99 / 152
破滅-四人目
凶悪の始まり
天才って、本当にいるんだな。俺はちょくちょく、ルキエルのトコに遊びに行っては、敗北を噛みしめることとなった。
最初は、腕っぷしである。俺はきちんと元騎士団だった教師について鍛えていた。なのに、ルキエル、身軽で技術がすごいの。俺と同じ、まだまだガキだし、ルキエルは細身だ。だけど、その技術が化け物だ。あっという間に、俺の剣は遠くへ飛んで、俺は地面に転がされていた。
体がダメならば頭だ、と俺は学校の宿題をわざと持ち込んだ。どうせ、ルキエル、読み書き計算程度しか出来ないだろう、なんて見てたんだ。
完璧な答案を作ってくれた。
「なんで解けんだよ!!」
「家に閉じ込められてると暇だから、色々と本、読んでた。お袋が暇潰しになるように、と色々とあるんだよな」
独学だ。
俺も成長したんだぞ、すごいだろう、一緒に商売でもやろうぜ、なんて誘い文句を考えていたというのに、それすら吐けない。惨敗だから、むしろ、ぜひ力をかしてください、と俺が土下座しなくちゃいけないよ。
ルキエルは相変わらず、屋敷に閉じ込められていた。ルキエルの弟ロイドは自由にしてるが、ルキエルは、妹レーリエットの面倒があるので、仕方なく、屋敷に閉じ込められていただけだ。
俺がちょくちょく、ルキエルの家に遊びに行くから、とうとう、ルキエルの姉リンネットに出会うこととなった。
物凄い美女だ。ルキエルが清楚華憐方面の美貌だといったら、リンネットは勝気な美女である。その体も男が目を惹いてしまうものを持っていた。
母親にも父親にも似ていないな。
リンネット、似ている身内が誰もいない。だから、俺は疑った。俺みたいに、実はリンネット、父親が違うんじゃないか、と。
俺が貧民街に行けるようになってから、俺は親父にくっついて、貧民街に行くこともあった。その時、たまたま、伯爵マクルスとルキエルの姉リンネットが一緒にいる所を見てしまう。
昔は、マクルスは伯爵の弟であった。伯爵が亡くなり、跡継ぎもなかったことから、マクルスが爵位を受け継いだという。その爵位を受け継ぐ前から、マクルスの女遊びは有名だった。マクルスは、王都にある貴族の学校で入学からずっと首席を取り続けた優秀な男として有名であった。そのため、女遊びをすると、すぐに噂が広まったのだ。
伯爵マクルスは、女遊びも馴れたものだから、リンネットをあしらうのも簡単だろう、なんて見ていた。
ところが、マクルス、イヤそうな顔をして、リンネットを剥がしていた。あんな美女、マクルスは馴れているだろうに。
気を着かえて、親父が挨拶に行くと、リンネットはさっさと退散していった。
「お久しぶりです、マクルス様」
俺は膝をついて挨拶する。マクルスはすぐ、俺を立たせてくれた。
「お邪魔しましたか?」
「いや、助かった。あの顔はどうも苦手で」
「さすがに、支配者の娘ですから、手を出すわけにはいきませんね」
「そういうのじゃない。母親似だったら、遠慮なく囲ったんだが、よりによって、母方の祖父母の血が強く出るとはな」
「支配者の妻のお身内をご存知なのですか?」
「知っている。その家系図もな。リンネットを見ると、本当に血のつながりがあるんだな、と思い知らされる。綺麗さは母親似だが、あの顔立ちは、母親の妹に似ている。母親の妹は可愛い感じだけどな。性格の悪さは、どこから引き継いだのやら」
見るからに、性格の悪い美女であったリンネット。この頃には、我儘で、強欲で、手がつけられない女に成長していた。だけど、黙っていれば美人なので、男が寄ってくるんだよな。
俺はそっと親父を盗み見た。親父、性格の悪い母親のことが大好きなんだ。きっと、リンネットも好みなんだろうな、なんて思っていた。
「可哀想な子だ」
だけど、親父は違うものをリンネットから感じていた。
