【1話完結】ショートショート集

雪葉

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どう足掻いてもツンデレになってしまう悪役令嬢?と、それを生温かい目で見守っている周囲の人達。そして溺愛する婚約者。

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「おーほっほっほ! こんな所で転ぶなんて、ドジっ子さんにも程がありませんこと~?!」

 学校の廊下でそんな声が高らかに響き渡る。
 それを聞いた周囲の人達は、「何だ、またアレクサンドラ様か」と息をついた。

 くるくるに巻き上げた赤の縦ロール。
 キッ! と釣り上がった強気そうな瞳。
 かっちりとしたドレスでも隠しきれない、その豊満な身体。

 アレクサンドラ・シェフィールド。
 王家に連なるお家柄の元に生まれた、高貴なる公爵令嬢である。

 アレクサンドラはその見事な縦ロールをたなびかせながら、今一度おーほっほっほ! と笑い声を上げた。

「全く……、この王立学園の生徒なのだから、もう少し慎みを持っていただかないとね」
「す、すみません! アレクサンドラ様……っ」
「もう、困ったお方」

 一見すると完全に、貴族の令嬢が嫌味を言い、いたいけな女子生徒を虐めている場面である。
 だが────。

 次の瞬間、アレクサンドラは、ドレスのポケットからスッ……とハンカチを差し出した。

「膝を擦りむいてしまっているわ。これをお使いなさい」
「え?! で、でも、アレクサンドラ様のハンカチを使うなんてそんなっ」
「お構い無く! 私、刺繍は得意なの。ハンカチなんて腐るほど有り余っておいででしてよ!
 だから遠慮なく使っていただいて構いませんわ。そのまま返さずともよろしいです」
「あ、アレクサンドラ様……っ!」

 転んだ女子生徒はその優しさに感動の涙を流す。

 が。
 一見するとやはり、令嬢に虐められ涙を流しているシーンにしか見えないのであった。

「さぁ立って。淑女は下を向かないものよ?」

 手を差し出し、女子生徒をゆっくりと立たせるアレクサンドラ。

「それでは、ごきげんよう」
「あ、ありがとうございました、アレクサンドラ様……!」

 感動に打ち震える女子生徒。
 そんな彼女にふん、と息を一つ漏らして、アレクサンドラは優雅に去っていった。



 *



「────また、やってしまいましたわ…………!!」

 というのが先程の話。
 誰も居ない裏庭のベンチに座って、アレクサンドラは1人頭を抱えていた。

「ああ~~ッ! どうして私はあのような言い方しか出来ませんの! このおたんこなす! おバカ!!」

 ゴンゴンと自分の頭を叩く。

 何を隠そう、このアレクサンドラ・シェフィールド公爵令嬢は、どう足掻いても話し方がツンデレ風になってしまう……、そんなただの心優しい少女であった。

「シャーロットはあんなにもいい子で優しい女の子なのに! 私と来たら、またあんな冷たい言い方を……!
 もうもう、どうして治らないのかしら、このお口はっ!」

 ちなみに、先程転んでいたのは最近編入してきた平民の少女、シャーロットだ。
 平民出身ということで貴族令嬢達のターゲットになりやすく、また本人もとんでもないドジっ子という要素を持った何とも困った子である。

 アレクサンドラは誇り高きシェフィールド家の令嬢として、そして何より、貴族ばかりの学校に1人入学してきた頑張り屋なシャーロットのことを気にかけていた。気にかけて、いるのだが。

 どうしても言い方が冷たくなってしまうのである。
 いや、正確に言えば「一見冷たそうだけど言ってることはとても優しい」言葉なのだが、アレクサンドラ本人はこれを「冷たい物言い」と思ってしまうらしい。

「あそこは「大丈夫? 立てるかしら? あっ、良かったらこのハンカチをお使いになって」……って言う所でしたのに~!! 何故あんな変換をしてしまうのか……!!」

 これはシャーロット相手に限ったことではない。誰にだってそうだし、昔からこうだった。
 おかげで大好きな婚約者、シリル殿下にも冷たい態度を取ってしまっている。……と、思っている。

「うう、こんなんじゃだめですわ……。もっと修行を積まないと!!」

 尚、この流れは毎度のことだ。
 つまり毎度やらかしている。こっちこそ別の意味で困った女の子なのではなかろうか。

「今度こそは優しく……、優しく言うのよ私……!」

 暗示をかけるが如く呟きまくるが、これらが成功した試しは、今の所無い。


「アレクサンドラ様~?」
「お一人で何をされていますの?」
「ミリー様、クリスティーナ様……」

 そこで、優しく話しかけてくれた級友達が居た。
 二人は特にアレクサンドラと仲の良い女子達で、アレクサンドラは大抵この二人と行動を共にしている。

「もうお昼ですわよ? アレクサンドラ様がいらっしゃいませんでしたので、探しに来たのですけれど……」
「どうかなさいました?」
「いいいえ!! 何もありませんわ、ええ、そう何も!! お昼を食べましょう!!」

