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気弱な魔法使い
凶人
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「お前たちは、親として失格だな」
突然、シオンが人らしいことを呟いた。
「何を言ってるんだ、兄上」
「そうよ、シオンが、この子は欠陥品と言ったんじゃない」
驚くシオンの弟とネフティ。僕だって、声もなく驚いた。
「これまで、僕がネフティの子の出来の悪さを言っても、お前たちは、弁明すらしなかった。ネフティにとって、産んだ子に愛着すら持っていない。いつまでも、お前は女で母親じゃない。それは、父親であるお前もそうだ。いつまで経っても、ネフティの子に無関心で、ただ、ネフティの言いなりになっているだけだ。全て、使用人に押し付け、お前たちは子どもを産んだだけで、育てていない」
「そんなことないわ!!」
「じゃあ、この子はどうなんだ。僕が欠陥品と言った時、お前たちは笑っているだけだった。まるで、他人事だ。お前たちの子だろう」
「でも、実際、欠陥品なのは確かよ」
「こういう子、実は皇族の中に生まれることはそれなりにある。血が近すぎて、こういう子が生まれるんだ。だが、だいたいの親は、皇族であろうとなかろうと、最後まで、家族で面倒をみるという。こういう子は、皇族の犠牲者だ。この犠牲が、血が近づきすぎていると、我々に教えてくれるんだ。そう、習っただろう」
皇族の教育で学ぶことだ。
皇族は、城の奥で守られるように過ごす。そのため、どうしても、血が近づくことが起こってしまうのだ。
シオンは、シーアのことを皇族の犠牲者だと見ていた。そして、ネフティと弟を試したのだ。
「可哀想に、こんな親の元に生まれて」
シオンは、シーアを抱きしめて、憐れんだ。
突然、シーアに変化が起きた。それまで、されるがままだったシーアが、シオンの服を掴んで、涙を流した。
「あ、ああ、あああ」
一生懸命、何か訴えようとするシーア。だけど、一つの単語しか言えないシーアは、虚空を見て、声をあげるだけだ。
シオンは、シーアの手を握った。すると、シーアは気持ち悪い笑顔を浮かべた。
正直、見ていて、気持ちのいいものではない。僕でも、シーアは気持ち悪い何かに見えた。
だけど、シオンは愛おしそうに笑顔を向けた。シーアはそれに答えようと、また、気持ち悪い笑顔で、一つの単語を叫ぶ。
「僕が伯父だとわかるんだな。いらない子だというのなら、僕が引き取ろう。それでいいだろう」
「わたくしの子よ!!」
ネフティは乱暴にシオンの腕の中にいるシーアにつかみかかった。
ネフティはシオンがいう通り、母親ではなく女だ。だから、爪だって綺麗に手入れして、伸ばしていた。そんな手でシーアをつかんだから、シーアの体に傷がついた。
「傷をつけることが、母親のやることか!!」
とうとう、シオンの怒りが爆発した。シオンは、シーアを抱きかかえ、ネフティの頬を平手で叩いた。
「こんな小さい子がいるというのに、爪を伸ばしたままだなんて、最低な親だな」
「使用人が面倒みているから」
「聞いている。シーアがお前に懐かないって。当然だ。そんな爪で傷つけられたら、子どもだって泣くだろう!! 顔を見れば、怖くもなる。こんな子どもでも、お前に懐かないということは、そういうことだ」
「に、似てない、から」
シーアがシオンに似ていないことが、どうしても気に入らないネフティ。
確かに、誰にも似ていない。ネフティに似ていないのは当然だ。シーアは、シオンが手をつけた貧乏貴族の娘が産んだ子だ。
ということは、シーアは、産みの母親に似ているということになる。
シオンは、改めて、シーアを見た。シーアは、また、虚ろな目で、一つの単語を口ずさんでいた。
