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第二章
第五話
しおりを挟む金色に輝く様々な装飾が施された場所。
見るからに成金趣味な部屋で、俺は真っ赤なソファーに腰掛けていた。
目の前には、スタイルのいい裸の女を椅子にして座る中年男性が葉巻を吹かしている。
「どうかこれで、シルク・クリスタルを譲っていただけないでしょうか」
俺はテーブルの上に硬貨を置く。その額、50万マニー。全財産の半分だ。
「あの雌が気に入ったのか?」
その問いにはシンプルに「はい、とても」と答えた。
見ての通り俺は今、シルクの買主の館に来て所有権の交渉をしている。
あのまま奪い取り逃避行に興じるのも悪くはなかったが、今はいかんせん情報が少ない。
とりあえず、トラブルを避ける為、金があるうちは正攻法で行くことにしたのだ。
因みに、宿屋の婆さんに聞いたが50万マニーというのは余所者が女を買う時の相場らしく、王国の者であれば5万マニーも掛からないらしい。安すぎる。
「あのガキが、こんな高値で売れるとは思ってもみなかったな」
男は俺の顔、服装を見ると「ふん」と鼻で笑い続けた。
「あんな貧相な身体で満足できるとは、大層低い身分のようだ。どれ、情けで他の女もつけてやろうか?」
細く見下した目付きは、心をざわめかせる。でも、今は我慢だ。
拳を握り締め深呼吸をした後、俺は男に返した。
「いえ、結構です。それで、50万マニーで譲って頂けるのですか?」
「むしろゴミを50万で引き取ってもらえるだなんて、此方としては有難い」
カチンッと頭に血が昇り、拳が前に飛び出そうとした。けれど、なんとか抑え込む。
男はそんな俺の怒りなど露知らずといった様子で、ある物をテーブルの上に置いた。
「これで、今日からシルク・クリスタルは君の物だ。存分に活用したまえ」
それは、銀色の首輪だった。
奇怪な文字が刻まれ、中央には赤い宝石が埋め込まれている。
婆さんが言っていた「所有権を証明するリング」とはこれのことか。
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
「何処がいいのやら」
俺は早々に首輪を持ち、悪趣味な部屋を後にした。もう、これ以上コイツの言葉を聞いていたら殺しかねなかったから。
館の外へ出ると、シルクが地べたに座り込み待っていた。俺の姿を見るや、心配そうに駆け寄ってくる。
「イットー様、い、如何でしたか?」
「あぁ、交渉は上手くいったよ。ほら」
懐から首輪を取り出し見せると、安堵の溜息を吐く。
「はぁ……よかったです。これで、私は正式にイットー様の物になりました」
「よろしく頼む。シルク」
「はい、よろしくお願いします!」
そう言うと、シルクは猫のように身体を擦り寄わせてくる。全く、可愛いじゃないか。
何が「ゴミ」だ。何が「貧相な身体」だ。俺の奴隷を馬鹿にしやがって。
思い出しただけでも腹が立ってくる。
「……イットー様、お気に触るような事しましたでしょうか……?」
「ぁ、違う違う、シルクのせいじゃないよ。ごめんね」
「は、はい……とても怖い顔をされてましたので、驚きました」
いかんいかん。奴隷に気遣われるようじゃ、主人としてまだまだだな。気を付けないと。
「ところでイットー様、これから如何いたしますか? 宿に戻ります?」
「いや、この世界の事についてもっと詳しく知りたいから……シルク、街を案内してくれ」
「承知しました。お任せ下さい」
「まずは服屋かな。そのスケスケワンピースを何とかしないとね」
乳首もマンコも透けて見える服じゃ、流石に横に連れて歩くのが恥ずかしい。
「……へ? わ、私は奴隷ですよ? むしろ、服を着せて頂けていること自体が有難いのに……」
「分かってる分かってる。けど、俺が嫌だからするの、いい?」
「しょ、承知しました……」
まだ見た事ないが若い女は全裸か、シルクが今来ているワンピースが基本の服装になるらしい。
でも、それじゃあ彼女の地肌を俺以外の男に晒す事になってしまう。
シルクは俺の奴隷である以上、俺だけの物でいなければならない。だから、服を着せたかった。
「で、ではイットー様、まずは私にその首輪を付けていただきますか?」