 慌てて取り繕う。こんな場所で一人反省会をしていただなんてバレたら恥ずかしすぎる。

 まぁ、ミリーとクリスティーナ両者共「また何か自省でもしていたのでしょうね……」と何となく察してはいるのだが。それを今のアレクサンドラが知ることは無かった。


 そうして三人で昼食に入ったのだが、クリスティーナから「最近恋愛小説にハマっているのですよ!」という話題が出てきた。
 ピクリと反応するアレクサンドラ。

「恋愛小説ですか? 私はあまり読みませんが……。アレクサンドラ様はどうです?」

 ミリーからの問いに、冷や汗を人知れずかきながら「……わっ、私もあまり嗜んでおりませんわね!!」と返した。

 嘘である。
 生粋の恋愛小説好きである。

 元々本を読むのが好きなのもあり、アレクサンドラは昔から恋愛物を読んでは愛しのシリル殿下とのことを考えていたりした。夢見る女の子らしい趣味といえばそうなのだが、アレクサンドラ自身はこれを「誇り高きシェフィールド家の令嬢としては相応しくない」ものだとしている様子だ。
 だからクリスティーナの話に思いっきり乗っかりたかったが、必死に耐えて我慢をした。

「まぁ! それは勿体無いですわよ、皆様!
 いいでしょう、それなら……、私のオススメの作品を布教いたします!」

 ふんふんと鼻息荒く言ってきたクリスティーナの勢いに若干二名とも引きつつも、折角お話してくれるのだから……と、彼女の話す物語を聞いてみた。

 最近巷で流行り始めたのは、平民と王族による身分違いの恋のお話だそう。
 身分差が織り成す、山あり谷ありの物語。平民の娘と王子はあらゆる困難を乗り越え、最終的に結ばれるのだ。
 そこに大層夢を感じる女性達が多く存在するらしく、その書物は有名なものだった。
 生憎とアレクサンドラはその本を未だ手にしてはいなかったので、先程から気になって仕方がない。
 友達が大絶賛するその物語、是非とも読みたい。読んでみたい。

「ですが、こういったお話に触発されて……、他国では最近「婚約破棄」なるものが流行っているそうで。こればかりはいただけませんわねぇ」

 困ったように言うクリスティーナの言葉を、その時は何とはなしに「ふぅん……」とだけ考えていて。
 これに後々、自分がどれだけ混乱させられるのか、その時のアレクサンドラには知る由もなかった。

「いかがですか? お二人とも。これを機に、こちらの作品を読んでみては?」
「うーん……、そうですわねぇ……」

 ミリ―はちょっと悩んでいるみたいだ。まぁ、普段本はあまり読まないと言っていたし。
 それならば。

「……ふ、ふん! 恋愛小説だなんて、私の興味のあるものではありませんが……、こ、後学の為ですもの。
 よ……読んでみましょうかしら」

 ああ、自然と口に出せただろうか。本当は興味津々なことにバレてはいけないというのに。
 念を押すように再度言う。

「決して、興味があるとかではなく、学びのためです! その、ですから……」
「うんうん、そうですわね~。では、そちらはアレクサンドラ様にお貸しいたしますわ!」

 ニコニコと笑顔でそう返してくれたクリスティーナに向かって、ついつい体面を取り繕うことも忘れ、ぱぁっと顔を明るくして微笑んだ。

「クリスティーナ様……ありがとうございます!」

 そんなアレクサンドラに対し、ミリーとクリスティーナはただただニコニコと微笑むだけであった。

(アレクサンドラ様は相変わらずお可愛らしいですわ~!)
(ええ本当。殿下がうらやましいくらい)

 ひそひそと二人でそんな話をしていたのは内緒にして。



 *



「まぁ、うふふ。これは……面白いお話ね」

 そしてちゃっかり自室で一人楽しむアレクサンドラである。

 ドキドキはらはらする展開はアレクサンドラの目や頭を楽しませ、ページを捲る手が止まらなかった。
 学園にて出会うヒロインとヒーロー、徐々に縮まっていく仲、そしてそれらを邪魔する…………。

「…………悪役令嬢…………」

 ピタ、と、そこで静止。
 何だろう、なんだか、この悪役令嬢の台詞が。

 自分と、重なるような…………。

『庶民のくせに、殿下に近付くとは何事ですか! 身の程を弁えなさい!』
『あーら、こんな所で転ぶだなんて。随分とそそっかしいのですね? それともわざとかしら?』


「って、完っ全に被ってますわーーーーっ!!」

 思わず頭を抱えた。

 被っている。
 それはもう、完璧に。普段の自分の言動と、そっくりそのまま!!

