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伯爵の養子
贖罪
想像を超える話だった。まるで、大衆小説を読んでいるようだ。だが、それは、実際にあったことだ。生きてそれを見た男が、目の前にいる。
「ワシの元で、その暗部の男を育てなおした。アルロと名付けたのはワシじゃ。なんとなく、そう名付けた。意味はない。善悪も知らないが、余計なこともしない男じゃった。厳しく躾された子どもが、そのまま大きくなったようなものじゃな。物事の見方も、全て情報じゃ。色々な所に連れて行き、人に接しさせ、くだらない大衆小説も読ませてやったが、アルロにとっては、全て、情報だった」
「何故、貧民出の騎士と名乗らせたのですか?」
「アルロがそうするように結論づけた。物事を学び、自らの立場をどう表現するか、考えた結論じゃ。貧民という立場が、アルロには、色々とやりやすいと思ったんじゃろう」
「なんだ、考える力はあるじゃないですか」
「考えていない。ワシが、任務を与えたんじゃ。任務という命令を与えると、それについて考え、行動する。ワシが最後に与えた任務は、帝国の騎士になることじゃ。そのためには、人との繋がりも必要じゃ。アルロは、任務となると、人が変わる。貧民出と名乗りながらも、あっという間に、騎士団に受け入れられた。実力もそうだが、作った人柄を表に出したんじゃ」
「想像つきませんね。僕が知るアルロは、不器用な男ですよ」
「そう、本当のアルロは、不器用で、実直な男だった」
騎士団に受け入れられ、それなりの地位まで上り詰めた。実力もあり、人に取り入る力もある。だけど、賢者テラスの警戒は強い。
アルロは、妖精を操る力を使わなかった。コクーンが、使うな、と命じたからだろう。だから、本当に腕っぷしと、能力だけでアルロは上り詰めたのだ。
皇帝暗殺未遂をした過去を知る者はいない。アルロ自身、そう見えないこともあった。人柄が良い感じがしたのだ。
テラスの警戒は強いが、アルロは確かに使える男だ。物は試しに、皇族の護衛に出した。アルロは妖精も使えるので、うってつけだった。
そうして、貴族の学校に通う皇族ルイの護衛となった。そして、伯爵令嬢サツキに一目惚れした。
アルロは妖精を使い、サツキを調べた。そして、サツキがとんでもない目にあっていることを知ってしまう。だが、どうすればいいのかわからないアルロは、コクーンに相談したのだ。
「勝手に妖精を使ったのか!?」
「そんなことはどうだっていい!! あの可哀想な女を助けたい。どうすればいいんだ!?」
自らの意志で動き出したアルロは止まらなかった。ただただ、サツキを救いたいばかりだった。
「待ちなさい。こういうことは、順序がある。感情のままに動いては、女は不利だ」
「暴力をふるわれているのにか!? 悪口まで言われている。働いているのに、役立たずなんて言われて。貴族は、あんな目にあうものなのか!!」
「………」
言葉だけでも酷い扱いだった。それをアルロは妖精を通して見ているのだ。言葉に出来ない酷い目にサツキはあっているのは、想像出来た。
それでも、コクーンはアルロを止めた。止めて、皇族に相談し、順序を守って、サツキの立場が悪くならないように、と動いていた。
だが、最悪な形となった。サツキは生家を追い出された。そして、アルロはその事実を知り、怒り狂い、騎士を捨て、そのまま消息を絶った。
アルロはともかく危険な存在だ。そのまま野放しにするわけにはいかない。秘密裡に捜索したのだ。魔法使いまで動員しての大捜索だった。しかし、アルロの居場所は、最後まで、見つけられなかった。
コクーンが知る、アルロの過去は、そこまでだった。そこから先は、僕の知る過去だ。
「アルロほどであれば、ワシがここにいることも知っておったじゃろう。修理された魔道具や魔法具が王都から流れてくるのじゃが、決まって、中央の貧民街からの分配じゃった。ワシに関わりたくないばかりに、そうしたんじゃろうな」
「そこまで、能力が高い男だったとは。義父上がいうには、サツキに操られているばかりだったと」
「任務に対する能力が高い。令嬢のお願いのような命令は、アルロにとっては、呼吸するのに等しい。アルロにとって、令嬢の復讐を手伝うことこそ、生きるということなんじゃろう。自我があるように見えて、本当に何もない。唯一あったのは、令嬢への愛情じゃ」
コクーンは改めて、眠ったままのルキエルを見る。
「見覚えがあるはずじゃ。だから、王都で見かけた時、気になって、後を付けた。正体を知りたかったが、よくある訳アリじゃろうと思って、そのまま、ここに連れて来た。行く所がないと言っておったな。アルロの息子と知っておれば、見方も違ったというのに。もっと、アルロの話を聞きたかったし、教えてやりたかった」