「似ていないって、祖母にそっくりだな」
シオンは、シーアの顔に、苦々しい表情を見せる。それを聞いて、シオンの弟も、同じような顔をする。
「そうか、誰かに似ていると思ったら、お祖母様か」
「祖母は、恐ろしい人だったからな」
初めて聞く話だ。
シオンの祖母の話は知らない。よくよく考えれば、シオンの両親のことすら、僕は話で聞いたことがない。皇族ネフティの存在が強烈すぎて、シオンの身内の話を世間話で聞こうとは考えもしなかったからだ。
「祖母は、貴族に発現した皇族なんだが、文武両道の人だった。皇族として迎えられても、大人しくしているような人ではなかったんだ」
「そう言われれば、確かに」
ネフティも知っているようで、苦々しい表情となった。
「祖母は才能豊かな人だ。もしかしたら、シーアも、物凄い才女になるかもしれないな」
シオンがそう言っても、誰も、肯定しない。
シーアは手遅れだ。ネフティの暴力によって、僕の中途半端な治療によって、ただ生きているだけの人に成り下がっていた。その事実を僕たちは沈黙で隠し通した。
それからは、シオンは、シーアのことを気にかけるようになった。週に一、二回は、シーアの様子を見るために、わざわざ、弟夫婦の元を訪れた。
ネフティはシオンが来ることを喜び、色々と準備していた。しかし、シオンは茶菓子一つ手をつけず、まっすぐ、シーアの元へと向かった。
シーアはゆっくりと、少しずつだが、シオンの呼びかけに答えるようになった。
最初は、動くことも出来なかったというのに、腕を動かすようになると、シオンの服をつかんで、あの気持ち悪い笑顔を向けた。
「この本を読んであげよう」
「あー」
誰が見ても気持ち悪いシーアに、シオンは常に笑顔を向ける。絵本を読み聞かせ、体を動かすことを手伝い、としていった。
そして、シーアとの面談が終わると、蔑むようにネフティを見た。
「お前は何をやってるんだ。シーアは、これっぽっちも成長してないじゃないか。もっと、手をかけろ!!」
「し、してるわ!!」
「人の手が足りないから、と使用人も増やしているというのに、お前は何をやってるんだ? 僕のことなんか持て成している暇があるなら、もっと、シーアを構ってやれ!!」
「だ、だって、あの子は、手がかかるから」
「だから、使用人を増やしただろう。何をやってるんだ?」
「………」
「何もやってないんだな。ただ、産んだだけなんだな。最低な女め」
そう吐き捨てて、シオンは部屋を出ていく。
この後、ネフティはシーアに当たり散らすのだ。僕は知っている。シオンは、ネフティが我が子に手をあげるなんて、思ってもいないのだ。
本当は、シーアは、シオンの子なんだ!!
それを告げたかった。だけど、それをしたら、僕が隠し通していたことが、シオンに知られてしまう。
シオンに嫌われたくない。ただ、その一心で、僕はシーアのことを隠した。
もう、ネフティも失敗はしない。服で隠れるような所を傷つけ、シオンに知られないようにした。厳重に服を着せられたシーアが怪我をしているなんて、シオンは見えないから、気づきもしない。
僕は無為にシーアを生きながらえさせた。いつか、ネフティが失敗して、シーアを殺すのを心待ちにしていた。そうなったら、全て、丸く収まる。
どうせ、生まれながらの妖精殺しなんだ。シーアは死ぬべきだ。
ふと、それをシオンに教えてしまおう、なんて考えた。だけど、すぐに沈黙することとなった。あそこまで成長させたのは僕だと、シオンに知られるのは明白だ。何もしなければ死ぬはずだった妖精殺しが生きているのは、僕が寿命を捧げたからだ。
赤ん坊であった頃に、シーアが妖精殺しであることをシオンに告げるべきだった。僕は、それを色々と言い訳して、しなかった。
シーアがシオンの子だと知られる前に、シーアを処刑するように、シオンに告げるべきだったんだ。
