前世の夫が魔王に生まれ変わってました。〜虐げてきた聖女様御一行はお覚悟を〜

雪葉

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前世の夫が魔王に生まれ変わってました。〜虐げてきた聖女様御一行はお覚悟を〜

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 お互いの手をぎゅっと握る。

「なぁ、俺達……」

 血まみれの男がそう言った。同じような姿をしている女は、それに緩やかに頷く。

「来世でも、一緒になろうね」

 うん、と女が弱々しい声で答えた。


 ──次の瞬間、意識が暗転した。



『ドンッ!!』

「うるっせーんだよ、お前は!」

 肩を勢い良く押される。その衝撃で私の身体は倒れ、頭が地面に激突した。
 鋭い痛みが私の身体を支配する。痛い、痛い! 思いっきりぶつかった!!

 ──その瞬間、怒涛のような記憶が流れ込んでくる。

(…………ッ?!)

 血まみれになりながら私の手を握る男性、痛みと戦いながらも、その姿を目に焼き付けようと必死に目を開ける私──。
 それだけではない。その男性と一緒に過ごした数々の日々が、私の頭の中を支配していた。なんだ、何だこの記憶は!

 地面に倒れたまま頭に手を置き、暫しその記憶と戦った。
 私を突き飛ばした本人はフンッ、と鼻を鳴らし、「頭でも打ったか。ざまぁみろだぜ」とかなんとか言っている。

(いやそれどころじゃないんだよこっちは!!)

 その通り。こっちはそんな言葉を今、いちいち気にしてられるほど余裕なんか無かった。

 なんてったって──前世の記憶を思い出したからである。

(なんてこった……)

 よろよろと身体を起こし、辺りを見回す。
 先程私を突き飛ばしたクソ野郎……もとい第一王子、側近の魔術師団長子息、そして騎士団長子息、そして……ええい多いな!
 それらに守られながら、不安そうな表情を浮かべている聖女様がそこには居た。

 周りはいかにも~な高級っぽい建物。
 キラキラと整えられた中庭。

(……どこココ……)

 頭が痛くなった。さっきぶつけたからだろうか。なんて。

「えっと……私の名前、名前は……アリス。そう、アリス・テオナード……」
「はぁ?」
「ここは王立学園。今目の前に居るクソ……じゃなかった、王子の婚約者で……」
「さっきから何ぶつぶつ言ってんだよ!」

 王子が苛立ったようにその場で足をダン! と踏み鳴らす。うさぎの威嚇かよ、とか思っちゃって。

 ええと、まだ記憶が混濁してるけど。なんとなく状況が思い出せてきた。

「それよりも。ユウに謝っていただきたいものですね。罪のない彼女を糾弾したりして」
「そうだな。貴族令嬢として、お前は恥ずべき行為をした」

 名前が思い出せない魔術師団長子息と騎士団長子息がずずい、と私の方へ一歩踏み出してくる。
 数人で寄ってたかって何やらかんやら言うのは恥じるべき行為じゃないんですか、というのは今は置いておいて。

「──ハイ、すみませんでした」
「はっ?」

 ぺこりと頭を下げ、その場に居た人間達に謝る。
 途端に態度を変えた私に皆が目を点にした。

 しかし、そんなことに今構っているわけにはいかないのである。
 だからこそ早々にこの場を離脱したいのだが。というかしよう。うん。

「じゃ、謝ったってことで! さようならー!」

 脱兎のごとく逃げ出した私に、王子らは「お、おいちょっ」「待ちなさい!!」とか言ってたけれど。そんなものも全部無視をして私は駆け出す。

 走りながら、空気を目一杯吸って吐き出しながら──私はあははと笑い出した。

「私、生まれ変わったんだ!」


 *


 アリス・テオナードはどちらかといえば地味な貴族令嬢だった。
 顔立ちは決して悪くない。むしろ、美しい部類に入るだろう。磨けば光るといったところだ。
 しかし、悲しいかな、本人の性格的に、着飾るということを好まない女だった。要は陰気な女だったのである。

 反対に、婚約者の第一王子、ライオネル・ド・ベッドフォードは、活発とした元気なタイプだった。ちなみにお口も少々悪い。

 もうお分かりだろう。私、アリスと、ライオネルの相性は劇的に悪かった。

 それでもこれは王族と貴族の婚約。相性が悪いからといって、簡単に破棄できるものでもない。婚約すればその内……から、結婚すればいずれ仲良くなる、という周りの勝手な意見に、いつも私は黙らされていた。