「首輪?」
「はい、それがあると私はイットー様から逃げる事ができなくなりますので」
「別に付けなくてもシルクは逃げないでしょ?」
「信頼して頂いているのはとても有難いのですが、女が外を出歩く時は買主を明白にして置くのがアヴダールでの『常識』ですので」
「首輪無しで出歩かせると、変な目で見られるってことか」
「良くも悪くも、注目の的になるかと……」
「しゃーなしか。シルク、首を出せ」
「はい! イットー様」
首輪は俺が念じると半分に割れ、挟み込むようにして首に取り付ける。
すると、シルクはうっとりとした表情で首輪を優しくなで呟いた。
「あぁ……これで、本当に、イットー様のものに……♡」
「いい忠誠心だ。苦しくはないか?」
「大丈夫です♡ ぁ、後、この首輪には他にも様々な機能がありまして……」
「へぇ、まぁ今は使うこと無さそうだし、また後で教えてくれ。まずは服だ、行くぞシルク」
そうして、俺達は王国の中心に向かい歩き始めた。
街へ近付いていくほど、徐々に人通りも多くなっていく。
すれ違うのは男、男、男。半裸の女の子が隣にいると言うのに、誰も視線を向けはしない。
やはり、彼らにとってはこれが日常なのだろう。
シルクだってそうだ。何ら恥じらう事もなく、恥部を見せている。
主人としては、もう少し恥じらいを持って欲しいものだ。
と、思ったが、街に到着した時、その考えは遥か彼方へと飛んでいった。
「到着しました。ここが、王国で一番栄えている地区、クラルドールです!」
大量に並んだ商店。お使いに来ているのか、何人かの女達の姿も見えた。
けれど、皆当然スケスケワンピース、もしくは全裸で歩いている。
そんな光景の中で、一際歪な物が俺の目を釘付けにした。
「シルク……ぁ、あれはなんだ?」
指差す方向に視線を向けるシルク。
そこには、男と女がいた。誰よりも差別的な格好で。
「あれは、愛玩女《ペット》ですよ。イットー様」
「愛玩女《ペット》……か」
確かに、その言葉が一番しっくりとくる。
中年の太ったハゲに、首輪から伸びた手綱を握られている紫色の髪をした女性。
犬のように四足で歩行し、「はッ、はッ」と息を吐いていた。
尻穴には尻尾に見立てた棒が突き刺されており、巨大な果実にぶら下がる乳首にはリング状のピアスが取り付けられている。
しかも、左右のピアスには紐が括られており、手綱と繋がっている。
少し観察を続けていると、時折買主が手綱を引っ張ると連携して乳首も引っ張られ、愛玩女は「んあ゛!♡」と悶えた。
「完全に人として扱ってないな……」
「当たり前じゃないですか、私達は女、男の為に生きているのですから」
しれッと言って除けるシルクに、少し引いてしまう。
前にも聞いたセリフだったが、この光景はあまりに常軌を逸している。
「どうなったら、あんな状況になるんだよ」
「教育の段階で、魔法の適性がなかったものが愛玩女になりますね。金も稼げない、沢山の男も愉しませることができない。だったら、男の方に嬲ってもらうのが一番の幸せですから」
やっぱり、この世界は歪だ。それで満足している男共も。
女をペットにするなら、それ相応の対価を天秤に掛けさせ、プライドを切り売りさせなきゃ意味ないだろ。
最初っから「嬲られる」事を望んでいる女を飼ったところで、興奮もクソもない。
「イットー様も欲しくなりましたか? 愛玩女」
「適した人材がいれば、な。というか、お前は嫉妬しないのか?」
「嫉妬……ですか?」
「俺が他の奴隷を手にするってことは、シルクに構っている時間が少なくなるってことなんだぞ」
「む、むむむ……なるほど」
彼女は首を傾げ、少し考えた。
そもそも主人に対し奴隷が嫉妬するなどという感性すら、普通は持ち合わせていないのだろう。
だけど、シルクは普通とはちょっと違う。俺色に染めたのだから。
「少しだけ、嫉妬しちゃうかも、です。不出来な女で申し訳ございません」
「いや、それでこそ俺の奴隷だよ。シルクを買ってよかった」
「ぁ、ありがとうございます! 身に余る言葉です!」
パァーッと明るい表情を見せるシルクであったが、直ぐに陰りを混じえた。
「で……も、イットー様は他の奴隷も購入された方がよいかと思います」
「え? どういう意味だ?」
「だって──」
