嘲笑っていたんです。だったら、そのお飾りを甘く見ていたことを後悔していればいい」
辺境の勢力図を知っている妻は、辺境の三大貴族と呼ばれる侯爵家と伯爵家のことを悪あがきと嘲笑った。妻は怒ると怖いけど、見た目はいいんだよなー。
「アーサーは、今はまだ気が触れてしまっているが、いつかは、元に戻る。その時、辺境のことを知ったら、悲しむだろう。そういう子だと、知っているだろう」
「………」
無言で悩む妻。数日だが、アーサーと過ごしてみて、そういう子だと、俺は感じた。それは、妻もだろう。
「偽物の兄妹と仲良くなれればいい、と話していたじゃないか。いい子なんだよ」
「それなのに、父親だけでなく、あの愛人とその子どもたちまで、アーサーに酷いことをして」
ギリギリと持ち出した鞭を握りしめる妻。辺境が近かったら、その鞭で、アーサーの父親たちを打っていたな。あの鞭、先に小さな棘のような針がいくつかついている。あれで打たれると、むちゃくちゃ痛くなるような構造になっているんだ。あれを握っている時は、気をつけないといけない。
「まずは、あのどうしようもない愛人とその子どもたちを社交場に出られないほど、恥をかかせてやります」
この後、妻の実家の息がかかった辺境の貴族を使って、本当にやったんだ。妻自らが出ていって、二度と、愛人とその子どもたちは、社交の場に出られないほどの恥をかかされた。
「まずは、アーサーの体が回復してから、決めましょう」
そして、問題は先送りにしてくれた。俺は、寿命が伸びたような気がした。
実権を奪われた父ウラーノは、本当にどうしようもない男だ。何事かあると、アーサーの所に行っては、アーサーを泣かせていた。
それに比べて、妻は、着々とアーサーに受け入れられていた。男を四人も育てたのだ。妻にとっては、気が触れたとはいえ、女の子相手は、簡単だった。
「アーシャ、絵本を見ましょう。綺麗でしょう」
妻は、子どもが、とくに女の子が好きそうな絵本を開いて、読み聞かせから始めた。アーサーは、妖精憑きキロンの膝に座って、綺麗な絵本に笑顔を見せた。
「アーシャには、この服はまだ大きいわね。せっかくだから、アーシャの体にあう服を作りましょう。色はどれがいい?」
それから、与える物全て、アーサーに選ばせた。アーサーは、選んでも、何も理解していない。妻が笑うから、アーサーも笑顔を返す。赤ん坊と同じだ。
妻は、無理にアーサーを妖精憑きキロンから離さなかった。キロンが側にいる時に、妻はアーサーに話しかけ、世話を手伝った。キロンと一緒だから、アーサーは妻を怖がらなかった。
とても面倒くさいだろうに、と俺が聞けば。
「楽しいわ!! アーシャの笑顔は綺麗で可愛い。もう、三回も我慢しなければ良かった。わたくしが我慢したから、あの子は可哀想になったのよ。次からは、我慢は二回にしましょう」
一応、我慢はするんだ。妻は我慢する回数を減らした。
「ありがとう」
俺は妻に頭を下げた。彼女には、感謝しかない。
我が子ではないアーサーは気が触れてしまっているというのに、面倒をみてくれる。
女の子が欲しい、と聞くと、玩具が欲しい、と聞こえてしまうだろう。父ウラーノは、たぶん、そう受け止めていたのだ。
そうではない。そう言って、妻は亡くなった妹マイアとその子アーサーが実家に帰れる場所を作ってくれたのだ。妻がそう言えば、マイアとアーサーが出戻りやすい。
「マイアには、手紙で説得したのよ。アーサーが生まれるよりも前よ。でも、マイアは、いい子ね。辺境のことは見捨てられない、という返事を貰ったの。実際の辺境は、酷いものだったのでしょうね」
「優しい子なんだ。本当は、マイアが嫁ぐ必要なんかなかった。別の子でも良かったんだ。だけど、マイアが名乗り上げたんだ」
未婚の、子爵ネロの年頃に丁度いい女はそれなりにいたのだ。遠縁から辺境に嫁がせても良かったのだ。だけど、マイアが名乗り上げて、嫁いだのだ。
「アーシャには、色々と見せてあげましょう。まずは、人を呼びましょう。急に、人が多い所に連れて行くと、アーシャも怖がるでしょう。少しずつ、アーシャの周囲に人を増やしましょう」
「そうだな」
アーサーの周囲には、妖精憑きキロンがいるだけだ。最初は侍女を数人つけたのだが、アーサーが怯えて、泣いたから、すぐに引き上げたのだ。それから、妻はアーサーの周囲に置く人を厳選し、少しずつ、増やしていた。
半年かけて、アーサーを我が家に引き取ろう、と俺と妻は話し合っていた。
なのに、保護してたった半月で、アーサーは妖精憑きキロンと一緒に、辺境に戻ってしまったのだ。
妻が泣いていた。あんなふうに泣くのは、初めて見た。それほど、悲しかったのだ。
辺境にアーサーが戻っている、という報告が、子爵家を監視している使用人からあがってきた。すぐに、妻と一緒にアーサーを迎えに行ったのだ。
アーサーは、俺のことも、妻のことも見えていなかった。妻が話しかけても、アーサーは見えていないし、声すら届いていないのだ。
見た限り、まともに戻っている。しかし、そうではない。アーサーは気狂いしたままだ。
どうして、こうなったのか、俺は妖精憑きキロンに訊いた。
「アーサーは、治ったんじゃないのか!?」
