オツキサマにはご注意を!~転生悪役令嬢はもうヒロインに期待しない~

祈莉ゆき

文字の大きさ
46 / 73
◇第1章

【45】アレクセイとの謁見 - 閉幕

しおりを挟む


「……あっ! あの、殿下。一つよろしいでしょうか?」


 重要なことを聞き忘れていることに気がつき、私は慌てて口にする。


『何かな?』
「治療を継続的に行うということは、婚約はこのまま維持していただけるのでしょうか?」
『うん。その方がここに通う口実になるしね』
「ありがとうございます! あっ、もちろん病状が改善し、さらに殿下を脅かす者がいなくなった際には、適当な理由をつけて私との婚約を破棄していただいて構いませんわ」
『えっ?』
「そうですね……普通にノインを理由にしていただけると殿下にとっても都合がよろしいのではないかと思いますわ」


 そう提案すると、まるでしばらく言葉を失ったかのように殿下の次の文字は浮んでこなくなった。
 疑問に思いつつも返答を待っていると、それから数秒後にふっと光が浮かんだ。


『ちょっと待って……それは『時が来たら君に憑いた神様を理由に婚約破棄することを確約しろ』ってこと?』
「確約と言いますか、その方がお互いにとって最善なのではないかと思ったので、申し上げさせていただきました」
『……もしかしてクランシュタイン嬢は他に好きな人でもいるの?』
「あっ、いえ。そういうわけではありませんわ。ただ殿下が完治され『敵』もいなくなったとなれば、当然殿下はこの国を担っていくことになりますので、今のエルヴィス殿下同様、私の存在は害にしかならないでしょう。なので、『時が来たらいつでも破棄していただいて構いません』ということですわ」


 できるだけ責任を感じさせないようににっこりと笑って明るく言ってみたが、またしばらく返答がなかった。

 今日会ったばかりだが、やはり人の良いお方なのだろう。
 最初に話したときも、ノインを理由に断るのではないとおっしゃっていたし、殿下の状況がよくないからこそ婚約をやめた方がいいと助言してくれていた。将来的に王太子となったときに私の評判が足を引っ張ることを理解されているけれど、だからと言ってノインを理由に断るのは気が引けるのだろう。


(本当に気にしなくていいのになぁ……)


 心の中で弟君とは違う殿下の優しさをしみじみと感じていると、ふわっと文字が浮かぶ。


『……君の考えはわかったよ。でもとりあえず、今はこれからの話を先にしよう。婚約者という立場を利用したとしても、『敵』に怪しまれない頻度だと……週に一度かな?』
「え? 確かに週に一度殿下に謁見できましたら、会わない間にまた黒魔石を盛られていたとしても症状の改善が見込めると思いますが……週に一度というのは怪しまれませんかね? 私は通常の謁見回数である二週間に一度くらいを考えておりました」
『ああ。言い訳を作れば週に一度でも大丈夫かなと思ってね』


 殿下は口の端を少し上げた。


「言い訳、ですか?」
『例えば、そうだな……今回の謁見で君が絵本を読み聞かせてくれて、それが大変心地よく気に入ったから週に一回、クランシュタイン嬢に本を読みにきてもらいたい……なんていうのはどうだろうか? それなら会っている時間が長くても誤魔化せて、頻度も不自然じゃない。僕が進言すればおそらく父上は快諾してくださるだろうし、『敵』が怪しんだとしても僕らが会うこと自体を止めることはできないだろうからその辺りも心配ない。君や僕に下手に手を出して来ればそれこそ決定的な証拠を掴まれてしまうことに繋がりかねないしね。もし探りを入れてくるようなことがあってもそれくらいならテディーや他の腹心が対処できるし……どうかな?』


 その言葉を受け、少し考えてみる。
 確かにそれならいけるかもしれない。
 殿下のいう他の腹心がどれだけ使えるのかはわからないが、テディーを見るに期待してよさそうだ。


 ……問題があるとすれば私の方か。
 彼女らが直接命を狙うような真似はできなくとも、脅かす程度のことはやってきてもおかしくない。

 チラリとノインの方を見ると、視線に気づいた彼はニヤリと笑った。
 そしてご機嫌そうにひらひらとこっちに手を振る。


(ま、この反応なら問題なさそうね……)


「そうですね。いいと思いますわ」
『よかった。今夜、今日の謁見がどうだったか父上が聞きに来る予定だから、そのときに頼んでみるよ。承諾してもらえたら君にその旨を書いた手紙を送ってもらうから、それで次の日にちを確認してくれるかな?』
「わかりました。では次回からは一応絵本も荷物の中に入れておきますわね」
『ああ、そうだね。よろしく頼むよ』
「はい、お任せくださいませ。それでは今日はそろそろ帰り支度をしますね。初めての謁見なのであまり長居するとそれこそ怪しまれそうですし……」


 私は浮かべた蓄光マナ石に手を伸ばす。
 ……が、ベッドの真ん中に押したため少し手が届かなかった。


「お手伝いいたします」


 すると横からテディーがスッと手を伸ばし、蓄光マナ石を取ってくれた。


「ありがとう」
「結構重たいですね……このまま鞄にお入れいたしましょう」


 断る暇もなく彼は蓄光マナ石のスイッチを押した後、私の鞄を広げそれを詰める。


「この重さのものを毎回持ってくるのは大変でしょうし、次までにこちらで蓄光マナ石を用意しておきます」
「あら、ありがとう。助かるわ」
「本当は道具もこちらでご用意できればよいのですが、薬草などは相手側に勘付かれる可能性が高いので……申し訳ないですがよろしくお願いいたします」
「大丈夫よ。私、こう見えても結構力持ちなんだから!」


 ぐっと両拳を握ってみせるとテディーは少し笑った。
 そして私が持ってきたあれやこれやもテキパキと鞄に詰めてくれた。
 それにうまく対応できずにもたついているとサッと空中に文字が浮かび、とりあえずそちらに視線を向ける。


『僕も手伝えたらよかったんだけど……何もできなくてごめんね』
「いえ! お気持ちだけでも十分嬉しいですわ」


 胸の前で手のひらを振りながら薄く笑って返答する。


(……もし動けたとしても第一王子である殿下に片付けとかさせられないけどね)


 喉元まで出かかった言葉をぐっと飲みこむ。


『ああ。そういえばどうして完治を三年後にしたいか、まだ話していなかったね』
「あっ、そうですわね! お話聞かせてくださいませ!」
『あ、でも……』
「クランシュタイン嬢。お荷物の準備できました」


 気づけば私の荷物はすべて片づけられ、持ってきたときよりもすっきりとした見た目の鞄をテディーがこちらに差し出していた。


『君の言う通りあまり長居すると怪しまれるかもしれないから、その話はまた今度にしようか。少し長くなりそうだしね』
「うう……わかりました」


 後ろ髪を引かれながらも、アレクセイ殿下との初めての謁見はこうして幕を閉じたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい

椰子ふみの
恋愛
 ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。  ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!  そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。  ゲームの強制力?  何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...