どこが可哀想なんだか。俺は改めて、リンネットを見て思う。だって、貧民だけど、平民でも、上流並にいい生活をしている。支配者の娘だから、迂闊なことをされることはないのに。
俺は上辺ばかり見ていて、わかっていなかった。
ある日、ルキエルが表に出なくなった。屋敷に行っても、門前払いをくらった。
わけがわからなかった。いつもルキエルの相手をしてもらってばかりで、俺は貧民街のほうには足を運び入れていなかった。ルキエルに会えないので、俺は貧民街のほうに歩いて行く。
ガキの頃、どこもかしこも汚くて、怖いトコだった。汚さは今も変わらないが、親父のお陰で、腕っぷしも鍛えて、それなりにデカくなったから、自信もついた。怖いとは感じなかった。
見るからにいいトコの平民である俺は、すぐに囲まれた。俺とそう年頃が変わらない奴らだ。
「ほら、金を出せ!!」
「その服も脱げよ!!」
「金は持ってない。ほら、土産だ」
「はあ!?」
「まあ、一か月しかいなかったからな。久しぶりだな、ダクトだよ」
「………」
生きるのに大変だから、俺のこと、忘れ去られていた。逆に、俺は覚えていた。
覚えている奴らの名前を言ってやれば、俺が元は貧民街にいた、という事実だけは信じてくれた。
路地裏に行って、俺は持ってきた手土産を配った。
「珍しいヤツだな。普通、出てった奴は、ここに来ないぞ」
「ルキエルのトコに遊びに行ったら、追い出されたんだよ。何かあったのか?」
「………」
全員、固く口を閉ざした。何かあったんだな。
とりあえず、どんどんと食い物を勧めていく。どうせ、一回で聞き出せるなんて思ってもいない。まずは、仲良くなってからだ。
「じゃあ、俺はもう帰るよ。また来る」
「次は、金持ってこい!!」
「ばっかだな、貧民街に金持ってくるわけないだろう。ルキエルに会えなかったら、手土産は、お前たちにやるよ」
俺は軽く手を振って、その場を離れた。
すぐに貧民街の空気がギスギスした。俺が、ルキエルのことを調べようとしたから、何か動いたのだろう。こわっ!!
俺は慎重に動いた。だけど、ばっと俺は囲まれた。
身のこなしが、貧民じゃない!! まるで訓練された兵士だ。全員、俺に剣の切っ先を向ける。俺はというと、護身用の短剣だけである。こんないっぱいの剣の前では、短剣なんて役に立たないよ。まず、串刺しだな。
とうとう、父親の望み通り、俺は殺されるかなー、なんて考えていたが、すぐに剣は下ろされた。
「待て待て!! そいつは、知り合いだ!!!」
「あ、お久しぶりです、ライホーン様。相変わらずの美男子ですね」
「軽いっ!!」
軽く挨拶したら、ルキエルの兄ライホーンはその場で脱力した。
「あー、すみません。俺もルキエルの影響受けちゃって」
ルキエルと付き合うと、こう、軽くなっちゃうんだよな。俺、元はもっと真面目な男だったんだけど、ルキエルに毒されちゃったよ。
俺がルキエルとライホーンの知り合いとわかって、俺の包囲はなくなった。
「ライホーン様、一体、どうなってるんですか?」
ちょっと目を離した隙に、貧民街全体が、おかしな感じになっていた。今では、親父も近づけないという。
「リンネットが、やらかしたんだ」
「あんな美女のやらかしなんて、笑ってゆるしてあげましょうよ。百、悪い所があっても、あの美貌ならば、許すしかありません」
「軽いよ!!」
「それで、リンネット様はどうしてますか? 遊び歩いてる?」
「家に引きこもってる。どうして、あんなことをしたのか、話してくれない」
「俺が聞いてみましょうか? 身内よりも、他人のほうが、話しやすいでしょう。俺、得意ですよ」
「そんな感じだな」
「得意すぎて、俺、今、彼女が五人いることとなっています」
俺、付き合ってるつもりはないんだけど、相手の女が勝手に付き合っていると言い張ってきた。お陰で、五股している最低男と、呼ばれていた。
ライホーンに物凄くドン引きされた。
「それは、ちょっと」
