【1話完結】ショートショート集

雪葉

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大魔女の愛娘 〜婚約破棄をされ裏切られた私ですが、家族が最強なので簡単に復讐できました〜

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「忌々しき我が婚約者……アビゲイルよ! 俺の愛するレイラを傷付け貶めた罪により、貴様との婚約を破棄する!!」

 フロア内に鳴り響く高らかな声に、その場に居た者達は目を見開いた。

 今夜は魔法学院の卒業パーティーだった。
 本来であれば、誰もが笑顔で祝福する厳かな機会だ。
 しかしきらびやかなその空間に似合わない雰囲気が一気に流れ出し、ザワザワと周りはざわめき始める。

「…………え、」

 呆然とした表情で、ぽつりとそんな言葉を放ったのはとある少女だった。
 名前はアビゲイル。親しい人物達からはアビーと呼ばれている。

 しかしその外見は野暮ったいと言う他ない。深い闇のような長い髪をしており、そして重たい硝子の眼鏡をかけている。
 どこか存在感も薄い、いや、最早無いと言ってもいいレベルの少女。

 アビゲイルは重たい眼鏡の奥で目を見開き、慌てた様子で婚約破棄を告げた相手……、この国の第一王子、カイルの名を呼んだ。

「え……?! ど、どうしてですか、カイル様……?! 何で私と婚約破棄なんて」
「喧しい!! 今更しおらしくしようが遅いぞ。貴様の所業は全て突き止めている!!」
「しょ、所業……?! 何ですか、それ……」

 あまりの展開に頭がついていかないアビゲイルの様子に、カイルはハッ! と笑いを零す。

「呆れた女だ。この期に及んでシラを切るつもりとは。おいベルナルド! あれをこちらに」
「はっ、殿下」
「な、なに……? 紙……?」

 ベルナルドと呼ばれたカイルの側近は手元にあった書類達を彼に手渡した。
 カイルがそれらの内容を声高らかに叫ぶ。

 曰く、仲間と結託し、レイラ・バートンを孤立させた。
 曰く、レイラの制服を汚し、酷く破くまでをした。
 曰く、レイラを階段から突き落とした。

 …………そのどれもが、アビゲイルの記憶には一切無かったものだった。
 そもそもアビゲイルはレイラ・バートンという生徒すらろくに知らないのだ。上記のような嫌がらせなどして何になろうか。

「何より、レイラが涙ながらに俺達に真実を話してくれたのだ。これこそ確固たる証拠である」
「え……、ば、バートンさん……?」

 おそるおそる話しかけても、レイラはその大きな瞳にキラキラとした涙を浮かべるだけである。
 しかし、……心なしか、彼女は微笑んでいないだろうか?

 必死に状況を整理しようとする頭の中、アビゲイルの口は「一切関与していないし知りません」と必死に言った。
 だが彼らにその嘆願を聞く耳は無いようで、まるで親の仇でも見るかのような顔つきでアビゲイルを睨む。

「どうせお前は嫉妬でもしたのだろう。お前のような地味で暗い女からしてみれば、レイラは大輪の花のように華やかな娘だからな!」
「っえ……」
「そもそも、お前との婚約をほとほと嫌気が差していたのだ。美しい俺に見合わぬ容姿。昔はもっと活発としていた筈であったのに……、今では俺の後ろを黙ってついてくるだけだ。つまらないにも程がある!」

 その言葉を聞いたアビゲイルは、…………深く、深く。絶望した。

『お前のような地味で暗い女』

 ──あなたが、目立たぬように装えと命じたから。

『俺の後ろを黙ってついてくるだけで、つまらないにも程がある』

 ──あなたが、令嬢としての嗜みを身に着けろと言ったから。
 私が元気にしていると、落ち着きがないようで駄目だと言ったから。

 だから、私は、こうしたのに────。

「そして極めつけには、俺を取られた嫉妬のあまり、レイラへの陰湿な嫌がらせを……。
 お前はなんて醜い女なんだ、アビゲイル!!」

 ああ。
 私のしてきたことは、全部、無意味だったのか。

 王子様のお嫁さんになれると思って、ずっとずっと夢を見てきた年数。
 あの時、真っ赤な顔で私に花をくれて、求婚の言葉を言ってくれた貴方。
 全部全部、私は覚えてる。