 そんな中、起こったのだ。アレが。

 伝説における、我が国の「聖女召喚」である。

 この世界には魔族というものが存在していて、それらは人に害を為す生き物として見られている。
 そんな邪悪な存在に人々が打ち勝つため、異世界から聖女というものが召喚されてくるのである。そしてその時代の勇者と共に旅に出て、魔族を統べる魔王を倒すのだと。確か、この国に伝わる聖女伝説ではそんな感じになってたと思う。

 かくして今代に聖女が召喚され。勇者の血筋であるというライオネルを始めとした、彼の側近達が異世界から来てまだまだ慣れない彼女をサポートすることとなった。

 もちろん、この国に居る者ならば聖女の重要性は理解している。聖女が召喚されるということは、いずれ魔王がその力を強くし、人間の世界を侵略し始めるという証拠に他ならないのだから。

 とは言っても。

「あんな男好きの聖女じゃあなぁ……」

 私は深~いため息をつきながら言った。

 そうなのだ。
 召喚された今回の聖女、ユウはその可憐な容姿からはあまり考えつかないほど、男を侍らせるのが大好きな女だった。
 聖女という身分を笠に、婚約者の居る貴族令息達に容赦ないボディータッチをしていく。男性達も見目麗しい聖女に好かれているような行為をされ喜んでいた。需要と供給の一致的な。
 だが、そこに待ったをかけなければいけないのが、令息達の婚約者である。

 私、アリスもその中の一人だった。
 ライオネルの心はすっかり異世界の聖女に奪われていると知りながらも、なけなしの貴族令嬢ととしての誇りを持って、彼女達の行いに異議を唱えたのである。

 結果はご覧の有り様だったが。

「大体、痛い所を突かれたからって相手を突き飛ばすってどうなのよ? 相手は令嬢、しかも婚約者だよ? あー、あの王子ほんっとダメだわ」

 ぐちぐちと文句を垂れる。
 あの場面でかつてのアリスがすっかり萎れてしまったのか何なのか知らないが、性格が有栖寄りになってしまていた。おかげでクソ王子やその周りの人間への不満が出るわ出るわ。

 ──ああ、重要なことをもう一度言い忘れていた。

 そして突き飛ばされた私は地面に頭をぶつけ、前世、藤波有栖として生きていた頃の記憶を思い出した。
 よく分からないが、実際有栖の記憶があるのだから仕方がない。実は私もまだ混乱しているが、こうなってしまっているのだから、受け入れる他ないだろう。

 かつての私は藤波有栖。年齢は二十代後半。自動車事故に遭って、夫だった人と共に死を迎えた。

 ──俺達、来世でも一緒になろうね。

 目の前は血でよく見えなかったけど。ぼんやりと、彼の顔は認識できていた。
 薄れてきた意識の中、繋いでくれた手が、彼の存在を分からせてくれた。
 彼の言葉に、私はなんとか、うん、と頷いてみせたと思う。嬉しそうに微笑む夫の顔を見た記憶があるから。

 約束、したのだ。確かに。
 死んだ後でも──たとえ生まれ変わったとしても、その時だって二人一緒だと。

「……なら、あんな馬鹿どもに構っている暇なんて無い」

 私は座っている椅子にもたれ掛かりながら呟いた。

 そうだ。かつての私は自分の婚約者と聖女を何とかしようと頑張っていたかもしれないが。「有栖」の記憶を取り戻した今となっては、どうでもいいことNo.1である。

「あいつを、見つけなきゃ」

 愛していた──いいや、今も愛している。かつての夫。
 あいつを見つけてやらなきゃいけない。

 だって、来世でも一緒になろうって約束したんだ。その約束は絶対に守られなければならないのだ!
 たとえ、それがどんなに苦難な道のりだとしても──。


「……ん?」

 そう決意を胸にしていたところ、コンコン、と部屋の窓が何かにノックされる。
 え、この部屋三階以上はあると思うんだけど。もしかして、ゆ、幽霊?!

