上 下
2 / 27

しおりを挟む
「ねぇ竜馬、あんた一日中なに考えてたの?」
「ん……?」

 学校が終わり、下校道を歩いていると幼馴染の尾道 靡《なびき》が質問を投げかけてきた。二本先を歩く彼女は手入れの施された黒いロングポニーテールを、自身の体を中心にクルっと回し俺の方を向く。
 ほのかにシャンプーの香りが俺の鼻を撫でた。

「何だと思う?」
「……ポニーテールの事」
「分かってるじゃねーか。わざわざ聞かなくてもよ」

 靡とは古くからの仲だ。小中高と同じ学校の同じクラスという腐れ縁、俺がポニーテール教だという事も百文承知である。

「あんな憂いのある表情で外を眺められたら、もっと別の事だって思うじゃん。普通」
「俺にとっては普通の悩みなんだが……というか、別の事ってなんだ?」
「えっと……恋の悩みと、か?」

 再び身を反転させ、先を行く靡。
 少し歩速が早くなり、それに合わせてスピードを上げた。

「恋煩いか、してないことも無いけどな」
「————ッ! ほんと!?」
「あぁ、俺は生涯ポニーテールに恋してる……」
「ッ、はぁ~……」

 呆れたようにため息を吐かれる。その表情は容易に想像できた。

「長い付き合いだけどさ……そろそろ人間に目を向けてもいいんじゃない?」
「な、ポニーテールは人間あってこそだろ!?」
「いやさ、そうじゃなくて……その、人の体とかに興味無いの?」

 難しい質問だ。「髪の毛は人の体の一部だろ!」と突っ込みを返したくなったが、これは靡の求める回答では無いように思える。
 しかし、人体で最も魅力的な箇所と言えば髪の毛……となると。

「全体のバランスか……?」
「え?」
「例えば、だ。靡」
「ぅぇ!? ちょ、ちょっと!?」

 彼女の肩を掴み、こちらに振り向かせてから上から下までじっくりと観察をする。
 ゴールデンポイントで纏められているポニーテールは流石の手腕としかいいようの無い。

「ぁぁの……ちょっと、恥ずいんだけど……」

 ビシっと真っ直ぐに伸びた背筋、身体の中心に沿ったようにして垂れるテール。この背中にある日本の線が並行しているのは芸術的で感動すらも覚える。

「靡、お前……少し成長したか?」
「……どこ、が?」
「胸だよ、胸」
「————ッ……! う、うん……それなりに……」

 幼い頃は奈良平野のように凸の無かった彼女の胸部は高校生という事もあり……いや、普通よりも大きく成長している。にも関わらず、括れはキュッと締まっている為だらしのない印象は受けない。
 どうして俺は今の今まで気が付かなかったんだ……この宝物に。

「凄いな……」
「でで、でしょ? お、男の子だもんね……普通はそこに興味を持っても——」
「理想的なポニテ補助素材だ」
「……補助素材」
「あぁ! 凄い、凄いぞ靡!! 背中で描く垂直な線とは反対に、正面では綺麗な凹凸が生み出されている。まるで天国と地獄を表しているようじゃないか!!」
「……私の胸は……地獄……」
「それだけじゃない! 大きなケツは腰まで伸びた靡のポニテを受け止める皿のみたいだ……分かったぞ、全部わかった。そうか、そうだったんだ……こんなにも簡単なことだったんだ」

 今わかった。ポニーテールとは宇宙、そして世界だという事を。まさか靡に教えられるとは思いもしなかった……ありがとう、なび————

「竜馬の……ポニテバカぁぁぁぁ!!!!!」
「ふがふぁッ!?」

 頬に刺さる上段回し蹴り、視界に映り込んだ黒のパンツは彼女のポニテによく似合う。その視線を潰すかのように遠心力で振り回された靡の髪が俺の目を痛烈に叩いた。
 頭部に流れる電流と、機能を失った視覚器官。大ダメージだ。

「ぐぉぉぉ……靡、なんで……だ」
「もう! 知らないから!」

 苦しむ俺を他所にツカツカと不機嫌そうな音を鳴らし、彼女は先に帰ってしまった。
 ……まぁ、隣同士だしまた会う事にはなると思うが、問題は夕食だ。
 俺は一人暮らしをしている。両親は仕事の都合上なかなか家には帰ってこない為、付き合いのある尾道家から頂いているのだが、あの様子だと今日は届けてもらえそうにも無い。

 自分で作れよ、という簡単な話だと思うだろ? 俺の料理を見たらそんな台詞吐けなくなるぜ?
 というかどうして怒ったんだ? 何も悪い事言ってないし、むしろ褒めていたんだが……。
 
「ッ……食べて帰るか……」

 ボヤいていても仕方がないので、頬の痛みに耐えながら通学路から外れ商店街へと歩を進めて行った。全く……なんだってんだよ。
しおりを挟む

処理中です...