 まさに、物語の中のヒロインがシャーロット。王子様がシリル殿下。
 そして……悪役令嬢が、「私」だ。

「なんてこと……。わ、私、このままじゃ……」

 昼間に内容を教えてくれた、級友の言葉が頭に浮かぶ。

『────悪の限りを尽くした令嬢はその後、婚約破棄をされ、国から追放されてしまうのがセオリーなのですわ!』

「いやーーーーっ!!」

 遂に叫び始めたアレクサンドラ。婚約破棄され、更には国まで追われてしまう自分を一気にイメージしてしまったが故である。
 いや、級友は別に特にアレクサンドラのことを「悪役令嬢みたいだな」なんて思ったことはないので、何の他意もなく単純に作品を勧めただけなのだが。

 ついでに言えば、大して内容も被っていない。アレクサンドラの発言はどれもこれも優しさを隠しきれていないものなので、他人が読んでも「あっ、アレクサンドラ様の言ってることとそっくり!」とも思わない内容なのだが、今のアレクサンドラは残念ながら一人なのでそのまま暴走するしかなかった。

「しかも、他の国ではこういった物語に影響され、婚約破棄が流行っているとのこと……! い、嫌ですわ! 私、シリルさまにフラれるだなんて!!」

 シャーロットとシリルは普段も仲がよさそうに話している。学園内では身分の差を気にせず仲良くしなさいと言われているし、それに対して特段咎めたりしたことはない。
 ただ「仲がよろしいですわねー」と呑気に眺めていただけである。

 だが、考えが甘かったのだろうか。
 もしかすると、私の知らない所で既に二人の仲は大いに縮んでしまっているのではないか!

(そんな……)

 およよ、と涙を流した。悲しい、切ない、これが嫉妬という気持ちなのだろうか……。

 しかし、問題はそこだけではない。
 自分が国を追われてしまえば、自分を愛してくれている家族をこれほど無く失望させ悲しませてしまうことになる。何があろうと、それは絶対に避けねばならない事態だ。

「こうしてはいられません。他の書物も読み漁り、悪役令嬢とは何たるかを学んだ上で、これらの悲劇を回避しなければ……!」

 アレクサンドラはグッと拳を力強く握り、決意を固くした。


 …………だが。


「おーほっほっほ! 教科書を忘れてしまったですって?! 全くこれだからドジっ子さんは! さぁ私のを一緒に見ましょう! 授業は大切でしてよ!」

「おーほっほっほ! 恋人と上手く行ってない、ですって?! それはあなたの恋人がダメダメなのですわ、さっさと別れてしまうことね!
 ……いえ、ダメダメと言ったのは良くないわね……。けれど聞いてくださいまし、あなたをそんな風に悩ませ、泣かせる殿方に価値などございまして? 今一度よく考えてみなさい。
 相談なら、私はいつでもお待ちしておりますわ」

「まーた転んだのシャーロットったら! あなたはいつになったら落ち着きというものを身につけるのかしらぁ?! さぁ、医務室に行きますわよ!
 ……えっ、お姫様抱っこはやめてほしい? でも、足を捻っているのだし……、これが一番あなたにとって楽な姿勢ではなくて?
 おほほほ! ご心配なさらず、私お兄様と共に身体をいつも鍛えておりますのよ! 健全な精神は健全な肉体に宿る、ですもの! ですから何も気にせず、怪我人は大人しくしていなさい!」


 大体こんな感じで日々は過ぎていった。
 というか、大半がシャーロット関連なのはアレクサンドラの気のせいであろうか。あの子生傷が絶えないけれど大丈夫なのかしら……?
 一度しっかりと病院に行って見てもらった方がよいのでは……? 色んな意味で……。

「最近いつにも増して張り切っているね、サンドラ。何かあったのかい?」

 そして元来困った人を見て見ぬフリすることが出来ない性格が災いし、シリルにそんな言葉を言われてしまうほど、最近のアレクサンドラの様子はおかしかった。

(こ、このままでは……。このままじゃ……!)

 悲劇を回避できない。大好きな殿下と共に在ることはおろか、愛する家族を悲しませないという使命が────!



 *



 などと考えている内に、遂にその日、「運命の卒業パーティー」は来てしまった。

(何故卒業パーティーが運命の日なのかって? そんなもの、クリスティーナ様に貸していただいた書物にそう書いてあったからよ!!)