 それなのに、あなたは忘れてしまったのね。全て。

「…………」

 顔を俯かせる。ぽたぽたと、静かに涙が零れていく。
 悲しくて、情けなくて、恥ずかしくて虚しくて、この気持ちをどう言ったら良いのか、アビゲイルには分からなかった。

(人間って)

 なんて、なんて────。






「────あーあ」


 その場に居る者全員が目を見開く。

 トン、と靴音を鳴らし、アビゲイルの隣にまさしく降り立ったのは、マントを着た顔の見えない女だった。
 静かな筈のその声は、人々が集まるホール内にも不思議とよく響き。

「だから言っただろ。人間の嫁になんかなるのはやめておけって」

 あれは、誰だ。

 誰もが思った、そんな疑問に答えるように。
 アビゲイルは涙で濡れた顔を上げ、弱々しく女を呼んだ。


「…………ママ…………?」


 一同が更に驚愕の表情を浮かべる中、女はアビゲイルの頬を優しく撫で、まるで小さな子供を宥めるような声色で話し始めた。

「よしよし。怖かったなぁ」
「…………ど、して、ここに……?」
「何でって、娘が困ってる時に駆けつけない親が居るかよ」
「…………っ!!」

 ママ。お母様。ママだ。
 大好きな大好きな、私の家族。
 その家族がここに居て、私を守りに来てくれた。

 その事実に、遂に耐えられなくなったアビゲイルの涙腺が決壊し、その勢いのまま女に縋りついた。

「ママ、ま、ママぁ~~……っ!! ッわ、わだし、なんにもしてない……!! あんな酷いことなんて、何も……!!」
「あーあー。……ったく、相変わらずお前はガキだなぁ。
 人間社会に居たら少しはその純粋さも減るかと思ったけど」
「う、うっ」
「────だから、あんなクソみたいな奴らにまんまと付け込まれるんだよ」

 その言葉に対し、いち早く正気を取り戻したカイルから「何だと?!」と鋭い声が飛ぶ。
 カイルの腕の中に居たレイラも、そのキラキラした涙を散らしながら必死に何かを訴えかけてきていた。

「く、くそだなんて……っ、私のことはいいです、でも殿下達を悪く言うのはやめてください!!」
「レイラ……!」
「悪いのはアビゲイル様です! 私は確かに彼女に嫌がらせをされました……! 証拠も見ずに判断するのはいかがなものかと!」
「ああ、君はなんて正義感の強い人なんだ! 素晴らしい……!」

 一見すると天使のようなその発言に、カイルやベルナルドは感動した表情を見せる。
 まるで作られた劇の一幕のよう。

 だが女から出てきた言葉は。

「は? お前誰」
「へっ……?」
「てか、うるせえからちょっと黙っとけ」

 人差し指と親指で何かを摘み、引き結ぶ動作を見せる女。

「?! む、ムーッ?!?!」
「ど、どうした?!」

 その瞬間、次いで何かを言おうとしていたレイラの口は真っ直ぐに結ばれ、声を発することや唇を動かすことすら叶わなくなっていた。
 手で必死に結びを取ろうとしてもどうしようもない状態である。

 どうすることも出来ないカイルは振り返って「よくも!!」と叫ぶ。

「大体貴様は誰だ! 突然、どこからともなく現れおって……、不気味な奴め!! そのローブを外し、顔を見せてみるがいい!!」
「あーハイハイ。分かった分かった」
「っき、貴様ァ……!! 俺に対してよくもそんな態度、……を……」

 カイルの言葉は消え入り、その場に居た全員が息を呑んだ。


 ────あまりにも、美しかったからだ。
 マントが霧のように消えると同時に顕になったその、姿が。

 燃えるような紅い髪と、同じ色をした瞳。
 漆黒のドレスを身に纏う、人形のように整った顔立ち。
 そして何より、彼女から醸し出されるその、雰囲気。

 神秘的で、蠱惑的で────まさに魔性と呼ぶべき女。

 誰もが見惚れずにはいられなくて、シン……と室内は静まり返る。
 それを見ても、女はつまらなさそうに顔を顰めるけだだった。こういった人間の反応には慣れているのだろう。

