あなただったら、いいなあ

らいち

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いつものじゃないの?

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 殴られ倒れた男が、顎を手でさすりながら桃子の背後を睨む。

「お前こそなんでここにいるんだよ、健司」

 ……健司?

 桃子の頭の中が、真っ白にはじけた。二人が何かを言い争っているのは音として聞こえてくるけれど、彼らが何を言っているのか分からない。頭が回っていないのだ。
 数分怒鳴り合っているのをボーッと聞いている内に、ふつふつと沸き上がってくる欲求を、桃子は抑えられなくなっていた。

 健司がきたんだ。やっとここまで、私のところまで辿り着いたんだ。

「健司……遅いよ」

 もう一人の男の存在をまるっきり無視して、桃子は身体の向きを変え、健司にぺたりと張り付くように抱きつく。すりっと健司の胸元に頬を擦りつけている時、もう一人の興味のないストーカーと目が合った。

 まだいるのこの人。せっかく健司がここまで来てくれたのに。

「帰ってくれる? このまま帰ってくれるんなら、誰にも……警察にもあなたのこと言わないでおいてあげる」

 警察というその一言で、男の表情が強張った。健司に張り付いたまま冷めた目で男を見続ける桃子に怖気づいたのか諦めたのか、男は唇を噛んで悔しそうな顔をした後なにも言わずに走り去って行った。

「健司……」

 色っぽく甘えた声で名前を呼ばれ、ハッと健司は桃子を見つめる。

「いつから……?」
「なあに?」
「いつから俺のこと気づいてた?」

 健司の表情には、どこか戸惑いが見える。後ろめたい気持ちがあるのだろうか?

 桃子はくすりと笑い、「私のジャケットの匂い、嗅いでた時から」と言った。
 健司の顔がみるみると赤くなっていく。

「マジかよ」
「マジなのよ」

 桃子が目を細め、ゆっくりとほほ笑む。そして健司の首元に手を当て、ゆっくりとなぞった。

「電話でもメッセージでもなんでも、どんどんして来ていいし、後なんてつけるより一緒に帰ってよ。電柱の傍で私を見守るより、ここに来て私を束縛して」

「電柱……」
「何?」
「いや、なんでもない。そうだな、いいんだなそれで……」
「もちろんよ。上がって?」

 健司が靴を脱ぎ、玄関を上がった。そこに残ったのは、健司が大学で履いている紺のローテクスニーカーだ。  

「いつものは?」
「いつものって?」
「いつも電柱の傍で私を見守っている時履いていた、白地に三本の赤いラインのスニーカーよ」
「――ああ、あれ。……今日は大学からそのまま来たから、履き替える余裕なんてないだろう?」
「そっか、そうだね。……もっとこっちに来て」

 言われた通り健司は桃子の傍に寄り、強く抱きしめた。気持ちよさそうに、桃子が甘い吐息をつく。

 健司はそっと、カーテンの閉まった窓を見つめた。
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