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失くなった物たち
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エリック様との楽しいピクニックをした数日後。
私は相変わらずの日々を過ごしていた。
ウィルフレッド様に話しかけては嫌そうな顔をされ、何の誘いをかけても来てはくれず……。
周りの皆が言う、「もっと怒っていい」を実行しようかどうか悩んできたところだ。
今まではお金をもらってここに置いてもらっている身だから、家のためだから……と思っていたが。
そんなことを考えるのにも、もう疲れ始めてしまっていた。
返ってこない愛情を求め続けるのは、とてもつらく苦しいことだ。
それと、もう一つ。気がかりなことがあった。
「……まただわ」
私は部屋の中でため息をついた。
机に向かいながら、とある箱を開けているのだが──その中身が、無い。
「どこに行っちゃったのかしら……」
この中にあったのは確かネックレスのはず。
ご当主夫妻が手配して用意してくれていたはずのもので、私はそれを大事に大事に保管してきたはずだった。普段大っぴらに着けることはなくとも、人様からもらった大切なものなのだ。万が一にでも失くしたりしないよう、私は出来るだけ箱の中から出さないようにしていた。
なのに、中身がない。
まるで足でも生えて逃げ出したかのように、中身だけが、ぽっかりと。
実は最近の悩み事がこれなのである。
私がいただいている内の、装身具だけがすっかり姿を隠してしまっているのだ。ネックレス、ブレスレット、バレッタ……実に様々だが、決まっているのは「アクセサリー類」であるということのみ。
「外に出してないから……失くすはずはない。ということは……?」
私はぶつぶつと呟きながら考える。
自分の不注意で無くなったとは考えづらい。
では、残された答えといえば……。
「誰かが、盗ってる……?」
しかし、私はその答えに頭を振って払拭した。
そんなの、この公爵家に盗人が居ると言っているようなものじゃない!
「そんなわけ、無いわよね……、うん……」
使用人、ウィルフレッド様、ご当主夫妻。そして、ヴィオラ様。
誰かが意図して盗みを働いているのだということは考えたくなかった。ここに居る人たちは、そんなことはしないはず。
「きっと、私が出してどこかに落としちゃったり、置いたまま忘れちゃったりしたのよね……。そう、よね」
自分に言い聞かせるように呟く。
そうだ。きっとそうに違いない。
そうと決まれば、再度部屋の中を探ってみよう。無くなったものが見つかるかもしれない。
そう思い、私は部屋の中を改めて物色するのだった。
このまま何事もなく出てきたらいい。それなら安心できる。そう、頭で考えながら。
*
──だが。
「あれっ……?」
それを見つけたのは、本当に、たまたまだった。
たまたま、私とヴィオラ様が廊下ですれ違った。それだけ。
だが、それだけでも、私はとある「違和感」に気が付いた。
(……ヴィオラ様の着けてるバレッタ、私の……?)
キラキラと輝く可愛らしい石のついたバレッタ。かわいいなと思いながら、私もたまに着けていた。
それが今、ヴィオラ様の頭の上にある。
「っあの……!」
慌てて話しかけると、ヴィオラ様は「あら、セルマさん? なぁに?」と、いつものような明るい笑顔で話しかけてくれた。
……まだ確証はない。
ふとそれを見ただけで、そのバレッタが私の持っていたものかどうかも、まだわからない。ただ、どうしても、気になってしまったのである。
はく、と思い通りに動かない口を叱咤しながら、言葉を紡ぐ。
「あの、その、バレッタなんですけど……」
「……ああ、これ? これがどうかしたの?」
普通の様子だ。私の言葉に狼狽えている風もあまり感じられない。
「……し、失礼かとは存じますが、少し……見せていただけないでしょうか?」
「へっ、……ど、どうして? これは私のものよ!」
前言撤回。めちゃくちゃ怪しい動きをしている。
断るヴィオラ様に、私は縋るように言う。
「お願いします。少しでいいのです。ちょっと、気になることがあって」
「し、知らないわ、そんなこと! これは私のバレッタだって言ってるでしょ!」
「ヴィオラ様、お願いいたします……!」
「いやよ!!」
どうしてそこまで拒否をするのか。……答えは出ていそうな気がしていたが、私はあくまでも穏便に、穏やかに済ませたかった。争う気など更々無い。
ただ、真実が知りたかった。これは本当に私の失くしたバレッタなのか、ヴィオラ様がそれを、本当に盗んだのか──。
