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破滅-三人目
妖精殺しの貴族
一度、ルキエルを買ったのだ。もう、買う必要はなくなった。これで、周囲に同調出来たから、妙に疑われることもなくなった。
だけど、俺は気づくと、ルキエルを目で追っていた。そうしていると、なんとなく気づく。貧民街の軍部の中に、ルキエルの行動に目を向ける奴らはそれなりにいた。たぶん、隠れてルキエルを買っているのだろう。
俺と同じ潜入調査している奴らは、ルキエルと一度しただけで、興味はなくなった。やはり、男よりも女が良い、と考えたのだろう。
俺だって、女のほうがいいとは思う。まず、挿入する場所が男は穢れている部分だ。ルキエルは仕事の前に綺麗に準備しているからか、そういう汚れを受けることはなかった。それでも、気分がいいものではない。
だけど、ルキエルを抱きしめるのは良かった。口づけもいい。
たった一度の行為を俺は思い出し、反芻して、気づいたら、深みにはまっていた。だが、もう一度、ルキエルを買う勇気はなかった。
娼館の近くまでは行くのだ。近くに行く言い訳はいくらだってつく。せめて、ルキエルが外の空気でも吸いに出てこれば、なんて都合のいいことを願ってしまう。
そうして、それなりの回数を無駄にうろうろとしていると、本当に、ルキエルは娼館の外に出てきた。俺の姿を見つけるなら、笑顔で駆け寄ってくる。
「ユーリ、こんなトコにいるなんて、暇なんだな!!」
「まあ、今日は暇だな」
「今日は客もいないから、ちょっと相手してくれよ。話すだけでいいからさ」
「いないのか?」
「そういう時もある。けど、誰か来るかもしれないからさ、待ってるんだ。ちょっと暇つぶしに付き合ってくれよ」
ルキエルは、俺を客とは見ていなかった。俺を娼館に引っ張っていくが、椅子に座らせて、向かいで談笑しようと茶まで持ってきた。
「客がいないと、困るだろう」
「何が?」
「金だ。コクーン様にいつも渡してるじゃないか」
ルキエルは、人の目がある所で、身売りで得た金をコクーンに手渡していた。そうすることで、コクーンが金をルキエルに返せなくして、支配者の側にいる理由づけにしていた。
そうやって、ルキエルは周囲も納得させて、居座っていた。客がいなければ、ルキエルは金を得られない。困るのはルキエルなだ。そこを俺は心配した。
だけど、ルキエルは明るく笑って、俺の背中を叩いた。
「金は、まあ、なんとかなる。俺、実は金持ちだから。ただ、体の疼きがなー。これは金があっても、どうしようもない」
熱い息を吐き出していうルキエル。腹の辺りを撫でて、気だるげな表情となる。それが、とても色っぽい。
「タリム、惜しかったな」
そして、いなくなった恋人のことをぽつりと呟くルキエル。
まだ、ルキエルはいなくなったタリムのことを忘れていない。ふとした瞬間に、思い出しているのだろう。
俺はルキエルの両手をつかんだ。
「俺では、代わりにならないだろうか」
「………ユーリ?」
「本気だ」
途端、ルキエルは顔を真っ赤にして、両手を引っ込めた。ルキエル、本気になれば、力づくの相手でも、簡単に逃れることが出来るのだ。
「そ、そういう冗談はよせ」
「本気だ。俺は、ルキエルと付き合いたい」
「っ!?」
俺が距離を詰めれば、ルキエルは椅子を倒して、俺から離れた。
「ユーリは、女好きだって」
「ルキエルは特別だ」
「俺も女がいいんだよ!!」
「男と付き合ってたじゃないか!?」
「………タリムを身代わりにしてただけだ」
ルキエルは絞り出すようにいう。
タリムは、ルキエルの過去の誰かに似たものがあったのだろう。
ルキエルが隙だらけなのをいいことに、俺は距離を詰め、ルキエルに口づけする。ルキエル、仕事でないから、抵抗した。それでも、力がない上、俺は隙なくルキエルを抱きしめた。油断さえしなければ、一度、捕まえたルキエルを拘束するのは簡単だ。
「最初は身代わりでいい」
「お前、正気か!?」
「試しでいい」
さらに迫ったが、それを邪魔するように、俺は複数の人間によって、ルキエルから引きはがされた。
気づいた時には、数人の男によって、俺は床に抑え込まれていた。
「金も払わずに、ルキエルに何やってるんだ?」
