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24.

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 ゼロ距離で繰り出される攻撃を避けつつ、必死に呼びかける。

「靡、聞け!」
「……殲滅……根絶……」

 チッ、ポニーテールを無くすことで頭がいっぱいで、俺の言葉が届いちゃいないか。
 だったら、一か八かになるが……この技を試すしかない。
 残り魔力五パー、大した効果は期待できないけど……とにかく全力でぶつかってやる。
 俺の気持ちも、お前の気持ちも、全部全部解放してみせる。
 そして、一緒に帰ろう。平和になったポニーテール溢れる町へ。

「燃えろッ! 俺の心、これが正真正銘最後の武器……愛の力だぁぁあ!!」
「————ッ、くぅ」

 俺は残った魔力を全て炎に変え、全身から放出させた。
 加熱され続けた炎は俺の体を中心に、まるでビッグバンのような爆発を起こし激しい衝撃と、光を放つ。
 これにより靡は一瞬目の背け、距離を取ろうと後方に下がった。
 ……今だ。
 視界を奪い、狼狽えている隙に彼女の腕を掴み引き寄せる。
 目の前に迫る靡の表情は、よく見るとどこか悲しげだった。すまない、こうさせたのは俺だ。
 気が付いてやれなくて、ごめん。
 自分の気持ちに正直になれず、ごめん。
 だから聞いてくれ。謝罪の変わりと言っちゃあなんだが。俺の心の叫びを。
 
 煌めく星空の真ん中で、スゥーと息を吸い全力で叫んだ。

「靡! 好きだ、愛してるんだ! お前のポニーテールを好きだと何度も言ってきたと思う! だけど俺が本当に好きだったのは、靡だったんだ! ようやく気が付いた、幼い頃から一緒にいる親友に、友情以上のものを感じてたって。もちろんポニーテールも大好きだが、それ以上に、いやそれの五千兆倍お前の事を愛している! 一生を幸せにしてみせる! だから……お・れ・とッ! 結婚してくれッッ!!!」

 宇宙を揺らす絶叫。
 言った、言い切ったぞ。恥ずかしいセリフを全部言ってやった。
 靡は俺の愛言葉を聞くと、回避行動をやめ静止する。
 そして……頬には流れ星のような一粒の涙が堕ちたのだ。
 また悲しませてしまったのか、と思っていると……靡はそれを拭い、いつもの笑顔でこう答えた。

「……はい、喜んで」
「————ッ! よっしゃぁ!」

 俺は彼女の手を握ったまま、無意識にガッツポーズを取っていた。
 満たされた感情が、この虚空に溢れかえり、光り輝く太陽も、月も、地球も、祝福してくれているかのようだ。
 ————だが、そんな幸せな時間もつかの間、次なる試練が襲いかかってくる。

「ッ、くはぁ————」

 人間が生きていく上で必ず必要なもの『酸素』が急に無くなった。
 つまり、ガス欠だ。
 宇宙は真空……つまり、魔力が無くなってしまうと、俺も靡も爆発四散してしまうのだ。
 本当に何も考えず全力で炎を出しちゃったから、イラが作ってくれたバリアを維持する事ができない。
 そうだ。背中を押してれたイラになら、何かいい考えを持っているかも。
 ……っと思ったが、頭に響いたのは悲痛な叫び声だった。

(ぬぉぉぉ! 手騎、死ぬ! これは、死ぬぞ!)
(バッカ! お前、俺がこうするって大体わかってただろうがぁ!)

 最早声を発する事ができない。

(分かっておった! じゃが、若い男女の青春をぉ! 後押しせずにはいられなかったのじゃぁ!)
(なぁ!?)
(これでも妾は乙女じゃからのぉ! 死か恋か、その選択を迫られれば恋を選ぶほど麗しいのじゃよ!)
(だけど本当に死んだら意味ねぇだろぉ! ……あ、マズイ……ぁ限界……)
(わわ、わ、妾も……げん……か……)