「精神だけ、妖精によって戻されたんだ。だから、戻る前に関わったお前たちの存在が認識出来ないんだ。そうなると、魔法が崩れるんだろう」
「妖精の仕業なのか!!」
「正確には、禁則地だ。あそこが、アーサーを呼び寄せ、魔法で、アーサーの精神を戻した。あれは、妖精というよりも、神のようなものだろう」
実際に、アーサーがされた現場を見ていた妖精憑きキロンは、妖精憑きでは手に負えない何かを感じていたのだろう。身震いしていた。
「記憶は残っている。精神を魔法で戻されたという自覚もある。今のアーサーは、復讐したいばかりだ」
「なんてことだ。そんなことに、アーサーの時間を無駄に使わせるなんて」
「アーサーの気が済まない。やられた人にしかわからない怒りだ」
元に戻ったアーサーの怒りと憎悪は、俺たちでは止められない。たった一年、一年も、アーサーは屋敷の外にある小さな小屋で、散々なことをされたのだ。
実際にされた内容の報告書を読んだ。表には出せない内容が羅列されていた。その中で、どうしても許せないことがあった。
アーサーから妖精憑きキロンを奪おうとした、キロンと過去関係を持った女たちと、キロンの血筋である子や孫たちだ。心が病んだアーサーを最後、追い込んだのは、彼らだ。
「俺は、こんなことになるなんて、わからなかった。俺のせいだ」
妖精憑きキロンは、過去の所業を後悔していた。
「君は悪くない。君は、被害者だ」
だけど、俺から見れば、妖精憑きキロンに悪い所なんてない。キロンはただ、言われるままに関係を結んだだけである。そして、キロンは捨てられた。
「君を捨てておいて、やっぱり惜しくなったなんて、身の程をわきまえない奴らは、もう、声すら出せないから、大丈夫だ」
「そうだといいけど」
キロンは血のつながりだけの子や孫を警戒していた。
表向きは、借金を盾に、キロンの子や孫を黙らせたことにしている。だが、黙ってやるだろう、とキロンは警戒していたのだ。
実際は、そんな生易しい話ではない。あまりにも声を出すから、声が出ないようにしてやったのだ。借金持ちのくせに、キロンの子や孫だ、という立場を使って、どうにか助かろうとした平民ども。相手は男爵と、平民のくせに、見下してきたから、思い知らせてやったのだ。
家族の目の前で、口うるさく、過去にキロンと関係を持ち、子や孫がいるというから、もう二度と、声を出せなくしてやった。喉を潰したんじゃない。怪我は、魔法で治療出来てしまう。
特別な薬を使って、喉を使えなくした。それは、妖精の魔法を阻害する、特別な薬だ。妻の実家では、その薬を使って、万が一、敵に捕まった時、薬を飲んで証言出来ないようにするのだ。妖精の魔法ですら治療が出来ないのだから、敵も諦めるしかない。
子爵家の屋敷には、再び、男爵家の息がかかった使用人たちが配置された。彼らは、俺を見ると、深く一礼した。
「今後は、使用人に報告してくれればいい。あまり口うるさいようだったら、領地の外に移住させればいい。帝国は広いんだ。いくらだって、住む場所はある。我が家が提供しよう」
「その時は、頼むよ」
まだ、家族で、声を出せる者はいる。また、声をあげるようなら、可愛い姪のために、排除しよう。
アーサーは最後、子爵家も、領地も、全て滅茶苦茶にして、消息を断ってしまった。どこでどうしているのか、わからないまま、一年が経った頃に、帝国で、辺境の子爵令嬢アーシャが、貴族に発現した貴族だと発表された。
城の外で皇族が発現することは、とても珍しいことだ。性別を女だと発表した女帝レオナは、皇族アーシャのことを妹のように可愛がっていたと話した。そのため、アーシャの望みにより、皇族であることを隠し、貴族として辺境で過ごさせていたという。
ところが、アーシャは野良の妖精憑きと子を為し、早世してしまったのだ。アーシャの忘れ形見となってしまった子アーサーを女帝レオナは後見人となって育てることにした。そのため、アーシャの死後ではあるが、皇族であることを発表し、また、アーシャの子を皇族と扱うことを宣言したのである。
本来であれば、皇族は大反対する話だ。まず、貴族に発現した皇族は、城にいる皇族と結婚し、子を為さなければならない。それは、絶対なのだ。城の中での婚姻が続くと、血が悪くなるという。それを健全化するために、城の外で発現した皇族を取り入れるのだ。それなのに、アーシャは、よりによって、野良の妖精憑きとの間に子を為したのだ。皇族同士での子でさえ、皇族失格者が出るのだ。皇族ではない者との間に誕生した子は、血が薄まるため、皇族でない可能性のほうが高いのだ。
その事から、皇族アーシャの子アーサーを城で育てることは、大反対された。
しかし、相手は皇族殺しの女帝レオナである。反対するなら、とやっぱり、力づくで黙らせたのだ。まず、声をあげた皇族貴族を家族こと根絶やしである。
「不満があるなら、俺様を殺せ。いいか、俺様が皇帝である限り、俺様が正義であり、俺様が法律だ。俺様がいうこと全て、正しい」
こうして、貴族は、口を閉ざしたのだ。
しかし、諦めきれずに、皇族は、筆頭魔法使いティーレットに訴えた。
「僕の皇帝アーサーですよ!!」
