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◇第1章
【33】小気味よい音
しおりを挟む「あーーーー!! ほんま何なんや!? あのクソムカつく小僧は!?」
エルヴィス殿下との話を終え、帰宅して食事や入浴を済ませた後、狐はもう我慢できないといった様子で突然大声をあげた。
「今までもいけ好かんかったけど、今日のことでもうほっんまに嫌いになったわ! 一応王族やから気ぃ遣っとったけどなぁ? これからはもう小僧じゃのーてクソ小僧って呼んだるわっ!」
ダンダンッと強めに床を踏みつけ地団駄を踏む。
なるほど。ノインはかなり前からエルヴィス殿下のことを嫌っていたけれど、彼が殿下に対し「小僧」としかあだ名をつけなかったのは一応王族だから気を遣ってのことだったのか。
今日の一件でノインが殿下に対してかろうじて抱えていた微量の好感度も地の底にめり込んでしまい、彼の毛ほどのような「気遣い」も用済みになってしまったということか。というか、彼の辞書に『気を遣う』なんて言葉が存在していたとは驚きだ。
(単に私が他の人にいいように扱われていたのが気にくわなかっただけのようにも思えるけれど……)
頭に浮かんだそれを首を振ってどこかへと散らしながら、なだめるようなトーンでノインに話しかける。
「まあまあ、ノイン。怒りたい気持ちもわかるけどもう済んだことなんだし、ちょっと落ち着きなさいよ? それに結果的にエルヴィス殿下との婚約は解消できることになったんだし、当初の目的は無事達成よ」
「せやけど、クソ小僧の兄貴と結局また婚約するんやろ? 第一王子のことはよぉ知らんけど、アイツが主様にそないなことを勧めてくるっちゅうことはどーせ何か裏があるんやろ?」
ノインはピタッと足を鳴らすのをやめ、浮遊しながらベッドに座っている私の方に寄ってきて、そのまま目の前で寝大仏のような体勢を取る。
「ノインは第一王子のアレクセイ殿下がエルヴィス殿下の王太子叙任式の直前に毎回亡くなっていることは覚えてる?」
「ああ」
「簡単にまとめると、アレクセイ殿下が亡くなったっていう負の印象を全部私のせいにしたいのよ、きっと」
「はあ!? なんやそれ!? ほんまごっつ性格悪いやっちゃな、アイツ!」
(性格の悪さはアンタとさほど変わらない気がするけど……)
思わず口から出そうになった言葉をとっさに飲み込んで続ける。
「でもまあ、アレクセイ殿下との婚約を提案してくれてむしろ好都合なのよね」
「ん? 何でや? クソ小僧が言っとった通り嫁ぎ先に困らへんからか?」
「違うわよ! 死亡回避に忙しいのに今このタイミングで嫁ぎ先なんて気にするわけないでしょう?」
私は初めてノインに対し、原作のアレクセイが死んでしまう経緯を説明した。
原作のストーリーを重視していた私は、ハルルートに少し関わってくるだけの彼のことを何も話していなかったからだ。
原作に出てきたアレクセイに関する話をあらかた伝え終えた上で、さらに続ける。
「私がアレクセイ殿下の婚約者になったってことは、殿下に謁見できる機会がもてるってことなのよ」
「ほう? ……するとどうなるんや?」
まだ話が見えないと言ったように眉間にしわを寄せているノイン。
にやりと口角を上げ、立ち上がりながら強く言い放つ。
「原作を知っている私はアレクセイ殿下の病状も、その原因が何かも知っていて、さらに九回分の人生を経てそれらがどうやったら治るかも知っているのよ! つまり、婚約者の立場を利用して謁見できれば、殿下を救うことができるかもしれないってこと!」
「おお! ということは……あのクソ小僧の思惑を見事に蹴散らしてやることができるっちゅうこっちゃな!?」
ノインは爛々と輝く瞳を向けてくる。ようやく機嫌が直ったようで何よりだ。
それにうまく第一王子を救うことができ、かつ恩を売ることができたなら、将来的に何か助力してくれることもあるかもしれない。
……といっても好感をもってくれるとも限らないし、あまり期待はせずにいよう。
「そういうこと! 過去の人生でエルヴィス殿下には色々と手間を取らされたからね……ちょっとやり返してやりましょう! ノイン!」
「おお! 大賛成や! クソ小僧になんや一発見舞えるんなら、積極的に協力したるで! 主様が性悪でほんまよかった!」
「性悪は余計よ、この性悪狐っ」
「お互い様やろ? 性悪主様♪」
にやりと笑ってお互いに手を出しそれをパンッと打ち合わせ、珍しく私たちはハイタッチを決めた。
その音は部屋の中に小気味よく響いた。
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