 おそるおそるカーテンを開き、外を覗けば。

「…………、は?」

 黒髪の男が居た。ひらひらと手を振りながら、笑顔で私の名を呼んでいる。
 その頭には巨大な禍々しいツノ。そして黒い尻尾。

 ……いや、いやいやいや。

「完全に魔王じゃん、アンタ!!」

 叫ばずにはいられなかった。慌てて窓を開ける。
 魔王と思しき人物は「開けてくれてありがとー」なんて呑気に言ってるが、いや待て問題はそこじゃない。

「……浩介……、だよね?」

 おそるおそる前世の名前──夫のそれを呼べば。

「正解! よくわかったね!」

 ぱやー! と、のほほんとした笑顔でそう返してきたのだった。
 だから私は再度叫んだ。

「いやだから、何で魔王になってんのアンタは?!?!」


 *


「いやー、びっくりだよねほんと。目え覚めたら魔王になってんだもん俺」
「そりゃびっくりするでしょ……、てかほんとに魔王なのかよ」

 私は脱力するしかなかった。
 これからさぁ前世の夫を探してやるぞ、と意気込んでいたら、真っ先に本人の方が来やがった。しかも、「有栖の魂の気配を感じて」とかいう理由らしい。
 魔王になったからって随分便利な能力付けやがって。

 ちなみに、私は姿を見ればすぐにわかった。こいつみたいに気配は辿れないけど、顔を見れば不思議とすぐに理解が出来たらしい。

「……で? 前世は人間、今は魔王だと?」

 私が頭に手を置きながら言うと、彼はぽやぽやした笑顔を浮かべながら「そうそう」という。
 髪の色とか顔立ちはあまり変わってないけど、何とも禍々しい格好をしていた。何だその黒くてデカいマントは。

「今はヴィクターって名前だよ」
「……なんかカッコイイ名前になってる……。私はアリスのままなのに」
「へえ、いいじゃんアリス。不思○の国のアリスの名前で」
「そういう問題か??」

 そうだったそうだった。こいつ、こういうぽやんとした男なんだった。そこが可愛いのだけれど。

「アリス」
「!」

 すると突然、ヴィクターが私を抱き締めてきた。
 その瞬間わかる。ああ、慣れ親しんだ匂いだ。慣れ親しんだ感触だ、と。

 じわりと目尻に涙が滲んだ。

「ようやく会えた。……俺の最愛」
「……ぐすっ、……迎えに来るのが遅いんだよ、ほんと」
「ごめんごめん。けど、なーんで急に気配を辿れるようになったのかな……?」

 首を傾げる浩介……もといヴィクターに、私は思いついたことを言う。

「ああ、……アレかも……」
「アレ?」
「私、最近まで前世の記憶、無かったんだよね。今日頭ぶつけて思い出したの」
「頭?! どしたのそれ。転んだとか?」
「それがさぁ! 聞いてくださいよ、ヴィクターさぁん!」
「おお何だ何だ」

 待ってましたとばかりに今日の愚痴を吐き出す。
 クソ王子、それの周りに居るクソ側近たち、そしてクソ聖女!!

「…………」

 私がどんどん話すと、どんどん苦い顔になっていくヴィクター。
 そして。

「ええ……、そいつらが俺を倒しに来んの……?」

 ドン引きしていた。そりゃそうだよね!!
 だって勇者って聞いたら、元日本人としては「真っ直ぐな性格で皆を守る強さで~」みたいなのを思い浮かべるじゃん!! あの王子からはそんなもん一切感じなかったもんな!!

「なんか弱そうだし、期待外れだなぁ」
「折角勇者と魔王って立場になったのにねえ……」
「……ああ、でも。アリスをコケにしたのは許せないや」
「へ」

 素っ頓狂な声を出した私とは裏腹に、ヴィクターは静かなる怒りを携えている。背景に明らかに黒いオーラ出とる。
 その恐ろしさにひくり、と口角を上げた。こいつ、怒ると怖いんだったわ……。今思い出した……というか強制的に思い出させられた。

「そいつらが俺を倒しに来たら、たくさんしてやらなきゃね」
「……まぁ……、程々にね?」
「分かってる分かってる。程々ね」

 絶対分かってないなあ。

「それにしてもさぁ、そんな環境に居るのは良くないよ。
 俺のところにおいでよ、アリス」

 ヴィクターが突然そんなことを言う。私はきょとりと目を丸くした。

「折角再会できたのに、また離れるなんて嫌だ。約束したでしょ? 『来世でも一緒になろうね』って。
 だから、俺の所に来て、俺の妃になって! ね?」
「……そんなの……」

 そんなの。
 そんな、お誘い。

「やるにきまってんじゃん!!」
「やった! 愛してるよアリス!!」
「私も愛してる!!」

 ぎゅっとお互い抱き締め合う。温もりが心地良い。
 魔王だか妃だか何だかはよく知らないけど、私とヴィクターが一緒に居るのはこの世の理なのである! 誰にも邪魔はできないし、させない!

