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◇第1章
【46】アレクセイとの謁見 - 回想 /《アレクセイ視点》
しおりを挟む「……随分と気に入られたご様子ですね」
部屋に戻ってきたテディーはそう口にした。
『おかえり、テディー。気に入ったって……クランシュタイン嬢のこと?』
「はい」
『んー……まあ確かに、あの年齢であの性格だとか、まだ爪を隠していそうなところとかは気に入ったかもね』
自分ではあまりそう思わなかったが、彼の目にはそう映ったのか。
久しぶりに「敵」の手のものでない外部の人間に会ったからか、思ったよりやりとりを楽しんでいたのかもしれない。
『……ところで、彼女は無事に帰った?』
「はい。メイドとここから出て行かれた後、先回りし、ご指示通り馬車に乗るところまで確認いたしました」
『馬車のチェックもした?』
「はい。馬車自体に問題はありませんでしたが、馬に少々興奮剤が打たれていたようでしたので即効性のある鎮静剤を打っておきました。状況からの推測ではありますが、軽い事故を起こすことが目的だったと考えられます。殿下が考えられていた通り、初日から軽い事故にでも遭ってくれればノインとそのオツキサマに対する周囲の目がより厳しくなって都合がよいといったところでしょう。現在も追跡魔法で監視しておりますので、何かあればすぐに殿下にお伝えした上で対処いたします」
『そ。ありがとう』
消えていく文字と共に目を閉じる。
(馬に興奮剤ね…………王妃のやりそうな手だ……)
今日は色んなことがありすぎた。
ただでさえ体調が悪いのに、ここまで色々と考えさせられるとは……正直かなり疲れた。
だけど……半信半疑だった治療法は本物だった。
今もまだ、体がほんの少しばかり軽くなっていると感じる。具体的な期間は知らないが、治療の効果もしばらくは続くようだ。
久しぶりに喉から出てきた声は誰のものかと思ってしまうくらい聞き覚えのないものになっていて……本当に驚いた。
(……それにしても……聞いていた印象とだいぶ違う子だったな)
リーシェ・クランシュタイン。弟の婚約者だった公爵令嬢。
二年前……僕が十歳、彼らが五歳のときに父上の意向でその婚約は決まった。
当時、既に床に臥せていた僕はさほど関心がなかった。
治療法も見つからず、体調は悪化していくばかりで……現王妃が何かを仕掛けてきてこうなったことは確信していたが、ひどく体調を崩してしまったその頃にはもう、迎え撃つ術がなかった。
しかし、それも僕の甘さだ。こういうことは王族ならばどこの国でもあるようなことだし、身を守れなかったことは僕の責任だと思っていた。あの頃が一番無気力だったと思う。
そんな状況の僕の元にまで届いてくる弟の婚約者の評判は、耳心地の良いものではなかった。
わがままで自己中心的、現在この国唯一の公爵令嬢という立ち場に過剰なほどのプライドを持っているらしく自分より下の者は見下し、傷つけても構わないとさえ思っているという。加えて弟に惚れてはいるものの、当の本人からはまったく相手にされていないどころか嫌われているが、自己愛ゆえなのかそれを自覚できていない愚かな令嬢……。
僕がいなくなって弟が無事に後継者になれたとしても、彼女は弟に愛されないのだろうと思った。そして婚約者を愛さず他の女性と色恋をするだろう弟が容易に想像できた。
そんなくだらない未来のために今もこうして僕を亡き者にしようと奮闘している王妃が、とても滑稽に思えて笑えた。
このまま彼らが不幸な道を辿るなら、僕がこうなっている現状も悪くはないかもしれないとさえ思えた。
だが、最近になって状況が一変した。
弟が彼女との婚約を解消し、代わりに僕に押しつけてきたのだ。
元々、僕を毛嫌いしている王妃の息子である弟とは仲が良くなかったが、彼女が新しく僕の婚約者になると知らされたときは彼らの不幸を喜んでいた反動か、心底怒りが湧いた。
僕をこんな状態にしておきながら、厄災をもたらす神が憑いたからと婚約者を押し付けてくるなんて……大方、僕を亡き者にした後、災いだと触れ回り、彼女にすべての罪を着せたいといったところだろう。
そう思うと弟への怒りと同時に、彼女に対しては哀れみの気持ちが湧いた。
僕が他の人のように「ノインが憑いた」ことに対して特に嫌悪感がなかったためか、好意を持たれず、そういった理由で捨てられ、さらに政治の道具として利用されている彼女に同情した。
弟の思い通りにさせてなるものかという気持ちと彼女を少しばかりでも救えたらという偽善から、僕は早々に婚約解消を申し出ることにした。
噂通りの幼い女の子であれば、優しく諭すように話し、君のことを思って告げていると言えば簡単にわかってもらえるだろうと思った。さらに次の婚約者も保証した上で婚約を解消すると言えば、いくら王族とはいえ、将来性のない病弱な僕にしがみつきはしないだろうと確信していた。
ところが実際に来た彼女は、聞いていた話とも想像していたものともかなり違っていた。
入ってきたときの立ち振る舞いもそうだが、年相応の話し方から一転、僕に手を組まないかと持ちかけてくるなんて……一体どうやったら予想できるだろうか?
僕と対等に駆け引きをする姿はまるで……。
(…………僕よりいくつも年上の女性と話をしているのではないかとさえ思えた……)
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