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懺悔
魔法使いハサン
十年に一度の舞踏会で、サツキの孫を皇族ルイが連れてきた。見た目が、私の知る男によく似ていて、驚いた。誰が保護したのか、と見てみれば、伯爵オクトだ。あー、この男かー。
伯爵オクトは、女の趣味が悪い。性悪女が大好きなのだ。私は、この男に頼まれて、とんでもない性悪女を保護させられたのだ。
「そうか、あの女から、こんな可愛い子が生まれるのか。神秘ですね」
つい、そう呟いてしまった。本当に、神の奇跡を見せられた気分です。
話では、この子どもは、サツキに似た感じがあるという。言われてみれば、そうなのかもしれないな。私はサツキの子どもで、サツキに似ているという男を知っている。その男に似ているのだ。孫なのは確かだよ。父親はあれで、母親は、これだが。
皇族に対して口答えをしてくれた貴族どもの顔はしっかりと覚えたので、後で処刑だな。まだまだ、私の恐怖政治が行き届いてないなんて、私もまだまだ甘いんだな。
「ハガル、後で、話があります」
私の影のような所で話しかけられました。振り返らなくても、誰かわかります。魔法使いハサンです。
「長くなりますか?」
「それなりに」
「いいでしょう」
長いと言っても、長生きする私にとっては、誤差のようなものですけどね。
舞踏会の後片付けは適当に押し付けて、私は筆頭魔法使いの屋敷に戻ります。使用人に案内された先に、魔法使いハサンがいました。私が来るのがわかっていて、立って待っていました。
「座っていていいのに。あなたは、私よりも年上の、先輩ですよ」
人払いをして、私は偽装を外した。ハサンの前では、普通に素顔を晒しても、特に問題はない。
私が許可したのに、ハサンは立ったままです。
「話は長くなるのですよね」
「こうすれば、短くなるかもしれません」
「なりませんよ。座ってください」
「はい」
いつもの穏やかな笑顔を顔に貼り付けて座るハサン。それを確認してから、私は茶を出した。
「私がやるのに」
「私が淹れたほうが美味しいですから」
苦笑するハサン。本来は、私がやってはいけないことだが、私は好きでやっているので、やるだけだ。筆頭魔法使いとして表に出たばかりの頃は、我慢していたのだが、あまりに下手すぎて、私がとうとう切れたのだ。それからは、私の口に入るものであるので、他人任せはやめた。
私はハサンの向かいに座って、腰を落ち着けた。舞踏会の間は、皇帝が座っているので、私は立ったままだ。椅子、最高。
「それで、話とは、何ですか?」
「引退を受け入れていただきたい」
「いいですが、理由を教えてください」
「言わないといけませんか?」
「はい、気になって、眠れなくなります」
聞きたいのだ。ハサンの意志なんて無視だ。さっさと話してもらう。
「ハガル、少しは年相応にしなさい」
「この見た目ですよ。だいたい、まともな人が、同じ人を玩具のように壊すのを楽しむわけありません。人は私の玩具ですよ」
まず、感性が違うのだ。残念ながら、私はまともな人の感性に合わせるつもりはない。
「もう、私は側にいませんよ」
「ハサン、お前はそこまで偉い人ですか?」
「それは、ハガルに比べれば、私の力なんて、大したことではありませんか」
私はハサンの目の前に、因縁のある鍵を置いた。それを見て、ハサンは驚いて、口を閉ざした。
「テラスから聞いています。あなたは、サツキの血族なんですね」
ハサンが急に、引退を言い出したのは、サツキの孫が出てきたからだ。
私は妖精を使って、使用人に荷物を持ってきてもらった。それは、大きな箱二つ分である。それを部屋のど真ん中に置いてもらった。
使用人が出て行ったのを確認してから、一つの箱からかなり太い紙の束を取り出して、それを机の上に置いた。
「当時、侯爵だったマイツナイトがテラスに持ってきた、サツキの虐待記録です。マイツナイトは、裏でサツキを支え、定期的に茶会でサツキを呼び寄せ、そのたびに、サツキの体の傷の記録をとりました。マイツナイトが出会った頃は、サツキの母カサンドラが亡くなってしばらくしてのことだそうです。その頃には、すでに傷があった、と記録があります」
その記録には、簡単な傷のチェックだけでなく、身長、体重、と健康状態までとられていた。
「栄養状態はギリギリですよね。ハサン、気づいていましたか? あなたは、カサンドラが亡くなって一年後に、サツキに会っていますよね。その頃の記録でも、痩せすぎと出ています」
「………」
真っ青になって黙り込むハサン。私に目も合わせられない。
「あなたとサツキが繋がっていることをテラスが知ったのは、この記録が提出された頃です。その頃、マイツナイトは醜聞のあおりを受けて、爵位返上をしたと聞いています。サツキが消息不明となってから、随分と経ってからですね。そんな頃まで、あなたは、よくもまあ、テラスに隠し通しましたね。テラスは何か言っていましたか?」
「何も、言って、いません」
「それはそうでしょう。それどころではありませんでしたからね。この時、マイツナイトに殴られた、と言っていました。サツキと出会ってすぐに保護しなかったことを責められたのでしょうね。それで、あなたは、それまで、どうしていましたか?」