「それはやめたほうがいい。ルキエルはアルロのことを憎んでいるから」
「………そうじゃな」
感情のままにコクーンは吐露してしまったが、冷静になって考えれば、それは悪手だと気づく。ほら、ルキエルは父アルロの娼夫とされたのだ。ルキエルはアルロのことを死後も憎んでいる。
「敵国民だというのに、随分と貧民の考え方をしてましたね」
「そういうことも出来る男なんじゃよ。本当に、能力が高い男じゃった。ワシは、アルロを跡継ぎとして、騎士団に残すつもりじゃった。何もなければ、輝かしい未来をアルロは手に入れていた」
「ですが、皇帝襲撃は失敗したのはおかしいですね。賢者テラスですら負けるほどの能力をアルロは隠し持っていたんです。成功するはずです」
皇帝襲撃時、すでにコクーンという鉄壁の防御は失われていた。人の防御は失われ、妖精の防御もアルロの前では紙切れとなったはずだ。
「そこは、妖精憑きの世界の話じゃ。単純に、アルロは筆頭魔法使いハガルに負けたんじゃろう」
「………なるほど」
僕は賢者テラスに会ったことがないので、その能力はわからない。義父マクルスは、賢者テラスにも、筆頭魔法使いハガルにも会ったことがある。そして、マクルスはハガルのことを化け物と呼んだ。
賢者テラスをも凌ぐ妖精憑きの力を持つハガルの前では、妖精の目を持つアルロでさえ勝てなかったのだ。妖精同士で殺し合いをさせる、なんて単純な方法が通じない相手だった。
ルキエルは眠ったままだ。こんなに近くで話しているというのに、起きる気配すらない。
「一か月くらい、寝ていたこともありましたね。今度は、どれくらい寝ているのやら」
定期的に様子見をしていれば、ここ最近、ルキエルの周りだけ騒がしかった。そして、ルキエル自身は、とんでもない姿となっていた。
「こんな姿を義父上が見たら、どうなるのやら」
ルキエルに手を出した男全てを殺し、ルキエルのために道具を集め、そして、ルキエルのために教育まで施した。最後には、命までかけたのだ。
「命を粗末にしおって」
「酷いな」
コクーンの怒りをこめた呟きに、僕も怒りがこみあげてきた。ルキエル、死ぬつもりだったんだな。
僕だけではない。ルキエルすら思っていないほど、たくさんの人が、ルキエルのことを心配しているというのに、本人は身勝手に、命を投げ出している。
起きたら、一発、殴ってやる。
外に出れば、僕のことを待ち構えていた男がいた。ルキエルに拾われ、育てられた貧民ナナキだ。その実力は高く、一度は王都の貧民街の支配者になったほどである。
「久しぶりですね。相変わらず、ルキエルにべったりだ」
悪気はない。嫌味でもない。ただ、本当に思ったことを言ったまでだ。人によっては、これは嫌味だな。
「そうです。ルキエルは僕の全てです」
穏やかに笑って肯定するナナキ。ここまでくると、むしろ、清々しい。
ナナキは、わざわざ僕の側まできて、小声で話しかけてきた。
「知っていますか? リンネット、僕の保護下から抜け出して、最果ての貧民街の支配者ヤイハーンの女になっていたことがあったんですよ」
「初耳だ。知らなかった。どうして知ってるんだ?」
「ヤイハーンは女好きで、十人も囲っていたそうです。その中での立場を優位にしたくて、リンネットはルキエルの秘密を暴露したんですよ。そのせいで、ヤイハーンは、海の貧民街まできて、ルキエルを口説いたんです」
「そうなんだ。それって、リンネットの死後の話?」
「そうですね、リンネットが死んだ後に、ヤイハーンが来ました。あれ、リンネットが死んだなんて、どうして知ってるのですか?」
「あれほどの美人だ。どうしても、わかるよ」
伝えたいことは伝えたのだ。ナナキはさっさと僕から離れた。
しばらく歩くと、側近セコンと護衛数人が僕の周りを囲んだ。
「ルキエルはしばらく寝たままだろう。その間に、掃除だ」
「どこに行きますか?」
「最果ての貧民街だ。あそこの支配者を交代させる」
「また、無茶苦茶を」
「ヤイハーンが死ねば、すぐに代替わりだ」
しばらくして、最果ての貧民街の支配者が代わった。
皇族ルイに呼び出された。久しぶりのことだ。
ルイもいい年齢だ。皇族は病気もしないので長生きだ。城の奥深くで守られているので、危険すらない。それでも、ルイは皇族の暗部なので、危険のある外にはちょくちょく出ていた。
それも、次代が育って、ルイは城の奥深くから出てこなくなった。僕も次代の暗部である皇族サイにいいように使われて、大変だ。
物凄く久しぶりの呼び出しだ。亡くなった義父マクルスの昔話をするつもりか?