皇族アーシャの子アーサーを可愛がる筆頭魔法使いティーレットは、訴えて来た皇族のことを女帝に告げ口した。
こうして、皇族も、とうとう、口を閉ざしたのだ。
そんな嘘か本当かわからない噂話を聞き流しながら、妻は、アーシャのために作った部屋を片づけていた。
「悔しいわ。お義父様だけ、手紙を貰えるなんて。あんな最低最悪な事をした人なのに」
「仕方がない。我々は、アーシャの中にはいない存在にさせられたんだ」
「ねえ、アーシャの子ですから、わたくしの孫と言ってもいいですよね」
「おいおい、アーシャの子は、男の子だぞ」
「幸せにならないといけません。アーシャは、男であったら、幸せになれた、と信じていました。だったら、アーサーは幸せにしてあげないと。きっと、これから、アーサーは、苦労します。女帝が後ろ盾といったって、城には家族がいませんもの。わたくしたちが、家族の代わりになってあげましょう」
「………そうだな」
妻と俺は、父ウラーノが受け取ったアーシャの最後の手紙を読んだ。
可哀想に、アーシャは、最後まで、男で生まれなかったことを不幸と書いていた。だから、生まれてきた子が男の子であることを喜んでいた。
「聞いたか、アーシャの父親が、とうとう、死んだんだと」
「最後は、反省したから、きちんと治療されて、人並な扱いをされて、死んだんですよ」
また、妻は実家の力を使って、監視していたのか。俺よりも先に、情報を握っていた。
アーシャを引き取るために、執念深く作られた部屋は、一日で綺麗に片づけられてしまった。
「今更なんだが、アーシャが女の子だから、引き取りたかったのか?」
ずっと、アーシャのことを引き取りたいと言っていた妻。逆に言えば、アーシャが男の子だったら、まず、ここまで口出しも手出しもしなかったということだ。
「マイアは、必ず女の子が生まれる、と言っていました。よくわかりませんが、絶対だと。生まれるまではわからない、と手紙で励ましたのですが、女の子だと返事がきました。わたくしは知らないのですが、マイアは、何か秘密を抱えていたようです。あなたの一族では、気狂いを起こすのは、女で、未婚です。しかも、若い内に亡くなります。気狂いで死ぬと聞くと、そういう家系なのでは、と疑われます。ですが、結婚して、子を産んだ女は、健康で長生きです。未婚の女だけが気狂いを起こすのです。未婚の女には、何かあるのでしょう」
「マイアは結婚して、子もいる」
「ですが、気狂いを起こして死にました。マイアは貴族の学校に通っている頃から、わたくしに言いました。結婚はしない、と。マイアはとても優秀で魅力的な女性でしたのに、最初から、そういうものを諦めている感じがありました。男性から交際を申し込まれても、相手が貴族の跡継ぎでも、マイアは断りました。最初から、そういう予定はないようでした」
妻は、よく人を見ている。だから、社交界でも、妻は一目おかれるのだ。男爵の妻と侮って、社交界で恥をかかされた貴族は大勢いる。場合によっては、貴族でなくなった者たちもいるのだ。だが、悪い女ではない。話がわかるし、気遣いも出来るので、妻は、物事を円満にするのだ。
「マイア、可哀想に、子が愛せるかどうか、悩んでいました。夫のこと、大嫌いですし、まず、子を産むことすら考えてもいませんでした。だから、手紙で伝えたのです。男でも女でも、わたくしが引き取ってあげます、と。マイアの子でしたら、可愛いでしょうし、綺麗でしょうし、何より、マイアに似た、賢い子です。だから、安心して、わたくしに押し付けてください、と書きました」
「ネロに似ていたら、どうするんだ?」
「ネロに似ていたら、きっと、ネロが大事にします。そういうものです」
「そうか」
父親に似ていれば、父親もさすがに可愛がるものだ。マイアが産んだとしても、我が子だと認めるしかない。むしろ、似ているから、可愛いと感じるのかもしれない。
アーサーは、マイアにも、ネロにも似なかった。よりによって、父方の祖母に似たのだ。父方の祖母は、元々、王都出身である。貴族の学校でも、三大美女を呼ばれるほどの美女だという話だ。そんな父方の祖母に似たアーサーは、それはそれは綺麗な赤ん坊であり、綺麗な子であり、綺麗な女の子であった。
皇族アーサーは、泣き虫アーサーとして有名な皇族である。生まれがともかく不確かであるため、皇族間では、蔑まれる存在であった。
皇族アーサーは、貴族に発現した皇族アーシャと野良の妖精憑きの間に誕生した。
貴族に発現した皇族アーシャは、皇族殺しの女帝レオナに妹のように可愛がられていたという。皇族アーシャと野良の妖精憑きが亡くなり、天涯孤独となってしまった息子アーサーを女帝レオナが後見人となって引き取って育てた。
女帝レオナは、子育てが下手だった。筆頭魔法使いティーレットを赤ん坊の頃から育てたのだが、情けない筆頭魔法使いになってしまった。その事で、レオナを皇族はては女帝にまで見立てた賢者ラシフに最後まで責められたという。
そんな子育てが下手な女帝レオナが育てた皇族アーサーもまた、残念な皇族となった。
ともかく、泣き虫だ。何か言われると泣いて、皇族たちにいじめられて泣いて、と泣いてばかりであったという。
そんな情けない皇族アーサーだが、不思議と多くの人を従えた。