シオンは私室に戻れば、いつもの日課のように、あの花嫁衣裳を眺めた。
「もう、結婚しちゃったかな」
さすがに、シオンも、城にやってこない女のことを諦めてきた。
「調べないのか?」
調べられたら大変だが、話の流れで、そういうしかない。
「本当に結婚していたら、奪いたくなる」
シオンは内にある衝動を抑えるために、我慢していた。
花嫁衣裳まで作ったのだ。実は短気なシオンは、所在を知ってしまったら、我慢出来ないだろう。
皇族ネフティのことも警戒していたから、結局、シオンは手をつけた女のことを調べられなかった。
シーアは、この平穏な日常のために、犠牲になっていた。
シオンが手をかけたお陰で、シーアは歩き、人並のことが出来るようになった。それでも、欠陥品であることは見ればわかることだ。
シーアが一人で動くようになると、放置されるようになった。勝手に外に出て、気味の悪い笑顔で近づき、暴力を受けることもあった。
皇族ネフティの子とはいえ、シーアは見るからに、家族からも見放された。ネフティの恨みを晴らすように、わざとシーアを転ばしたりする者だっていた。
仕方なく、僕はシオンをシーアの元へと導くようにした。
転んだシーアはまだ、喜怒哀楽がうまく表に出せないようで、起き上がることなく、嘲笑っている者たちを見回しているようだった。
そんなシーアを見て、シオンはすぐに駆け寄って抱き上げた。
「こんな小さな子どもが転んでいるというに、笑っているだけか!!」
「転んでも、泣きもしないから、大丈夫かと」
「この子は、足りない子だと知っているだろう!! それを笑って見ているだけだとは、お前たちも、人として足りないようだな」
「子どものいないお前に、何がわかる!!」
「子どもがいないからなんだ。子どもがいなくても、転んで動かない子どもがいれば、こうやって抱き起こしてやる。子どもがいるくせに、見ているだけのお前たちはどうなんだ!!!」
激昂するシオンに、結局言い負かされる皇族たち。
まだ、シオンは説教しているだけだからいい。場合によっては、武器を手にするのだ。そうなったら、皇位簒奪の現場となる。
謝っておけばいいのに。僕は呆れながらも、黙っていた。
そうして、シオンはどんどん、シーアのことを可愛がるようになった。気持ち悪い笑顔を向けられても、シオンは気にしない。
「笑おうと努力している。健気じゃないか」
「そうなんだ」
正直、同意は出来ない。僕から見ても、シーアの笑顔は気持ち悪い。シオンは、それなのに、綺麗な笑顔を返すのだ。
もしかしたら、シオンはシーアが我が子だと気づいているのかもしれない。
ふと、そんなことを考えてしまう。だけど、シオンは我が子がいるなんて、これっぽっちも思っていない。たった一度、手がついたからと、子が出来るなんて、シオンは思ってもいないのだ。
それに、シオンはこんなことを言っていた。
「妊娠していたら、責任をとれと僕の元に来るだろうから、妊娠しなかったんだなー」
シオンの中では、女とは、そういう生き物なんだ。皇族ネフティに毒されすぎて、惚れた女も同じようなことをする、と思い込んでいた。
だから、シオンは我が子がいるなんて、思ってもいないのだ。
だけど、シーアの可愛がりは、誰の目から見ても、おかしい。シオンは、シーアに何かを感じているように思えた。
どうしても気になったから、僕はシオンにシーアのことをどう思っているか質問した。
「シオンは、シーアだけは、特別扱いしてるようだけど、どうして?」
「もし、彼女と結婚したら、これくらいの子がいたかなー、と思ったからだ」
結局、恋した女のことを想ってだ。
「シーアは、僕が抱っこすると、震えながら、僕の服をつかんでくるんだ。いつも、必死に何か訴えるように見てくる。可哀想に、いい扱いをされていないんだな」