「ヴィオラ様。今あなたが着けていらっしゃるバレッタなのですが……私の持っていたものに酷似しているのです。もしや失くしてしまったものを、ヴィオラ様が拾ってくださっていたのかと思──」
「何よ!! 私が盗んだって言いたいの?!」
「いえ、決してそのようなことは……」
というか、その台詞が出てくる時点で答えも出ているような気がするのだが。本人は気付いてないらしい。
興奮し始めたヴィオラ様を必死に宥めていた所。
「ヴィオラ? どうしたんだ」
「!! ウィルフレッド!!」
すると、そこに丁度通りがかったウィルフレッド様が話しかけてきた。
そんな彼にヴィオラ様はわっ、と泣きつくような動作を見せる。
「ウィルフレッド、聞いて! セルマさんがひどいの!!」
「セルマが……? 一体何があったんだ。話してくれるかい?」
相変わらずヴィオラ様にはことごとく甘い男である。私と話す時とはまるで大違いだ。
その違いにはもはや乾いた笑いしか出ない。
「セルマさんが、私の着けてるバレッタを、「自分から盗ったものなんだろう」って言ってきて……!」
「何……?!」
ウィルフレッド様の瞳が大きく見開かれる。
いえ、あの、まだそこまでは話していないのですが。
「あの、誤解です。私は「私の持っているものによく似ていて気になるから一度見せてほしい」と言っただけで……」
「その時点で、疑っているようなものだろう!!」
ウィルフレッド様は泣くヴィオラ様を両腕でしっかりと抱きしめながら、私を責めるように叫ぶ。
……そ、そうかな。言い方がまずかったかな……。じゃあなんて言えばよかったの……?
「セルマ、お前が考えていることは間違いだ。ヴィオラが盗みなどするはずがない!!」
「そ、そうですね。でも、ちょっと気になっちゃって……」
「ヴィオラは天使のように清純で心優しい女の子なんだ!! 誰かに対し、盗みを疑うようなお前とは違ってな!! 今一度、心を入れ替えろ!!」
「そ、そんな……」
そこまで言われるようなことをしてしまったのだろうか、私は。
ウィルフレッド様の容赦のない言葉に、私の心はずたずたに引き裂かれる。
今まで以上に冷たい言葉だわ……。
「ウィルフレッド、私のために声を荒げるのはやめて!」
ヴィオラ様がもはやお決まりのような台詞をかましてくる。
ヴィオラ様、「私のために~」って言葉好きだよね。なんて、現実逃避だろうか。
「たまたまセルマさんが持っていたバレッタによく似ていただけなのよね? それで、勘違いしちゃったのよね?」
「えっ、いや、あの……」
「誰にだって間違いはあるわ。ね? ウィルフレッド。彼女を許してあげて?」
──いやいや、なんだかよく分からないけど、私が宥められる側になっているのですが!!
私が話したかったのはそういう話ではなく!!
「ヴィオラ……君はなんて優しいんだ。盗みの疑いなんかかけられているのに……!」
「いいの。セルマさんを勘違いさせちゃった私が悪いんだもの」
うるうるとヴィオラ様が瞳を潤ませる。
ヴィオラ様の涙とおねだりにはとことん弱いウィルフレッド様は、ギッ! と私を睨みつけながら「おい、セルマ!!」と叫んだ。
「今回はヴィオラがこう言うから許してやる! だが、今度ふざけた真似をすれば……、分かっているな?!」
「…………はい」
「ふんっ! ──さ、行こうヴィオラ。あいつなんかに構っていないで、楽しくお茶でもしようよ」
「ええ! ウィルフレッド!」
元気そうなヴィオラ様とウィルフレッド様の声が聞こえる。
二人が私を通り過ぎ、歩き去っていこうとする。
……すれ違いざまに見た、その輝きは。
やはり、私が失くしたそれに酷似しているものだった。
……でも、もう何も言えない。
あそこまで詰られ、冷たく突き放されたのだ。私に言えることなんてもう、何にもないように思えた。
……ご当主夫妻には、失くしてしまったと素直に伝えよう。そして、謝ろう。自分の不注意だったと。
(……どうして……)
それでも、どうして、が拭えない。
どうしてやられた側の私があそこまで言われなければならなかったのか。どうして、真実が明るみに出てくれないのか。
まだヴィオラ様が盗んだとは決まってない。けど、確実に関与はしてる。……なのに……。
「……そうだ」
ヴィオラ様の部屋に行けば、何かわかるかもしれない。
丁度あの二人はお茶で居ないことだろうし、ちょこっとだけ入ってしまおう。
私はそう考え、ヴィオラ様の部屋に向かったのだった。
*
私はヴィオラ様の部屋の、その棚の中を見て絶句した。
「……これ、全部……、私の……?」
