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第一章

話が違うんですけど

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「寺田さん、すみません。お忙しいのに」
「いいえ。それどころかお手伝いに駆り出されたのでしょう? 申し訳ないです」
「いえ……、そんな。ただ初めてなので、ミスしちゃわないかと心配です」
「はは……。それは……、あ、相良!」

 寺田さんに呼ばれこちらに顔を向けた人は、二十代後半ぐらいに見える。目が大きくて少し浅黒い。何となくテニスとかサーフィンとかをしていそうなタイプに見えた。

「寺田、どうした? 大方の参加者は、もういらしてるぞ」

「ああ。いや、問題があったわけじゃなくて。こちら、社長のお嬢様の桐子さんだ。手伝いに来ていただいたらしい」

「ああ! あなたが桐子さんでしたか! 社長からお話は伺っています。社会見学のつもりで手伝わせてやってくれとおっしゃっていました」

 え~っ。お父様ったら、話していたのと違うじゃない。

 だけどここに来て、そんな文句をいう訳にはいかないので、私は引き攣りながらもなんとか笑顔を見せた。

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
「いえいえ。……それでは私もこれからご挨拶に伺いますので、お客様方に飲み物を勧めていただけますか?」
「はい、分かりました」

 私は相良さんの後に続いて、再び会場内に戻り、ワインやソフトドリンクを給仕して回った。
 ただ、お客様に挨拶に伺う度に、私が社長の娘であることが伝えられ、どうも話のネタに使われているような気がして、正直あんまりいい気持ちはしなかった。……仕方がないことなのかもしれないけれど。


「ハア……」

 会場を出た時に思わずため息が出てしまった。

「大丈夫ですか?」

 心配そうな声音で聞かれても、なんだか素直に受け取れない。終始笑顔で対応されているのに、なんだかいいように利用されているような気がしてしまって、すっかり疲れてしまっていた。

「ちょっとレストルームに行って来ます」
「はい、どうぞ」

 別にトイレに入りたいとか化粧をし直したいとか思っているわけじゃないけど、少し一人になりたい気分だった。


 そりゃね。お父様に言われて仕方なく相手をしているのかもしれないけど……。
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