アーサーを支える者として、最初にあげられるのは、女帝レオナである。レオナは、情けないアーサーをかばい、悪くいう皇族貴族には、容赦なく鞭を打ったという。処刑をしなかったのは、アーサーたっての願いからだ。
次にあげられるのは、筆頭魔法使いティーレットである。アーサーが赤ん坊の頃から、ティーレットはアーサーのことを溺愛していた。そのため、アーサーが擦り傷一つつけられると、どこからともなくやってきたという。
皇族アーシャの遠縁には、騎士の家系の者がいた。皇族アーシャの忘れ形見となったアーサーのために、遠縁の兄弟である騎士ハリスと騎士ヘリオスは、戦場まで、アーサーの側を離れなかったという。
皇族アーシャの親友フローラは、アーシャの息子アーサーのために、辺境から王都に出て、皇族の教師となった。間違った教育を正し、不正を表沙汰にして、多くの貴族の粛清を手伝った。余談であるが、フローラは騎士ヘリオスと結婚し、一男一女をさずかった。その子も、アーサーを支えたという。
皇族アーシャの母方の実家である男爵家は、皇族アーサーを支援した。皇族として生まれが不確かなアーサーは、城の中では蔑まれていた。足りない物も出てくるというアーサーのために、男爵家は、最高の物を献上した。
こうして、甘やかされて育ったアーサーは、泣き虫で情けない皇族となった。皇族の儀式も通過したが、最下位であったという。
皇族アーサーを嫌う者が多い。そんな中、アーサーを夫にと迎えたのは、後の女帝である。幼い頃から、アーサーのことを庇い、可愛がっていた女帝は、アーサーを夫に迎えた。
そして、女帝が新たに立つと、戦争が起こった。女帝であっても、戦争に出ないといけない。女帝は戦争に出るつもりだった。
「ここは、男の僕が代理で出ましょう。あなたは身重なんですから、元気な子を産んでください」
女帝が妊娠中であることを理由に、皇族アーサーが女帝の代理として戦場に立った。
皇族アーサーが戦争に行くと聞けば、騎士ハリスと騎士ヘリオスも戦場に立った。
皇族アーサーのことが気に入らない者は皇族にも貴族にもたくさんいたという。戦場に立てば、アーサーはハリスとヘリオスと一緒に孤立させられた。それどころか、背後から味方に攻撃されたという。
皆、アーサーが誰に育てられたのか、忘れていた。アーサーは皇族殺しの女帝レオナに育てられたのだ。
アーサーは敵となった味方も含めて、切り裂いたという。しかも、妖精憑きである父親の才能を受け継いでおり、魔法で蹂躙したのだ。
こうして、戦争は、皇族アーサーの独壇場となった。
戦争から戻ってきた皇族アーサーを見て泣いて喜ぶ女帝に、アーサーは怖かったと泣きついたという。
皇族アーサーと女帝の子たちの中に、皇族失格者が出てしまった。皇族アーサーのたっての願いにより、皇族失格者となった子は、亡き母が愛した辺境を領地とする貴族と結婚し、貴族となった。
亡き母が愛した辺境には、妖精の安息地である禁則地がある。禁則地には、神の恵みという、珍しい果実が実るのだ。
神の恵みは収穫者の心のあり方で、甘美になれば、腐ることもある、珍しい果物である。
昔、皇族アーサーが亡き母の愛した領地を視察に行った時、神の恵みを見事、収穫し、城に持ち帰ったことがあった。
皇族アーサーの子は、貴族となってから、死ぬまで、神の恵みを女帝に献上した。その神の恵みは、瑞々しく、甘美だったと伝えられている。
マイアが亡くなって一年後、静観していた妻は、とうとう、怒ったのだ。
父ウラーノは、妖精憑きキロンに抱きかかえられたアーサーを王都の屋敷に連れ帰ってきた。すぐに、妻は侍女たちを引き連れ、妖精憑きキロンと会話して、侍女を残して、妻は父ウラーノの元に戻ってきた。
そして、妻は俺よりも先に、父ウラーノを殴ったのだ。
視界の端でウラーノが吹っ飛ぶ光景を見た妖精憑きキロンは驚いて、足を止めた。そして、ウラーノと妻を二度見したのだ。とても、妻は人を殴るような女には見えないだろう。
妻の実家は後ろ暗い仕事をしている。だから、子にも容赦しないのだ。妻は、見た目華奢でか弱そうだが、技術がすごいのだ。どうやれば、人を吹っ飛ばせるか、ということをよく知っているのだ。人質にされても、人が痛いという場所を熟知しているから、そこを押して痛めつけて、弱らせて、ということを妻は笑顔でするのだ。俺は、夫婦喧嘩を絶対にしない。
「お前、年寄に向かって」
「アーサーがあんなになるなんて、聞いていません」
「父親のくせに、まさか、あんなことをするとは」
「男でしたら、言い訳はしないでちょうだい。見苦しい。今度こそ、アーサーはわたくしが引き取ります。例の部屋にアーサーを案内してちょうだい。医者も呼んできて。薬もあるだけ、掻き集めなさい。旦那様、お話があります」
俺の妻は、笑顔で父ウラーノを黙らせ、父の使用人たちに指示し、最後、俺を呼んだ。
俺は粛々と妻に従った。人払いをして、妻と対面して、裁きを待った。
「わたくし、三回は我慢しました。今度こそ、アーサーを引き取りましょう。あのどうしようもない父親は、愛人ごと処分です。わたくしの実家におまかせください」