だけど、シーアのことをシオンはよく見ていた。
僕たちから見れば、シーアの行動は、狂人である。だけど、シオンは、シーアの行動を一人の人として見て、そこから何か読み取っていた。
「シーアのこと、可愛がらないなら、僕の養女にしよう」
「そんなことしたら、大変なことになるよ」
「腹を痛めて産んだ子に、ネフティが何かするわけがないだろう。それよりも、ネフティの子を僕が育てるんだ。喜ぶと思うよ」
「………」
他の子だったらそうだろう。シーアだけは、違う。
シーアは、シオンの本当の子だ。シオンがシーアを養女として引き取ったら、間違いなく、ネフティはシーアを殺すだろう。
シーアが皇族教育を受ける年頃となった。誰もが、シーアは不可能と思っていた。どう見ても、狂人だ。
だけど、シーアはあの気持ち悪い笑顔を顔に貼り付け、皇族教育を受けた。
そして、誰よりも優秀な成績を叩き出した。
皇族未満の子どもたちの中で、一番優秀と言われたのは、皇族エッセンの孫メフノフだ。エッセンには、それなりに孫がいたが、メフノフには随分と手をかけていた。エッセンは盤上遊戯を教え込み、メフノフは次の皇帝になれる、と孫自慢したほどだ。
実際、メフノフの成績は抜きんでていた。少し驕ったところがあるが、シオンも及第点、というほどだった。
そこに、狂人と呼ばれるシーアが皇族教育を受け、メフノフよりもよい成績を出した。
それには、自尊心を傷つけられたメフノフは、仲間を連れて、シーアを虐めた。
いつもの通り、僕はシオンをシーアの元に導いた。そして、シオンは、メフノフがいるのを見て、珍しく激怒したのだ。
「いくらシーアに負けたからと、暴力で勝とうとは、最低な孫だな」
そして、その事をシオンはわざわざエッセンに告げ口した。
「メフノフは、次の戦争では、出征だ」
「そんな!?」
「実力で皇帝になってもらおう」
激怒したシオンは、メフノフの子どものよくある過ちを許さなかった。
皇族エッセンは土下座までして、代理で出征する、とまで訴えた。冷酷な皇族であるエッセンも、可愛い孫には甘い男だった。
しかし、シオンはメフノフのことを許さなかった。
「あんな狂人のために、物事がわかっておらん子を罰するのか!!」
「シーアは、何をされてもいいのか。暴言も、暴力も、全て、シーアなら仕方ないというのか」
「そういうものじゃろう!! 帝国では、シーアは弱者じゃ」
「まだ、未成年だ。帝国では、守られる存在だ。それを、狂人だからという理由で、シーアが迫害されるのか」
「メフノフのほうが未来がある。シーアは見ての通り、役立たずじゃ」
「それが、お前の孫だったら、同じことが言えるのか?」
「言える」
「僕も昔、そう言った。だけど、姪には、それが出来なかった。いいか、いうのは簡単だ。当事者じゃないからな。だが、当事者となった時、簡単に切り捨てられなくなる」
「………」
実際、シオンは、様々な柵から、切り捨てられないでいた。
皇族ネフティは処刑するべきだった。だが、シオンは弟が泣きついたため、仕方なく、諦めた。それからも、ネフティは問題を起こした。それでも、シオンは弟のために我慢したのだ。
シオンにとっては、シーアも同じだ。姪だから、どうしても切り捨てられない。皇帝に家族はない、という。だが、当事者となった時、それを貫くことは困難だ。
「いつか、そのことで、破滅することとなるぞ」
「切り捨てるのは簡単だ。だが、シーアは、少しずつ、成長している。最初は、満足に歩くことも、食べることも出来なかった。人よりも、歩みが遅いだけなんだ。皆、同じような速度で歩けるわけではない。僕もエッセンも、随分と歳をとった。そういう物の見方を出来るようになったんだ」
「………」
結局、エッセンはシオンの説得を諦めた。