 だから、来るなら今日。この催しの最中なのである。

 アレクサンドラはいつも通り、シリルのエスコートと共に会場内へと入ったが、内心は不安と恐怖、そして諦観でいっぱいだった。

(ああ、ついに……)

 この日が来てしまったのね。
 私の恋の終わりが。
 そして、破滅の時が……。

「ごめんねサンドラ。ちょっと席を外すよ」

 暫く二人で挨拶をしに回っていたが、あるタイミングでシリルが申し訳なさそうに言う。
 それにアレクサンドラは、「大丈夫です。行ってらっしゃいませ」といつも通りの笑顔で答えた。

「すぐ戻るから、他の男に誘われないでね?」

 ああ殿下。そんなお茶目なお顔でそんなことを仰るなんて。
 破滅する私への最後のサービスかしら。相変わらずお顔がよろしいわ。

「アレクサンドラ様~!」
「あら、ミリー様、クリスティーナ様。ごきげんよう」
「ごきげんよう! 今日もお美しいですわ、アレクサンドラ様」
「ふふ、ありがとう。お二人とも、とても素敵よ」
「ありがとうございます!」

 そんな和やかな会話をしていると、向こうにシャーロットの姿が見えた。
 可愛らしいドレスに身を包んだ彼女が一人で居るのを見て、つい声をかけてしまう。

(こうやって無駄にちょっかいをかけてしまうから、私って駄目なのね……)

 ふっと自嘲する。心なしか涙も溢れそうといいますか。
 クリスティーナに貸してもらった本にもう完全に影響されまくっているアレクサンドラだった。

「アレクサンドラ様……?! わ、私なんかに声をかけていただけるなんて!」
「ふん。一人で寂しそうに立っていたから、見ていられなかっただけよ」

 はい罪をまた一つ重ねました。私ったらもう、もうほんと。

 けれど、物語のヒロインのように心優しいシャーロットは、そんな言葉にも臆さず笑顔で話を続けてくれた。
 こういう所を、シリル殿下もお好きになったのでしょうね。

 そんなことを考えている間に、シリルが「待たせたね」と帰ってきた。

「あれ? シャーロットも一緒だったんだ」

 何とはなしに告げられたその言葉を聞いて。
 どうせなら傷は少ない方が良い、とアレクサンドラは思い立ち、すぅ、と大きく息を吸い込み吐き出した。

「シリル殿下」
「うん? ……あれ、殿下? いつもは「シリル様」って……」
「私、覚悟はできております。如何様にでもなさってくださいませ。
 ああでも、国外追放だけはちょっと……、そこだけは、御慈悲をいただけますと嬉しいです……」
「へ?」

 一同ポカーン。

 少しの静寂の後。

「あの、アレクサンドラ? 君は一体何の話を……?」
「大丈夫です。分かっておりますのよ私。
 さぁ、早く引導を渡してください!」
「えっえっ、何? 引導??」

 アレクサンドラの言葉に本気で困惑した表情を見せるシリル。その反応に、アレクサンドラも若干「あれっ?」となってしまった。

「ごめんよアレクサンドラ。僕はまだ君の気持ちを完全に読み取る術を会得していないんだ。何があったのか話してくれないかい?」

 「まだ会得していない」とはどういう意味だろう。殿下はこれから人の気持ちを読み取る術でも学ぶおつもりなのだろうか。
 いえそうではなくって。

「えっと、あの、……シリル様は、私と婚約破棄をしたいのではないのですか……?」

 おそるおそる尋ねれば、「ええ?!」と心底驚いたといった様子でシリルが叫んだのだ。
 これにはアレクサンドラも、周囲の人々も同時に驚いてしまう。

「アレクサンドラ様?! 突然何の話をしていますの?!」
「クリスティーナ様、私あなたのおかげで気付けましたの。これが変えようもない真実で、一番いい方法なんだってことに」
「いえ本当に何の話を?!」
「シャーロット、あなたにも本当に申し訳ないことをしたわ。どうか殿下とお幸せに……」
「ええ?! わっ私?!」

「……何で、そんな話になったのかな? 聞かせてくれるかい、サンドラ……?」

 皆でわぁわぁ騒いでいる所に、突然シリルから聞いたこともないような低い声が聞こえてくる。

「あ、あら……?」

 な、なんだかシリル殿下が、怒っていらっしゃるような……?