さらに、俺は誰かに頭を踏みしめられていた。
「お、オクト、やめてくれ!!」
ルキエルが俺の元にやってきて、俺を拘束する男たちを押して離した。
「ユーリは、俺の話し相手をしてくれてただけだ!!」
「一方的に、口づけされてたじゃないか」
「役得だと思っただけだ!!」
「なんでこう、最低なんだよ、お前は!!!」
「誉め言葉だ!!!」
ルキエルとオクトと呼ばれた男は、顔を真っ赤にして睨みあった。
オクトは、見るからに貴族だ。服装が違う。そして、俺を抑え込んでいた男たちも、それなりの立場だとわかる服装だ。
ルキエルは不機嫌になりながらも、適当な椅子に座った。
「うまくすれば、ユーリが俺を買ってくれると思ったんだ。客がいなかったし」
「そうなんだ。じゃあ、僕が買おう」
オクトは当然のようにルキエルの側に座る。
「何が買うだよ。お前は金出すだけで、俺を抱くのは別の男だろう。偉そうにいうな」
「仕方ないだろう!! 僕はルキエルだけは、絶対に無理なんだから。だいたい、金だけ貰って、ただ話すだけでいいだろう。それを仕事だから、とか拘ってるのはルキエルじゃないか」
「これは、半分は俺の楽しみだからな。金貰って、喜ばせてもらえるんだ。一石二鳥だ」
「最低だな!!」
「誉め言葉だよ!!」
仲がいいのか悪いのか、わからない二人だ。
オクトは、状況がわからず呆然となっている俺に目を向ける。ルキエルに対しては、随分と暖かいい眼差しをするのに、俺に対しては冷たく見下ろしてくる。
「それで、その男と付き合うのか?」
「どっちだっていいだろう」
「男と付き合うなら………」
「もう、どうだっていいだろう。お前は貴族、俺は貧民なんだから。今日は気分が乗らない。帰れ帰れ」
「ここまで来たのに、酷いな!!」
「お前が勝手に来てるだけだろう。俺は来て欲しい、なんて言ってない」
「会いたいから来てるってのに、酷いじゃないか!!」
「………」
真正面からそう言われると、ルキエルは黙り込んだ。散々、ルキエルはオクトを突き放しているが、オクトのほうがルキエルに縋りついていた。
見るからに、身分違いだ。なのに、周囲はルキエルを随分と大事に見ている。俺に対して、油断なく見ているのがわかる。少しでも、俺が動いたら、また、床に抑え込まれているだろう。だから、俺は動けない。
警戒の中、一人の男がルキエルの側に膝をついた。
「今日は、私がお相手します」
それを聞いたルキエルは、男を蔑むように見下ろした。
「そうか、今日はお前か。なら、相手になってやる」
ルキエルは男には見向きもせず、歩き出す。男は、慌ててルキエルの後をついていった。
ルキエルがいなくなると、その場の空気は一変する。また、俺は床に抑え込まれた。
「さて、お前はどこの誰かな?」
オクトは先ほどまでの穏やかな空気を捨てた。誰もが恐怖を抱くような空気を纏い、俺を見下ろした。
俺は沈黙する。名乗ることは危険だ。相手は貴族でも、それなりの立場だろう。名前を聞いた程度では、どこの貴族か、わからない。何せ、帝国は広すぎて、貴族だってそれなりにいるのだ。名前だけでは、俺みたいな弱小貴族はわからない。
逆に、オクトは俺のことがわかるだろう。俺が沈黙していても、勝手に話を進めていく。
「ルキエルが、ユーリと呼んでいたな。本名かどうか、わからないが、よくある名前だ。後で、ルキエルから聞いてみよう。今はどこで、何をしているのか、そこから遡っていけば、お前がどこのユーリかわかるだろう」
「どうして、俺のことを調べる!? 俺は、ただの貧民だ!!!」
調べられる理由がわからない。オクトはそれなりの立場の貴族だ。貧民なんて、そこら辺の石ころだろう。
口答えしたから、俺への拘束に苦痛が加えられる。
「こらこら、痛めつけるんじゃない。ルキエルに叱られるぞ」
オクトが止めれば、また、苦痛のない拘束に戻る。だけど、そこから解放されることはない。
「お前がルキエルに関わったからだ。ルキエルは貧民だが、我が家には大恩ある存在だ。ルキエルに悪意を持って近づく輩は全て排除することにしている。今のところ、ルキエルの常連客には、そういうのはいないと確認出来ている。お前は新参者だから、これから調べるんだ」
「こうやって、脅してか」