「そんな簡単に決めるんじゃない。まずは、実権をこちらに握ろう。父上は今度こそ、引退させる。もう、口出しはさせない」
「アーサーの父親はどうしますか?」
「アーサーの扱いは、難しいんだ。辺境の三大貴族が今、アーサーがされたことを火消している」
本当に、大変なことになった。
アーサーは妖精憑きのお気に入りとして、帝国では監視対象となっている。ところが、その監視がマイアが亡くなって一年間、外れたのだ。妖精憑きのお気に入りは、ともかく、気をつけて扱わないといけないというのに、何かが起こったのだ。その事情はわからない。
しかし、妖精憑きのお気に入りであるアーサーが虐待されていた事実を帝国に報告することは、大変なこととなるのだ。辺境は帝国の攻撃を受けることとなる。皇帝レオンは、容赦しない。辺境の一部がやったのなら、辺境全土を攻撃すればいい、というのが皇帝レオンである。やり過ぎだ、と批判されても、区切りが面倒だから、と皇帝レオンは言い切る。誰も皇帝は止められないのだ。
だから、今、辺境を支える三大貴族の内の侯爵家と伯爵家が奔走しているのである。まず、アーサーの監視の責任がある辺境の神殿に働きかけ、報告を誤魔化してもらっているのだ。
間違っても、我が家がアーサーを保護したから引き取る、なんてことを堂々と言えない。辺境としては、妖精憑きのお気に入りであるアーサーは、辺境で元気にやっています、と言い続けなければならないのだ。そのため、アーサーは辺境にいなければならない。
そういう説明を距離をとってした。俺相手でも、妻は容赦なく手が出るんだ。
「辺境なんて、消し炭になればいいではないですか。子爵家のこと、お飾りと嘲笑っていたんです。だったら、そのお飾りを甘く見ていたことを後悔していればいい」
辺境の勢力図を知っている妻は、辺境の三大貴族と呼ばれる侯爵家と伯爵家のことを悪あがきと嘲笑った。妻は怒ると怖いけど、見た目はいいんだよなー。
「アーサーは、今はまだ気が触れてしまっているが、いつかは、元に戻る。その時、辺境のことを知ったら、悲しむだろう。そういう子だと、知っているだろう」
「………」
無言で悩む妻。数日だが、アーサーと過ごしてみて、そういう子だと、俺は感じた。それは、妻もだろう。
「偽物の兄妹と仲良くなれればいい、と話していたじゃないか。いい子なんだよ」
「それなのに、父親だけでなく、あの愛人とその子どもたちまで、アーサーに酷いことをして」
ギリギリと持ち出した鞭を握りしめる妻。辺境が近かったら、その鞭で、アーサーの父親たちを打っていたな。あの鞭、先に小さな棘のような針がいくつかついている。あれで打たれると、むちゃくちゃ痛くなるような構造になっているんだ。あれを握っている時は、気をつけないといけない。
「まずは、あのどうしようもない愛人とその子どもたちを社交場に出られないほど、恥をかかせてやります」
この後、妻の実家の息がかかった辺境の貴族を使って、本当にやったんだ。妻自らが出ていって、二度と、愛人とその子どもたちは、社交の場に出られないほどの恥をかかされた。
「まずは、アーサーの体が回復してから、決めましょう」
そして、問題は先送りにしてくれた。俺は、寿命が伸びたような気がした。
実権を奪われた父ウラーノは、本当にどうしようもない男だ。何事かあると、アーサーの所に行っては、アーサーを泣かせていた。
それに比べて、妻は、着々とアーサーに受け入れられていた。男を四人も育てたのだ。妻にとっては、気が触れたとはいえ、女の子相手は、簡単だった。
「アーシャ、絵本を見ましょう。綺麗でしょう」
妻は、子どもが、とくに女の子が好きそうな絵本を開いて、読み聞かせから始めた。アーサーは、妖精憑きキロンの膝に座って、綺麗な絵本に笑顔を見せた。
「アーシャには、この服はまだ大きいわね。せっかくだから、アーシャの体にあう服を作りましょう。色はどれがいい?」
それから、与える物全て、アーサーに選ばせた。アーサーは、選んでも、何も理解していない。妻が笑うから、アーサーも笑顔を返す。赤ん坊と同じだ。
妻は、無理にアーサーを妖精憑きキロンから離さなかった。キロンが側にいる時に、妻はアーサーに話しかけ、世話を手伝った。キロンと一緒だから、アーサーは妻を怖がらなかった。
とても面倒くさいだろうに、と俺が聞けば。
「楽しいわ!! アーシャの笑顔は綺麗で可愛い。もう、三回も我慢しなければ良かった。わたくしが我慢したから、あの子は可哀想になったのよ。次からは、我慢は二回にしましょう」
一応、我慢はするんだ。妻は我慢する回数を減らした。
「ありがとう」
俺は妻に頭を下げた。彼女には、感謝しかない。
我が子ではないアーサーは気が触れてしまっているというのに、面倒をみてくれる。
女の子が欲しい、と聞くと、玩具が欲しい、と聞こえてしまうだろう。父ウラーノは、たぶん、そう受け止めていたのだ。
そうではない。そう言って、妻は亡くなった妹マイアとその子アーサーが実家に帰れる場所を作ってくれたのだ。妻がそう言えば、マイアとアーサーが出戻りやすい。
「マイアには、手紙で説得したのよ。アーサーが生まれるよりも前よ。でも、マイアは、いい子ね。辺境のことは見捨てられない、という返事を貰ったの。実際の辺境は、酷いものだったのでしょうね」