「俺はただ、ルキエルを真似ただけです。身内じゃなかったら、きっと、ルキエルが聞き出していたでしょう。そう思います。会わせてください。あなた方には、恩があります」
逆に、俺は頭を下げて頼んだ。恩返し、今こそしないと。
すっかり雰囲気とか空気が暗い感じになった屋敷の中。ルキエルと他愛無い会話をしていた時は、まだまだ、明るい感じだった。
すっかり淀んだ空気みたいだ。俺は、ルキエルの兄ライホーンの案内で、リンネットの部屋に行った。
リンネット、閉じこもってはいるが、ドアを締め切る、とかそういうわけではない。こういうのは、話を聞いてほしいんだな。
俺はライホーンには席を外してもらった。ついでに、きっちりドアを閉める。
「リンネットさん、初めまして。俺はルキエルの友達ダクトと言います。よろしくお願いします」
まずは挨拶からである。
リンネットはルキエルと聞いて、反応した。お、ルキエルは有効なんだ。俺はリンネットから距離をとって座る。
ゆっくりとした動作で、リンネットは顔をあげて、俺を見た。
「あんたみたいな男、知らない」
「俺、貧民街には一か月しかいなかったんだよ。ここから近いトコに暮らしてるんだけど、ほら、ガキがここに遊びに来るには危ないからって、体鍛えて、それなりに腕っぷしが出来てから、やっと親の許可が降りたんだよ。俺がルキエルと会ってるのは、ここ数か月だよ。ルキエル、久しぶりに会った時、俺のこと覚えてたよね。感動した」
「そうなんだ。アタシはあんたのこと、知らない」
「俺は知ってるよ。ルキエルの姉で、男だったら全財産貢ぎたくなるほどの美人だ」
「………軽っ」
やっと笑った。笑うと、バラだな。ちなみにルキエルは、笑うとユリだ。綺麗系の部類が違う。
俺の好みは、ユリだな。バラは好みじゃない。だから、リンネットにはこれっぽっちも衝動が起こらない。
「最近、ルキエルに会えないんだよね。何かあったみたいだけど、どうしたの?」
「………見せてあげる」
狂った笑みを浮かべて、リンネットは俺の腕を引っ張った。
いいのかな? どんどんと屋敷の奥へと引っ張られる。そして、どんどんと甘い声が近づいてくる。
「やぁ、そこ、だめぇ」
はっきりと言葉が聞き取れる所まで近づいた。ドアをちょっと開けて、リンネットは部屋の中を俺に見せてくれた。
ルキエルの父親が、華奢で小さい人を膝に座らせて、後ろから、愛撫していた。
「っ!?」
愛撫を受けているのは、ルキエルだった。父親の膝で、女の顔をして、甘い声をあげていた。ルキエルの父親は、ルキエルに深く口づけをしつつ、丹念にルキエルの体をまさぐっていた。それに、ルキエルは甘い声をあげて、喜んでいた。
貧民ならば、よくある話だ。話半分で、俺も噂では聞いていた。だけど、他人事だ。ルキエルのは、他人事ではない!!
声を必死でおさえた。ルキエルは父親の愛撫に喜び、もっとと向かい合って、ルキエルのほうから口づけする。
それも、ルキエルの父親がルキエルの尻の辺りを触れた途端、悲鳴となる。
「やだ!! それ、痛いからイヤだ!!!」
激しく暴れ、父親の膝から逃げていくルキエル。
「もうしない。ほら、いい子にしていなさい」
「あんなに痛いこと、もうしない!!」
「ゆっくりだ、ゆっくり、少しずつ、進めよう。それまで、我慢する」
父親がとんでもない剛直をルキエルに触らせる。ルキエルは真っ青になって、手を引っ込めた。全身をガタガタと震わせて、怯えた。
俺はバラよりもユリのほうが好きだ。ルキエルは男だ。そういう体躯をしている。だけど、盗み見て、俺は興奮する。これはまずいな。俺、男でもいいんだ。
妙な衝動が上ってきたから、俺はその場から離れた。
再び、リンネットの私室に戻った。良かった、リンネットと二人っきりになって、俺、衝動がどっかに吹っ飛んだよ。やっぱり、俺はバラは好みじゃないな。
「どうして、あんなことになったんだよ!!」
まずは、そこだ。現状見せられても、わからないよ!!
