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第六章

追い詰められてるのかな… 2

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稽古場では親父が、僕がのんびりしすぎていると怒っていたようで、それを姉さんが事情を説明して宥めてくれていたようだった。

「お前、今度は2人の男に求愛されて困惑する姫君の役でもするか?」
「はあ?」
何考えてんだこいつ。

「それとも女形じゃなく若君の役でもやってみるか」
「…」

芝居の事しか考えない親父コイツの頭の中はどうなってるんだ?
今度こそ心の底から脱力していると、姉さんがそれこそ僕の事を不憫に思ったのか、「ちょっと見てもらいたいんだけど」と親父を連れて行ってくれた。

泣こうがわめこうが、公演まであとわずか。
僕も気持ちを切り替えるべく深呼吸をし、昨日の稽古の続きをしようと伊藤さんの下へと歩いて行った。


××××

今日は天気が良いから中庭でお弁当を食べようと言うことになり、今、僕は梓とまどかの3人で、大きな木にもたれながらくつろいでいる。

「由紀ちゃん最近何だか元気ない」
突然のまどかの言葉にびっくりする。

「え、そうかな…」

何事も無いようにふるまっているつもりだったのに、疲れがピークに来ているのだろうか。
まどかも天然でいるようで、意外と人の事を見ている所があるんだよな、気を付けなきゃ…。

何て事を考えていると、隣の梓からも視線を感じる。
言いたいことはあるけれど、まどかがいるから聞けないといった風情だ。

「…由紀、もたれても良いぞ」
「え?」

一瞬キョトンとしてしまったが、「ああ」と気が付いた。
梓は梓なりに自分の出来る事で、僕の事を癒してくれようと思っているのだろう。
僕は素直に「ありがとう」と言って、梓にくっついて腕をからめ軽くもたれかかった。

やっぱり僕にとって、一番の癒しは梓だ。
たったこれだけの事なのに、気持ちがぐんぐん浮上していくのが分かる。

強い陽射しなのに木陰にいるせいで気持ちが良く、僕はうとうとと、だんだんまどろんできていた。
目を閉じると、まるで梓と二人きりでいるような錯覚に陥る。このまま本当に眠ってしまいそうだと思っていると、突然まどかの不機嫌な声が聞こえてきた。

「梓ずるーい」
「しいっ」
「え~。もう、まどかも由紀ちゃんにくっつきたいのに~」

文句は言うものの、梓に静かにするよう注意されたせいか、声のトーンは落としている。
僕は梓とまどかの可愛らしい小さな声の応酬を子守唄に、そのまま微睡の中にいた。
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