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◇第1章
【32】エルヴィスとの対話 - 策略と好機
しおりを挟む「でもね、リーシェが僕のことを考えてくれているように僕もまた、君のことを思っているんだよ。まだ日が浅いとはいえ婚約者なんだからね…………ノインのオツキサマになってしまって、さらに僕との婚約を解消するとなると、君がこの先いい嫁ぎ先を見つけることができるのか、僕は心配でならないんだよ…………だから、僕も君に何かしてあげたいのだけれど……」
その青い瞳が人知れずきらりと光を溜め込んだ。
そして決めていた台詞を吐き出すかのように、一定の間の後にこう続けた。
「……ああ、そうだ。リーシェさえよければ、僕の兄上と改めて婚約をするのはどうかな?」
この男……今日の対話はこれが目的だったのか……。
アレクセイ・ネオセインティア。彼の兄にあたる人物で、この国の第一王子である。
なぜ第一王子のアレクセイ殿下ではなく、第二王子のエルヴィス殿下が国を担うことになるのか……それはアレクセイ殿下は体がかなり弱く、長らく床に臥せているからだ。
ゆえにエルヴィス殿下が王太子になることはほぼ決定事項だった。しかし、いくら床に臥せているからとはいえ、第一王子がご存命である以上国内で派閥が生まれてしまう可能性があったため、エルヴィス殿下の後ろ盾として婚約者に「クランシュタイン家」が選ばれたというわけだ。
「リーシェの言う通り、僕は将来的にこの国を治める立場にある。だから国民の不安を煽らないためにもこの婚約は解消した方がよさそうだ…………けれど兄上との婚約であれば、リーシェの事情もあまり関係ないだろうし、君が献身的に兄上を支えてくれれば憑いているノインのイメージも改善されるかもしれない。そうすれば縁談に悩む必要もなくなるし、クランシュタイン家の名誉も保たれるだろう? これ以上ないいい案だと思うんだけど……お前もそう思わないか? ハル」
殿下は後ろに控えている従者に同意を求めた。
それと同時に私は後ろの彼をチラリと見やる。
「はい、そうですね。現状、クランシュタイン嬢にとって最良の選択肢だと思います」
用意していた言葉をそのまま述べるようにさらりと返答した彼の名は、ハル・フォルティアノスだ。現宰相の息子で、ゲームの攻略対象の一人である。
フォルティアノス家はこの国に四つ存在する公爵家のうちの一つで、代々宰相として王家に貢献している一族なのだが、その中でも彼は稀代の天才と言われていて、その有能さは国内でも随一だと言われている。
ちなみにノインが口にする「眼鏡小僧」とは彼のことだ。
そんな彼のルートでは、他ルートに出てこない物語が描かれていた。
原作のどのストーリーにおいても、第一王子のアレクセイは第二王子のエルヴィスが正式に王太子となる直前に亡くなってしまう。
――――しかし、これには裏がある。
それがハルルートでのみ明るみになる事実だ。
ハルルートでもエルヴィスはヒロインに思いを寄せ、二人でヒロインを取り合うような状態が続く。
物語が進むとエルヴィスは皇太子となるため、ハルがヒロインと結ばれることはかなり難しい状況になるのだが、最終的にハルは「王妃とエルヴィスが意図的にアレクセイを殺害した」と国王に進言し、集めた証拠をその場で突き出すのだ。その証拠の数々は覆しようのないもので、国王はエルヴィスと王妃を永久に投獄するように命を出し、ハルとヒロインはめでたく結ばれるのである。
その動機も非常にわかりやすいものだった。
アレクセイは前王妃の子で、それゆえに現在の王妃とアレクセイに血の繋がりはない。
元々体の弱かった前王妃はアレクセイを産んだ後、体調を著しく崩し亡くなった。その後に娶られたのが現王妃である。
第一王子であるアレクセイがいるせいで自分の子供が王太子になれないことに憤りを感じた現王妃は、アレクセイが病を患うように仕向けるのだ。
そしてそのまま病状を悪化させ続け、エルヴィスの立場をより確固としたものにするために彼が王太子として任命されるその直前にアレクセイをこの世から葬るのである。
(原作の描写的に、王妃が画策してアレクセイを殺そうとしていることをエルヴィスは全く知らなかったと思っていたのだけれど……)
教えられたのか気づいたのかは判断のしようがないが、この様子を見るにおそらく彼は実の母がアレクセイを亡き者にしようとしていることを既に知っている。
そして、アレクセイがそのうち死ぬことを確信しているからこそ、今こうして私に「兄の婚約者にならないか」と勧めているに違いない。
(国民に『ノインが憑いたオツキサマの婚約者が側にいたから病状が悪化したのではないか』と思わせられたら都合がいい、ってところかしらね…………)
そうすればすべてはノインのせい、つまりは憑かれている私のせいになり国民の目が私一人に向き、殿下や王妃が疑われるような状況に陥ることはまずなくなる。
嫌いな私と綺麗に婚約解消できる上に、兄の婚約者にすれば将来の負の遺産もすべて請け負ってくれる……まとめるとそんな感じだろう。
……けれど、これは私にとっても好都合かもしれない。
「ねえ、リーシェ。僕からも父上や母上に口添えしておくし……兄上の婚約者になってくれないかな? こういったことは信頼のおける者にしか頼めないし、君にとってもよい縁談だと思うんだ」
目の前の蛇はなおも瞳の奥を怪し気に光らせながら、さも気遣っているような優しい声で誘導してくる。
そんな彼に対し、しおらしく、けれども柔らかな微笑み浮かべて言葉を返す。
「……エルヴィス殿下のお心遣い、深く感謝いたします。殿下の申し出、有り難く受け入れさせていただきたく存じますわ」
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