「………」
私は、まだ熱いお茶をハサンの足にかけてやる。もちろん、熱いので、ハサンは反応する。
「サツキは、こんなお茶をかけられた火傷の痕が、体のあちこちにりました。手にもありましたよね」
「………」
「何を黙り込んでいるのですか。ほら、何か言ったらどうですか。熱かったでしょう」
「す、すみま、せん」
「私に謝ってどうするのですか。しかも、今更です。あなたは、いつ、謝罪しようと思いましたか?」
「それは………」
即答出来ない。それはそうだ。いつ、と答えるのが正解か、ハサンは考えてしまっているのだ。
「ハサン、あなたは、姪を養女に迎えましたね。あなたの姪は、貴族の学校では、才女と呼ばれ、生徒会役員となって、飛び級でさっさと卒業して、城で文官となりました。そして、貴族の学校で生徒会で一緒だった公爵と結婚しました。良かったですね、幸せそうで」
「ササラは、可哀想な子、なんです」
「聞きましたよ、公爵夫人ササラに」
「っ!?」
もう、笑顔なんて貼り付けないハサン。私の笑顔を見て、震えている。そんな、恐ろしい顔なんてしていないのに。私の素顔は、皆、見惚れ、天国を感じるというのに。
「公爵夫人ササラは、心優しい人ですね。この記録を見て、泣いていました。そして、言いました。サツキこそハサンの養女になるべきだった、と」
「サツキ様は、賢者テラスに見染められていました。それは不可能です」
「何故、賢者テラスに相談しなかったのですか。テラスだって、あなたという心強い味方がいるとわかったら、色々と相談するでしょう。ほら、テラスは女性とお付き合いした経験がそうないと言っていました。あなたから、サツキの情報を得て、どうにか懐柔しようとしたでしょうね」
「何を言ってるのですか。私がサツキ様と繋がりがあると知れたら、殺されてしまいます」
「そこまで、テラスは衝動的に動く人ですか? 私よりも、ハサンのほうが、テラスという人をよく知っていますよね」
「力のある妖精憑きですよ。その衝動は読めません」
「ですが、テラスとあなたはほぼ同等の力ですよ。衝動的に動いたとしても、どうにか出来たでしょう」
「………」
「言い訳はいらない。はっきりしろ」
私は目を細めて、ハサンを睨んだ。次から次へと、小賢しい言い訳を吐き出すな、この男は。
「引退して、どこに行くつもりだ?」
「もちろん、伯爵家の領地に行きます」
「ふーん、そうなんだ。それで、いつから行ってないんだ、伯爵家の領地には」
「サツキ様がいないのですから、行く理由はありません」
「邸宅型魔法具、見ました」
「………」
「また、黙り込むか。私が何も知らないとでも思ったか? 貴様は、サツキを利用して、とんでもないことをしてくれたな。可哀想に、あんな小さい子どもの頃から、たった一人で耐えていたんだろう。こんな立派な大人が近くにいたというのに、見ているだけだとはな」
「仕方がありません。復讐はサツキ様の望みですよ」
「そんなわけないだろう。子どもだぞ? 頭がいいといったって、小娘だ。誰かが側で囁やかない限り、そんなこと考えない。まずは、どうにか助かることだ。一年経って、耐えて、何か変わると思ったはずだ。なのに、お前と一緒にいたサツキは復讐を口にした、とササラから聞いている。いいか、子ども一人では、復讐なんて考えない。だいたい、一人で出来ることなんて、たかが知れてるんだ。それを一年で思い知ったはずだ。なのに、復讐を口にしたのは、伝手が出来たからだ。それが、お前だ」
「私はただ、命じられたままですよ。私は、伯爵家の魔法使いです」
「聞いてる。止めたともササラは話していた。だけど、サツキはどうしてもやめようとしなかった。あまりに頑なだったという。一体、サツキは何の復讐をしたんだ?」
「それは、もちろん、サツキ様の母カサンドラ様の毒殺の復讐ですよ!!」
「それにしては、随分と広い範囲の復讐だな。家族から、血族、領地、婚約者、母親の友人知人。母親の毒殺の復讐であれば、毒殺した義母だけでいいだろう」
「それは、サツキ様自身の復讐も」
「お前が復讐を囁いたんだろう」
「………」
全身を震わせるハサン。無言を貫いていても、肯定しているようなものだ。
「すっきりしたか? サツキの母を毒殺した義母が処刑されて」
「………」
「それで満足しないのは、どうしてだ? それはそうだよな。お前は、サツキも消えてほしかったんだからな!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
壊れた人形のように謝罪を繰り返すハサン。それを見て、私は嘲笑うしかない。
「お前は、筆頭魔法使いには向かない、とテラスは評価していた。そうでもなかったな。お前は、筆頭魔法使いになれたよ」
「………」
「ササラは知っているか?」
「あの子には、どうか!!」
ハサンは床にひれ伏して頼んできた。私はそれをお行儀悪く足を組んで見下ろした。
「テラスは誤魔化せただろうが、私は誤魔化されない。ハサン、お前は、死ぬまで償い続けろ。お前がやったことだ!!」
私はサツキの虐待の記録をハサンに投げつけてやった。ハサンは頭を上げないまま、震えた。