「呆けてるとこ悪いけど。うちの娘にしたことは償ってもらわないとな」
「…………ッつ、つ、償い……?! 何を……!」
「まさかとは思いますけど、王子様? 娘と婚約した際に交わした契約のことをお忘れではないですよね?」
「けっ、契約?」

 女が片手に出現させたのは1枚の紙だった。
 キラキラと光るそれは、明らかに魔法による代物だということが窺える。

「お前は確かにあの日、この私と契約した。それを違えることは誰であろうと許されない。──それが、魔女との契約だ」

 その言葉に、カイルはハッ! と何かに思い至った表情を浮かべた。そして女を指差し、震える声で叫ぶ。

「……お、おっ、お前は……! 魔女アウレーリア!!」

 周囲から今日一番のざわめきが起きた。
 それも当然である。

 アウレーリア。
 魔法に通じていなくとも、その名は全世界に轟いている。いつから存在しているのかすら不明な程古くからを生きる、稀代の大魔女。

「今更思い出したのかよ。散々アビーをコケにしておいて」
「……あ、アビゲイルは魔女の娘ではない!! そんなものは嘘っぱちだろう?!」
「いや何でそうなる」
「アウレーリアの美しさは誰もが知っているものだ! しかし、その女を見ろ!! そんな見窄らしい姿が、アウレーリアの血筋なわけが……!」
「あら?……アビーお前、何でそんな魔法を自分で自分にかけてんだ?」
「え……?」

 アウレーリアが小首を傾げる。
 そして、「ほれ」と指で円を描くと、アビゲイルの身体がキラキラとした光に包まれた。

 光が霧散していく中、出てきた彼女の姿形は──まさに絶世の美少女と呼ぶべきもの。
 隣に居るレイラすら霞むほどの美しさに、もうカイルや周囲の開いた口は塞がらなかった。

 びっくりした様子のアビーに対し、アウレーリアは軽い説教のような感じで話しかける。

「無意識に自分で魔法かけてたろ。存在感まで薄くなってたぞ」
「えっ、わ、私そんなことしてたの?」
「してたしてた。何やってんだよもう」
「……だ、だって……、カイル様は地味にしてろって、俺の後ろで大人しくしてろって言ったから……」
「……ああそう。結局、全部アイツの自業自得ってわけね」

 アウレーリアが深いため息をついたその時。

「────ッ?!?!」

 どこからともなく2匹の、人間より遥かに大きな姿をした狼が現れた。
 明らかに人外のそれ。驚愕と恐怖により、人々は呼吸すら忘れた。

『アビー』
『大丈夫か』

 そんなものも気にせず、アビゲイルの濡れた頬を大きな舌でぺろりと舐める狼。

「ぱ、パパ……おにいちゃん」

 小さく弱々しい声で自分達を呼んだアビゲイルを、2匹は痛ましそうな目で見つめた。

『母様、俺ら先帰るから』
「おー。頼んだ」
「お、おいッ! ま……っ!!」

 2匹のうち白銀色をした狼が彼女を自らの背に乗せ、人間達が止める間もなく遥か遠くへと飛び去っていく。
 その速さは人間が到底追えるものではない。風のように消えていった彼らを、配置されていた兵らもただただ困惑した表情で見ている他なかった。

 そんなこと、知ってか知らずか。
 カツン、と靴音を鳴らし、アウレーリアが残った狼を従え、1歩前に出てくる。

「さーて。……『契約を違えた場合、魔女の手によりこの国には大きな災害が降りかかる』。
 手始めに、何の呪いをかけてやろうか」

 心底楽しげに微笑む彼女。
 それすらゾッとするほど美しい。

「ま……待て!! 仮に奴が貴様の娘だとしても、俺の愛する者に嫌がらせをしたことは事実だ!! 契約を違えたというならば、そちらの方なのではないか?!」
「うちの娘は何もしてない。断言する」
「何故そんなことがわかる!! まさか、娘をずっと監視していたわけでもあるまい?!」
「まぁ見てたのは見てたけど。
 そうだ、じゃあこういうのはどうだ?」

 そう言って、アウレーリアは魔法をかけられたまま喋れないでいるレイラに向かって人差し指を横に動かした。
 その瞬間、それまで息をすることを止められていたかのように、突然咳き込みだすレイラ。
 そして────。

