不思議な縁に導かれました

らいち

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第四章

不安に目をつぶって 5

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  そのまま根気よく待っていると、彼はふっと息を吐き顔を上げた。

「実は今日君を実家に連れて行かなかったのは、俺の……、エゴもあったりするんだ」
「え?」

「科学者の一人として真実を知らなきゃいけないなんて格好のいいことを言ったが、本当はそんな事に重きを置いてなんかいない。そんな事よりも俺は、君と万が一血が繋がっていたとしても、君の一番傍にいる存在であるためにはどうしたらいいのかと、そんな事ばかりが気になって……。君の存在を親父に知らせない方がいいかもしれないと思ってしまったんだ」

「理史さん……」
「重いだろ? ごめんな」

「そんなことないですっ! 私も父の事を信じていると言いながら、もしも私たちの血が繋がっていたらどうしたらいいんだろうって考えてました。……答なんて、出せませんでしたけど」

「そうだよな……。鑑定の結果は、一週間後くらいにメールでくるらしい」
「そう……、ですか」

 その日が来てしまえば早く感じるのかもしれないけれど、待っている間はやっぱり落ち着かなくて仕方がない。

「俺には母に言われ続けた記憶が強力過ぎてうまく判断出来ないんだが、親父が言うには母の言っていることはどう考えてもありえない事なんだそうだ」

「それは、どういう……」

「親父も母と同じ大学で、君のお父さん、松尾さんの事も知っていた。当時の母は可愛らしい女性でみんなの注目の的だったらしい」

 そこまで言って、理史さんはお茶を啜った。私はぼんやりとその端正な彼の横顔を見ながら、彼はお母さん似なんだろうかと考えた。
  テーブルの上に、コトリと湯呑を置く。

「それで母は君のお父さんと付き合う事になったんだが……、なんと言うかプライドが高くて我儘な女性でな、結局は長く続かずに別れてしまったらしい」

「そう……、なんですか」

 理史さんは頷いて、微妙な笑みを見せた。そして暫く視線を床に落とした後、言葉を続ける。

「だけど母の方は、かなり執心だったようでさ。振られたことを認めたくなくて君のお父さんにまとわりついて周りにさんざん迷惑を掛けて。その揚げ句、自分のもとに帰って来ないんだと分かった途端ご飯も喉を通らなくなり不眠症になったりして……。傍で見ていても痛々しくてしょうがなかったらしい」

「…………」 

 なんと答えていいのか分からず黙って理史さんを見つめた。そんな私に気が付いて、彼は笑いながら姿勢を正す。

「だからと言って、これは君のお父さんが悪いわけじゃないからな。わかるだろ?」
「……はい」

「その後すぐに親父と母は付き合い、結婚して俺が生まれるわけだが……。俺が生まれるより前に両親は父の地元に戻っているし、母が松尾さんと直接の交流があったとは考えにくいと言っているんだ」

「じゃあ……」
「ああ。父の記憶から言うと、君の勘の方が当たっているという事になる」

 理史さんのその一言で、身体から余計な力が抜けた。結果が出るまで気を抜くことは出来ないけれど、それでも希望が有ると無いとでは大違いだ。

 ただ理史さん本人は、私と異母兄妹だとずっとお母さんに言われ続けていた呪縛からは、そう簡単には逃れられてはいないようだった。わずかに見せる疲れたような表情が、私にそんなことを想像させる。気になって理史さんをじっと見ていたら、彼とパチリと目が合った。

  きっと私の表情から、その不安を察したのだろう。理史さんはちょっぴり苦笑して、それから微笑んだ形で息を吐き、私をしっかり見つめ口を開いた。

「せっかくだからこの一週間は、普段感じられないドキドキ感を味わおうか」

 ……えっ?

 想像もつかなかった事を言われ、目を瞬く。
「なんですか、それ?」
「両想い前のじれじれ感とかいうやつだ」
「え?」

「君のことを好き過ぎる俺だ。そんな俺に、生煮えのような一週間は長い。ある程度自制しないと、いつ箍が外れるか分からないだろう? ハッキリ答えが出るまではやっぱり慎重にするべきだし、それならそれで楽しみを先送りにするというふうに考えを変えればいいのかなと思ってみた」

「理史さん……」

 不安を押し殺してでも、私とのことに前向きになろうとしてくれている。そんな彼の考えが、素直にうれしいと思った。
 それに、一週間が過ぎて兄妹じゃないとはっきりしたら、いっぱい抱きしめてくれて、イチャイチャしてくれるってことなんですよね?
  って、何考えてるの、こんな時に。……顔が熱くなってきた。

「それからな……」
「えっ、あっ、はい」

 ちょっぴり恥ずかしい事を考えていた私は、慌てて顔を上げる。
 理史さんは言い掛けた言葉をすぐに止めて、私の両手を握った。神妙な顔をしている。

「あり得ないとは思うけど、万が一例え智未と俺とが兄妹だったとしても、俺は君を手放す気はない。絶対だ……」

 理史さんはそう言いながら、私の両手を握るその手に力を込める。
 真剣なその表情と握るその手の力強さに、私の胸の奥底から温かな気持ちがふつふつと沸き上がってきた。

「はい」

 倫理的にどうなのかとか、そんな思いが頭を擡げたけれど、私はわざとそれを無視して足で踏み潰した。
 頷く私の気持ちに、もちろん嘘いつわりなどあるはずがなかった。
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