そこにあったのは──全部、全部。私が失くした、アクセサリー類だった。
私は相変わらずの日々を過ごしていた。
ウィルフレッド様に話しかけては嫌そうな顔をされ、何の誘いをかけても来てはくれず……。
周りの皆が言う、「もっと怒っていい」を実行しようかどうか悩んできたところだ。
今まではお金をもらってここに置いてもらっている身だから、家のためだから……と思っていたが。
そんなことを考えるのにも、もう疲れ始めてしまっていた。
返ってこない愛情を求め続けるのは、とてもつらく苦しいことだ。
それと、もう一つ。気がかりなことがあった。
「……まただわ」
私は部屋の中でため息をついた。
机に向かいながら、とある箱を開けているのだが──その中身が、無い。
「どこに行っちゃったのかしら……」
この中にあったのは確かネックレスのはず。
ご当主夫妻が手配して用意してくれていたはずのもので、私はそれを大事に大事に保管してきたはずだった。普段大っぴらに着けることはなくとも、人様からもらった大切なものなのだ。万が一にでも失くしたりしないよう、私は出来るだけ箱の中から出さないようにしていた。
なのに、中身がない。
まるで足でも生えて逃げ出したかのように、中身だけが、ぽっかりと。
実は最近の悩み事がこれなのである。
私がいただいている内の、装身具だけがすっかり姿を隠してしまっているのだ。ネックレス、ブレスレット、バレッタ……実に様々だが、決まっているのは「アクセサリー類」であるということのみ。
「外に出してないから……失くすはずはない。ということは……?」
私はぶつぶつと呟きながら考える。
自分の不注意で無くなったとは考えづらい。
では、残された答えといえば……。
「誰かが、盗ってる……?」
しかし、私はその答えに頭を振って払拭した。
そんなの、この公爵家に盗人が居ると言っているようなものじゃない!
「そんなわけ、無いわよね……、うん……」
使用人、ウィルフレッド様、ご当主夫妻。そして、ヴィオラ様。
誰かが意図して盗みを働いているのだということは考えたくなかった。ここに居る人たちは、そんなことはしないはず。
「きっと、私が出してどこかに落としちゃったり、置いたまま忘れちゃったりしたのよね……。そう、よね」
自分に言い聞かせるように呟く。
そうだ。きっとそうに違いない。
そうと決まれば、再度部屋の中を探ってみよう。無くなったものが見つかるかもしれない。
そう思い、私は部屋の中を改めて物色するのだった。
このまま何事もなく出てきたらいい。それなら安心できる。そう、頭で考えながら。
*
──だが。
「あれっ……?」
それを見つけたのは、本当に、たまたまだった。
たまたま、私とヴィオラ様が廊下ですれ違った。それだけ。
だが、それだけでも、私はとある「違和感」に気が付いた。
(……ヴィオラ様の着けてるバレッタ、私の……?)
キラキラと輝く可愛らしい石のついたバレッタ。かわいいなと思いながら、私もたまに着けていた。
それが今、ヴィオラ様の頭の上にある。
「っあの……!」
慌てて話しかけると、ヴィオラ様は「あら、セルマさん? なぁに?」と、いつものような明るい笑顔で話しかけてくれた。
……まだ確証はない。
ふとそれを見ただけで、そのバレッタが私の持っていたものかどうかも、まだわからない。ただ、どうしても、気になってしまったのである。
はく、と思い通りに動かない口を叱咤しながら、言葉を紡ぐ。
「あの、その、バレッタなんですけど……」
「……ああ、これ? これがどうかしたの?」
普通の様子だ。私の言葉に狼狽えている風もあまり感じられない。
「……し、失礼かとは存じますが、少し……見せていただけないでしょうか?」
「へっ、……ど、どうして? これは私のものよ!」
前言撤回。めちゃくちゃ怪しい動きをしている。
断るヴィオラ様に、私は縋るように言う。
「お願いします。少しでいいのです。ちょっと、気になることがあって」
「し、知らないわ、そんなこと! これは私のバレッタだって言ってるでしょ!」
「ヴィオラ様、お願いいたします……!」
「いやよ!!」
どうしてそこまで拒否をするのか。……答えは出ていそうな気がしていたが、私はあくまでも穏便に、穏やかに済ませたかった。争う気など更々無い。
ただ、真実が知りたかった。これは本当に私の失くしたバレッタなのか、ヴィオラ様がそれを、本当に盗んだのか──。
「ヴィオラ様。今あなたが着けていらっしゃるバレッタなのですが……私の持っていたものに酷似しているのです。もしや失くしてしまったものを、ヴィオラ様が拾ってくださっていたのかと思──」