「これはこれは、大変小型な雌をお持ちで」
彼女の言葉を遮るように放たれた男の声。その方向へ視線を向けると、さっき見ていたデブハゲオヤジが女を連れながら俺たちの方へと歩み寄ってきていた。
「なんだ、お前?」
「いやいや、あまりにも見窄らしい雌を連れているものだから、一体どんな趣向の持ち主かと興味が湧いてね」
こいつ、喧嘩を売ってきてんのか。
「見窄らしいだ?」
「貧相な身体だ、胸もなければ尻もない」
「だからどうした?」
「そんな雌を連れて、よく街を歩けるね」
人を見下した目付き。同じだ、シルクの買主と同じ眼だ。
俺は怒りを込めてオヤジをギッと睨めつけた。すると、シルクは慌てて俺に耳打ちをしてくる。
「イットー様、アヴダールで男の人達は連れている女の美しさで上下を争うのですよ!」
なるほど、理解した。つまり、シルクは自分のような女じゃ俺が下に見られるから別の奴隷も買った方が良い、と言ったんだな。
ここの社会でも、男のマウント取り合い合戦は存在するのか。面倒だよ、本当。
「僕の愛玩女を見てご覧。無能だが、身体だけは一流さ。それに、鳴き声もいい。ほら」
そう言うと、オヤジは手綱をグイッと引っ張った。
「おぉ゛ん゛ッ!♡ ぉ、おお゛ッ!♡ わ、ワオ゛ぉぉん゛!♡」
舌を垂らし、本物の犬のように吠える女性。そこに人間らしさは残ってはいない。
「羨ましいだろう? 君もやってみるかい?」
「……いや、遠慮しておく。そこまで悪趣味じゃないんでね」
「ほほぅ? なら、君の雌は見掛けによらず、具合がいいのかな? 少し味見させてもらおう……おい、雌ッ!!」
「──は、はいッ!」
オヤジの怒声に、シルクは背筋をピンと伸ばし反応した。本能的に。
「胸を出せ、触りやすいようにな」
「わ、わかりました……」
命令通り、胸を前に突き出しジッと固まる。そして、オヤジの腕はねっとりとシルクの乳首へと伸びていった。が──
「ぅッ、あ、がッ!」
俺はスケベオヤジの手首を掴み、ギュッと捻り上げた。許すわけないだろう、そんな事。
「な、何をする!? 貴様ァ!」
「それはこっちの台詞だ。てめぇ、俺の奴隷に何勝手に命令してんだ」
シルクの買主といい、このオヤジといい。
どいつもこいつもどいつもこいつも、本当に腹が立つ。もう、我慢なんてしてられねぇ。
「ッ、たかが雌の乳だぞ!」
「俺の、女の、乳だ。気安く触ろうとしてんじゃねぇよ」
「はッ、貧乏人がッ、そんな雌しか買えないのか……ぁ゛、痛でででッ!」
「数じゃねぇよ。それに、シルクッ!!!」
「──ッ、は、はい!」
「お前も俺以外の男の命令に、簡単に従ってんじゃねぇ。お前は、俺の物だろ」
「も、申し訳ございませんでした!」
俺が怒るとシルクは直ぐに土下座し、謝罪した。そのお陰で、少しだけ冷静さを取り戻す。
「……わかればよし。お前も、シルクから離れろ」
「ぐッ……女を名前で呼ぶとは、なんて惨めな男だ。貴様のような男に喋りかけたのが馬鹿だったよ。おぃ、行くぞ雌犬ッ!」
「いぎッ!♡ ぁ、アンアンッ!♡」
手首を離した途端、デブハゲスケベオヤジと愛玩女は俺たちの前から姿を消した。
これが本当の負け犬の遠吠えってやつだ……ん?
「あの女……今、俺の方を見た、か?」
「何卒お許しを……お許しを……」
「おわ! シルク、まだ頭を下げてたのか。もういいって、ほら立って」
「ひぐッ……ひぐッ……イットー様に、怒られた……」
「だーもう、泣くな。分かったならそれでいいから」
「ほ、本当ですか……?」
「あぁ、でも帰ったらお仕置きだからな。覚悟しとけよ」
「お、お仕置き……♡ しょ、承知しました! このシルク、甘んじてイットー様のお仕置きを受けます!♡」
さっきまで泣いていたのに、ちょっとエッチな事を期待させると晴れやかな笑顔になりやがって。現金な奴だ、俺の奴隷は。
「さて、邪魔者もいなくなったことだし、さっさと服買ってしまうぞ」
「帰ったらお仕置き……♡ 帰ったらお仕置き……♡」
「聞いてねぇな……ほーら、置いてくぞ」
「あ、待ってください! イットー様ぁ!」
邪魔者はあったものの、俺たちは気を取り直して服屋へと向かった。
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