呼ばれたので行けば、随分と老けたが、面影の残る皇族ルイがいた。優しい物腰は相変わらずだ。これで、暗部なんだよな。
「お久しぶりです、ルイ様」
「すっかり、伯爵だね。初めて会った時は、マクルスの膝に座っていたというのに」
「義父上は、何かと僕を膝に乗せては、実地で勉強させました。怖いばかりでしたよ」
「息子が出来た、とマクルスは随分と喜んでいたよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
他愛無い雑談をする。こんな話をしたかったわけではないだろう。
「オクトは、結婚しなかったね」
「義父上を見習って、優秀な子を養子に迎えました。間違いはありません」
「家に問題のある子、いたんだ」
「いえいえ、いませんよ、そんなの。そういう家は全て、義父上が潰しましたから」
僕が養子となったばかり頃はそれなりに不幸な子どもはいた。だが、今では、どこにもいない。仕方がないので、子だくさんで、まあまあ優秀な子を養子として引き取ったのだ。
「僕も、もうそろそろ、寿命かな、と思うんだ」
「ハガル様に言われましたか?」
「あの子は容赦がないね」
本当に言ったんだ。筆頭魔法使いハガルは、力ある妖精憑きだけに、考え方や見方が狂っている。そんな、ルイに向かって、”もうすぐ死にますよ”なんて言わなくても。
きっと、笑顔で言ったんだろうな、ハガル。想像すら出来てしまうよ。こわっ。
「長く生きて、それなりのこともしてきた。皇族としての役割もまっとうした。だけど、思い残しが一つだけある。サツキ嬢のことだ」
随分な過去の話である。悲劇の令嬢サツキが表向きで亡くなって随分と昔の話だ。実際に亡くなったのも、それなりに昔だ。僕がまだ生家で生きるか死ぬかしていた頃に、サツキは亡くなった。
死ぬとわかると、過去を振り返ってしまう。そして、思い出すのは、過去の後悔だ。
「僕には、サツキ嬢を救う力があったんだ。なのに、彼女がいう通りに動かなかった。だけど、間違いだったんだ。サツキ嬢はあの時、僕を試したんだ!! 僕が、頼りになる男かどうか、笑顔の裏で試していただけだ。あの時、動いていれば、サツキ嬢は今も貴族として生きていた。あの領地だって、内戦なんか起こっていなかった。ひどい目にあった過去以上の幸福を未来で得られていたんだ!!!」
泣いて、僕に懺悔する皇族ルイ。悲劇の令嬢サツキに言われるままに動いたのは、この後悔があったからだ。サツキの輝かしい未来を、皇族の裏の役割を優先して、潰したのだ。皇族としては正しい。サツキのお陰で、多くの貴族が大人しくなった。こうやって、帝国に逆らう考えすら出来ないように、貴族間で大きな問題を起こすのだ。そうすることで、貴族たちは静かになる。
今も、悲劇の令嬢を元にした戯曲や舞台は発表されている。もう、恒例行事となっている。それが普通となったのだ。こうして、悲劇の令嬢サツキは、死んだ後も、貴族の罪を訴え続けているのだ。この企みは、サツキのものなのか、それとも皇族のものなのか、今ではわからない。皇族ルイは堅く口を閉ざし、サツキは死んだ人だ。
この懺悔はどこまで続くのかな、なんて僕は傍観するしかない。終わった過去は解決しない。残るは未来だけだ。
「そこで、僕は考えたんだ。サツキ嬢の血族を貴族に戻そう、と。君は、サツキ嬢の子どもとは、それなりに繋がっているよね」
「義父上の代から、そうですね。今も、繋がっています」
「どうだろう、その中で、見どころのある子がいれば、あのサツキ嬢が受け継ぐべき爵位につかせたい」
要望だけど、実質、命令だよ。
それぞれ、子はいる。見どころがあるとかないとか、そういう見方はしていない。僕はただ、ルキエルの兄弟たちのその後を見守っているだけだ。皆、貧民として独立して生きている。
「見どころがあるかどうかはわかりませんが、男の子ですが、間違いなく、血族だとわかる子がいます」
「どういうことだ?」
「僕はサツキ嬢のことは知りません。見たことも、会ったこともありませんからね。ですが、サツキ嬢に似ていると言われるルキエルのことは、よく知っています。サツキ嬢を知る者がルキエルを見ると、皆、似ているというそうです。そのルキエルに似た男の子がいます」
「一度、見せてくれ。見てから、今後の計画をたてよう」
「わかりました」