「優しい子なんだ。本当は、マイアが嫁ぐ必要なんかなかった。別の子でも良かったんだ。だけど、マイアが名乗り上げたんだ」
未婚の、子爵ネロの年頃に丁度いい女はそれなりにいたのだ。遠縁から辺境に嫁がせても良かったのだ。だけど、マイアが名乗り上げて、嫁いだのだ。
「アーシャには、色々と見せてあげましょう。まずは、人を呼びましょう。急に、人が多い所に連れて行くと、アーシャも怖がるでしょう。少しずつ、アーシャの周囲に人を増やしましょう」
「そうだな」
アーサーの周囲には、妖精憑きキロンがいるだけだ。最初は侍女を数人つけたのだが、アーサーが怯えて、泣いたから、すぐに引き上げたのだ。それから、妻はアーサーの周囲に置く人を厳選し、少しずつ、増やしていた。
半年かけて、アーサーを我が家に引き取ろう、と俺と妻は話し合っていた。
なのに、保護してたった半月で、アーサーは妖精憑きキロンと一緒に、辺境に戻ってしまったのだ。
妻が泣いていた。あんなふうに泣くのは、初めて見た。それほど、悲しかったのだ。
辺境にアーサーが戻っている、という報告が、子爵家を監視している使用人からあがってきた。すぐに、妻と一緒にアーサーを迎えに行ったのだ。
アーサーは、俺のことも、妻のことも見えていなかった。妻が話しかけても、アーサーは見えていないし、声すら届いていないのだ。
見た限り、まともに戻っている。しかし、そうではない。アーサーは気狂いしたままだ。
どうして、こうなったのか、俺は妖精憑きキロンに訊いた。
「アーサーは、治ったんじゃないのか!?」
「精神だけ、妖精によって戻されたんだ。だから、戻る前に関わったお前たちの存在が認識出来ないんだ。そうなると、魔法が崩れるんだろう」
「妖精の仕業なのか!!」
「正確には、禁則地だ。あそこが、アーサーを呼び寄せ、魔法で、アーサーの精神を戻した。あれは、妖精というよりも、神のようなものだろう」
実際に、アーサーがされた現場を見ていた妖精憑きキロンは、妖精憑きでは手に負えない何かを感じていたのだろう。身震いしていた。
「記憶は残っている。精神を魔法で戻されたという自覚もある。今のアーサーは、復讐したいばかりだ」
「なんてことだ。そんなことに、アーサーの時間を無駄に使わせるなんて」
「アーサーの気が済まない。やられた人にしかわからない怒りだ」
元に戻ったアーサーの怒りと憎悪は、俺たちでは止められない。たった一年、一年も、アーサーは屋敷の外にある小さな小屋で、散々なことをされたのだ。
実際にされた内容の報告書を読んだ。表には出せない内容が羅列されていた。その中で、どうしても許せないことがあった。
アーサーから妖精憑きキロンを奪おうとした、キロンと過去関係を持った女たちと、キロンの血筋である子や孫たちだ。心が病んだアーサーを最後、追い込んだのは、彼らだ。
「俺は、こんなことになるなんて、わからなかった。俺のせいだ」
妖精憑きキロンは、過去の所業を後悔していた。
「君は悪くない。君は、被害者だ」
だけど、俺から見れば、妖精憑きキロンに悪い所なんてない。キロンはただ、言われるままに関係を結んだだけである。そして、キロンは捨てられた。
「君を捨てておいて、やっぱり惜しくなったなんて、身の程をわきまえない奴らは、もう、声すら出せないから、大丈夫だ」
「そうだといいけど」
キロンは血のつながりだけの子や孫を警戒していた。
表向きは、借金を盾に、キロンの子や孫を黙らせたことにしている。だが、黙ってやるだろう、とキロンは警戒していたのだ。
実際は、そんな生易しい話ではない。あまりにも声を出すから、声が出ないようにしてやったのだ。借金持ちのくせに、キロンの子や孫だ、という立場を使って、どうにか助かろうとした平民ども。相手は男爵と、平民のくせに、見下してきたから、思い知らせてやったのだ。
家族の目の前で、口うるさく、過去にキロンと関係を持ち、子や孫がいるというから、もう二度と、声を出せなくしてやった。喉を潰したんじゃない。怪我は、魔法で治療出来てしまう。
特別な薬を使って、喉を使えなくした。それは、妖精の魔法を阻害する、特別な薬だ。妻の実家では、その薬を使って、万が一、敵に捕まった時、薬を飲んで証言出来ないようにするのだ。妖精の魔法ですら治療が出来ないのだから、敵も諦めるしかない。
子爵家の屋敷には、再び、男爵家の息がかかった使用人たちが配置された。彼らは、俺を見ると、深く一礼した。
「今後は、使用人に報告してくれればいい。あまり口うるさいようだったら、領地の外に移住させればいい。帝国は広いんだ。いくらだって、住む場所はある。我が家が提供しよう」
「その時は、頼むよ」
まだ、家族で、声を出せる者はいる。また、声をあげるようなら、可愛い姪のために、排除しよう。
アーサーは最後、子爵家も、領地も、全て滅茶苦茶にして、消息を断ってしまった。どこでどうしているのか、わからないまま、一年が経った頃に、帝国で、辺境の子爵令嬢アーシャが、貴族に発現した貴族だと発表された。