「アタシが、騙されたの」
グズグズと泣くリンネット。美女が泣くと、やっぱり綺麗だが、俺はやっぱりユリだな。綺麗だなー、程度である。
話はこうだった。
母親を失って、父親は元気がなかった。家庭も顧みたいし、ずっと仕事にふけっている。どんどんと元気がなくなっていく父親に、リンネットなりに心配になった。
どうにかならないか、とリンネットの男友達に相談したのだ。
「いい薬があるよ。こういうの、飲めば、きっと元気になるよ」
「どういうふうに?」
「気分が晴れる感じかな。試してみる?」
「わかった、試すから、二個ちょうだい」
いつものように、リンネットはその美貌で、薬二個、奪った。
帰ってから、試してみたら、確かに、すっと気分がよくなった。ただ、薬がきれると、ちょっと苦しい感じがする。それも、耐えれば、普通だ。日常的に支障がないので、安全だと判断したのだ。
父親はともかく、外に出てばかりだ。その機会を伺っていると、深夜になった。
「父さん、喉乾いたでしょ。水、飲んで」
「ああ、ありがとう」
家に入れば、父親はいい父である。娘であるリンネットが持ってきた薬入りの水を一気に飲み干した。
後でわかったことだが、父親は酒を飲んでいた。それと薬は相性が悪かったのだろう。薬が効きすぎて、父親はおかしくなった。目の前にいる人を死んだ妻と錯覚したのだ。
最初は、リンネットが襲われたのだ。だが、騒ぎに気づいたルキエルが止めに入ってきた。ルキエルはより、母親似だった。父親は、標的をルキエルに変え、そのまま最後まで蹂躙したのだ。
「そ、それから、ずっと、父さん、ルキエルのこと、母さんと見てるの。昼も、夜も、ずっと閉じ込めて」
「………」
呆れた。リンネット、とんでもない世間知らずだ。明らかに、そいつら、リンネットを狙って、薬を飲ませようとしたんだよ!!
薬、きっと、常用性があったんだ。そりゃ、後から苦しくなるよ。だけど、たった一回だから、リンネットには大したことがなかったんだ。
そして、過剰反応を起こしたルキエルの父親は気狂いとなって、ルキエルを亡くなった妻と今も見ているのだろう。
リンネットは俺の肩に顔を埋めて大泣きする。良かった、俺はユリのほうが好きで。リンネット相手には、これっぽっちも間違いは起きないな。
しばらく泣かせて、疲れたのか、リンネットは眠った。俺はリンネットをベッドに寝かせて、家の外に逃げるように出た。盗み見たなんてバレたら、俺、命がない!!
外に出ても、無事なわけではない。ルキエルの兄ライホーンが待ち構えていた。こいつ、父親似なんだよな。びびったよ。
「ライホーン様、ちょっと、話聞かれないトコで話しましょう」
「ここでいい。手身近に話してくれ」
まず、人払いをしてるんだな。俺は、リンネットから聞いた話を簡単に伝えた。
「あの女、男が寄ってくるからって、油断して。わかった。リンネットに薬を渡した奴ら全部、始末する」
「えっと、俺にそれを言われても、俺は関係ないんだけど」
「ここまで聞いておいて、関係ないわけがないだろう。いいか、口外するんじゃないぞ。わかったな」
つまり、黙っていろ、ということである。だから、わざわざ、リンネットに薬を渡した奴らの始末を俺に話したのだ。
「それと、リンネットに妙なことしなかっただろうな!?」
「してません、神に誓って、やっていません!!」
「本当だろうな? 大事な妹に、妙なことしたら、お前もただでは済まないからな」
「大丈夫、俺はユリのほうが好きです!!」
「?」
バラやらユリやらいっても、貧民にはぴんとこないよな。ほら、花はどれも花なんだ。種類なんてどうだっていいんだよな。