「貴様がやったことは、帝国に弓なすことだ。わかっているだろうな? あの領地のせいで、随分な人死にを起こしている。あの領地を死の領地にしたのは、ハサン、お前だ」
「………何を?」
「サツキの復讐については、私にとっては、どうだっていい。私はラインハルト様に帝国のことを任されている。帝国に関することが第一だ。サツキのことは、ついでだ」
顔をあげ、呆然とする。まさか、私がサツキのことで、処分するとでも思ったのか。
「私は筆頭魔法使いだ。帝国の安寧のために動く。私がやることには、意味がある。私が天災を起こすこともまた、それなりの意味だ。私の気まぐれでやっているわけではないのだよ。ハサン、あれほど長く、私の側にいたというのに、私のことを本当の意味でわかっていなかったな。その目の曇りは、いつ頃だ? 私につく前からだろうな」
ハサンとは、見習い魔法使いになった頃からの付き合いになる。その頃には、ハサンは賢者テラスの影のような存在だった。
その前から、ハサンの目は雲っていたのだろう。
「私の行動に苦言を呈しているが、貴様はどうなんだ?」
「私は、ただ、カサンドラ様の復讐を果たしたくて」
「だったら、貴様一人でやればすむことだろう。幼いサツキをどうして使った? カサンドラのたった一人の娘サツキを利用するのはどうしてだ? それこそ、苦言を呈することだな」
「同じにしてもらっては困ります。あなたはいつまでも子どものような言動です」
「大人が子どものサツキに復讐をやらせておいてか? 子どものサツキに何て言った? どうせ、唯一の当主ですからしっかりしなさい、みたいなことを言ったんだろう。大人が子どもにいうことではないな」
「っ!?」
まさしく、そうなんだろう。私が生まれる前のことだというのに、あまりにも私が当てるので、ハサンも何か気づいたのだろう。
部屋のど真ん中に置かれた箱を漁った。そして、見つけたのだ。サツキの日記を。
「どうして、こんなものが」
「鍵があるんだから、入るさ」
「入ったって、あなたは、そんな資格ないですよ。あの邸宅は、それなりの資格がないと」
「この鍵の使用者登録、テラスが入っていた。そこをちょっと誤魔化してやっただけだ。私には造作もないことだな」
鍵があったって、あの邸宅型魔法具には入れない。だけど、この程度の制限、私にはあってないようなものである。無理だったら、壊して入ればいいだけだ。
「鍵がなくても、貴様は入れるように設定されてたな。あの邸宅、領地の地力を活性化する装置なんだな。いやいや、勉強になった」
「そうですか」
「これは、私個人の考えだ。私は気に入った物があると、私自らが動くことにしている。妖精や、人任せなんて、やはり、心配だ。だから、何かにつけて、お気に入りの側に行くものだよ。そのための監視用の妖精だってこっそりと付けたりした。残念ながら、動かないことはない。だから、テラスがずっと城にいるのは、不思議だった。城から出て、サツキを探せばいいのに、と思った」
「ハガルとテラス様では、まず、妖精の数が違いますよ。そんなこと、意味がありません」
「そんなこと言ったんだろう」
「………」
「私は、ラインハルト様が偽装の道具を使っていても、見つける自信がある。テラスだってそうだろうな。姿が見えなくても、近づくだけで、わかるものなんだ」
「あなたは、妖精をつけているから」
「そう、妖精をつけている。サツキは妖精除けをしていたそうだが、さすがに失踪時は、そこまでしていなかっただろう。だったら、街中を歩いていれば、妖精が勝手に付く。契約紋と皇族は、そういう契約をされている。失踪直後に、テラスはサツキを囲えたかもしれないな」
「………」
近くにずっといたハサン。影のように寄り添い、ハサンは影の筆頭魔法使いだ。実力的には筆頭魔法使いになるべきだったが、性格が優しすぎたという。
だが、その悪だくみの能力は、筆頭魔法使いに向いていると言える。上手に人の動きを操作したのだ。
あの、賢者テラスでさえ、ハサンの手のひらに転がされたのだ。
私は魔法で箱からぶちまけられた物全てを片づける。ハサンが持つ、サツキの日記さえも、箱に戻した。
「私は、サツキの息子ルキエルと友達になりたかった。そこから、気になったんだ。ルキエルから、その家族へと、どんどんと興味を広げていった。そして、ルキエルの母サツキに到達した」
「そんな、知らない」
「隠していたわけではありませんよ。話していないだけです」
私がよく使う手段だ。ただ、話していないだけだ。
私はサツキの息子ルキエルに興味を示していた頃、ハサンはまだ、テラスの影だった。だから、私の動きを知らなかった。
だが、今も、ハサンは私の動きをつかみきれない。その証拠が、サツキの日記だ。
「テラスは、律儀にあなたに言いますからね。動きをつかみやすかったでしょう。ですが、私はそんなことしない。私は天災だ。知らないうちに、どこかに飛んで行ってしまう。大変だったでしょう」
「あなたには、腹が立つばかりだ。勝手に一人で行ってはいけない、と散々、注意しましたね」
とうとう、苛立ちが表に出てきた。ハサンは舌打ちまでしてきた。
「私はお前たちのように、お行儀のよい魔法使いではないからな。勝手に動くさ。それが私という存在だ。ハサン、お前の思い通りにはならない。私は、お前がこれから、どう動くか、しっかりと見てやる」