突然、シオンが人らしいことを呟いた。
「何を言ってるんだ、兄上」
「そうよ、シオンが、この子は欠陥品と言ったんじゃない」
驚くシオンの弟とネフティ。僕だって、声もなく驚いた。
「これまで、僕がネフティの子の出来の悪さを言っても、お前たちは、弁明すらしなかった。ネフティにとって、産んだ子に愛着すら持っていない。いつまでも、お前は女で母親じゃない。それは、父親であるお前もそうだ。いつまで経っても、ネフティの子に無関心で、ただ、ネフティの言いなりになっているだけだ。全て、使用人に押し付け、お前たちは子どもを産んだだけで、育てていない」
「そんなことないわ!!」
「じゃあ、この子はどうなんだ。僕が欠陥品と言った時、お前たちは笑っているだけだった。まるで、他人事だ。お前たちの子だろう」
「でも、実際、欠陥品なのは確かよ」
「こういう子、実は皇族の中に生まれることはそれなりにある。血が近すぎて、こういう子が生まれるんだ。だが、だいたいの親は、皇族であろうとなかろうと、最後まで、家族で面倒をみるという。こういう子は、皇族の犠牲者だ。この犠牲が、血が近づきすぎていると、我々に教えてくれるんだ。そう、習っただろう」
皇族の教育で学ぶことだ。
皇族は、城の奥で守られるように過ごす。そのため、どうしても、血が近づくことが起こってしまうのだ。
シオンは、シーアのことを皇族の犠牲者だと見ていた。そして、ネフティと弟を試したのだ。
「可哀想に、こんな親の元に生まれて」
シオンは、シーアを抱きしめて、憐れんだ。
突然、シーアに変化が起きた。それまで、されるがままだったシーアが、シオンの服を掴んで、涙を流した。
「あ、ああ、あああ」
一生懸命、何か訴えようとするシーア。だけど、一つの単語しか言えないシーアは、虚空を見て、声をあげるだけだ。
シオンは、シーアの手を握った。すると、シーアは気持ち悪い笑顔を浮かべた。
正直、見ていて、気持ちのいいものではない。僕でも、シーアは気持ち悪い何かに見えた。
だけど、シオンは愛おしそうに笑顔を向けた。シーアはそれに答えようと、また、気持ち悪い笑顔で、一つの単語を叫ぶ。
「僕が伯父だとわかるんだな。いらない子だというのなら、僕が引き取ろう。それでいいだろう」
「わたくしの子よ!!」
ネフティは乱暴にシオンの腕の中にいるシーアにつかみかかった。
ネフティはシオンがいう通り、母親ではなく女だ。だから、爪だって綺麗に手入れして、伸ばしていた。そんな手でシーアをつかんだから、シーアの体に傷がついた。
「傷をつけることが、母親のやることか!!」
とうとう、シオンの怒りが爆発した。シオンは、シーアを抱きかかえ、ネフティの頬を平手で叩いた。
「こんな小さい子がいるというのに、爪を伸ばしたままだなんて、最低な親だな」
「使用人が面倒みているから」
「聞いている。シーアがお前に懐かないって。当然だ。そんな爪で傷つけられたら、子どもだって泣くだろう!! 顔を見れば、怖くもなる。こんな子どもでも、お前に懐かないということは、そういうことだ」
「に、似てない、から」
シーアがシオンに似ていないことが、どうしても気に入らないネフティ。
確かに、誰にも似ていない。ネフティに似ていないのは当然だ。シーアは、シオンが手をつけた貧乏貴族の娘が産んだ子だ。
ということは、シーアは、産みの母親に似ているということになる。
シオンは、改めて、シーアを見た。シーアは、また、虚ろな目で、一つの単語を口ずさんでいた。
「似ていないって、祖母にそっくりだな」
シオンは、シーアの顔に、苦々しい表情を見せる。それを聞いて、シオンの弟も、同じような顔をする。
「そうか、誰かに似ていると思ったら、お祖母様か」
「祖母は、恐ろしい人だったからな」
初めて聞く話だ。