最初は、腕っぷしである。俺はきちんと元騎士団だった教師について鍛えていた。なのに、ルキエル、身軽で技術がすごいの。俺と同じ、まだまだガキだし、ルキエルは細身だ。だけど、その技術が化け物だ。あっという間に、俺の剣は遠くへ飛んで、俺は地面に転がされていた。
体がダメならば頭だ、と俺は学校の宿題をわざと持ち込んだ。どうせ、ルキエル、読み書き計算程度しか出来ないだろう、なんて見てたんだ。
完璧な答案を作ってくれた。
「なんで解けんだよ!!」
「家に閉じ込められてると暇だから、色々と本、読んでた。お袋が暇潰しになるように、と色々とあるんだよな」
独学だ。
俺も成長したんだぞ、すごいだろう、一緒に商売でもやろうぜ、なんて誘い文句を考えていたというのに、それすら吐けない。惨敗だから、むしろ、ぜひ力をかしてください、と俺が土下座しなくちゃいけないよ。
ルキエルは相変わらず、屋敷に閉じ込められていた。ルキエルの弟ロイドは自由にしてるが、ルキエルは、妹レーリエットの面倒があるので、仕方なく、屋敷に閉じ込められていただけだ。
俺がちょくちょく、ルキエルの家に遊びに行くから、とうとう、ルキエルの姉リンネットに出会うこととなった。
物凄い美女だ。ルキエルが清楚華憐方面の美貌だといったら、リンネットは勝気な美女である。その体も男が目を惹いてしまうものを持っていた。
母親にも父親にも似ていないな。
リンネット、似ている身内が誰もいない。だから、俺は疑った。俺みたいに、実はリンネット、父親が違うんじゃないか、と。
俺が貧民街に行けるようになってから、俺は親父にくっついて、貧民街に行くこともあった。その時、たまたま、伯爵マクルスとルキエルの姉リンネットが一緒にいる所を見てしまう。
昔は、マクルスは伯爵の弟であった。伯爵が亡くなり、跡継ぎもなかったことから、マクルスが爵位を受け継いだという。その爵位を受け継ぐ前から、マクルスの女遊びは有名だった。マクルスは、王都にある貴族の学校で入学からずっと首席を取り続けた優秀な男として有名であった。そのため、女遊びをすると、すぐに噂が広まったのだ。
伯爵マクルスは、女遊びも馴れたものだから、リンネットをあしらうのも簡単だろう、なんて見ていた。
ところが、マクルス、イヤそうな顔をして、リンネットを剥がしていた。あんな美女、マクルスは馴れているだろうに。
気を着かえて、親父が挨拶に行くと、リンネットはさっさと退散していった。
「お久しぶりです、マクルス様」
俺は膝をついて挨拶する。マクルスはすぐ、俺を立たせてくれた。
「お邪魔しましたか?」
「いや、助かった。あの顔はどうも苦手で」
「さすがに、支配者の娘ですから、手を出すわけにはいきませんね」
「そういうのじゃない。母親似だったら、遠慮なく囲ったんだが、よりによって、母方の祖父母の血が強く出るとはな」
「支配者の妻のお身内をご存知なのですか?」
「知っている。その家系図もな。リンネットを見ると、本当に血のつながりがあるんだな、と思い知らされる。綺麗さは母親似だが、あの顔立ちは、母親の妹に似ている。母親の妹は可愛い感じだけどな。性格の悪さは、どこから引き継いだのやら」
見るからに、性格の悪い美女であったリンネット。この頃には、我儘で、強欲で、手がつけられない女に成長していた。だけど、黙っていれば美人なので、男が寄ってくるんだよな。
俺はそっと親父を盗み見た。親父、性格の悪い母親のことが大好きなんだ。きっと、リンネットも好みなんだろうな、なんて思っていた。
「可哀想な子だ」
だけど、親父は違うものをリンネットから感じていた。
どこが可哀想なんだか。俺は改めて、リンネットを見て思う。だって、貧民だけど、平民でも、上流並にいい生活をしている。支配者の娘だから、迂闊なことをされることはないのに。
俺は上辺ばかり見ていて、わかっていなかった。
ある日、ルキエルが表に出なくなった。屋敷に行っても、門前払いをくらった。