私は好き勝手に動く。ある日、突然、私は伯爵の領地に行くだろう。
「まず、最初は、あのどうしようもない血族の始末だ。舞台を準備しなさい、ハサン。まずは、そこからだ」
「………御意」
ハサンはとうとう、観念して、私の前に膝を折った。
伯爵オクトの元に約束もなく強襲した。
「一言、せめて、先ぶれを出してください!!」
「私も忙しいのです。突然、ぽんと時間があいてしまうのですよ。筆頭魔法使いにとって、予定なんてあってないようなものですよ」
伯爵オクトは呆れて、諦めたように、溜息をついて、私の前を歩く。
「見学に来ました。ほら、材料の様子を見せてください」
「全部は見せませんよ!!」
「わかっています。あの材料は、見ていて、楽しいんですよ」
「悪趣味ですね!!」
伯爵オクトも、随分と私を前にして、口も軽くなったものだ。初めて会った時は、全身を恐怖でプルプルと震わせて、病気かな? とか思ったくらい、真っ青だったのに。麻痺したんだな。
私が連れて行ってもらったのは、伯爵家が所有する森の奥深くである。そこは、伯爵の一族でも、それなりの者しか入れないという。それ以前に、強力な魔法によって、人除けと妖精除けがされている。私には効かないけど。
私は伯爵オクトと縁がつながってしまったので、この邸宅に遊びに来た時に、すぐに見つけて、さっさと入ってしまったのだ。それから、オクトも諦めて、森の奥の見学をオクト監視の元、許してくれている。
しばらく歩くと、中心らしき所だ。別に、そこは普通の森のど真ん中である。
ただ、地面を見ると、人の顔が生えている。よく見れば、それらは生きている。虚ろな目で、何かつぶやいたり、ただ、口をあけたりしているだけだ。
そんな地面から生えている人の顔に、伯爵家の家臣たちが、何か口に与えている。
「餌の時間でしたか」
「一日に一回です。与える餌も、秘密ですよ」
いつもの優しい顔でいう伯爵オクト。
人の顔が生えているわけではない。そこで、生き埋めにされているのだ。雨も風も凌げない、森の中だ。虫やら爬虫類に生きたまま、たかられている首もある。
「いつ見ても、何かの絵ですね。復讐は終わったのですか?」
ここにいる者たちの中には、過去、サツキに何かしらした者が混ざっていたという。
元々は、賢者テラスが地下牢に閉じ込めて、色々としていた。しかし、その地下牢ごと、私に引き渡すこととなったため、まだ生き残っていた囚人は、伯爵家に引き取ってもらったそうだ。
「まだ生き残りはいますよ。義父上からは、これは最後まで生かしておけ、と遺言で残った者は、今は二人だけですね」
「なかなか、しぶとく生きてるのですね。死んでしまってもいいんですか?」
「どうせ殺して材料ですから。そのまま寿命で死んでもらっても、かまいません」
「だから、生かさず殺さずですか」
サツキが復讐は、生かさず殺さず、と言っていたそうだ。そのことは、サツキと縁がないはずの伯爵オクトにまで続いている。
「ちなみに、誰を生かしておくように言われたのか、教えてもらえますか?」
「決まっています。サツキの家族と、婚約者家族、あとは元使用人たちですよ」
「そうですか」
予想はしていましたが、やはりそうか。
恐ろしい話だ。サツキが虐待を受けたのは、どう計算しても十年よりも短いでしょう。ですが、サツキの家族と婚約者家族、元使用人たちは、それ以上の年月を苦痛を受けているのだ。
この真実を知った者の中には、もう十分だろう、という者もいるだろう。死んだ者よりも、生きている者のほうが優先されるべきなのだ。
しかし、死んだ者はそこで終わりだ。復讐すら出来ない。ただ、惨めな最後を迎えるだけだ。実際、サツキの母カサンドラは、見るからに毒殺だったというのに、誰も見向きもしなかったのだ。
「そうそう、先日、伯爵家の血族を皇族侮辱罪で捕縛したのですよ。処刑は決定なのですが、どうしようかと、考えています」
「香の材料にするには、最低でも一カ月は、ここで埋まってもらわないといけないですが、随分と高齢だと、気狂いであっという間に死んでしまいますよ」
「いけませんか?」
「それでいいのでしたら、引き受けます。こちらも、材料としては欲しいですから」
「後、実験に協力してほしいのです」
目の前に広がる光景に、私は悦に入る。そんな私を見て、伯爵オクトは怯えた顔をする。
「僕で出来ることであれば、ですよ。無理難題はやめてくださいね」
「妖精憑きを材料に作ってほしいのです」
「それは無理でしょう。妖精憑きって、大人しくしてませんよ」
無理難題だ、と顔をしかめるオクト。確かにそうだ。
「私が協力します。ちょうど、いい具合の寿命の妖精憑きがいます。力も申し分ありませんよ。妖精全て盗って、妖精封じの枷をつけてお渡しします」
「そんなことしなくても、こちらで用意しますよ。手のつけられない妖精憑きなんて、探せばそこらへんに落ちています」
さすが妖精殺しの伯爵。私ほどの魔法使いは恐怖の対象だが、そこら辺に転がっている野良の妖精憑きは、敵でもない。何せ、この男には、妖精の魔法は届かないのだ。