「ゲホッ、げほ!」
「! レイラ!! 大丈夫か、魔法が解け──」
「────もう何なのよ!! バカ王子とその周りの奴らを騙して王妃にのし上がろうとしてるところなのに、変な邪魔が入って!!」
「…………、え?」

 見たこともないような鬼の形相を浮かべ、叫んだ。

 そんな彼女にカイルは呆気にとられる。
 レイラも今しがた自分が放った言葉が信じられないようで、さぁっと青ざめた顔をして自らの口を塞いだ。

「え?! え……?! な、なに?! どうしてあたしの気持ちが……ッ!!」
「れ、レイラ……? バカ王子、とは……」
「アンタのことに決まってるでしょこのクソチョロアホ王族! こーんな捏造した証拠に騙されるなんてバカみたい! まぁ転がしやすかったからいいけどね!!」
「……な……」
「ははははは!」

 静まり返るその場に、鈴を転がしたようなころころとした笑いが響いた。
 カイルはバッ!! と憎々しげな表情でその笑い声の主、アウレーリアを振り返る。

「貴様!! レイラに何をした?!」
「大したことはしてねえよ。ただ、ちょーっと素直になるをかけただけ」
「素直に……?! っお、俺のレイラがあのようなことを言うはずがなかろう!! 出鱈目だ!!」
「別にそう思うならそれでいいけどぉ。ま、その内周りでもお祭り騒ぎになるだろうから、精々楽しめよ~。あはははっ!」

 憤るカイルを他所に、アウレーリアは楽しげに大笑いをかますだけである。
 そして「あ」と思い出したように声を上げ、とあるものを懐から出しその辺りに投げた。

「これ、お前のとか王宮魔術師に見せれば全部分かるだろうから。ちゃんと渡しといてね?」

 渡されたものは手に収まるサイズをした鏡。
 それが何なのかを説明することもなく、アウレーリアは娘同様、傍に控えていた狼の背に乗って、盛大な笑い声と共に飛び去っていった。



 それと時を同じくして。
 パーティーの中で、街の中で、────国中で、あらゆる混乱が巻き起こる。

「うわああっ! 何だこれは?!」
「うるさいわねアンタ! そういう所が大っ嫌いなのよ!!」
「喧しい!! 儂の前でうるさく喚くな!!」

 ざわざわと人々が騒ぎ出し、次々と聞くに耐えない言葉に変わっていくそれらを聞きながら、カイルはただ呆然と立ち竦み、渡された手鏡を握り締めることしかできなかった。

「いったい、何が、起こっているのだ…………?」


 ────かくして。
 この晩を堺に、とある王国ではあらゆる戦争が絶えなくなった。
 人々は普段誰もが心に秘めているはずの本音を口に出してしまう謎の現象に見舞われ、それにより王国内の人間関係は崩壊。誰もが嘆き、怒り、争い合うようになってしまった。
 勿論、この騒ぎを起こした張本人達であるカイルらも例外ではなく……、いや、むしろ誰よりも醜い様を表すようになり果ててしまったのだった。
 なにせ、魔女から渡されたあの鏡は「時の鏡」というれっきとした古代魔術の道具であり、それに全ての真実が映っていたのだから。

 真実を映す鏡、真実しか言えなくなる口。
 魔女が数滴垂らした術の雫により、王国中が破滅の一途を辿ることになったのだった。



 そんな有様を、魔女は水晶から投影された映像として眺め、まるで一本の映画でも見ているかのような目でけらけらと笑って鑑賞している。

「あーああ、やっぱ人間って醜いな。
 その分楽しませてもらえるからいいけど」
「この国滅ぶかな」
「このままだとそうなるんじゃね? 誰かが直談判でもしてこない限りは」
「……お母様、相変わらずやることがエグいよねー」
「あれー? こないだはママって呼んでなかったっけ?」
「こっ、この前はショックで堪らなかったから!! つい昔の呼び方が出ちゃったの!!」
「ぐええ、ぐるじい……」
「コラコラ、お兄ちゃん絞め殺すなよ。お前父親に似て怪力なんだから」


 ──それはそうと。
 婚約破棄されて完全に裏切られましたが、家族が助けてくれたので、私、アビゲイルはとっくの昔に元気です!
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