わけがわからなかった。いつもルキエルの相手をしてもらってばかりで、俺は貧民街のほうには足を運び入れていなかった。ルキエルに会えないので、俺は貧民街のほうに歩いて行く。
ガキの頃、どこもかしこも汚くて、怖いトコだった。汚さは今も変わらないが、親父のお陰で、腕っぷしも鍛えて、それなりにデカくなったから、自信もついた。怖いとは感じなかった。
見るからにいいトコの平民である俺は、すぐに囲まれた。俺とそう年頃が変わらない奴らだ。
「ほら、金を出せ!!」
「その服も脱げよ!!」
「金は持ってない。ほら、土産だ」
「はあ!?」
「まあ、一か月しかいなかったからな。久しぶりだな、ダクトだよ」
「………」
生きるのに大変だから、俺のこと、忘れ去られていた。逆に、俺は覚えていた。
覚えている奴らの名前を言ってやれば、俺が元は貧民街にいた、という事実だけは信じてくれた。
路地裏に行って、俺は持ってきた手土産を配った。
「珍しいヤツだな。普通、出てった奴は、ここに来ないぞ」
「ルキエルのトコに遊びに行ったら、追い出されたんだよ。何かあったのか?」
「………」
全員、固く口を閉ざした。何かあったんだな。
とりあえず、どんどんと食い物を勧めていく。どうせ、一回で聞き出せるなんて思ってもいない。まずは、仲良くなってからだ。
「じゃあ、俺はもう帰るよ。また来る」
「次は、金持ってこい!!」
「ばっかだな、貧民街に金持ってくるわけないだろう。ルキエルに会えなかったら、手土産は、お前たちにやるよ」
俺は軽く手を振って、その場を離れた。
すぐに貧民街の空気がギスギスした。俺が、ルキエルのことを調べようとしたから、何か動いたのだろう。こわっ!!
俺は慎重に動いた。だけど、ばっと俺は囲まれた。
身のこなしが、貧民じゃない!! まるで訓練された兵士だ。全員、俺に剣の切っ先を向ける。俺はというと、護身用の短剣だけである。こんないっぱいの剣の前では、短剣なんて役に立たないよ。まず、串刺しだな。
とうとう、父親の望み通り、俺は殺されるかなー、なんて考えていたが、すぐに剣は下ろされた。
「待て待て!! そいつは、知り合いだ!!!」
「あ、お久しぶりです、ライホーン様。相変わらずの美男子ですね」
「軽いっ!!」
軽く挨拶したら、ルキエルの兄ライホーンはその場で脱力した。
「あー、すみません。俺もルキエルの影響受けちゃって」
ルキエルと付き合うと、こう、軽くなっちゃうんだよな。俺、元はもっと真面目な男だったんだけど、ルキエルに毒されちゃったよ。
俺がルキエルとライホーンの知り合いとわかって、俺の包囲はなくなった。
「ライホーン様、一体、どうなってるんですか?」
ちょっと目を離した隙に、貧民街全体が、おかしな感じになっていた。今では、親父も近づけないという。
「リンネットが、やらかしたんだ」
「あんな美女のやらかしなんて、笑ってゆるしてあげましょうよ。百、悪い所があっても、あの美貌ならば、許すしかありません」
「軽いよ!!」
「それで、リンネット様はどうしてますか? 遊び歩いてる?」
「家に引きこもってる。どうして、あんなことをしたのか、話してくれない」
「俺が聞いてみましょうか? 身内よりも、他人のほうが、話しやすいでしょう。俺、得意ですよ」
「そんな感じだな」
「得意すぎて、俺、今、彼女が五人いることとなっています」
俺、付き合ってるつもりはないんだけど、相手の女が勝手に付き合っていると言い張ってきた。お陰で、五股している最低男と、呼ばれていた。
ライホーンに物凄くドン引きされた。
「それは、ちょっと」
「俺はただ、ルキエルを真似ただけです。身内じゃなかったら、きっと、ルキエルが聞き出していたでしょう。そう思います。会わせてください。あなた方には、恩があります」