「いえいえ、せっかくなので、百年に一人生まれるかどうかの妖精憑きを使います。滅多に生まれないので、生きているうちに、やってしまいましょう」
伯爵オクトは、女の趣味が悪い。性悪女が大好きなのだ。私は、この男に頼まれて、とんでもない性悪女を保護させられたのだ。
「そうか、あの女から、こんな可愛い子が生まれるのか。神秘ですね」
つい、そう呟いてしまった。本当に、神の奇跡を見せられた気分です。
話では、この子どもは、サツキに似た感じがあるという。言われてみれば、そうなのかもしれないな。私はサツキの子どもで、サツキに似ているという男を知っている。その男に似ているのだ。孫なのは確かだよ。父親はあれで、母親は、これだが。
皇族に対して口答えをしてくれた貴族どもの顔はしっかりと覚えたので、後で処刑だな。まだまだ、私の恐怖政治が行き届いてないなんて、私もまだまだ甘いんだな。
「ハガル、後で、話があります」
私の影のような所で話しかけられました。振り返らなくても、誰かわかります。魔法使いハサンです。
「長くなりますか?」
「それなりに」
「いいでしょう」
長いと言っても、長生きする私にとっては、誤差のようなものですけどね。
舞踏会の後片付けは適当に押し付けて、私は筆頭魔法使いの屋敷に戻ります。使用人に案内された先に、魔法使いハサンがいました。私が来るのがわかっていて、立って待っていました。
「座っていていいのに。あなたは、私よりも年上の、先輩ですよ」
人払いをして、私は偽装を外した。ハサンの前では、普通に素顔を晒しても、特に問題はない。
私が許可したのに、ハサンは立ったままです。
「話は長くなるのですよね」
「こうすれば、短くなるかもしれません」
「なりませんよ。座ってください」
「はい」
いつもの穏やかな笑顔を顔に貼り付けて座るハサン。それを確認してから、私は茶を出した。
「私がやるのに」
「私が淹れたほうが美味しいですから」
苦笑するハサン。本来は、私がやってはいけないことだが、私は好きでやっているので、やるだけだ。筆頭魔法使いとして表に出たばかりの頃は、我慢していたのだが、あまりに下手すぎて、私がとうとう切れたのだ。それからは、私の口に入るものであるので、他人任せはやめた。
私はハサンの向かいに座って、腰を落ち着けた。舞踏会の間は、皇帝が座っているので、私は立ったままだ。椅子、最高。
「それで、話とは、何ですか?」
「引退を受け入れていただきたい」
「いいですが、理由を教えてください」
「言わないといけませんか?」
「はい、気になって、眠れなくなります」
聞きたいのだ。ハサンの意志なんて無視だ。さっさと話してもらう。
「ハガル、少しは年相応にしなさい」
「この見た目ですよ。だいたい、まともな人が、同じ人を玩具のように壊すのを楽しむわけありません。人は私の玩具ですよ」
まず、感性が違うのだ。残念ながら、私はまともな人の感性に合わせるつもりはない。
「もう、私は側にいませんよ」
「ハサン、お前はそこまで偉い人ですか?」
「それは、ハガルに比べれば、私の力なんて、大したことではありませんか」
私はハサンの目の前に、因縁のある鍵を置いた。それを見て、ハサンは驚いて、口を閉ざした。
「テラスから聞いています。あなたは、サツキの血族なんですね」
ハサンが急に、引退を言い出したのは、サツキの孫が出てきたからだ。
私は妖精を使って、使用人に荷物を持ってきてもらった。それは、大きな箱二つ分である。それを部屋のど真ん中に置いてもらった。
使用人が出て行ったのを確認してから、一つの箱からかなり太い紙の束を取り出して、それを机の上に置いた。
「当時、侯爵だったマイツナイトがテラスに持ってきた、サツキの虐待記録です。マイツナイトは、裏でサツキを支え、定期的に茶会でサツキを呼び寄せ、そのたびに、サツキの体の傷の記録をとりました。マイツナイトが出会った頃は、サツキの母カサンドラが亡くなってしばらくしてのことだそうです。その頃には、すでに傷があった、と記録があります」
その記録には、簡単な傷のチェックだけでなく、身長、体重、と健康状態までとられていた。
「栄養状態はギリギリですよね。ハサン、気づいていましたか? あなたは、カサンドラが亡くなって一年後に、サツキに会っていますよね。その頃の記録でも、痩せすぎと出ています」
「………」
真っ青になって黙り込むハサン。私に目も合わせられない。
「あなたとサツキが繋がっていることをテラスが知ったのは、この記録が提出された頃です。その頃、マイツナイトは醜聞のあおりを受けて、爵位返上をしたと聞いています。サツキが消息不明となってから、随分と経ってからですね。そんな頃まで、あなたは、よくもまあ、テラスに隠し通しましたね。テラスは何か言っていましたか?」
「何も、言って、いません」
「それはそうでしょう。それどころではありませんでしたからね。この時、マイツナイトに殴られた、と言っていました。サツキと出会ってすぐに保護しなかったことを責められたのでしょうね。それで、あなたは、それまで、どうしていましたか?」
「………」
私は、まだ熱いお茶をハサンの足にかけてやる。もちろん、熱いので、ハサンは反応する。
「サツキは、こんなお茶をかけられた火傷の痕が、体のあちこちにりました。手にもありましたよね」