「いつもは秘密裡にだ。今回は、家臣が勝手に暴走してしまったからな。家臣の中には、ルキエルに熱をあげている奴がそれなりにいる。今、お前を抑え込んでいる奴らもそうだ」
殺気がいくつも向けられた。生きた心地がしない。一歩間違えれば、俺は殺される。こうやって俺を簡単に拘束出来てしまうほどの体術を持っているのだ。簡単だろう。
もう、俺が負けを自覚していることをオクトは見て、気づいていた。
「ほら、離してやりなさい。ルキエルに叱られたくないだろう」
拘束は解かれ、殺気もすっと消えてなくなった。それでも、恐怖は残る。そんな俺の腕をオクトはつかんで引っ張りあげると、近くの椅子に放り投げてくれる。座れるはずがない。椅子を倒して、俺はまた、倒れた。
「なんだ、足が竦んだか。それで、ルキエルと付き合おうなんて、笑えるな」
見れば、オクトは俺を嘲笑っていた。それを見て、俺の中に怒りが灯った。
「手勢を連れて来て、偉ぶってるだけだろう!!」
「否定はしない。僕が動く時は決まっているからな。上に立つ者は、簡単に動いてはいけないものだよ。まず、お前と僕とでは、立場が違う。僕は、ルキエルさえ望めば、ルキエルを貴族にだって出来る」
「だったら、してみろ!!」
「ルキエルは貧民であることを望んでいるから、出来ない。言っただろう、ルキエルさえ望めば、と。ルキエルは、どれだけ言っても、貧民であり続ける。だったら、僕はこうやって、見守って、気が変わるのを待つしかない」
「そんなわけないだろう。誰も、好き好んで、貧民でいたいなんて思わない」
俺は思わない。仕方なく、貧民に扮しているだけだ。いつか、騎士に戻りたい、と俺は思っている。
「ルキエルをそこら辺の奴らと一緒にしないように。ルキエルに人の常識は通じない。貧民の常識もだ。振り回されるだけだぞ。実際、我が家は随分とルキエルに振り回されたからな。とりあえず、貴様が安全な男だとわかったら、もう会うこともないだろう」
「話は終わってない!!」
「僕が終わりと言ったら終わりだ。お客様がお帰りだ」
俺の意思など無視された。オクトの家臣に、俺は娼館の外に放り出された。
また娼館の中に入ろうと立ち上がった。だが、出来なかった。娼館の周囲をオクトの手勢が包囲していたからだ。
貴族の手勢を相手にする貧民はいない。俺は仕方なく、その場を立ち去るしかなかった。
だが、数日後、俺はオクトの手勢に拉致された。
目隠しされ、馬車に乗せられ、闇夜の中を拉致された。荷物のように扱われ、どうなるか大人しくしていれば、冷たい石畳の上に転がされた。
拘束はそのままに、目隠しだけを外された。窓もない部屋だ。転がされている俺の前に、椅子に座ったオクトがいた。
「調べがついた。まさか、侯爵家の奴隷だとはな」
「っ!?」
わずか数日で、俺の立場がバレるなんて、思ってもいなかった。ユーリなんて、よくある名前だ。まず、貴族かどうかも不明だというのに。
ルキエルが俺のことを話したとしても、大した内容ではないはずだ。まず、俺が貴族の子息なんて、ルキエルは知らない。
俺が混乱しているが、オクトはどうだっていい。数人の見た目が綺麗な男女をオクトは側に呼び寄せた。
「どうだ、解けるか?」
「無理です」
「無理かー。その男を座らせてやれ。拘束はそのままだ」
両手の拘束はそのままに、俺はオクトの向かいに置かれた粗末な椅子に座らされた。
「軍部からの命令で、海の貧民街に潜入調査してることは知ってる。侯爵とは連絡をとりあっているか?」
オクトは、そこまで調べ上げていた。ただ、心配しているのは、侯爵のことだ。
俺の身分も立場も知られているのだ。俺は話せることを話した。
「他と連絡をとることは、軍部から禁じられている。本来は、俺は貧民街に行くはずじゃなかったんだ」
「そうだろうな。侯爵は、お前を城に置こうとしていた。だが、当時の将軍がそれを反対して、密偵として使うこととなったんだ。成績は優秀、身分は男爵の三男、人当たりもいいとなると、どこに行っても潜り込める、という話だ。実際、お前は潜入調査に飛ばされた騎士たちに、随分と慕われている。今も、お前が騎士に戻れるように、嘆願書が出されているよ」
知らない情報だ。聞いて、泣きそうになった。