シオンの祖母の話は知らない。よくよく考えれば、シオンの両親のことすら、僕は話で聞いたことがない。皇族ネフティの存在が強烈すぎて、シオンの身内の話を世間話で聞こうとは考えもしなかったからだ。
「祖母は、貴族に発現した皇族なんだが、文武両道の人だった。皇族として迎えられても、大人しくしているような人ではなかったんだ」
「そう言われれば、確かに」
ネフティも知っているようで、苦々しい表情となった。
「祖母は才能豊かな人だ。もしかしたら、シーアも、物凄い才女になるかもしれないな」
シオンがそう言っても、誰も、肯定しない。
シーアは手遅れだ。ネフティの暴力によって、僕の中途半端な治療によって、ただ生きているだけの人に成り下がっていた。その事実を僕たちは沈黙で隠し通した。
それからは、シオンは、シーアのことを気にかけるようになった。週に一、二回は、シーアの様子を見るために、わざわざ、弟夫婦の元を訪れた。
ネフティはシオンが来ることを喜び、色々と準備していた。しかし、シオンは茶菓子一つ手をつけず、まっすぐ、シーアの元へと向かった。
シーアはゆっくりと、少しずつだが、シオンの呼びかけに答えるようになった。
最初は、動くことも出来なかったというのに、腕を動かすようになると、シオンの服をつかんで、あの気持ち悪い笑顔を向けた。
「この本を読んであげよう」
「あー」
誰が見ても気持ち悪いシーアに、シオンは常に笑顔を向ける。絵本を読み聞かせ、体を動かすことを手伝い、としていった。
そして、シーアとの面談が終わると、蔑むようにネフティを見た。
「お前は何をやってるんだ。シーアは、これっぽっちも成長してないじゃないか。もっと、手をかけろ!!」
「し、してるわ!!」
「人の手が足りないから、と使用人も増やしているというのに、お前は何をやってるんだ? 僕のことなんか持て成している暇があるなら、もっと、シーアを構ってやれ!!」
「だ、だって、あの子は、手がかかるから」
「だから、使用人を増やしただろう。何をやってるんだ?」
「………」
「何もやってないんだな。ただ、産んだだけなんだな。最低な女め」
そう吐き捨てて、シオンは部屋を出ていく。
この後、ネフティはシーアに当たり散らすのだ。僕は知っている。シオンは、ネフティが我が子に手をあげるなんて、思ってもいないのだ。
本当は、シーアは、シオンの子なんだ!!
それを告げたかった。だけど、それをしたら、僕が隠し通していたことが、シオンに知られてしまう。
シオンに嫌われたくない。ただ、その一心で、僕はシーアのことを隠した。
もう、ネフティも失敗はしない。服で隠れるような所を傷つけ、シオンに知られないようにした。厳重に服を着せられたシーアが怪我をしているなんて、シオンは見えないから、気づきもしない。
僕は無為にシーアを生きながらえさせた。いつか、ネフティが失敗して、シーアを殺すのを心待ちにしていた。そうなったら、全て、丸く収まる。
どうせ、生まれながらの妖精殺しなんだ。シーアは死ぬべきだ。
ふと、それをシオンに教えてしまおう、なんて考えた。だけど、すぐに沈黙することとなった。あそこまで成長させたのは僕だと、シオンに知られるのは明白だ。何もしなければ死ぬはずだった妖精殺しが生きているのは、僕が寿命を捧げたからだ。
赤ん坊であった頃に、シーアが妖精殺しであることをシオンに告げるべきだった。僕は、それを色々と言い訳して、しなかった。
シーアがシオンの子だと知られる前に、シーアを処刑するように、シオンに告げるべきだったんだ。
シオンは私室に戻れば、いつもの日課のように、あの花嫁衣裳を眺めた。
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さすがに、シオンも、城にやってこない女のことを諦めてきた。