「………」
「何を黙り込んでいるのですか。ほら、何か言ったらどうですか。熱かったでしょう」
「す、すみま、せん」
「私に謝ってどうするのですか。しかも、今更です。あなたは、いつ、謝罪しようと思いましたか?」
「それは………」
即答出来ない。それはそうだ。いつ、と答えるのが正解か、ハサンは考えてしまっているのだ。
「ハサン、あなたは、姪を養女に迎えましたね。あなたの姪は、貴族の学校では、才女と呼ばれ、生徒会役員となって、飛び級でさっさと卒業して、城で文官となりました。そして、貴族の学校で生徒会で一緒だった公爵と結婚しました。良かったですね、幸せそうで」
「ササラは、可哀想な子、なんです」
「聞きましたよ、公爵夫人ササラに」
「っ!?」
もう、笑顔なんて貼り付けないハサン。私の笑顔を見て、震えている。そんな、恐ろしい顔なんてしていないのに。私の素顔は、皆、見惚れ、天国を感じるというのに。
「公爵夫人ササラは、心優しい人ですね。この記録を見て、泣いていました。そして、言いました。サツキこそハサンの養女になるべきだった、と」
「サツキ様は、賢者テラスに見染められていました。それは不可能です」
「何故、賢者テラスに相談しなかったのですか。テラスだって、あなたという心強い味方がいるとわかったら、色々と相談するでしょう。ほら、テラスは女性とお付き合いした経験がそうないと言っていました。あなたから、サツキの情報を得て、どうにか懐柔しようとしたでしょうね」
「何を言ってるのですか。私がサツキ様と繋がりがあると知れたら、殺されてしまいます」
「そこまで、テラスは衝動的に動く人ですか? 私よりも、ハサンのほうが、テラスという人をよく知っていますよね」
「力のある妖精憑きですよ。その衝動は読めません」
「ですが、テラスとあなたはほぼ同等の力ですよ。衝動的に動いたとしても、どうにか出来たでしょう」
「………」
「言い訳はいらない。はっきりしろ」
私は目を細めて、ハサンを睨んだ。次から次へと、小賢しい言い訳を吐き出すな、この男は。
「引退して、どこに行くつもりだ?」
「もちろん、伯爵家の領地に行きます」
「ふーん、そうなんだ。それで、いつから行ってないんだ、伯爵家の領地には」
「サツキ様がいないのですから、行く理由はありません」
「邸宅型魔法具、見ました」
「………」
「また、黙り込むか。私が何も知らないとでも思ったか? 貴様は、サツキを利用して、とんでもないことをしてくれたな。可哀想に、あんな小さい子どもの頃から、たった一人で耐えていたんだろう。こんな立派な大人が近くにいたというのに、見ているだけだとはな」
「仕方がありません。復讐はサツキ様の望みですよ」
「そんなわけないだろう。子どもだぞ? 頭がいいといったって、小娘だ。誰かが側で囁やかない限り、そんなこと考えない。まずは、どうにか助かることだ。一年経って、耐えて、何か変わると思ったはずだ。なのに、お前と一緒にいたサツキは復讐を口にした、とササラから聞いている。いいか、子ども一人では、復讐なんて考えない。だいたい、一人で出来ることなんて、たかが知れてるんだ。それを一年で思い知ったはずだ。なのに、復讐を口にしたのは、伝手が出来たからだ。それが、お前だ」
「私はただ、命じられたままですよ。私は、伯爵家の魔法使いです」
「聞いてる。止めたともササラは話していた。だけど、サツキはどうしてもやめようとしなかった。あまりに頑なだったという。一体、サツキは何の復讐をしたんだ?」
「それは、もちろん、サツキ様の母カサンドラ様の毒殺の復讐ですよ!!」
「それにしては、随分と広い範囲の復讐だな。家族から、血族、領地、婚約者、母親の友人知人。母親の毒殺の復讐であれば、毒殺した義母だけでいいだろう」
「それは、サツキ様自身の復讐も」
「お前が復讐を囁いたんだろう」
「………」
全身を震わせるハサン。無言を貫いていても、肯定しているようなものだ。
「すっきりしたか? サツキの母を毒殺した義母が処刑されて」
「………」
「それで満足しないのは、どうしてだ? それはそうだよな。お前は、サツキも消えてほしかったんだからな!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
壊れた人形のように謝罪を繰り返すハサン。それを見て、私は嘲笑うしかない。
「お前は、筆頭魔法使いには向かない、とテラスは評価していた。そうでもなかったな。お前は、筆頭魔法使いになれたよ」
「………」
「ササラは知っているか?」
「あの子には、どうか!!」
ハサンは床にひれ伏して頼んできた。私はそれをお行儀悪く足を組んで見下ろした。
「テラスは誤魔化せただろうが、私は誤魔化されない。ハサン、お前は、死ぬまで償い続けろ。お前がやったことだ!!」
私はサツキの虐待の記録をハサンに投げつけてやった。ハサンは頭を上げないまま、震えた。
「貴様がやったことは、帝国に弓なすことだ。わかっているだろうな? あの領地のせいで、随分な人死にを起こしている。あの領地を死の領地にしたのは、ハサン、お前だ」
「………何を?」