後悔から懺悔して、贖罪と短時間でこなした皇族ルイは、少し疲れた顔をしていた。もう、本当に、先が短いんだな。
城を出て真っすぐ、屋敷に戻る。使用人たちに荷物を預けていると、所用で別行動をしていた側近セコンがやってきた。
「野良の妖精憑きが見つかったそうです。どうしますか?」
「また、他の貴族が横やりいれて来ないだろうな? 前回のは、なかなか面倒臭かったぞ。領地線までしよう、なんて言ってきて、大変だった」
「その前に、帝国反逆罪の証拠を帝国に提出して、さっさと一族郎党破滅させたじゃないですか」
「帝国に逆らってはいけない、という良い教訓となりました、おしまい」
僕は悪くない。正しいことをしただけだ。
「それで、どうしますか?」
「明日にしよう。妖精憑きの捕縛の準備をしておいてくれ。それまで、手を出すなよ」
「わかっていますよ。妖精憑きの力が届かないのは、オクト様だけですからね」
「子どもたちはどうだ。仲良くしてるか?」
「………跡取り、あの養子でいいんですか?」
もの言いたげに見てくるセコン。納得いかない顔をされる。
「僕だって遠縁だ。こう言ってはなんだが、僕よりも血筋はしっかりしているぞ。両親ともに貴族だ。一族間での婚姻だしな。義父上の話を聞くと、我が子は失敗する、と思ってしまうよ。それだったら、優秀な一族の子を跡継ぎにしたほうがいい」
「ですが、優秀かもしれませんよ、あの子も」
「あの子の行先は、皇族ルイが決めることとなった。面談して、皇族の眼鏡にかなったら、決定だ」
「後悔しますよ」
「これ以上は、欲張ってはいけない」
僕はさっさと地下へと降りていく。セコンは、僕の後について行こうとして、思いとどまった。
僕は一人で行きなれた地下へと行く。その中の一つに入った。
途端、柔らかいクッションが僕の顔に命中する。良かった、クッションで。前は皿だったな。あれは痛かった。
侍女が暴れる女をどうにか止めようとしていた。女は、怒りに顔を歪ませて、僕を睨んだ。
「さっさと、ここから出してちょうだい!!」
「出したら、また、危ない目にあっちゃうだろう。欲しいものはいくらだって買ってやる。ここで大人しくしていなさい」
僕が手で下がるように指示すれば、侍女は部屋から出ていく。鍵があけ放たれたドアに、女は無計画にも走っていく。
そんなことを僕が許すはずがない。女の体を抱き上げ、乱暴にベッドに下ろして、その上に圧し掛かった。
「いつ見ても、綺麗だ」
「当然よ!! 触らないで、気持ち悪い!!!」
心底、嫌っている女は、全身で抵抗する。しかし、地下室でずっと閉じ込められていたのだ。体力がない。僕が口づけすると、簡単に大人しくなった。
すっかり、色っぽい顔をするようになった女に、僕は満足する。服の上から愛撫してやると、声を押し殺して身もだえする。
「聞いたよ、ヤイハーンから。濡れない女だから、一回抱いただけだって」
「っ!?」
「ヤイハーンが下手くそなだけだよな。僕の手の中では、こんなに簡単に濡れるのに」
下半身に指をいれてやると、もう準備万端だ。あんなに嫌がっていても、体は僕を受け入れたくて、従順だ。
だけど、どうしても気持ち的にはイヤなんだろう。女は僕を押し離そうとする。
「もう、離れて!! 子どもだって産んだじゃない!!!」
「可愛い双子だったね。会いたい?」
「子どもなんて大嫌い!! 産みたくもなかったのに、産んだら、自由にしてくれるというから」
「病気で死ぬかもしれないから、もう少し、待とう。それとも、もう一度、産んでみる?」
「いやっ!! あんなに痛い目にあうなんて、最悪よ!!!」
激しい拒絶だ。それも、無理矢理、指を奥へと突っ込んでやれば、すぐに出来なくなる。
「あ、そこ」
「ここがいいんだよね。今日は、こっちもやってあげようか」
前だけでなく、後ろにも指を入れてやる。こちらも、それなりにほぐれていて、いつでも挿入出来る。
「最奥のさらに奥は、男でも、すごく気持ちいいって。そりゃ、ルキエルも嵌るよ」
もう、聞いていない。前と後ろを指で刺激してやれば、簡単に従順になる。
「リンネット、どっちがいい? 自由は無理だが、君の望みは、出来るだけ叶えてあげよう」
「ワシの元で、その暗部の男を育てなおした。アルロと名付けたのはワシじゃ。なんとなく、そう名付けた。意味はない。善悪も知らないが、余計なこともしない男じゃった。厳しく躾された子どもが、そのまま大きくなったようなものじゃな。物事の見方も、全て情報じゃ。色々な所に連れて行き、人に接しさせ、くだらない大衆小説も読ませてやったが、アルロにとっては、全て、情報だった」
