オツキサマにはご注意を!~転生悪役令嬢はもうヒロインに期待しない~

祈莉ゆき

文字の大きさ
47 / 73
◇第1章

【46】アレクセイとの謁見 - 回想 /《アレクセイ視点》

しおりを挟む

「……随分と気に入られたご様子ですね」


 部屋に戻ってきたテディーはそう口にした。


『おかえり、テディー。気に入ったって……クランシュタイン嬢のこと?』
「はい」
『んー……まあ確かに、あの年齢であの性格だとか、まだ爪を隠していそうなところとかは気に入ったかもね』


 自分ではあまりそう思わなかったが、彼の目にはそう映ったのか。
 久しぶりに「敵」の手のものでない外部の人間に会ったからか、思ったよりやりとりを楽しんでいたのかもしれない。


『……ところで、彼女は無事に帰った?』
「はい。メイドとここから出て行かれた後、先回りし、ご指示通り馬車に乗るところまで確認いたしました」
『馬車のチェックもした?』
「はい。馬車自体に問題はありませんでしたが、馬に少々興奮剤が打たれていたようでしたので即効性のある鎮静剤を打っておきました。状況からの推測ではありますが、軽い事故を起こすことが目的だったと考えられます。殿下が考えられていた通り、初日から軽い事故にでも遭ってくれればノインとそのオツキサマに対する周囲の目がより厳しくなって都合がよいといったところでしょう。現在も追跡魔法で監視しておりますので、何かあればすぐに殿下にお伝えした上で対処いたします」
『そ。ありがとう』


 消えていく文字と共に目を閉じる。


(馬に興奮剤ね…………王妃のやりそうな手だ……)


 今日は色んなことがありすぎた。
 ただでさえ体調が悪いのに、ここまで色々と考えさせられるとは……正直かなり疲れた。

 だけど……半信半疑だった治療法は本物だった。
 今もまだ、体がほんの少しばかり軽くなっていると感じる。具体的な期間は知らないが、治療の効果もしばらくは続くようだ。
 久しぶりに喉から出てきた声は誰のものかと思ってしまうくらい聞き覚えのないものになっていて……本当に驚いた。


(……それにしても……聞いていた印象とだいぶ違う子だったな)


 リーシェ・クランシュタイン。弟の婚約者だった公爵令嬢。
 二年前……僕が十歳、彼らが五歳のときに父上の意向でその婚約は決まった。

 当時、既に床に臥せていた僕はさほど関心がなかった。
 治療法も見つからず、体調は悪化していくばかりで……現王妃が何かを仕掛けてきてこうなったことは確信していたが、ひどく体調を崩してしまったその頃にはもう、迎え撃つ術がなかった。

 しかし、それも僕の甘さだ。こういうことは王族ならばどこの国でもあるようなことだし、身を守れなかったことは僕の責任だと思っていた。あの頃が一番無気力だったと思う。


 そんな状況の僕の元にまで届いてくる弟の婚約者の評判は、耳心地の良いものではなかった。
 わがままで自己中心的、現在この国唯一の公爵令嬢という立ち場に過剰なほどのプライドを持っているらしく自分より下の者は見下し、傷つけても構わないとさえ思っているという。加えて弟に惚れてはいるものの、当の本人からはまったく相手にされていないどころか嫌われているが、自己愛ゆえなのかそれを自覚できていない愚かな令嬢……。

 僕がいなくなって弟が無事に後継者になれたとしても、彼女は弟に愛されないのだろうと思った。そして婚約者を愛さず他の女性と色恋をするだろう弟が容易に想像できた。
 そんなくだらない未来のために今もこうして僕を亡き者にしようと奮闘している王妃が、とても滑稽に思えて笑えた。
 このまま彼らが不幸な道を辿るなら、僕がこうなっている現状も悪くはないかもしれないとさえ思えた。


 だが、最近になって状況が一変した。
 弟が彼女との婚約を解消し、代わりに僕に押しつけてきたのだ。


 元々、僕を毛嫌いしている王妃の息子である弟とは仲が良くなかったが、彼女が新しく僕の婚約者になると知らされたときは彼らの不幸を喜んでいた反動か、心底怒りが湧いた。
 僕をこんな状態にしておきながら、厄災をもたらす神が憑いたからと婚約者を押し付けてくるなんて……大方、僕を亡き者にした後、災いだと触れ回り、彼女にすべての罪を着せたいといったところだろう。


 そう思うと弟への怒りと同時に、彼女に対しては哀れみの気持ちが湧いた。
 僕が他の人のように「ノインが憑いた」ことに対して特に嫌悪感がなかったためか、好意を持たれず、そういった理由で捨てられ、さらに政治の道具として利用されている彼女に同情した。

 弟の思い通りにさせてなるものかという気持ちと彼女を少しばかりでも救えたらという偽善から、僕は早々に婚約解消を申し出ることにした。
 噂通りの幼い女の子であれば、優しく諭すように話し、君のことを思って告げていると言えば簡単にわかってもらえるだろうと思った。さらに次の婚約者も保証した上で婚約を解消すると言えば、いくら王族とはいえ、将来性のない病弱な僕にしがみつきはしないだろうと確信していた。

 ところが実際に来た彼女は、聞いていた話とも想像していたものともかなり違っていた。
 入ってきたときの立ち振る舞いもそうだが、年相応の話し方から一転、僕に手を組まないかと持ちかけてくるなんて……一体どうやったら予想できるだろうか?

 僕と対等に駆け引きをする姿はまるで……。


(…………僕よりいくつも年上の女性と話をしているのではないかとさえ思えた……)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい

椰子ふみの
恋愛
 ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。  ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!  そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。  ゲームの強制力?  何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

処理中です...