「サツキの復讐については、私にとっては、どうだっていい。私はラインハルト様に帝国のことを任されている。帝国に関することが第一だ。サツキのことは、ついでだ」
顔をあげ、呆然とする。まさか、私がサツキのことで、処分するとでも思ったのか。
「私は筆頭魔法使いだ。帝国の安寧のために動く。私がやることには、意味がある。私が天災を起こすこともまた、それなりの意味だ。私の気まぐれでやっているわけではないのだよ。ハサン、あれほど長く、私の側にいたというのに、私のことを本当の意味でわかっていなかったな。その目の曇りは、いつ頃だ? 私につく前からだろうな」
ハサンとは、見習い魔法使いになった頃からの付き合いになる。その頃には、ハサンは賢者テラスの影のような存在だった。
その前から、ハサンの目は雲っていたのだろう。
「私の行動に苦言を呈しているが、貴様はどうなんだ?」
「私は、ただ、カサンドラ様の復讐を果たしたくて」
「だったら、貴様一人でやればすむことだろう。幼いサツキをどうして使った? カサンドラのたった一人の娘サツキを利用するのはどうしてだ? それこそ、苦言を呈することだな」
「同じにしてもらっては困ります。あなたはいつまでも子どものような言動です」
「大人が子どものサツキに復讐をやらせておいてか? 子どものサツキに何て言った? どうせ、唯一の当主ですからしっかりしなさい、みたいなことを言ったんだろう。大人が子どもにいうことではないな」
「っ!?」
まさしく、そうなんだろう。私が生まれる前のことだというのに、あまりにも私が当てるので、ハサンも何か気づいたのだろう。
部屋のど真ん中に置かれた箱を漁った。そして、見つけたのだ。サツキの日記を。
「どうして、こんなものが」
「鍵があるんだから、入るさ」
「入ったって、あなたは、そんな資格ないですよ。あの邸宅は、それなりの資格がないと」
「この鍵の使用者登録、テラスが入っていた。そこをちょっと誤魔化してやっただけだ。私には造作もないことだな」
鍵があったって、あの邸宅型魔法具には入れない。だけど、この程度の制限、私にはあってないようなものである。無理だったら、壊して入ればいいだけだ。
「鍵がなくても、貴様は入れるように設定されてたな。あの邸宅、領地の地力を活性化する装置なんだな。いやいや、勉強になった」
「そうですか」
「これは、私個人の考えだ。私は気に入った物があると、私自らが動くことにしている。妖精や、人任せなんて、やはり、心配だ。だから、何かにつけて、お気に入りの側に行くものだよ。そのための監視用の妖精だってこっそりと付けたりした。残念ながら、動かないことはない。だから、テラスがずっと城にいるのは、不思議だった。城から出て、サツキを探せばいいのに、と思った」
「ハガルとテラス様では、まず、妖精の数が違いますよ。そんなこと、意味がありません」
「そんなこと言ったんだろう」
「………」
「私は、ラインハルト様が偽装の道具を使っていても、見つける自信がある。テラスだってそうだろうな。姿が見えなくても、近づくだけで、わかるものなんだ」
「あなたは、妖精をつけているから」
「そう、妖精をつけている。サツキは妖精除けをしていたそうだが、さすがに失踪時は、そこまでしていなかっただろう。だったら、街中を歩いていれば、妖精が勝手に付く。契約紋と皇族は、そういう契約をされている。失踪直後に、テラスはサツキを囲えたかもしれないな」
「………」
近くにずっといたハサン。影のように寄り添い、ハサンは影の筆頭魔法使いだ。実力的には筆頭魔法使いになるべきだったが、性格が優しすぎたという。
だが、その悪だくみの能力は、筆頭魔法使いに向いていると言える。上手に人の動きを操作したのだ。
あの、賢者テラスでさえ、ハサンの手のひらに転がされたのだ。
私は魔法で箱からぶちまけられた物全てを片づける。ハサンが持つ、サツキの日記さえも、箱に戻した。
「私は、サツキの息子ルキエルと友達になりたかった。そこから、気になったんだ。ルキエルから、その家族へと、どんどんと興味を広げていった。そして、ルキエルの母サツキに到達した」
「そんな、知らない」
「隠していたわけではありませんよ。話していないだけです」
私がよく使う手段だ。ただ、話していないだけだ。
私はサツキの息子ルキエルに興味を示していた頃、ハサンはまだ、テラスの影だった。だから、私の動きを知らなかった。
だが、今も、ハサンは私の動きをつかみきれない。その証拠が、サツキの日記だ。
「テラスは、律儀にあなたに言いますからね。動きをつかみやすかったでしょう。ですが、私はそんなことしない。私は天災だ。知らないうちに、どこかに飛んで行ってしまう。大変だったでしょう」
「あなたには、腹が立つばかりだ。勝手に一人で行ってはいけない、と散々、注意しましたね」
とうとう、苛立ちが表に出てきた。ハサンは舌打ちまでしてきた。
「私はお前たちのように、お行儀のよい魔法使いではないからな。勝手に動くさ。それが私という存在だ。ハサン、お前の思い通りにはならない。私は、お前がこれから、どう動くか、しっかりと見てやる」
私は好き勝手に動く。ある日、突然、私は伯爵の領地に行くだろう。
