巫女とシスター2人の天使

よすぃ

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一人目の天使(エンジェル)

05 あなたのことが好きだから

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 五話 あなたのことが好きだから


 オレたちは川下へと周囲に気をつけながら進んでいく。
 浮遊霊たちも手分けして川の中やその近くを隙間なく調べていった。

 しかしやがてこれ以上は進めないというところまで行き着いてしまう。
 フェンスで塞がれていてそこには【これより先、立ち入り禁止】の看板。


「これ以上は進めないみたいだね。」

「ー…そんな。」


 愛ちゃんは悲しそうに俯く。


「あの子ね、ママに気持ち伝えられなくて苦しんでる…。」

「うん。」

「私はもう無理だけど、あの子は手紙さえ見つかれば気持ち伝えられるんだよ。それなのに見つけてあげれなかった…。あの子の力になってあげれなかった…。」


 愛ちゃんの体が少し震えている。
 そうか…愛ちゃんとあの霊は、立ち位置が違うだけで似たような境遇ー…。
 理由を聞いて自分と重ね合わせちゃったんだな。

 でもこれ以上オレたちにできることなんて…。

 オレは何気なく看板に目を向けた。


「………!!」


 ー…できること、あるかもしれない。


◆◇◆◇


 日が沈みすっかり暗くなった橋にオレたちは再び足を運んだ。
 するとオレたちに気づいた影がゆっくりと這い上がってくる。


「そのー…これだよな?」


 オレは泥やいろんなもので汚れたピンクのランドセルから、文字の滲んだー…《おかあさんへ》と書かれた手紙を取り出す。


『ー…!』


 影の体がびくんと動く。


『ソ、レ……、ド…コデ……!』


 影がゆっくりとオレに手を伸ばす。


「実はな、君に言ってもわからないかもしれないんだけど市役所の人が預かってくれていたんだ。」


 そうー…あの時オレが何気なく見た看板。
 そこには端っこに小さく市役所の電話番号が書かれており、連絡して確認しに行ったところビンゴだったわけだ。

 なんでも大雨の時にかわが詰まり、市役所の人たちが後日清掃していた際に見つけたようだ。

 ランドセルの中を覗くと他の教科書やノートは水でふやけたり泥がついたりとグチャグチャ。
 書いてる名前なんか確認のしようがない。
 そこで落とし主が現れるのを待っていたとのことだった。

 しかしそれにしても影の母親へ向けた手紙だけがビニールファイルの真ん中に入れられていたからだとしても、ギリギリ無事だったのは本当に奇跡に近かった。

 
 流石に影とそのままバイバイというわけにもいかない。
 オレたちは影の案内のもと、町外れにある一軒家を訪れた。

 中から明かりが見えていたのでインターホンを鳴らす。


「ー…はい。」


 インターホン越しから聞こえてきたのは覇気のない女性の声。


「あ、あの…娘さんのことなんですけれども…っ!」


 知らない人と話すのってコミュ力無いオレからしたら拷問だぞ。


「ー…え。」


 玄関の鍵が開けられゆっくりとドアが開かれる。


「あの…ウチの子のことっていうのは一体…。」


 説明するよりも見せたほうが早い。
 オレは汚れたピンクのランドセルを母親であろう女性に見せた。


「ー……!!」


 女性は大きく目を開き、震えた手でそのランドセルを持ち上げる。
 そして…。


「ー…ウチの、子のです。」
 

 オレたちは家に上げてもらい、変に怪しまれてもあれなので事の顛末を全て女性に話した。
 その時に影…子供がここにいることを伝えようとしたところ、その子はどこかに行ったのかいなくなっていた。