城の外で皇族が発現することは、とても珍しいことだ。性別を女だと発表した女帝レオナは、皇族アーシャのことを妹のように可愛がっていたと話した。そのため、アーシャの望みにより、皇族であることを隠し、貴族として辺境で過ごさせていたという。
ところが、アーシャは野良の妖精憑きと子を為し、早世してしまったのだ。アーシャの忘れ形見となってしまった子アーサーを女帝レオナは後見人となって育てることにした。そのため、アーシャの死後ではあるが、皇族であることを発表し、また、アーシャの子を皇族と扱うことを宣言したのである。
本来であれば、皇族は大反対する話だ。まず、貴族に発現した皇族は、城にいる皇族と結婚し、子を為さなければならない。それは、絶対なのだ。城の中での婚姻が続くと、血が悪くなるという。それを健全化するために、城の外で発現した皇族を取り入れるのだ。それなのに、アーシャは、よりによって、野良の妖精憑きとの間に子を為したのだ。皇族同士での子でさえ、皇族失格者が出るのだ。皇族ではない者との間に誕生した子は、血が薄まるため、皇族でない可能性のほうが高いのだ。
その事から、皇族アーシャの子アーサーを城で育てることは、大反対された。
しかし、相手は皇族殺しの女帝レオナである。反対するなら、とやっぱり、力づくで黙らせたのだ。まず、声をあげた皇族貴族を家族こと根絶やしである。
「不満があるなら、俺様を殺せ。いいか、俺様が皇帝である限り、俺様が正義であり、俺様が法律だ。俺様がいうこと全て、正しい」
こうして、貴族は、口を閉ざしたのだ。
しかし、諦めきれずに、皇族は、筆頭魔法使いティーレットに訴えた。
「僕の皇帝アーサーですよ!!」
皇族アーシャの子アーサーを可愛がる筆頭魔法使いティーレットは、訴えて来た皇族のことを女帝に告げ口した。
こうして、皇族も、とうとう、口を閉ざしたのだ。
そんな嘘か本当かわからない噂話を聞き流しながら、妻は、アーシャのために作った部屋を片づけていた。
「悔しいわ。お義父様だけ、手紙を貰えるなんて。あんな最低最悪な事をした人なのに」
「仕方がない。我々は、アーシャの中にはいない存在にさせられたんだ」
「ねえ、アーシャの子ですから、わたくしの孫と言ってもいいですよね」
「おいおい、アーシャの子は、男の子だぞ」
「幸せにならないといけません。アーシャは、男であったら、幸せになれた、と信じていました。だったら、アーサーは幸せにしてあげないと。きっと、これから、アーサーは、苦労します。女帝が後ろ盾といったって、城には家族がいませんもの。わたくしたちが、家族の代わりになってあげましょう」
「………そうだな」
妻と俺は、父ウラーノが受け取ったアーシャの最後の手紙を読んだ。
可哀想に、アーシャは、最後まで、男で生まれなかったことを不幸と書いていた。だから、生まれてきた子が男の子であることを喜んでいた。
「聞いたか、アーシャの父親が、とうとう、死んだんだと」
「最後は、反省したから、きちんと治療されて、人並な扱いをされて、死んだんですよ」
また、妻は実家の力を使って、監視していたのか。俺よりも先に、情報を握っていた。
アーシャを引き取るために、執念深く作られた部屋は、一日で綺麗に片づけられてしまった。
「今更なんだが、アーシャが女の子だから、引き取りたかったのか?」
ずっと、アーシャのことを引き取りたいと言っていた妻。逆に言えば、アーシャが男の子だったら、まず、ここまで口出しも手出しもしなかったということだ。
「マイアは、必ず女の子が生まれる、と言っていました。よくわかりませんが、絶対だと。生まれるまではわからない、と手紙で励ましたのですが、女の子だと返事がきました。わたくしは知らないのですが、マイアは、何か秘密を抱えていたようです。あなたの一族では、気狂いを起こすのは、女で、未婚です。しかも、若い内に亡くなります。気狂いで死ぬと聞くと、そういう家系なのでは、と疑われます。ですが、結婚して、子を産んだ女は、健康で長生きです。未婚の女だけが気狂いを起こすのです。未婚の女には、何かあるのでしょう」
「マイアは結婚して、子もいる」
「ですが、気狂いを起こして死にました。マイアは貴族の学校に通っている頃から、わたくしに言いました。結婚はしない、と。マイアはとても優秀で魅力的な女性でしたのに、最初から、そういうものを諦めている感じがありました。男性から交際を申し込まれても、相手が貴族の跡継ぎでも、マイアは断りました。最初から、そういう予定はないようでした」
妻は、よく人を見ている。だから、社交界でも、妻は一目おかれるのだ。男爵の妻と侮って、社交界で恥をかかされた貴族は大勢いる。場合によっては、貴族でなくなった者たちもいるのだ。だが、悪い女ではない。話がわかるし、気遣いも出来るので、妻は、物事を円満にするのだ。
「マイア、可哀想に、子が愛せるかどうか、悩んでいました。夫のこと、大嫌いですし、まず、子を産むことすら考えてもいませんでした。だから、手紙で伝えたのです。男でも女でも、わたくしが引き取ってあげます、と。マイアの子でしたら、可愛いでしょうし、綺麗でしょうし、何より、マイアに似た、賢い子です。だから、安心して、わたくしに押し付けてください、と書きました」
「ネロに似ていたら、どうするんだ?」