「何故、貧民出の騎士と名乗らせたのですか?」
「アルロがそうするように結論づけた。物事を学び、自らの立場をどう表現するか、考えた結論じゃ。貧民という立場が、アルロには、色々とやりやすいと思ったんじゃろう」
「なんだ、考える力はあるじゃないですか」
「考えていない。ワシが、任務を与えたんじゃ。任務という命令を与えると、それについて考え、行動する。ワシが最後に与えた任務は、帝国の騎士になることじゃ。そのためには、人との繋がりも必要じゃ。アルロは、任務となると、人が変わる。貧民出と名乗りながらも、あっという間に、騎士団に受け入れられた。実力もそうだが、作った人柄を表に出したんじゃ」
「想像つきませんね。僕が知るアルロは、不器用な男ですよ」
「そう、本当のアルロは、不器用で、実直な男だった」
騎士団に受け入れられ、それなりの地位まで上り詰めた。実力もあり、人に取り入る力もある。だけど、賢者テラスの警戒は強い。
アルロは、妖精を操る力を使わなかった。コクーンが、使うな、と命じたからだろう。だから、本当に腕っぷしと、能力だけでアルロは上り詰めたのだ。
皇帝暗殺未遂をした過去を知る者はいない。アルロ自身、そう見えないこともあった。人柄が良い感じがしたのだ。
テラスの警戒は強いが、アルロは確かに使える男だ。物は試しに、皇族の護衛に出した。アルロは妖精も使えるので、うってつけだった。
そうして、貴族の学校に通う皇族ルイの護衛となった。そして、伯爵令嬢サツキに一目惚れした。
アルロは妖精を使い、サツキを調べた。そして、サツキがとんでもない目にあっていることを知ってしまう。だが、どうすればいいのかわからないアルロは、コクーンに相談したのだ。
「勝手に妖精を使ったのか!?」
「そんなことはどうだっていい!! あの可哀想な女を助けたい。どうすればいいんだ!?」
自らの意志で動き出したアルロは止まらなかった。ただただ、サツキを救いたいばかりだった。
「待ちなさい。こういうことは、順序がある。感情のままに動いては、女は不利だ」
「暴力をふるわれているのにか!? 悪口まで言われている。働いているのに、役立たずなんて言われて。貴族は、あんな目にあうものなのか!!」
「………」
言葉だけでも酷い扱いだった。それをアルロは妖精を通して見ているのだ。言葉に出来ない酷い目にサツキはあっているのは、想像出来た。
それでも、コクーンはアルロを止めた。止めて、皇族に相談し、順序を守って、サツキの立場が悪くならないように、と動いていた。
だが、最悪な形となった。サツキは生家を追い出された。そして、アルロはその事実を知り、怒り狂い、騎士を捨て、そのまま消息を絶った。
アルロはともかく危険な存在だ。そのまま野放しにするわけにはいかない。秘密裡に捜索したのだ。魔法使いまで動員しての大捜索だった。しかし、アルロの居場所は、最後まで、見つけられなかった。
コクーンが知る、アルロの過去は、そこまでだった。そこから先は、僕の知る過去だ。
「アルロほどであれば、ワシがここにいることも知っておったじゃろう。修理された魔道具や魔法具が王都から流れてくるのじゃが、決まって、中央の貧民街からの分配じゃった。ワシに関わりたくないばかりに、そうしたんじゃろうな」
「そこまで、能力が高い男だったとは。義父上がいうには、サツキに操られているばかりだったと」
「任務に対する能力が高い。令嬢のお願いのような命令は、アルロにとっては、呼吸するのに等しい。アルロにとって、令嬢の復讐を手伝うことこそ、生きるということなんじゃろう。自我があるように見えて、本当に何もない。唯一あったのは、令嬢への愛情じゃ」
コクーンは改めて、眠ったままのルキエルを見る。
「見覚えがあるはずじゃ。だから、王都で見かけた時、気になって、後を付けた。正体を知りたかったが、よくある訳アリじゃろうと思って、そのまま、ここに連れて来た。行く所がないと言っておったな。アルロの息子と知っておれば、見方も違ったというのに。もっと、アルロの話を聞きたかったし、教えてやりたかった」
「それはやめたほうがいい。ルキエルはアルロのことを憎んでいるから」
「………そうじゃな」