 根性でバリアを維持するのも、もう無理だ。
 息はできないし、周りは真っ暗。
 あぁ、くっそ……意識がぁ、遠のいていく。

「全く、世話の焼けるコンビだなぁ……君達は」
「うぉ、ッ————っすッぅぅぅぅぅぅ」

 織姫の声が聞こえると、線が切れる前に酸素が戻ってきた。
 空っぽになった肺を満たす為、一気に空気を吸い込む。
 あぶねぇ……マジで間一髪だったぜ。

「本当に馬鹿なんだな。竜馬っちは」
「ふぅ……やけに馴れ馴れしくなったな」

 織姫は何故か俺の事を平成初期の女子高生風に呼ぶ。
 鮮明になった意識で視線を向けると、既に靡とは分離していた。
 ポニーテール殲滅という目的が無くなり、二人を繋ぐものが失われたのだろう。
 自分の体をよくいてみると炎のバリアは解かれており、代わりに白い羽衣が肩付近を浮遊していた。

「これは?」
「二人とも魔力の限界だったみたいだから、死ぬ前に私が保護してあげたの」
「敵なのに……か?」
「昨日の敵は今日の友、ってね」
「なるほど。いい言葉だ」

 彼女は俺たちの事を助けてくれたらしい。
 顔を見ると、以前より眉間の皺がとれ美人に見えた。

「どうやらアマノガワを壊そうって計画は諦めたんだな」
「なんの、我が野望……まだまだこれからよぉ」
「その割にはいい表情してんじゃねーか」
「ふふ、どうやら若い子らの惚気に当てられてしまたみたいだからね。あと千年は延期してやろうと思う」
「そーかいそーかい、ま、千年後にまた相手してやるよ」
「楽しみだね。……イラグリス、出てきてよ」
 
 その声に応え、俺達も合体を解除した。
 イラは少し険しい表情で織姫を睨みつけている。

「そんな怖い顔しないでくれよ。ベガルスの皆は解放した、これで元どおり。勿論、アルタルスの者達にも魔力貯蔵器官は返したよ」
「そうか、それならば妾から特に言う事は無い。腐っても、自分の世界を創造主であるからな」
「腐ってるとかいうなよ、長い付き合いじゃないか」
「こんな幼子のような思考を持った神を信仰したことはない」

 イラは鼻で笑うと、寄り添う織姫を突き放した。
 だが、少し笑っているところを見逃す俺では無い。
 彼女も戦いが終わりホットしているみたいだ。
 元の世界の二人がどう言う関係だっかたは知らないが、この雰囲気を見るに尻尾聖戦が起こる前は仲がよかったみたいだな。よしよし。

「竜馬……」
「ん……靡、さん!」

 不意に名前を呼ばれて肩が跳ねた。
 実は告白してからというもの、真っ直ぐに視線を向けることができていない。
 それは彼女も同じみたいで、俯きモジモジを体をくねらせていた。

「な……なんで、敬語なの」
「それはキュ、急に話しかけてくるから……」
「……ねぇ、さっき言ったのって戦いを終わらせる為じゃ……ないよね?」
「うん、俺が思った事をそのまま……真っ直ぐに伝えただけだ
「じゃぁ……」
「ゴクリッ」

 ゆっくりと顔を上げ、見つめてくる靡の頬は林檎のように紅潮していた。
 思わず生唾を飲み込み細く長い彼女の手を取ろうとする。
 その時、パァンと乾いた破裂音が鳴った。織姫が俺達の間に入り、両手を合わせたのだ。

「はいはい、惚気はもうお腹いっぱいだって。続きは地上に戻ってからにして」
「の……惚気って!」
「どう見ても惚気でしょ。私達の分までお幸せにね、神からの祝福を有り難く受け取りなさい」
「元はと言えば、あんたが原因なんだが」
「もーそれはおしまいって事で。イラグリス、貴女も一緒にアルタルスに帰るの?」
「うむ、ちゃんと別れの言葉を言いたいのでな」

 ……そうだった、戦いが終わって幸せな事ばかりではなかった。

「じゃー三人をアルタルスの多尾町まで戻すわ。……ところでイラグリス、もしかして竜馬っちって彦星の……」
「皆まで言うな、察しておる。じゃが、関係なかろうて。竜馬は竜馬、靡は靡じゃ」
「そうね。ふふ、縁というものは神も知らぬところで繋がるものだと学ばせてもらったよ。では三人共、準備はよいか?」

 織姫は羽衣を大きな一枚布にし纏めて俺達を包み込んだ。
 「またあおう」と呟くと、一周その場でくるりと回転し袖に仕込んだ扇子をパンっと広げたんだ。それを合図に布はボール状になり、視界を塞ぐ。
 真っ白な世界に染まったかと思えば、気がつくと既に俺の家の目の前へと到着していた。
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