逆に、俺は頭を下げて頼んだ。恩返し、今こそしないと。
すっかり雰囲気とか空気が暗い感じになった屋敷の中。ルキエルと他愛無い会話をしていた時は、まだまだ、明るい感じだった。
すっかり淀んだ空気みたいだ。俺は、ルキエルの兄ライホーンの案内で、リンネットの部屋に行った。
リンネット、閉じこもってはいるが、ドアを締め切る、とかそういうわけではない。こういうのは、話を聞いてほしいんだな。
俺はライホーンには席を外してもらった。ついでに、きっちりドアを閉める。
「リンネットさん、初めまして。俺はルキエルの友達ダクトと言います。よろしくお願いします」
まずは挨拶からである。
リンネットはルキエルと聞いて、反応した。お、ルキエルは有効なんだ。俺はリンネットから距離をとって座る。
ゆっくりとした動作で、リンネットは顔をあげて、俺を見た。
「あんたみたいな男、知らない」
「俺、貧民街には一か月しかいなかったんだよ。ここから近いトコに暮らしてるんだけど、ほら、ガキがここに遊びに来るには危ないからって、体鍛えて、それなりに腕っぷしが出来てから、やっと親の許可が降りたんだよ。俺がルキエルと会ってるのは、ここ数か月だよ。ルキエル、久しぶりに会った時、俺のこと覚えてたよね。感動した」
「そうなんだ。アタシはあんたのこと、知らない」
「俺は知ってるよ。ルキエルの姉で、男だったら全財産貢ぎたくなるほどの美人だ」
「………軽っ」
やっと笑った。笑うと、バラだな。ちなみにルキエルは、笑うとユリだ。綺麗系の部類が違う。
俺の好みは、ユリだな。バラは好みじゃない。だから、リンネットにはこれっぽっちも衝動が起こらない。
「最近、ルキエルに会えないんだよね。何かあったみたいだけど、どうしたの?」
「………見せてあげる」
狂った笑みを浮かべて、リンネットは俺の腕を引っ張った。
いいのかな? どんどんと屋敷の奥へと引っ張られる。そして、どんどんと甘い声が近づいてくる。
「やぁ、そこ、だめぇ」
はっきりと言葉が聞き取れる所まで近づいた。ドアをちょっと開けて、リンネットは部屋の中を俺に見せてくれた。
ルキエルの父親が、華奢で小さい人を膝に座らせて、後ろから、愛撫していた。
「っ!?」
愛撫を受けているのは、ルキエルだった。父親の膝で、女の顔をして、甘い声をあげていた。ルキエルの父親は、ルキエルに深く口づけをしつつ、丹念にルキエルの体をまさぐっていた。それに、ルキエルは甘い声をあげて、喜んでいた。
貧民ならば、よくある話だ。話半分で、俺も噂では聞いていた。だけど、他人事だ。ルキエルのは、他人事ではない!!
声を必死でおさえた。ルキエルは父親の愛撫に喜び、もっとと向かい合って、ルキエルのほうから口づけする。
それも、ルキエルの父親がルキエルの尻の辺りを触れた途端、悲鳴となる。
「やだ!! それ、痛いからイヤだ!!!」
激しく暴れ、父親の膝から逃げていくルキエル。
「もうしない。ほら、いい子にしていなさい」
「あんなに痛いこと、もうしない!!」
「ゆっくりだ、ゆっくり、少しずつ、進めよう。それまで、我慢する」
父親がとんでもない剛直をルキエルに触らせる。ルキエルは真っ青になって、手を引っ込めた。全身をガタガタと震わせて、怯えた。
俺はバラよりもユリのほうが好きだ。ルキエルは男だ。そういう体躯をしている。だけど、盗み見て、俺は興奮する。これはまずいな。俺、男でもいいんだ。
妙な衝動が上ってきたから、俺はその場から離れた。
再び、リンネットの私室に戻った。良かった、リンネットと二人っきりになって、俺、衝動がどっかに吹っ飛んだよ。やっぱり、俺はバラは好みじゃないな。
「どうして、あんなことになったんだよ!!」
まずは、そこだ。現状見せられても、わからないよ!!