俺は騎士になってからずっと、貧民街の潜入調査をし続けている。俺は侯爵の奴隷だ。それを軍部は知らないまでも、何かある、と今は亡き賢者テラスに言われているから、俺を危険視しているのだ。だが、侯爵の息がかかっているから、軍部としては、迂闊なことが出来なくて、この任務で時間稼ぎをしているのだろう。
何も知らないで、先に騎士に戻っていった仲間たちは、今も俺を待っている。
俺のことをオクトは哀れみをこめて見た。
「気の毒だから、その術を解ければよかったんだが、我が家の妖精憑きでは無理だった」
「賢者テラス様でも不可能と言っていた」
するりと、俺は奴隷化の儀式のことを口から出せた。それには驚いた。
俺なりに、色々と試したのだ。この奴隷化の儀式について訴えようとした。だが、文字に落とすことすら出来なかった。賢者テラス様が出来なかったことすら、口外出来なかったのだ。
それなのに、普通に話せた。それに驚いた。
あまりに俺が驚愕しているから、オクトは訝しんだ。
「どうかしたのか?」
「話せるんだ、普通に」
「そりゃ、口があるからね」
「侯爵家が行った儀式のことは、一切、話せないはずなんだ!!」
「なるほど、そういうことか」
オクトは椅子から立つなり、壁をこんこんと叩いた。
「この部屋は、強力な妖精封じが施されている。神を介した契約といえども、やるのは妖精憑きだ。契約を施した妖精憑き、それなりだったんだろう。この部屋では、帝国の魔法使いでも無力化出来る」
「それじゃあ、ここにいれば、俺は」
「契約は契約だ。最重要事項は優先される。お前が口に出来ることは、禁止事項だから、出来るだけだ。絶対服従の契約は、神の力が及ぶから、防げない。ここで出来るのは、妖精の力を排除するだけだ」
「それでも、あの侯爵を訴えることは出来る」
この部屋の中であれば、侯爵家の後ろ暗い行いを帝国に訴えられるのだ。もしかしたら、侯爵家から解放出来るかもしれない。
そんな希望を偉大ている俺をオクトは呆れたように見た。
「いくら訴えたって、帝国は動かないぞ。まず、僕は協力しない」
「どうしてだ!?」
「お前を拉致した目的は、ルキエルの災いになるかどうかを確かめるためだ。それ以外はどうだっていい」
「そんなっ!?」
「どうして、我が家が侯爵を陥れなきゃいけないんだ。別に、ルキエルの害になったわけでもなし。それに、お前がされている契約の解除方法がない。訴えたとしても、その先は内戦だ。あの侯爵はたくさんの奴隷を持って、内戦を起こすだろう。そんなことをすれば、帝国は大変なこととなる。だから、帝国は侯爵を見逃すよ。そして、訴えの元となったお前を殺せば終わりだ」
言われて、そうだと俺も気づかされた。
侯爵の所業を訴えればどうにかなる、なんて俺は甘いことを考えていた。しかし、気づいていた亡き賢者テラスでさえ、見逃したのは、この奴隷化の契約の解除が不可能だからだ。
「今の筆頭魔法使いに訴えれば、どうにかなるかもしれないが………」
今も謎が多い筆頭魔法使いのことを口にするオクトは、心底、イヤそうな顔をする。
今の筆頭魔法使いハガルは、悪評が多い。酒は飲む、賭博はする、女を買う、これまでの筆頭魔法使いではありえないほどの行いをしている。しかも、魔法使いたちに反乱を起こさせたのだ。魔法使いたちでさえ、ハガルのことを大したことがない、と陰口を叩いている。そこまで低く見られているのに、ハガルは、帝国で二番目の権力者である筆頭魔法使いだ。
オクトは筆頭魔法使いハガルのことを思い出したのか、身震いした。筆頭魔法使いと接する機会があるということは、オクト、貴族としても、それなりの地位と立場なのだろう。
席に戻ったオクトは、改めて、俺を向かい合った。
「さて、話せることは全て、話してもらおう。心配ない。ここで話したことは、侯爵の耳に入ることはないから」
裏を返せば、どこかの誰かの耳に入るということだ。その先が気になって、俺は固く口を閉ざした。いくら貧民街の潜入調査をしているといえども、騎士としての矜持がある。
「もしかして、軍部のことを心配しているのか? 軍部のやっていることは、僕の所にだだ漏れだよ。だから、君のこともすぐわかった。軍部のことよりも、侯爵の考えだ。貧民街の潜入調査に君が入ることになったが、侯爵も、ただ、黙って見ていたわけではないだろう。どうして、海の貧民街に潜入することとなったんだ?」