「……だ、だって、私は悪役令嬢なんですもの」
「は? 悪役令嬢?」
「物語の悪役として現れて! ヒロインとヒーローの邪魔を散々した挙句、追放されてしまうのがオチなのですわっ!」
「待って待って。落ち着いてアレクサンドラ。とりあえず、詳しく説明してくれないか」

 そう言われたので、少々恥ずかしいが、ここに至るまでの経緯を説明することにした。
 だがだんだん皆の顔が苦くなっていったり、シリル殿下に至っては手で押さえながら天を仰いだり……、あれ……?

「……そんな考えになっちゃったことは後で問い詰めるとして……、サンドラ、君は盛大な勘違いをしている」
「ほへ?」
「そうですよアレクサンドラ様!」

 呆けている所に突然周りからわっと声を上げられたことにより、アレクサンドラはびっくりするしかなかった。

「アレクサンドラ様の言い方が冷たい、悪役みたいだって仰いますけど! 別に全然冷たくないですからね?!」
「そうですよ! むしろおほほほ言いながらめちゃくちゃ人助けしてるじゃないですか! 特にシャーロット嬢とか!」
「私達は皆、アレクサンドラ様が心からお優しいことを知っています! だって私達、アレクサンドラ様に何度も何度も助けていただいたのですもの!」
「シャーロット様が転んだり教科書を忘れたりする度に律儀に助けてるの、僕見てました!」

「すみません私がドジなばかりに!! 恥!!」

 周りからの喝采に対し、遂に恥ずかしくて堪らなくなったシャーロットは顔を真っ赤にしながら頭を下げる。

 一方のアレクサンドラはこの展開についていけていなかった。

 皆さん、何を言っているの?
 私は、心優しいヒロインのシャーロットを虐める、悪い令嬢で……。


「そんなことはあり得ないよ、サンドラ」

 シリルが優しく声をかける。

「皆の言葉を聞いただろう? 君はちょっとばかし、言葉遣いが独特なだけの、とても優しい女性だってことさ。
 勿論僕が一番君の魅力をわかっているけれどね?」
「シリル殿下……」
「でも、不安にさせていたのならすまない。
 改めて言うよ。アレクサンドラ・シェフィールド嬢。
 どうか僕と結婚してください」

 ──なんだかまだ、頭はついていっていないけれど。

「いいの、ですか? こんな、わたしでも、」
「君でも、じゃない。君だからこそだ。
 僕の相手は、アレクサンドラ、君以外にいない。それくらい、君を心の底から愛している」

 でも、今日は正真正銘、シリル殿下とお別れだと思っていたから。
 彼とシャーロットが幸せになる所を、見届けないとと思っていたから。

 とてもとても、その言葉が嬉しかったの。
 だからつい、公爵令嬢らしからぬとは思いつつも、涙が止められなくて。

「……私も、あなたを愛しております、シリルさま……!」

 そう返事をするのが精いっぱいだった。
 周りからはワァァ……! と歓声、そして拍手が起こる。


 …………ところで、私。

 気のせいじゃなければ、とっても恥ずかしい勘違いをしていたんじゃないかしら……?




「────それで、サンドラ?」
「はっ、はい! 何でしょう、シリル様!」
「うん、元気になってくれたのは嬉しいんだけどね?
 ……サンドラは、そこまで僕の愛が信用できなかったのかな?」
「はい?」

 ゴゴゴゴ、と負のオーラを背中に乗せながらセシルが言う。
 その顔は…………とても……恐ろしいもので……。

「なるほどなるほど。僕のアピールが足りていなかったんだね。ということは、これは僕の落ち度ということになるな」
「え、あの、シリルさま……?」
「どのようにすれば君への愛が伝わるだろう。やっぱり結婚を早めて……、いや、その前に。どこかの部屋にでも閉じ込めて1週間ほど愛し合うのがいいか」
「1週間……?? 愛し合う……??」
「シリル殿下!! どうか止まってください、まだ未婚の男女同士なのですよ!!」

 傍に居た側近が慌てて叫ぶが、シリルは全く意にも介さず。

「うん、それがいいな。誰も邪魔の入らないコテージに、君と二人っきりで……。ああ、夢のようだよ。ねえサンドラ」
「えっ、は、はぁ……?」
「アレクサンドラ様ーー!!呆けていてはいけません!!」
「殿下にとんでもないことをされる前に逃げてーーっ!!」
「えっえっ、あの」

 何故皆さんそんなにも顔を青くしているのでしょう……?

 「?」が止まらないアレクサンドラを見下ろしながら、シリルはうっそりと笑って、こう呟いた。

「これから私の愛を、君に嫌というほど教え込んであげよう。……覚悟しておいてね」





 そして。
 それ以降、彼女の心と体がどうなったかは、推して知るべしといった所である。
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