「アタシが、騙されたの」
グズグズと泣くリンネット。美女が泣くと、やっぱり綺麗だが、俺はやっぱりユリだな。綺麗だなー、程度である。
話はこうだった。
母親を失って、父親は元気がなかった。家庭も顧みたいし、ずっと仕事にふけっている。どんどんと元気がなくなっていく父親に、リンネットなりに心配になった。
どうにかならないか、とリンネットの男友達に相談したのだ。
「いい薬があるよ。こういうの、飲めば、きっと元気になるよ」
「どういうふうに?」
「気分が晴れる感じかな。試してみる?」
「わかった、試すから、二個ちょうだい」
いつものように、リンネットはその美貌で、薬二個、奪った。
帰ってから、試してみたら、確かに、すっと気分がよくなった。ただ、薬がきれると、ちょっと苦しい感じがする。それも、耐えれば、普通だ。日常的に支障がないので、安全だと判断したのだ。
父親はともかく、外に出てばかりだ。その機会を伺っていると、深夜になった。
「父さん、喉乾いたでしょ。水、飲んで」
「ああ、ありがとう」
家に入れば、父親はいい父である。娘であるリンネットが持ってきた薬入りの水を一気に飲み干した。
後でわかったことだが、父親は酒を飲んでいた。それと薬は相性が悪かったのだろう。薬が効きすぎて、父親はおかしくなった。目の前にいる人を死んだ妻と錯覚したのだ。
最初は、リンネットが襲われたのだ。だが、騒ぎに気づいたルキエルが止めに入ってきた。ルキエルはより、母親似だった。父親は、標的をルキエルに変え、そのまま最後まで蹂躙したのだ。
「そ、それから、ずっと、父さん、ルキエルのこと、母さんと見てるの。昼も、夜も、ずっと閉じ込めて」
「………」
呆れた。リンネット、とんでもない世間知らずだ。明らかに、そいつら、リンネットを狙って、薬を飲ませようとしたんだよ!!
薬、きっと、常用性があったんだ。そりゃ、後から苦しくなるよ。だけど、たった一回だから、リンネットには大したことがなかったんだ。
そして、過剰反応を起こしたルキエルの父親は気狂いとなって、ルキエルを亡くなった妻と今も見ているのだろう。
リンネットは俺の肩に顔を埋めて大泣きする。良かった、俺はユリのほうが好きで。リンネット相手には、これっぽっちも間違いは起きないな。
しばらく泣かせて、疲れたのか、リンネットは眠った。俺はリンネットをベッドに寝かせて、家の外に逃げるように出た。盗み見たなんてバレたら、俺、命がない!!
外に出ても、無事なわけではない。ルキエルの兄ライホーンが待ち構えていた。こいつ、父親似なんだよな。びびったよ。
「ライホーン様、ちょっと、話聞かれないトコで話しましょう」
「ここでいい。手身近に話してくれ」
まず、人払いをしてるんだな。俺は、リンネットから聞いた話を簡単に伝えた。
「あの女、男が寄ってくるからって、油断して。わかった。リンネットに薬を渡した奴ら全部、始末する」
「えっと、俺にそれを言われても、俺は関係ないんだけど」
「ここまで聞いておいて、関係ないわけがないだろう。いいか、口外するんじゃないぞ。わかったな」
つまり、黙っていろ、ということである。だから、わざわざ、リンネットに薬を渡した奴らの始末を俺に話したのだ。
「それと、リンネットに妙なことしなかっただろうな!?」
「してません、神に誓って、やっていません!!」
「本当だろうな? 大事な妹に、妙なことしたら、お前もただでは済まないからな」
「大丈夫、俺はユリのほうが好きです!!」
「?」
バラやらユリやらいっても、貧民にはぴんとこないよな。ほら、花はどれも花なんだ。種類なんてどうだっていいんだよな。
あなたにおすすめの小説
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
過保護な父の歪んだ愛着。旅立ちを控えた俺の身体は、夜ごとに父の形で塗り潰される
中山(ほ)
BL
「パックの中、僕の形になっちゃったね」
夢か現か。耳元で囁かれる甘い声と、内側を執拗に掻き回す熱。翌朝、自室で目覚めたパックに、昨夜の記憶はない。ただ、疼くような下腹部の熱だけが残っていた。
相談しようと向かった相手こそが、自分を侵食している張本人だとも知らずに、パックは父の部屋の扉を開く。
このお話はムーンライトでも投稿してます〜
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。