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第六章

追い詰められてるのかな… 1

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結局、僕の想像通り稽古の見学は了承され、梓と佐藤にそれを告げると日曜日に二人で見に来るからと言われてしまった。
梓と宇野がばったり出会ってしまって、梓に嫌な思いや変な勘繰りをされないかと不安ではあるけれど、僕自身にはなんら疾しい事は無いのだから、デンとしているしかない。

…なーんて、簡単に開き直れればいいんだけどね。

いつものように帰宅後、のんびりおやつを食べてから稽古場へと向かう。
すると玄関に続く廊下から、姉さんがやって来て僕を呼び止めた。

「こないだの子、宇野さんだっけ? 来てるけど」
「…宇野? 見学?」
「今日はそうじゃないみたいだけど、由紀也に会えますかって」
「…分かった。行くよ」

しょうがないなと思いながら玄関に向かうと、宇野が不安そうな顔で落ち着かな気に立っている。
僕に気が付くと少しほっとしたような顔をした。
もしかしたら僕が、会うのすら拒否するとでも思っていたのかもしれない。

「忙しいのに、ごめんね」
「いや、大丈夫。…どうかした?」
僕がそう言いうと、何故か宇野は寂しそうな顔をした。

…なんだろう?

言葉や気持ちってやっぱり難しい。何気ない一言が相手に与える影響って、僕にはまだまだ分からないみたいだ。

「由紀也に…迷惑がられてるのは、ちゃんと分かってるの…。でもやっぱり私はこれからも由紀也に会いたいし、会いたい気持ちも止められないから…。だから…」

「…宇野、あの」
「だからっ! これからも会いに来るのだけは許してほしくて! 今日はこれを言いに来ただけだから、ごめん!」

僕の言葉を遮って一方的にまくし立てた宇野は、言うだけ言うと踵を返して玄関から走り去って行ってしまった。

…なんという…。

はあーっ。
両手を膝に当てて脱力していると、稽古場から僕を大声で呼ぶ親父の声が聞こえてきた。

疲れていようが落ち込んでいようが僕には稽古という現実が待っている。
僕は大声で「今いく」と返事をし、稽古場へと急いだ。
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