「そうですか…それであの子はこの手紙を…。」


 女性は最愛の子が書いた手紙を微笑みながら…時に頷きながら読んでいく。

 全て読み終わると女性はオレたちに頭を下げた。


「ありがとうございました。私は…あの子の分まで生きないといけないようです。」


 そう言うと女性はオレたちに手紙の最後に書かれていた一行を見せてくれた。
 そこにはまだバランスのとりきれていない…あどけない文字で、こう書かれていた。


『おかあさん、だいすきだよ。ずうっと、げんきでいてね。』


 手紙に目を通した後オレはお礼を言いながら女性に視線を戻す。
 するとそこにはー…。


「ー………!!」


 女性の隣には可愛らしい女の子。
 ちょこんと座ってニコニコしながらこちらを見ている。

 オレは咄嗟に愛ちゃんの手を握ってそれを見せる。


「ー…あ、。」


 愛ちゃんはそれを見て微笑みながら涙を流した。


「あの、どうされました?」


 いきなり泣き出した愛ちゃんを心配してか、女性がオレを見る。


「そのー…ちょっと失礼しますね。」


 オレは女性の後ろに移動して手を添える。


「え?いきなり何をー……あっ。」


 女性と女の子の視線が合う。
 それと同時に女性の目からは大粒の涙。


「ー…サキちゃん?」


 女性はその子に声を震わせながら優しく尋ねる。


『そうだよ、おかあさん。』


 その子…サキちゃんはニコリと微笑んで母親に抱きついた。


「本当にー…サキちゃんなのね。」

『よかった。おかあさん、やっと笑ってくれた。』


 サキちゃんは母親の涙を拭うそぶりを見せる。


「そうね、そういえばあなたを失ってからずっと…自分を責めてばかりだったものね。」


 母親は、決して触れることはできないがサキちゃんの頭に沿って優しく撫でた。

 そうか。
 サキちゃんは母親の笑顔を取り戻すことに執着してずっと成仏せずに…悪霊になる一歩手前まで頑張っていたのか。

 その強い執念が今一気に解き放たれて、純粋なままのサキちゃんに戻ったってことなのかな。


『じゃあおかあさん。サキ、もういくね。』


 空から光のシャワーがサキちゃんに向かって降り注ぐ。


「…もういくの?」

『うん。おばあちゃんがサキをお迎えに来てくれた。』


「そう…なら迷わずに天国へ行けるわね。向こうでも元気で…、お母さんも頑張るから。」

『うん。サキ、いつでもおかあさんの側にいるからね。』


 サキちゃんの体が光のシャワーに吸い込まれるように天へと昇っていく。


「サ、サキ…。」


『おかあさん、だいすきだよ。』


 サキちゃんはそう言って微笑むと、オレたちに小さくありがとうと呟いて天国へと旅立っていった。



 結構遅い時間になってしまった。
 女性の家を出て自宅に帰ると、もう良い子は眠る時間。


「愛ちゃん、ご飯作っておくから先にお風呂入っておいで。」


 オレは冷蔵庫を開きながら愛ちゃんに声をかける。

 ……あれ、返事がない。


「ねぇ愛ちゃ……。」


ポスンっ。


「……?」


 振り返ると愛ちゃんが後ろからオレに抱きついている。


「どうしたの愛ちゃん。」


 なんだか少し暗いような。


「…あのね、サキちゃんとサキちゃんのママの話聞いてて思ったんだけどね…。」

「うん。」


 あー、あれかな。
 母親に会いたくなっちゃったやつかな。
 そりゃああんなシーン見せられたら会いたくなるよな。


「どうしたー?」


 オレは愛ちゃんの方を向いて目線の位置までしゃがみ込み、優しく手を握った。


「あのね、…。」

「うん。」


 さて、どうやってなぐさめるか。
 オレがそんなことを考えていると…。


「お兄ちゃんは、いなくならないでね。」


 半泣きでオレの顔を見て訴える愛ちゃん。
 その尊い言葉が矢となってオレの心を撃ち抜いた。

 オレは優しく愛ちゃんを抱きしめ、こう思った。


 ー…もう今日は出前でいいや。


 オレは出前が来る間の時間、愛ちゃんとのスキンシップタイムを存分に楽しんだ。



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