感情のままにコクーンは吐露してしまったが、冷静になって考えれば、それは悪手だと気づく。ほら、ルキエルは父アルロの娼夫とされたのだ。ルキエルはアルロのことを死後も憎んでいる。
「敵国民だというのに、随分と貧民の考え方をしてましたね」
「そういうことも出来る男なんじゃよ。本当に、能力が高い男じゃった。ワシは、アルロを跡継ぎとして、騎士団に残すつもりじゃった。何もなければ、輝かしい未来をアルロは手に入れていた」
「ですが、皇帝襲撃は失敗したのはおかしいですね。賢者テラスですら負けるほどの能力をアルロは隠し持っていたんです。成功するはずです」
皇帝襲撃時、すでにコクーンという鉄壁の防御は失われていた。人の防御は失われ、妖精の防御もアルロの前では紙切れとなったはずだ。
「そこは、妖精憑きの世界の話じゃ。単純に、アルロは筆頭魔法使いハガルに負けたんじゃろう」
「………なるほど」
僕は賢者テラスに会ったことがないので、その能力はわからない。義父マクルスは、賢者テラスにも、筆頭魔法使いハガルにも会ったことがある。そして、マクルスはハガルのことを化け物と呼んだ。
賢者テラスをも凌ぐ妖精憑きの力を持つハガルの前では、妖精の目を持つアルロでさえ勝てなかったのだ。妖精同士で殺し合いをさせる、なんて単純な方法が通じない相手だった。
ルキエルは眠ったままだ。こんなに近くで話しているというのに、起きる気配すらない。
「一か月くらい、寝ていたこともありましたね。今度は、どれくらい寝ているのやら」
定期的に様子見をしていれば、ここ最近、ルキエルの周りだけ騒がしかった。そして、ルキエル自身は、とんでもない姿となっていた。
「こんな姿を義父上が見たら、どうなるのやら」
ルキエルに手を出した男全てを殺し、ルキエルのために道具を集め、そして、ルキエルのために教育まで施した。最後には、命までかけたのだ。
「命を粗末にしおって」
「酷いな」
コクーンの怒りをこめた呟きに、僕も怒りがこみあげてきた。ルキエル、死ぬつもりだったんだな。
僕だけではない。ルキエルすら思っていないほど、たくさんの人が、ルキエルのことを心配しているというのに、本人は身勝手に、命を投げ出している。
起きたら、一発、殴ってやる。
外に出れば、僕のことを待ち構えていた男がいた。ルキエルに拾われ、育てられた貧民ナナキだ。その実力は高く、一度は王都の貧民街の支配者になったほどである。
「久しぶりですね。相変わらず、ルキエルにべったりだ」
悪気はない。嫌味でもない。ただ、本当に思ったことを言ったまでだ。人によっては、これは嫌味だな。
「そうです。ルキエルは僕の全てです」
穏やかに笑って肯定するナナキ。ここまでくると、むしろ、清々しい。
ナナキは、わざわざ僕の側まできて、小声で話しかけてきた。
「知っていますか? リンネット、僕の保護下から抜け出して、最果ての貧民街の支配者ヤイハーンの女になっていたことがあったんですよ」
「初耳だ。知らなかった。どうして知ってるんだ?」
「ヤイハーンは女好きで、十人も囲っていたそうです。その中での立場を優位にしたくて、リンネットはルキエルの秘密を暴露したんですよ。そのせいで、ヤイハーンは、海の貧民街まできて、ルキエルを口説いたんです」
「そうなんだ。それって、リンネットの死後の話?」
「そうですね、リンネットが死んだ後に、ヤイハーンが来ました。あれ、リンネットが死んだなんて、どうして知ってるのですか?」
「あれほどの美人だ。どうしても、わかるよ」
伝えたいことは伝えたのだ。ナナキはさっさと僕から離れた。
しばらく歩くと、側近セコンと護衛数人が僕の周りを囲んだ。
「ルキエルはしばらく寝たままだろう。その間に、掃除だ」
「どこに行きますか?」
「最果ての貧民街だ。あそこの支配者を交代させる」
「また、無茶苦茶を」
「ヤイハーンが死ねば、すぐに代替わりだ」
しばらくして、最果ての貧民街の支配者が代わった。
皇族ルイに呼び出された。久しぶりのことだ。
ルイもいい年齢だ。皇族は病気もしないので長生きだ。城の奥深くで守られているので、危険すらない。それでも、ルイは皇族の暗部なので、危険のある外にはちょくちょく出ていた。
それも、次代が育って、ルイは城の奥深くから出てこなくなった。僕も次代の暗部である皇族サイにいいように使われて、大変だ。
物凄く久しぶりの呼び出しだ。亡くなった義父マクルスの昔話をするつもりか?