「調べないのか?」
調べられたら大変だが、話の流れで、そういうしかない。
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シオンは内にある衝動を抑えるために、我慢していた。
花嫁衣裳まで作ったのだ。実は短気なシオンは、所在を知ってしまったら、我慢出来ないだろう。
皇族ネフティのことも警戒していたから、結局、シオンは手をつけた女のことを調べられなかった。
シーアは、この平穏な日常のために、犠牲になっていた。
シオンが手をかけたお陰で、シーアは歩き、人並のことが出来るようになった。それでも、欠陥品であることは見ればわかることだ。
シーアが一人で動くようになると、放置されるようになった。勝手に外に出て、気味の悪い笑顔で近づき、暴力を受けることもあった。
皇族ネフティの子とはいえ、シーアは見るからに、家族からも見放された。ネフティの恨みを晴らすように、わざとシーアを転ばしたりする者だっていた。
仕方なく、僕はシオンをシーアの元へと導くようにした。
転んだシーアはまだ、喜怒哀楽がうまく表に出せないようで、起き上がることなく、嘲笑っている者たちを見回しているようだった。
そんなシーアを見て、シオンはすぐに駆け寄って抱き上げた。
「こんな小さな子どもが転んでいるというに、笑っているだけか!!」
「転んでも、泣きもしないから、大丈夫かと」
「この子は、足りない子だと知っているだろう!! それを笑って見ているだけだとは、お前たちも、人として足りないようだな」
「子どものいないお前に、何がわかる!!」
「子どもがいないからなんだ。子どもがいなくても、転んで動かない子どもがいれば、こうやって抱き起こしてやる。子どもがいるくせに、見ているだけのお前たちはどうなんだ!!!」
激昂するシオンに、結局言い負かされる皇族たち。
まだ、シオンは説教しているだけだからいい。場合によっては、武器を手にするのだ。そうなったら、皇位簒奪の現場となる。
謝っておけばいいのに。僕は呆れながらも、黙っていた。
そうして、シオンはどんどん、シーアのことを可愛がるようになった。気持ち悪い笑顔を向けられても、シオンは気にしない。
「笑おうと努力している。健気じゃないか」
「そうなんだ」
正直、同意は出来ない。僕から見ても、シーアの笑顔は気持ち悪い。シオンは、それなのに、綺麗な笑顔を返すのだ。
もしかしたら、シオンはシーアが我が子だと気づいているのかもしれない。
ふと、そんなことを考えてしまう。だけど、シオンは我が子がいるなんて、これっぽっちも思っていない。たった一度、手がついたからと、子が出来るなんて、シオンは思ってもいないのだ。
それに、シオンはこんなことを言っていた。
「妊娠していたら、責任をとれと僕の元に来るだろうから、妊娠しなかったんだなー」
シオンの中では、女とは、そういう生き物なんだ。皇族ネフティに毒されすぎて、惚れた女も同じようなことをする、と思い込んでいた。
だから、シオンは我が子がいるなんて、思ってもいないのだ。
だけど、シーアの可愛がりは、誰の目から見ても、おかしい。シオンは、シーアに何かを感じているように思えた。
どうしても気になったから、僕はシオンにシーアのことをどう思っているか質問した。
「シオンは、シーアだけは、特別扱いしてるようだけど、どうして?」
「もし、彼女と結婚したら、これくらいの子がいたかなー、と思ったからだ」
結局、恋した女のことを想ってだ。
「シーアは、僕が抱っこすると、震えながら、僕の服をつかんでくるんだ。いつも、必死に何か訴えるように見てくる。可哀想に、いい扱いをされていないんだな」
だけど、シーアのことをシオンはよく見ていた。