「何よ!! 私が盗んだって言いたいの?!」
「いえ、決してそのようなことは……」
というか、その台詞が出てくる時点で答えも出ているような気がするのだが。本人は気付いてないらしい。
興奮し始めたヴィオラ様を必死に宥めていた所。
「ヴィオラ? どうしたんだ」
「!! ウィルフレッド!!」
すると、そこに丁度通りがかったウィルフレッド様が話しかけてきた。
そんな彼にヴィオラ様はわっ、と泣きつくような動作を見せる。
「ウィルフレッド、聞いて! セルマさんがひどいの!!」
「セルマが……? 一体何があったんだ。話してくれるかい?」
相変わらずヴィオラ様にはことごとく甘い男である。私と話す時とはまるで大違いだ。
その違いにはもはや乾いた笑いしか出ない。
「セルマさんが、私の着けてるバレッタを、「自分から盗ったものなんだろう」って言ってきて……!」
「何……?!」
ウィルフレッド様の瞳が大きく見開かれる。
いえ、あの、まだそこまでは話していないのですが。
「あの、誤解です。私は「私の持っているものによく似ていて気になるから一度見せてほしい」と言っただけで……」
「その時点で、疑っているようなものだろう!!」
ウィルフレッド様は泣くヴィオラ様を両腕でしっかりと抱きしめながら、私を責めるように叫ぶ。
……そ、そうかな。言い方がまずかったかな……。じゃあなんて言えばよかったの……?
「セルマ、お前が考えていることは間違いだ。ヴィオラが盗みなどするはずがない!!」
「そ、そうですね。でも、ちょっと気になっちゃって……」
「ヴィオラは天使のように清純で心優しい女の子なんだ!! 誰かに対し、盗みを疑うようなお前とは違ってな!! 今一度、心を入れ替えろ!!」
「そ、そんな……」
そこまで言われるようなことをしてしまったのだろうか、私は。
ウィルフレッド様の容赦のない言葉に、私の心はずたずたに引き裂かれる。
今まで以上に冷たい言葉だわ……。
「ウィルフレッド、私のために声を荒げるのはやめて!」
ヴィオラ様がもはやお決まりのような台詞をかましてくる。
ヴィオラ様、「私のために~」って言葉好きだよね。なんて、現実逃避だろうか。
「たまたまセルマさんが持っていたバレッタによく似ていただけなのよね? それで、勘違いしちゃったのよね?」
「えっ、いや、あの……」
「誰にだって間違いはあるわ。ね? ウィルフレッド。彼女を許してあげて?」
──いやいや、なんだかよく分からないけど、私が宥められる側になっているのですが!!
私が話したかったのはそういう話ではなく!!
「ヴィオラ……君はなんて優しいんだ。盗みの疑いなんかかけられているのに……!」
「いいの。セルマさんを勘違いさせちゃった私が悪いんだもの」
うるうるとヴィオラ様が瞳を潤ませる。
ヴィオラ様の涙とおねだりにはとことん弱いウィルフレッド様は、ギッ! と私を睨みつけながら「おい、セルマ!!」と叫んだ。
「今回はヴィオラがこう言うから許してやる! だが、今度ふざけた真似をすれば……、分かっているな?!」
「…………はい」
「ふんっ! ──さ、行こうヴィオラ。あいつなんかに構っていないで、楽しくお茶でもしようよ」
「ええ! ウィルフレッド!」
元気そうなヴィオラ様とウィルフレッド様の声が聞こえる。
二人が私を通り過ぎ、歩き去っていこうとする。
……すれ違いざまに見た、その輝きは。
やはり、私が失くしたそれに酷似しているものだった。
……でも、もう何も言えない。
あそこまで詰られ、冷たく突き放されたのだ。私に言えることなんてもう、何にもないように思えた。
……ご当主夫妻には、失くしてしまったと素直に伝えよう。そして、謝ろう。自分の不注意だったと。
(……どうして……)
それでも、どうして、が拭えない。
どうしてやられた側の私があそこまで言われなければならなかったのか。どうして、真実が明るみに出てくれないのか。
まだヴィオラ様が盗んだとは決まってない。けど、確実に関与はしてる。……なのに……。
「……そうだ」
ヴィオラ様の部屋に行けば、何かわかるかもしれない。
丁度あの二人はお茶で居ないことだろうし、ちょこっとだけ入ってしまおう。
私はそう考え、ヴィオラ様の部屋に向かったのだった。
*
私はヴィオラ様の部屋の、その棚の中を見て絶句した。
「……これ、全部……、私の……?」
そこにあったのは──全部、全部。私が失くした、アクセサリー類だった。
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