オクトが警戒しているのは、侯爵のことだった。
俺は、海の貧民街に潜入するまでの経緯を話した。
だけど、俺は気づくと、ルキエルを目で追っていた。そうしていると、なんとなく気づく。貧民街の軍部の中に、ルキエルの行動に目を向ける奴らはそれなりにいた。たぶん、隠れてルキエルを買っているのだろう。
俺と同じ潜入調査している奴らは、ルキエルと一度しただけで、興味はなくなった。やはり、男よりも女が良い、と考えたのだろう。
俺だって、女のほうがいいとは思う。まず、挿入する場所が男は穢れている部分だ。ルキエルは仕事の前に綺麗に準備しているからか、そういう汚れを受けることはなかった。それでも、気分がいいものではない。
だけど、ルキエルを抱きしめるのは良かった。口づけもいい。
たった一度の行為を俺は思い出し、反芻して、気づいたら、深みにはまっていた。だが、もう一度、ルキエルを買う勇気はなかった。
娼館の近くまでは行くのだ。近くに行く言い訳はいくらだってつく。せめて、ルキエルが外の空気でも吸いに出てこれば、なんて都合のいいことを願ってしまう。
そうして、それなりの回数を無駄にうろうろとしていると、本当に、ルキエルは娼館の外に出てきた。俺の姿を見つけるなら、笑顔で駆け寄ってくる。
「ユーリ、こんなトコにいるなんて、暇なんだな!!」
「まあ、今日は暇だな」
「今日は客もいないから、ちょっと相手してくれよ。話すだけでいいからさ」
「いないのか?」
「そういう時もある。けど、誰か来るかもしれないからさ、待ってるんだ。ちょっと暇つぶしに付き合ってくれよ」
ルキエルは、俺を客とは見ていなかった。俺を娼館に引っ張っていくが、椅子に座らせて、向かいで談笑しようと茶まで持ってきた。
「客がいないと、困るだろう」
「何が?」
「金だ。コクーン様にいつも渡してるじゃないか」
ルキエルは、人の目がある所で、身売りで得た金をコクーンに手渡していた。そうすることで、コクーンが金をルキエルに返せなくして、支配者の側にいる理由づけにしていた。
そうやって、ルキエルは周囲も納得させて、居座っていた。客がいなければ、ルキエルは金を得られない。困るのはルキエルなだ。そこを俺は心配した。
だけど、ルキエルは明るく笑って、俺の背中を叩いた。
「金は、まあ、なんとかなる。俺、実は金持ちだから。ただ、体の疼きがなー。これは金があっても、どうしようもない」
熱い息を吐き出していうルキエル。腹の辺りを撫でて、気だるげな表情となる。それが、とても色っぽい。
「タリム、惜しかったな」
そして、いなくなった恋人のことをぽつりと呟くルキエル。
まだ、ルキエルはいなくなったタリムのことを忘れていない。ふとした瞬間に、思い出しているのだろう。
俺はルキエルの両手をつかんだ。
「俺では、代わりにならないだろうか」
「………ユーリ?」
「本気だ」
途端、ルキエルは顔を真っ赤にして、両手を引っ込めた。ルキエル、本気になれば、力づくの相手でも、簡単に逃れることが出来るのだ。
「そ、そういう冗談はよせ」
「本気だ。俺は、ルキエルと付き合いたい」
「っ!?」
俺が距離を詰めれば、ルキエルは椅子を倒して、俺から離れた。
「ユーリは、女好きだって」
「ルキエルは特別だ」
「俺も女がいいんだよ!!」
「男と付き合ってたじゃないか!?」
「………タリムを身代わりにしてただけだ」
ルキエルは絞り出すようにいう。
タリムは、ルキエルの過去の誰かに似たものがあったのだろう。
ルキエルが隙だらけなのをいいことに、俺は距離を詰め、ルキエルに口づけする。ルキエル、仕事でないから、抵抗した。それでも、力がない上、俺は隙なくルキエルを抱きしめた。油断さえしなければ、一度、捕まえたルキエルを拘束するのは簡単だ。
「最初は身代わりでいい」
「お前、正気か!?」
「試しでいい」
さらに迫ったが、それを邪魔するように、俺は複数の人間によって、ルキエルから引きはがされた。
気づいた時には、数人の男によって、俺は床に抑え込まれていた。
「金も払わずに、ルキエルに何やってるんだ?」
さらに、俺は誰かに頭を踏みしめられていた。
「お、オクト、やめてくれ!!」
ルキエルが俺の元にやってきて、俺を拘束する男たちを押して離した。
「ユーリは、俺の話し相手をしてくれてただけだ!!」