「じゃ、行こっか」
「うん! ……って、今から?」
「今から!」

 キラキラした笑顔が私を見つめる。

「いや~……、あのね? 人一人が消えるってのはまぁそれはそれは騒ぎになることで……、仮にも私は学校に通う貴族令嬢であり、立場というもんが……」
「しーらね。そんじゃ、行きますよー!」
「人の話を聞けええええっ」

 だがしかし。その気になったこいつを止められる者など誰も居らず。
 私は暗い暗い夜の中、飛んで連れ去られることとなったのであった。

 ……いや、まぁ、いいんだけどさぁ!! 別に!! 一緒に居たい気持ちは変わんないから!!


 *


 ──ようやくここまで来た。

 数々の冒険を繰り広げ、ようやく辿り着いた魔王の城。
 魔王の城はなんとも禍々しい気配を醸し出しており、普通の人間なら近寄っただけでも気絶しそうなほどだ。
 だがしかし。

(俺達は勇者一行だ。ここで引き返すことなど、出来はしない!)

「準備はいいか、みんな」

 王子──ライオネルが尋ねると、皆が「はい!」と力強く答える。

「ようやくここまで辿り着きました。我々の力で、悪を打ち倒してみせましょう」

 宰相子息──ルーカスが言う。

「安心しろ。俺がお前らを守ってやっからよ!」

 騎士団長子息──ゲイルが言う。

 そして。

「私も、みんなの助けになれるよう頑張るね!」

 異世界から来た聖女──ユウの言葉に、皆が笑顔になった。相変わらず可愛らしくて、勇気があって、愛しさを溢れさせてくる少女だ。

 この4人なら大丈夫。勝てる!
 ライオネル達はそんなことを心に思いながら、魔王城の扉を開くのだった。


 意外にも魔王城には警備兵などが誰もおらず、静かなものだった。
 カツン、カツンと、ライオネル達の歩く音がやけに響く。

「妙だな……、魔王の兵達が誰も居ない……?」
「まさか、ここには誰も居ないんじゃ……」
「そんなことあるか! ここは正真正銘、魔王の城だぞ?!」

 そんなことを話しながら探索している内に、大きな広間へと出た。
 その瞬間、ライオネル達の身体にゾッ!! と悪寒が走る。

 慌てて目の前を見ると、そこには玉座があった。
 そして、その玉座には──……。

「……魔王……ッ!!」

 ライオネル達はその姿を初めて見たが──一目見れば、その男が魔を統べる王だということが分かった。今まで戦った魔族達と比べて、オーラがまるで違う。

 誰よりも大きな角に、流るような漆黒の髪。
 その顔立ちはひどく美しく。
 女性であれば、見惚れずにはいられない程だった。

 実際、ユウの心の中は。

(何あのイケメン魔王?! こんなの聞いてない!! え?! マジで?! あんなの、私の旦那様にするしかないじゃん!!)

 と、そんなことを考えていた。ライオネル達は全く知らないが。

「──お前が魔王だな」
「そうだけど、それが何?」

 魔王が軽く答える。
 肘をつきながら退屈そうにしている魔王の姿に、ライオネルは「ハッ! 余裕だな」と笑う。

(だが、そうしていられるのも今の内だ。俺達の実力を思い知った後ではもう遅い!)