呼ばれたので行けば、随分と老けたが、面影の残る皇族ルイがいた。優しい物腰は相変わらずだ。これで、暗部なんだよな。
「お久しぶりです、ルイ様」
「すっかり、伯爵だね。初めて会った時は、マクルスの膝に座っていたというのに」
「義父上は、何かと僕を膝に乗せては、実地で勉強させました。怖いばかりでしたよ」
「息子が出来た、とマクルスは随分と喜んでいたよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
他愛無い雑談をする。こんな話をしたかったわけではないだろう。
「オクトは、結婚しなかったね」
「義父上を見習って、優秀な子を養子に迎えました。間違いはありません」
「家に問題のある子、いたんだ」
「いえいえ、いませんよ、そんなの。そういう家は全て、義父上が潰しましたから」
僕が養子となったばかり頃はそれなりに不幸な子どもはいた。だが、今では、どこにもいない。仕方がないので、子だくさんで、まあまあ優秀な子を養子として引き取ったのだ。
「僕も、もうそろそろ、寿命かな、と思うんだ」
「ハガル様に言われましたか?」
「あの子は容赦がないね」
本当に言ったんだ。筆頭魔法使いハガルは、力ある妖精憑きだけに、考え方や見方が狂っている。そんな、ルイに向かって、”もうすぐ死にますよ”なんて言わなくても。
きっと、笑顔で言ったんだろうな、ハガル。想像すら出来てしまうよ。こわっ。
「長く生きて、それなりのこともしてきた。皇族としての役割もまっとうした。だけど、思い残しが一つだけある。サツキ嬢のことだ」
随分な過去の話である。悲劇の令嬢サツキが表向きで亡くなって随分と昔の話だ。実際に亡くなったのも、それなりに昔だ。僕がまだ生家で生きるか死ぬかしていた頃に、サツキは亡くなった。
死ぬとわかると、過去を振り返ってしまう。そして、思い出すのは、過去の後悔だ。
「僕には、サツキ嬢を救う力があったんだ。なのに、彼女がいう通りに動かなかった。だけど、間違いだったんだ。サツキ嬢はあの時、僕を試したんだ!! 僕が、頼りになる男かどうか、笑顔の裏で試していただけだ。あの時、動いていれば、サツキ嬢は今も貴族として生きていた。あの領地だって、内戦なんか起こっていなかった。ひどい目にあった過去以上の幸福を未来で得られていたんだ!!!」
泣いて、僕に懺悔する皇族ルイ。悲劇の令嬢サツキに言われるままに動いたのは、この後悔があったからだ。サツキの輝かしい未来を、皇族の裏の役割を優先して、潰したのだ。皇族としては正しい。サツキのお陰で、多くの貴族が大人しくなった。こうやって、帝国に逆らう考えすら出来ないように、貴族間で大きな問題を起こすのだ。そうすることで、貴族たちは静かになる。
今も、悲劇の令嬢を元にした戯曲や舞台は発表されている。もう、恒例行事となっている。それが普通となったのだ。こうして、悲劇の令嬢サツキは、死んだ後も、貴族の罪を訴え続けているのだ。この企みは、サツキのものなのか、それとも皇族のものなのか、今ではわからない。皇族ルイは堅く口を閉ざし、サツキは死んだ人だ。
この懺悔はどこまで続くのかな、なんて僕は傍観するしかない。終わった過去は解決しない。残るは未来だけだ。
「そこで、僕は考えたんだ。サツキ嬢の血族を貴族に戻そう、と。君は、サツキ嬢の子どもとは、それなりに繋がっているよね」
「義父上の代から、そうですね。今も、繋がっています」
「どうだろう、その中で、見どころのある子がいれば、あのサツキ嬢が受け継ぐべき爵位につかせたい」
要望だけど、実質、命令だよ。
それぞれ、子はいる。見どころがあるとかないとか、そういう見方はしていない。僕はただ、ルキエルの兄弟たちのその後を見守っているだけだ。皆、貧民として独立して生きている。
「見どころがあるかどうかはわかりませんが、男の子ですが、間違いなく、血族だとわかる子がいます」
「どういうことだ?」
「僕はサツキ嬢のことは知りません。見たことも、会ったこともありませんからね。ですが、サツキ嬢に似ていると言われるルキエルのことは、よく知っています。サツキ嬢を知る者がルキエルを見ると、皆、似ているというそうです。そのルキエルに似た男の子がいます」
「一度、見せてくれ。見てから、今後の計画をたてよう」
「わかりました」