「一方的に、口づけされてたじゃないか」
「役得だと思っただけだ!!」
「なんでこう、最低なんだよ、お前は!!!」
「誉め言葉だ!!!」
ルキエルとオクトと呼ばれた男は、顔を真っ赤にして睨みあった。
オクトは、見るからに貴族だ。服装が違う。そして、俺を抑え込んでいた男たちも、それなりの立場だとわかる服装だ。
ルキエルは不機嫌になりながらも、適当な椅子に座った。
「うまくすれば、ユーリが俺を買ってくれると思ったんだ。客がいなかったし」
「そうなんだ。じゃあ、僕が買おう」
オクトは当然のようにルキエルの側に座る。
「何が買うだよ。お前は金出すだけで、俺を抱くのは別の男だろう。偉そうにいうな」
「仕方ないだろう!! 僕はルキエルだけは、絶対に無理なんだから。だいたい、金だけ貰って、ただ話すだけでいいだろう。それを仕事だから、とか拘ってるのはルキエルじゃないか」
「これは、半分は俺の楽しみだからな。金貰って、喜ばせてもらえるんだ。一石二鳥だ」
「最低だな!!」
「誉め言葉だよ!!」
仲がいいのか悪いのか、わからない二人だ。
オクトは、状況がわからず呆然となっている俺に目を向ける。ルキエルに対しては、随分と暖かいい眼差しをするのに、俺に対しては冷たく見下ろしてくる。
「それで、その男と付き合うのか?」
「どっちだっていいだろう」
「男と付き合うなら………」
「もう、どうだっていいだろう。お前は貴族、俺は貧民なんだから。今日は気分が乗らない。帰れ帰れ」
「ここまで来たのに、酷いな!!」
「お前が勝手に来てるだけだろう。俺は来て欲しい、なんて言ってない」
「会いたいから来てるってのに、酷いじゃないか!!」
「………」
真正面からそう言われると、ルキエルは黙り込んだ。散々、ルキエルはオクトを突き放しているが、オクトのほうがルキエルに縋りついていた。
見るからに、身分違いだ。なのに、周囲はルキエルを随分と大事に見ている。俺に対して、油断なく見ているのがわかる。少しでも、俺が動いたら、また、床に抑え込まれているだろう。だから、俺は動けない。
警戒の中、一人の男がルキエルの側に膝をついた。
「今日は、私がお相手します」
それを聞いたルキエルは、男を蔑むように見下ろした。
「そうか、今日はお前か。なら、相手になってやる」
ルキエルは男には見向きもせず、歩き出す。男は、慌ててルキエルの後をついていった。
ルキエルがいなくなると、その場の空気は一変する。また、俺は床に抑え込まれた。
「さて、お前はどこの誰かな?」
オクトは先ほどまでの穏やかな空気を捨てた。誰もが恐怖を抱くような空気を纏い、俺を見下ろした。
俺は沈黙する。名乗ることは危険だ。相手は貴族でも、それなりの立場だろう。名前を聞いた程度では、どこの貴族か、わからない。何せ、帝国は広すぎて、貴族だってそれなりにいるのだ。名前だけでは、俺みたいな弱小貴族はわからない。
逆に、オクトは俺のことがわかるだろう。俺が沈黙していても、勝手に話を進めていく。
「ルキエルが、ユーリと呼んでいたな。本名かどうか、わからないが、よくある名前だ。後で、ルキエルから聞いてみよう。今はどこで、何をしているのか、そこから遡っていけば、お前がどこのユーリかわかるだろう」
「どうして、俺のことを調べる!? 俺は、ただの貧民だ!!!」
調べられる理由がわからない。オクトはそれなりの立場の貴族だ。貧民なんて、そこら辺の石ころだろう。
口答えしたから、俺への拘束に苦痛が加えられる。
「こらこら、痛めつけるんじゃない。ルキエルに叱られるぞ」
オクトが止めれば、また、苦痛のない拘束に戻る。だけど、そこから解放されることはない。
「お前がルキエルに関わったからだ。ルキエルは貧民だが、我が家には大恩ある存在だ。ルキエルに悪意を持って近づく輩は全て排除することにしている。今のところ、ルキエルの常連客には、そういうのはいないと確認出来ている。お前は新参者だから、これから調べるんだ」
「こうやって、脅してか」
「いつもは秘密裡にだ。今回は、家臣が勝手に暴走してしまったからな。家臣の中には、ルキエルに熱をあげている奴がそれなりにいる。今、お前を抑え込んでいる奴らもそうだ」