「まず、最初は、あのどうしようもない血族の始末だ。舞台を準備しなさい、ハサン。まずは、そこからだ」
「………御意」
ハサンはとうとう、観念して、私の前に膝を折った。
伯爵オクトの元に約束もなく強襲した。
「一言、せめて、先ぶれを出してください!!」
「私も忙しいのです。突然、ぽんと時間があいてしまうのですよ。筆頭魔法使いにとって、予定なんてあってないようなものですよ」
伯爵オクトは呆れて、諦めたように、溜息をついて、私の前を歩く。
「見学に来ました。ほら、材料の様子を見せてください」
「全部は見せませんよ!!」
「わかっています。あの材料は、見ていて、楽しいんですよ」
「悪趣味ですね!!」
伯爵オクトも、随分と私を前にして、口も軽くなったものだ。初めて会った時は、全身を恐怖でプルプルと震わせて、病気かな? とか思ったくらい、真っ青だったのに。麻痺したんだな。
私が連れて行ってもらったのは、伯爵家が所有する森の奥深くである。そこは、伯爵の一族でも、それなりの者しか入れないという。それ以前に、強力な魔法によって、人除けと妖精除けがされている。私には効かないけど。
私は伯爵オクトと縁がつながってしまったので、この邸宅に遊びに来た時に、すぐに見つけて、さっさと入ってしまったのだ。それから、オクトも諦めて、森の奥の見学をオクト監視の元、許してくれている。
しばらく歩くと、中心らしき所だ。別に、そこは普通の森のど真ん中である。
ただ、地面を見ると、人の顔が生えている。よく見れば、それらは生きている。虚ろな目で、何かつぶやいたり、ただ、口をあけたりしているだけだ。
そんな地面から生えている人の顔に、伯爵家の家臣たちが、何か口に与えている。
「餌の時間でしたか」
「一日に一回です。与える餌も、秘密ですよ」
いつもの優しい顔でいう伯爵オクト。
人の顔が生えているわけではない。そこで、生き埋めにされているのだ。雨も風も凌げない、森の中だ。虫やら爬虫類に生きたまま、たかられている首もある。
「いつ見ても、何かの絵ですね。復讐は終わったのですか?」
ここにいる者たちの中には、過去、サツキに何かしらした者が混ざっていたという。
元々は、賢者テラスが地下牢に閉じ込めて、色々としていた。しかし、その地下牢ごと、私に引き渡すこととなったため、まだ生き残っていた囚人は、伯爵家に引き取ってもらったそうだ。
「まだ生き残りはいますよ。義父上からは、これは最後まで生かしておけ、と遺言で残った者は、今は二人だけですね」
「なかなか、しぶとく生きてるのですね。死んでしまってもいいんですか?」
「どうせ殺して材料ですから。そのまま寿命で死んでもらっても、かまいません」
「だから、生かさず殺さずですか」
サツキが復讐は、生かさず殺さず、と言っていたそうだ。そのことは、サツキと縁がないはずの伯爵オクトにまで続いている。
「ちなみに、誰を生かしておくように言われたのか、教えてもらえますか?」
「決まっています。サツキの家族と、婚約者家族、あとは元使用人たちですよ」
「そうですか」
予想はしていましたが、やはりそうか。
恐ろしい話だ。サツキが虐待を受けたのは、どう計算しても十年よりも短いでしょう。ですが、サツキの家族と婚約者家族、元使用人たちは、それ以上の年月を苦痛を受けているのだ。
この真実を知った者の中には、もう十分だろう、という者もいるだろう。死んだ者よりも、生きている者のほうが優先されるべきなのだ。
しかし、死んだ者はそこで終わりだ。復讐すら出来ない。ただ、惨めな最後を迎えるだけだ。実際、サツキの母カサンドラは、見るからに毒殺だったというのに、誰も見向きもしなかったのだ。
「そうそう、先日、伯爵家の血族を皇族侮辱罪で捕縛したのですよ。処刑は決定なのですが、どうしようかと、考えています」
「香の材料にするには、最低でも一カ月は、ここで埋まってもらわないといけないですが、随分と高齢だと、気狂いであっという間に死んでしまいますよ」
「いけませんか?」
「それでいいのでしたら、引き受けます。こちらも、材料としては欲しいですから」
「後、実験に協力してほしいのです」
目の前に広がる光景に、私は悦に入る。そんな私を見て、伯爵オクトは怯えた顔をする。
「僕で出来ることであれば、ですよ。無理難題はやめてくださいね」
「妖精憑きを材料に作ってほしいのです」
「それは無理でしょう。妖精憑きって、大人しくしてませんよ」
無理難題だ、と顔をしかめるオクト。確かにそうだ。
「私が協力します。ちょうど、いい具合の寿命の妖精憑きがいます。力も申し分ありませんよ。妖精全て盗って、妖精封じの枷をつけてお渡しします」
「そんなことしなくても、こちらで用意しますよ。手のつけられない妖精憑きなんて、探せばそこらへんに落ちています」
さすが妖精殺しの伯爵。私ほどの魔法使いは恐怖の対象だが、そこら辺に転がっている野良の妖精憑きは、敵でもない。何せ、この男には、妖精の魔法は届かないのだ。
「いえいえ、せっかくなので、百年に一人生まれるかどうかの妖精憑きを使います。滅多に生まれないので、生きているうちに、やってしまいましょう」
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