後悔から懺悔して、贖罪と短時間でこなした皇族ルイは、少し疲れた顔をしていた。もう、本当に、先が短いんだな。
城を出て真っすぐ、屋敷に戻る。使用人たちに荷物を預けていると、所用で別行動をしていた側近セコンがやってきた。
「野良の妖精憑きが見つかったそうです。どうしますか?」
「また、他の貴族が横やりいれて来ないだろうな? 前回のは、なかなか面倒臭かったぞ。領地線までしよう、なんて言ってきて、大変だった」
「その前に、帝国反逆罪の証拠を帝国に提出して、さっさと一族郎党破滅させたじゃないですか」
「帝国に逆らってはいけない、という良い教訓となりました、おしまい」
僕は悪くない。正しいことをしただけだ。
「それで、どうしますか?」
「明日にしよう。妖精憑きの捕縛の準備をしておいてくれ。それまで、手を出すなよ」
「わかっていますよ。妖精憑きの力が届かないのは、オクト様だけですからね」
「子どもたちはどうだ。仲良くしてるか?」
「………跡取り、あの養子でいいんですか?」
もの言いたげに見てくるセコン。納得いかない顔をされる。
「僕だって遠縁だ。こう言ってはなんだが、僕よりも血筋はしっかりしているぞ。両親ともに貴族だ。一族間での婚姻だしな。義父上の話を聞くと、我が子は失敗する、と思ってしまうよ。それだったら、優秀な一族の子を跡継ぎにしたほうがいい」
「ですが、優秀かもしれませんよ、あの子も」
「あの子の行先は、皇族ルイが決めることとなった。面談して、皇族の眼鏡にかなったら、決定だ」
「後悔しますよ」
「これ以上は、欲張ってはいけない」
僕はさっさと地下へと降りていく。セコンは、僕の後について行こうとして、思いとどまった。
僕は一人で行きなれた地下へと行く。その中の一つに入った。
途端、柔らかいクッションが僕の顔に命中する。良かった、クッションで。前は皿だったな。あれは痛かった。
侍女が暴れる女をどうにか止めようとしていた。女は、怒りに顔を歪ませて、僕を睨んだ。
「さっさと、ここから出してちょうだい!!」
「出したら、また、危ない目にあっちゃうだろう。欲しいものはいくらだって買ってやる。ここで大人しくしていなさい」
僕が手で下がるように指示すれば、侍女は部屋から出ていく。鍵があけ放たれたドアに、女は無計画にも走っていく。
そんなことを僕が許すはずがない。女の体を抱き上げ、乱暴にベッドに下ろして、その上に圧し掛かった。
「いつ見ても、綺麗だ」
「当然よ!! 触らないで、気持ち悪い!!!」
心底、嫌っている女は、全身で抵抗する。しかし、地下室でずっと閉じ込められていたのだ。体力がない。僕が口づけすると、簡単に大人しくなった。
すっかり、色っぽい顔をするようになった女に、僕は満足する。服の上から愛撫してやると、声を押し殺して身もだえする。
「聞いたよ、ヤイハーンから。濡れない女だから、一回抱いただけだって」
「っ!?」
「ヤイハーンが下手くそなだけだよな。僕の手の中では、こんなに簡単に濡れるのに」
下半身に指をいれてやると、もう準備万端だ。あんなに嫌がっていても、体は僕を受け入れたくて、従順だ。
だけど、どうしても気持ち的にはイヤなんだろう。女は僕を押し離そうとする。
「もう、離れて!! 子どもだって産んだじゃない!!!」
「可愛い双子だったね。会いたい?」
「子どもなんて大嫌い!! 産みたくもなかったのに、産んだら、自由にしてくれるというから」
「病気で死ぬかもしれないから、もう少し、待とう。それとも、もう一度、産んでみる?」
「いやっ!! あんなに痛い目にあうなんて、最悪よ!!!」
激しい拒絶だ。それも、無理矢理、指を奥へと突っ込んでやれば、すぐに出来なくなる。
「あ、そこ」
「ここがいいんだよね。今日は、こっちもやってあげようか」
前だけでなく、後ろにも指を入れてやる。こちらも、それなりにほぐれていて、いつでも挿入出来る。
「最奥のさらに奥は、男でも、すごく気持ちいいって。そりゃ、ルキエルも嵌るよ」
もう、聞いていない。前と後ろを指で刺激してやれば、簡単に従順になる。
「リンネット、どっちがいい? 自由は無理だが、君の望みは、出来るだけ叶えてあげよう」
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