殺気がいくつも向けられた。生きた心地がしない。一歩間違えれば、俺は殺される。こうやって俺を簡単に拘束出来てしまうほどの体術を持っているのだ。簡単だろう。
もう、俺が負けを自覚していることをオクトは見て、気づいていた。
「ほら、離してやりなさい。ルキエルに叱られたくないだろう」
拘束は解かれ、殺気もすっと消えてなくなった。それでも、恐怖は残る。そんな俺の腕をオクトはつかんで引っ張りあげると、近くの椅子に放り投げてくれる。座れるはずがない。椅子を倒して、俺はまた、倒れた。
「なんだ、足が竦んだか。それで、ルキエルと付き合おうなんて、笑えるな」
見れば、オクトは俺を嘲笑っていた。それを見て、俺の中に怒りが灯った。
「手勢を連れて来て、偉ぶってるだけだろう!!」
「否定はしない。僕が動く時は決まっているからな。上に立つ者は、簡単に動いてはいけないものだよ。まず、お前と僕とでは、立場が違う。僕は、ルキエルさえ望めば、ルキエルを貴族にだって出来る」
「だったら、してみろ!!」
「ルキエルは貧民であることを望んでいるから、出来ない。言っただろう、ルキエルさえ望めば、と。ルキエルは、どれだけ言っても、貧民であり続ける。だったら、僕はこうやって、見守って、気が変わるのを待つしかない」
「そんなわけないだろう。誰も、好き好んで、貧民でいたいなんて思わない」
俺は思わない。仕方なく、貧民に扮しているだけだ。いつか、騎士に戻りたい、と俺は思っている。
「ルキエルをそこら辺の奴らと一緒にしないように。ルキエルに人の常識は通じない。貧民の常識もだ。振り回されるだけだぞ。実際、我が家は随分とルキエルに振り回されたからな。とりあえず、貴様が安全な男だとわかったら、もう会うこともないだろう」
「話は終わってない!!」
「僕が終わりと言ったら終わりだ。お客様がお帰りだ」
俺の意思など無視された。オクトの家臣に、俺は娼館の外に放り出された。
また娼館の中に入ろうと立ち上がった。だが、出来なかった。娼館の周囲をオクトの手勢が包囲していたからだ。
貴族の手勢を相手にする貧民はいない。俺は仕方なく、その場を立ち去るしかなかった。
だが、数日後、俺はオクトの手勢に拉致された。
目隠しされ、馬車に乗せられ、闇夜の中を拉致された。荷物のように扱われ、どうなるか大人しくしていれば、冷たい石畳の上に転がされた。
拘束はそのままに、目隠しだけを外された。窓もない部屋だ。転がされている俺の前に、椅子に座ったオクトがいた。
「調べがついた。まさか、侯爵家の奴隷だとはな」
「っ!?」
わずか数日で、俺の立場がバレるなんて、思ってもいなかった。ユーリなんて、よくある名前だ。まず、貴族かどうかも不明だというのに。
ルキエルが俺のことを話したとしても、大した内容ではないはずだ。まず、俺が貴族の子息なんて、ルキエルは知らない。
俺が混乱しているが、オクトはどうだっていい。数人の見た目が綺麗な男女をオクトは側に呼び寄せた。
「どうだ、解けるか?」
「無理です」
「無理かー。その男を座らせてやれ。拘束はそのままだ」
両手の拘束はそのままに、俺はオクトの向かいに置かれた粗末な椅子に座らされた。
「軍部からの命令で、海の貧民街に潜入調査してることは知ってる。侯爵とは連絡をとりあっているか?」
オクトは、そこまで調べ上げていた。ただ、心配しているのは、侯爵のことだ。
俺の身分も立場も知られているのだ。俺は話せることを話した。
「他と連絡をとることは、軍部から禁じられている。本来は、俺は貧民街に行くはずじゃなかったんだ」
「そうだろうな。侯爵は、お前を城に置こうとしていた。だが、当時の将軍がそれを反対して、密偵として使うこととなったんだ。成績は優秀、身分は男爵の三男、人当たりもいいとなると、どこに行っても潜り込める、という話だ。実際、お前は潜入調査に飛ばされた騎士たちに、随分と慕われている。今も、お前が騎士に戻れるように、嘆願書が出されているよ」
知らない情報だ。聞いて、泣きそうになった。
俺は騎士になってからずっと、貧民街の潜入調査をし続けている。俺は侯爵の奴隷だ。それを軍部は知らないまでも、何かある、と今は亡き賢者テラスに言われているから、俺を危険視しているのだ。だが、侯爵の息がかかっているから、軍部としては、迂闊なことが出来なくて、この任務で時間稼ぎをしているのだろう。
