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第一章
とんでもない出会い
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都心からそう離れていない所にその建物はあった。相模中央研究所、相模飲料の研究開発を主に行う会社だ。私はそこの社員食堂で、調理補助のアルバイトをしている。
「白山さん、一息ついたから休憩に入って」
「はい」
時刻は、午後二時を過ぎたところだ。この時間になると、お昼を食べに来る社員はめっきり減る。それからが私達の昼休憩だ。
「大谷さん、私ちょっとお手洗いに行ってきます」
「また我慢してたのね。メニューは日替わり定食でいい?」
「はい、お願いします」
私は社員食堂を出た数メートル先にあるトイレへと急いだ。とにかく十二時からこの時間の社員食堂はまさに戦場で、トイレを意識することすら出来ない状況だったのだ。
「ハーッ、スッキリした」
一息つきホッとしながら廊下を歩いていると、白衣を着たままの研究員らしき男性が、壁に体を預けるような形で蹲っている。
どうしたんだろう、具合いでも悪いのかな?
「あの、大丈夫ですか?」
私は慌てて蹲っている研究員に近寄って、顔を覗き込んだ。
「……え?」
一瞬本気でギョッとして後退った。そのくらいその人の風貌は凄いものだった。
ボサボサに伸び放題の髪。それは梳かした後すらなく、あちらこちらに跳ねている。しかも前髪すら目をしっかり覆っていて、顔の感じなんてわからなかった。
しかも羽織っているその白衣も、近付いて見てみると皺くちゃのヨレヨレだ。もちろん、中に着ているシャツもそうだ。
それにしても。
この研究所にバイトに入って三カ月くらい経つけれど、初めて会う人だ。これは絶対断言できる。だってこんなに凄い風貌の人がいたら、絶対に忘れないでしょう?
思いっきり引きはしたけれど、具合の悪そうな人を放っておくわけにはいかない。
「あの、立てますか? もし気分が悪いのなら、病院に行った方が……」
「……った、から」
「え?」
「腹……、飯食ってない」
「はああ!?」
なに、この人。時間通りに食べないと動けなくなる、超虚弱体質? それとも、もしかして……。
「ご飯を最後に食べたのいつですか?」
「……昨夜だ」
「なに食べたんですか?」
「…………」
「なに食べたんですか?」
再度同じ質問をぶつけた。なんだか言いたくない雰囲気を醸し出していたから。
恐らく碌なものを食べていないんだろう。
「……クロワッサン」
「は?」
「クロワッサン一つだと言っている」
「…………」
今度はこっちが無言になった。もちろん呆れてだ。大の男が昨日の夜、クロワッサン一つを食べただけで、今まで何も食べていないだなんて。しかもこの感じだと、きっと何日もそういう食生活が続いていたんじゃないだろうか。
廊下に、ひんやりとした微妙な空気が流れる。呆れ果てたし、どちらかというと関わりたくもない風貌ではあるけれど、やっぱり放っておくわけにはいかない。
「立てますか? 食堂に行きましょう」
「すまん……」
よほどバツが悪かったのか、それともお腹が空き過ぎていたせいなのか、その研究員は私が差し出した手に素直に自分の手を添えた。
「えっ?」
ドキン。
びっくりした。だって、私の手を取って立ち上がろうと体を動かした瞬間、彼の髪がふわりと揺れて、露わになった素顔が見えてしまったから。
しかも一瞬だけど見えたその顔は、二重だけど少し切れ長で、整った形の澄んだ瞳。眉の形も良く、彫が深く鼻筋が通っているように見えた。
「白山さん、一息ついたから休憩に入って」
「はい」
時刻は、午後二時を過ぎたところだ。この時間になると、お昼を食べに来る社員はめっきり減る。それからが私達の昼休憩だ。
「大谷さん、私ちょっとお手洗いに行ってきます」
「また我慢してたのね。メニューは日替わり定食でいい?」
「はい、お願いします」
私は社員食堂を出た数メートル先にあるトイレへと急いだ。とにかく十二時からこの時間の社員食堂はまさに戦場で、トイレを意識することすら出来ない状況だったのだ。
「ハーッ、スッキリした」
一息つきホッとしながら廊下を歩いていると、白衣を着たままの研究員らしき男性が、壁に体を預けるような形で蹲っている。
どうしたんだろう、具合いでも悪いのかな?
「あの、大丈夫ですか?」
私は慌てて蹲っている研究員に近寄って、顔を覗き込んだ。
「……え?」
一瞬本気でギョッとして後退った。そのくらいその人の風貌は凄いものだった。
ボサボサに伸び放題の髪。それは梳かした後すらなく、あちらこちらに跳ねている。しかも前髪すら目をしっかり覆っていて、顔の感じなんてわからなかった。
しかも羽織っているその白衣も、近付いて見てみると皺くちゃのヨレヨレだ。もちろん、中に着ているシャツもそうだ。
それにしても。
この研究所にバイトに入って三カ月くらい経つけれど、初めて会う人だ。これは絶対断言できる。だってこんなに凄い風貌の人がいたら、絶対に忘れないでしょう?
思いっきり引きはしたけれど、具合の悪そうな人を放っておくわけにはいかない。
「あの、立てますか? もし気分が悪いのなら、病院に行った方が……」
「……った、から」
「え?」
「腹……、飯食ってない」
「はああ!?」
なに、この人。時間通りに食べないと動けなくなる、超虚弱体質? それとも、もしかして……。
「ご飯を最後に食べたのいつですか?」
「……昨夜だ」
「なに食べたんですか?」
「…………」
「なに食べたんですか?」
再度同じ質問をぶつけた。なんだか言いたくない雰囲気を醸し出していたから。
恐らく碌なものを食べていないんだろう。
「……クロワッサン」
「は?」
「クロワッサン一つだと言っている」
「…………」
今度はこっちが無言になった。もちろん呆れてだ。大の男が昨日の夜、クロワッサン一つを食べただけで、今まで何も食べていないだなんて。しかもこの感じだと、きっと何日もそういう食生活が続いていたんじゃないだろうか。
廊下に、ひんやりとした微妙な空気が流れる。呆れ果てたし、どちらかというと関わりたくもない風貌ではあるけれど、やっぱり放っておくわけにはいかない。
「立てますか? 食堂に行きましょう」
「すまん……」
よほどバツが悪かったのか、それともお腹が空き過ぎていたせいなのか、その研究員は私が差し出した手に素直に自分の手を添えた。
「えっ?」
ドキン。
びっくりした。だって、私の手を取って立ち上がろうと体を動かした瞬間、彼の髪がふわりと揺れて、露わになった素顔が見えてしまったから。
しかも一瞬だけど見えたその顔は、二重だけど少し切れ長で、整った形の澄んだ瞳。眉の形も良く、彫が深く鼻筋が通っているように見えた。
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