「俺達はお前を倒しに来た。悪は絶たなければいけない」

 ライオネルが剣を差し向ける。勇者の血筋にしか引き抜くことのできない、伝説の剣だ。

「行くぞ──ッ!」

 そう言って一斉に魔王へと飛びかかろうとした、その時だ。

「待って、ライオネル!」

「ゆ、ユウ?! どうした?!」
「魔王様と話をさせて!」

 ライオネルの腕をぎゅっと掴み、懇願するような表情を浮かべるユウ。
 そんな彼女にライオネルは強く出られず、彼女のしたいようにさせてみることにした。

 ユウは一歩前に出て、目に涙を浮かべながら訴えかけるように言う。

「魔王様、私はユウ。異世界から召喚された聖女です。今までは、人間の国を守るために勇者様達と戦ってまいりましたが……」
「……」
「ここに来て、あなたと出会い、私は感じました。あなたは本当は戦争なんて望んでない。……ですよね?」

 勿論、ユウの完全なる妄想である。
「本当は優しい心を持った魔王と結ばれる私」のために仕立てた茶番劇だ。
 しかし、今まで物事を好きなように動かしてきたユウは、今この時も例外ではないと自信を持って動いていた。

「魔王様だって、お仲間である魔族の皆さんが傷ついていくのは嫌、ですよね……? 私にはあなたの悲しみがわかります! ですから……争いなどやめて、私と一緒に、来てくれませんか?」

 スッ、と手を差し伸べるユウ。
 そんなユウの姿にライオネル達は「ユウ……!」「君はなんて心清らかな聖女なんだ……!」と感動の涙を流している。馬鹿馬鹿しい光景でしかない。

「魔王様……っ」

 瞳をうるうると潤ませながら訴える、その姿は。確かに聖女らしいのだろう。確かに一生懸命で、人々の心を揺さぶるものなのだろう。
 だが、相手が悪かった。


「何言ってんの? この不細工女」


 ピシリ、と空間に亀裂が入る。

 けろりと言い放った魔王からの言葉に、ユウもライオネル達も暫くの間動けなかった。

「……え……?」

 呆けた声を出すユウ。
 ヴィクターは顔をほんの少し顰めながら、静かな声で言う。

「姿形は可愛らしい部類に入るのかもしれないけど……、魂がそこまで穢れてる女なんて、こっちから願い下げだよ」
「……は? 魂……?」
「ほんとは自分の性格が悪いこと、分かってるんでしょ?」
「き、貴様ァッ!! 清らかなる乙女のユウになんてことを……っ!!」
「清らかって……、色んな男と身体を重ねてるその女が?」
「え、」

 またしても固まる一行。

「そ、そんなわけ……」
「ユウ、違うよな……? 俺だけだって言ったもんな……?」
「待ちなさい、ゲイル。それはどういうことですか! ユウは私だけと言って身体を預けてくれたのですよ?!」
「はぁあ?!」

 ユウの顔からは冷や汗がダラダラと流れて止まらない。
 なんだか内輪もめを始めた人間たちに、ヴィクターが一つため息をついた。

 その時だった。


「ヴィクター?」


 女の声が突然聞こえる。
 ライオネル達は「新たな敵か?!」とそちらを向き──声を無くした。

 玉座の向こうからぺたぺたと音を鳴らしながら歩いてきたのは、絶世の美女だったからだ。
 ヴィクターと呼ばれた魔王と同じ、黒く長い髪。透き通るような肌。今まで見たこともないような、美しいかんばせ。
 その女が、なんとも煽情的な服装をしながら歩いてきたのである。ゆらゆらと揺れる尻尾が悩ましい。

 ヴィクターは嫌そうにしていた顔をパッと明るくして、彼女を迎え入れる。

「アリス。もー、今は来ちゃ駄目って言ったでしょ? 変な奴らが来てるからさぁ」
「だって退屈なんだもん。まだ終わんないの?」
「今終わらせようとしてた所」
「ふぅん」

 アリスと呼ばれた美女がヴィクターの膝に座る。ほぼ丸出しになっている太ももがあまりに色気を醸し出していて、ライオネル達はごくりと生唾を飲み込んだ。
 何だ、この女は。こんな女が魔族に居ただなんて!

 一方、突如現れた美女や、その美女に対してライオネル達が欲を煽られている所を見たユウは、普段の自分の様子も忘れて「はぁ?!」と叫び声を上げた。

「ちょっと、皆?! みんなは私が好きなんでしょ?! 何で急に出てきた女に魅了されてんのよ?!」
「ゆ、ユウ? どうした、いつもと口調が違……」
「んなことはどうでもいいのよ!! 今はあのムカつく女を排除するのが先!! ほら、みんなどうしたの?! 動いて!!」
「…………」
「ちょっと?!」

 しかし、女に見惚れて一向に動こうとしない三人に、ユウが盛大な舌打ちをした。もう普段の聖女っぷりは彼方に消えていったようである。
 憎々しげに女を見つめるユウ。しかし──、その時、ユウが「あれ……?」と不思議そうに呟いた。

「その髪、その目……、そんで、アリス……?」
「おっ?」

 女が声を上げる。

「もしかして、お気付きになりました? 聖女様」

 その言葉に、ユウは確信した。

「アンタ……、アリス・テオナード?!」

 ユウの叫び声に、ライオネル達はハッ! と意識を取り戻す。アリス・テオナード。その名には聞き覚えがありすぎる!