僕たちから見れば、シーアの行動は、狂人である。だけど、シオンは、シーアの行動を一人の人として見て、そこから何か読み取っていた。
「シーアのこと、可愛がらないなら、僕の養女にしよう」
「そんなことしたら、大変なことになるよ」
「腹を痛めて産んだ子に、ネフティが何かするわけがないだろう。それよりも、ネフティの子を僕が育てるんだ。喜ぶと思うよ」
「………」
他の子だったらそうだろう。シーアだけは、違う。
シーアは、シオンの本当の子だ。シオンがシーアを養女として引き取ったら、間違いなく、ネフティはシーアを殺すだろう。
シーアが皇族教育を受ける年頃となった。誰もが、シーアは不可能と思っていた。どう見ても、狂人だ。
だけど、シーアはあの気持ち悪い笑顔を顔に貼り付け、皇族教育を受けた。
そして、誰よりも優秀な成績を叩き出した。
皇族未満の子どもたちの中で、一番優秀と言われたのは、皇族エッセンの孫メフノフだ。エッセンには、それなりに孫がいたが、メフノフには随分と手をかけていた。エッセンは盤上遊戯を教え込み、メフノフは次の皇帝になれる、と孫自慢したほどだ。
実際、メフノフの成績は抜きんでていた。少し驕ったところがあるが、シオンも及第点、というほどだった。
そこに、狂人と呼ばれるシーアが皇族教育を受け、メフノフよりもよい成績を出した。
それには、自尊心を傷つけられたメフノフは、仲間を連れて、シーアを虐めた。
いつもの通り、僕はシオンをシーアの元に導いた。そして、シオンは、メフノフがいるのを見て、珍しく激怒したのだ。
「いくらシーアに負けたからと、暴力で勝とうとは、最低な孫だな」
そして、その事をシオンはわざわざエッセンに告げ口した。
「メフノフは、次の戦争では、出征だ」
「そんな!?」
「実力で皇帝になってもらおう」
激怒したシオンは、メフノフの子どものよくある過ちを許さなかった。
皇族エッセンは土下座までして、代理で出征する、とまで訴えた。冷酷な皇族であるエッセンも、可愛い孫には甘い男だった。
しかし、シオンはメフノフのことを許さなかった。
「あんな狂人のために、物事がわかっておらん子を罰するのか!!」
「シーアは、何をされてもいいのか。暴言も、暴力も、全て、シーアなら仕方ないというのか」
「そういうものじゃろう!! 帝国では、シーアは弱者じゃ」
「まだ、未成年だ。帝国では、守られる存在だ。それを、狂人だからという理由で、シーアが迫害されるのか」
「メフノフのほうが未来がある。シーアは見ての通り、役立たずじゃ」
「それが、お前の孫だったら、同じことが言えるのか?」
「言える」
「僕も昔、そう言った。だけど、姪には、それが出来なかった。いいか、いうのは簡単だ。当事者じゃないからな。だが、当事者となった時、簡単に切り捨てられなくなる」
「………」
実際、シオンは、様々な柵から、切り捨てられないでいた。
皇族ネフティは処刑するべきだった。だが、シオンは弟が泣きついたため、仕方なく、諦めた。それからも、ネフティは問題を起こした。それでも、シオンは弟のために我慢したのだ。
シオンにとっては、シーアも同じだ。姪だから、どうしても切り捨てられない。皇帝に家族はない、という。だが、当事者となった時、それを貫くことは困難だ。
「いつか、そのことで、破滅することとなるぞ」
「切り捨てるのは簡単だ。だが、シーアは、少しずつ、成長している。最初は、満足に歩くことも、食べることも出来なかった。人よりも、歩みが遅いだけなんだ。皆、同じような速度で歩けるわけではない。僕もエッセンも、随分と歳をとった。そういう物の見方を出来るようになったんだ」
「………」
結局、エッセンはシオンの説得を諦めた。
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