何も知らないで、先に騎士に戻っていった仲間たちは、今も俺を待っている。
俺のことをオクトは哀れみをこめて見た。
「気の毒だから、その術を解ければよかったんだが、我が家の妖精憑きでは無理だった」
「賢者テラス様でも不可能と言っていた」
するりと、俺は奴隷化の儀式のことを口から出せた。それには驚いた。
俺なりに、色々と試したのだ。この奴隷化の儀式について訴えようとした。だが、文字に落とすことすら出来なかった。賢者テラス様が出来なかったことすら、口外出来なかったのだ。
それなのに、普通に話せた。それに驚いた。
あまりに俺が驚愕しているから、オクトは訝しんだ。
「どうかしたのか?」
「話せるんだ、普通に」
「そりゃ、口があるからね」
「侯爵家が行った儀式のことは、一切、話せないはずなんだ!!」
「なるほど、そういうことか」
オクトは椅子から立つなり、壁をこんこんと叩いた。
「この部屋は、強力な妖精封じが施されている。神を介した契約といえども、やるのは妖精憑きだ。契約を施した妖精憑き、それなりだったんだろう。この部屋では、帝国の魔法使いでも無力化出来る」
「それじゃあ、ここにいれば、俺は」
「契約は契約だ。最重要事項は優先される。お前が口に出来ることは、禁止事項だから、出来るだけだ。絶対服従の契約は、神の力が及ぶから、防げない。ここで出来るのは、妖精の力を排除するだけだ」
「それでも、あの侯爵を訴えることは出来る」
この部屋の中であれば、侯爵家の後ろ暗い行いを帝国に訴えられるのだ。もしかしたら、侯爵家から解放出来るかもしれない。
そんな希望を偉大ている俺をオクトは呆れたように見た。
「いくら訴えたって、帝国は動かないぞ。まず、僕は協力しない」
「どうしてだ!?」
「お前を拉致した目的は、ルキエルの災いになるかどうかを確かめるためだ。それ以外はどうだっていい」
「そんなっ!?」
「どうして、我が家が侯爵を陥れなきゃいけないんだ。別に、ルキエルの害になったわけでもなし。それに、お前がされている契約の解除方法がない。訴えたとしても、その先は内戦だ。あの侯爵はたくさんの奴隷を持って、内戦を起こすだろう。そんなことをすれば、帝国は大変なこととなる。だから、帝国は侯爵を見逃すよ。そして、訴えの元となったお前を殺せば終わりだ」
言われて、そうだと俺も気づかされた。
侯爵の所業を訴えればどうにかなる、なんて俺は甘いことを考えていた。しかし、気づいていた亡き賢者テラスでさえ、見逃したのは、この奴隷化の契約の解除が不可能だからだ。
「今の筆頭魔法使いに訴えれば、どうにかなるかもしれないが………」
今も謎が多い筆頭魔法使いのことを口にするオクトは、心底、イヤそうな顔をする。
今の筆頭魔法使いハガルは、悪評が多い。酒は飲む、賭博はする、女を買う、これまでの筆頭魔法使いではありえないほどの行いをしている。しかも、魔法使いたちに反乱を起こさせたのだ。魔法使いたちでさえ、ハガルのことを大したことがない、と陰口を叩いている。そこまで低く見られているのに、ハガルは、帝国で二番目の権力者である筆頭魔法使いだ。
オクトは筆頭魔法使いハガルのことを思い出したのか、身震いした。筆頭魔法使いと接する機会があるということは、オクト、貴族としても、それなりの地位と立場なのだろう。
席に戻ったオクトは、改めて、俺を向かい合った。
「さて、話せることは全て、話してもらおう。心配ない。ここで話したことは、侯爵の耳に入ることはないから」
裏を返せば、どこかの誰かの耳に入るということだ。その先が気になって、俺は固く口を閉ざした。いくら貧民街の潜入調査をしているといえども、騎士としての矜持がある。
「もしかして、軍部のことを心配しているのか? 軍部のやっていることは、僕の所にだだ漏れだよ。だから、君のこともすぐわかった。軍部のことよりも、侯爵の考えだ。貧民街の潜入調査に君が入ることになったが、侯爵も、ただ、黙って見ていたわけではないだろう。どうして、海の貧民街に潜入することとなったんだ?」
オクトが警戒しているのは、侯爵のことだった。
俺は、海の貧民街に潜入するまでの経緯を話した。
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