「ネロに似ていたら、きっと、ネロが大事にします。そういうものです」
「そうか」
父親に似ていれば、父親もさすがに可愛がるものだ。マイアが産んだとしても、我が子だと認めるしかない。むしろ、似ているから、可愛いと感じるのかもしれない。
アーサーは、マイアにも、ネロにも似なかった。よりによって、父方の祖母に似たのだ。父方の祖母は、元々、王都出身である。貴族の学校でも、三大美女を呼ばれるほどの美女だという話だ。そんな父方の祖母に似たアーサーは、それはそれは綺麗な赤ん坊であり、綺麗な子であり、綺麗な女の子であった。
皇族アーサーは、泣き虫アーサーとして有名な皇族である。生まれがともかく不確かであるため、皇族間では、蔑まれる存在であった。
皇族アーサーは、貴族に発現した皇族アーシャと野良の妖精憑きの間に誕生した。
貴族に発現した皇族アーシャは、皇族殺しの女帝レオナに妹のように可愛がられていたという。皇族アーシャと野良の妖精憑きが亡くなり、天涯孤独となってしまった息子アーサーを女帝レオナが後見人となって引き取って育てた。
女帝レオナは、子育てが下手だった。筆頭魔法使いティーレットを赤ん坊の頃から育てたのだが、情けない筆頭魔法使いになってしまった。その事で、レオナを皇族はては女帝にまで見立てた賢者ラシフに最後まで責められたという。
そんな子育てが下手な女帝レオナが育てた皇族アーサーもまた、残念な皇族となった。
ともかく、泣き虫だ。何か言われると泣いて、皇族たちにいじめられて泣いて、と泣いてばかりであったという。
そんな情けない皇族アーサーだが、不思議と多くの人を従えた。
アーサーを支える者として、最初にあげられるのは、女帝レオナである。レオナは、情けないアーサーをかばい、悪くいう皇族貴族には、容赦なく鞭を打ったという。処刑をしなかったのは、アーサーたっての願いからだ。
次にあげられるのは、筆頭魔法使いティーレットである。アーサーが赤ん坊の頃から、ティーレットはアーサーのことを溺愛していた。そのため、アーサーが擦り傷一つつけられると、どこからともなくやってきたという。
皇族アーシャの遠縁には、騎士の家系の者がいた。皇族アーシャの忘れ形見となったアーサーのために、遠縁の兄弟である騎士ハリスと騎士ヘリオスは、戦場まで、アーサーの側を離れなかったという。
皇族アーシャの親友フローラは、アーシャの息子アーサーのために、辺境から王都に出て、皇族の教師となった。間違った教育を正し、不正を表沙汰にして、多くの貴族の粛清を手伝った。余談であるが、フローラは騎士ヘリオスと結婚し、一男一女をさずかった。その子も、アーサーを支えたという。
皇族アーシャの母方の実家である男爵家は、皇族アーサーを支援した。皇族として生まれが不確かなアーサーは、城の中では蔑まれていた。足りない物も出てくるというアーサーのために、男爵家は、最高の物を献上した。
こうして、甘やかされて育ったアーサーは、泣き虫で情けない皇族となった。皇族の儀式も通過したが、最下位であったという。
皇族アーサーを嫌う者が多い。そんな中、アーサーを夫にと迎えたのは、後の女帝である。幼い頃から、アーサーのことを庇い、可愛がっていた女帝は、アーサーを夫に迎えた。
そして、女帝が新たに立つと、戦争が起こった。女帝であっても、戦争に出ないといけない。女帝は戦争に出るつもりだった。
「ここは、男の僕が代理で出ましょう。あなたは身重なんですから、元気な子を産んでください」
女帝が妊娠中であることを理由に、皇族アーサーが女帝の代理として戦場に立った。
皇族アーサーが戦争に行くと聞けば、騎士ハリスと騎士ヘリオスも戦場に立った。
皇族アーサーのことが気に入らない者は皇族にも貴族にもたくさんいたという。戦場に立てば、アーサーはハリスとヘリオスと一緒に孤立させられた。それどころか、背後から味方に攻撃されたという。
皆、アーサーが誰に育てられたのか、忘れていた。アーサーは皇族殺しの女帝レオナに育てられたのだ。
アーサーは敵となった味方も含めて、切り裂いたという。しかも、妖精憑きである父親の才能を受け継いでおり、魔法で蹂躙したのだ。
こうして、戦争は、皇族アーサーの独壇場となった。
戦争から戻ってきた皇族アーサーを見て泣いて喜ぶ女帝に、アーサーは怖かったと泣きついたという。
皇族アーサーと女帝の子たちの中に、皇族失格者が出てしまった。皇族アーサーのたっての願いにより、皇族失格者となった子は、亡き母が愛した辺境を領地とする貴族と結婚し、貴族となった。
亡き母が愛した辺境には、妖精の安息地である禁則地がある。禁則地には、神の恵みという、珍しい果実が実るのだ。
神の恵みは収穫者の心のあり方で、甘美になれば、腐ることもある、珍しい果物である。
昔、皇族アーサーが亡き母の愛した領地を視察に行った時、神の恵みを見事、収穫し、城に持ち帰ったことがあった。
皇族アーサーの子は、貴族となってから、死ぬまで、神の恵みを女帝に献上した。その神の恵みは、瑞々しく、甘美だったと伝えられている。
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