「本当に、アリスなのか……?!」
「ええ、本当ですよー。王子様方は気付いてなかったみたいですけど。聖女様との関係に口を挟んだらあんたに突き飛ばされた、アリスでーす」

 女──アリスが楽しげに言った。
 よくよく見れば、その顔には見覚えがある。ライオネル達はその変わりように呆然とするしかない。

「あれ、どうしたの王子様達。バカみたいに口開けて」
「アリスが変わっててびっくりしたんでしょ。俺にはこっちの方が馴染みあるけどね。かわいいでしょう? 俺のアリスは」

 ヴィクターがアリスに頬ずりをする。けらけらと楽しげに笑いながらそれを受け止めるアリス。
 なんとも仲睦まじい光景だった。

 しかし、ライオネルの心には絶望が広がっていた。
 自分の婚約者だったアリス。地味で陰気な女だと思っていたのに、本質はこんなにも美しさを携えていただなんて。
 好きだと思っていたユウよりも余程、美人で俺に相応しいではないか!

「アリス……」

 縋るようにアリスの名を呼ぶライオネル。
 が。

「…………」

 アリスはそれに、何の興味も示さず。
 つい、と視線をライオネルから外し、ヴィクターの首元に頭を乗せた。その髪を優しく撫でるヴィクター。
 そんなラブラブの二人を見て、ライオネルの心は多大なショックを受けるのだった。


 一方、美しい魔王に愛されているのがありありと分かること、ライオネル達三人の心を持っていっていること。
 ユウはそれら全てに、ブチブチと音を立てながら怒りを顕にする。

「ライオネル達も、魔王様も私のものなのにぃ……ッ!!」
「…………」
「このムカつく女!! 殺してやるううう!!」

 末恐ろしい叫び声を上げ、聖魔法を放ちながらアリスへと向かっていった。
 この時のユウの表情の方がよほど悪魔にそっくりだ。

 そんなユウにも動じず、ヴィクターがス、と片手を前に出す。
 そして、ギュッ! と握り拳を作った。

「─────あ゜ッ、」

 その瞬間、パチンッ! と弾けて無くなる、ユウの身体。
 その光景に、ライオネル達は開いた口が塞がらなかった。

 文字通り、風船のように弾けて無くなったのである。
 地面にはユウが出した血溜まりのみ。

「何だったんだろね、あの女」
「知らない」

 そして、その光景を物ともしないヴィクターとアリスの会話を聞いて──恐怖感が一気に湧き上がった三人は、「うわぁぁあぁあ!!」と叫びながら一斉にその場から逃げ出した。

 あっという間に散っていった三人の後ろ姿を眺めながら、ヴィクターが呟く。

「トラヴィス」
「は、ここに」
「折角来てくれたんだ。、盛大にもてなしてあげてね」
「承知いたしました。魔王様」

 背後に影となって現れていた重臣が消えていく。
 そしてヴィクターは、楽しげににっこりと微笑みながら言った。

「さ、これから面白いゲームの始まりだよ! 楽しもうね、アリス!」
「……お前、魔王になってから趣味悪くなったなぁ」
「そお? でも、こんな俺も好きでしょ?」
「……うるさい」
「あはは。素直じゃないなぁ」


 ──ヴィクターの言葉通り、この城から一歩も出られなくなったライオネル、ルーカス、ゲイルの三人は、見るも凄惨なやり方でそれぞれ皆、簡単に殺された。
 どうやら当代の勇者一行は能力が総じて低かったようである。

 それにより、勇者一行は壊滅。
 勇者が消えたことにより、魔王軍は人間の国を好きなように蹂躙し、あっという間に占拠していくこととなる。

 地獄のような世界の中で、魔王の長とその妃は、いつも楽しそうに笑っているのだった。

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