ある新緑の日に。

立樹

文字の大きさ
6 / 6

しおりを挟む
 しばらくすると瑛はなにも言わずに、両手を晴臣の背中にまわしてきた。
 スキンシップはこれまでにもあったが、それはずっと晴臣からだった。

瑛からこうやって、抱きしめられることは初めてで、

「あ、あき?」

 とまどい、急速に鼓動が速くなっていく。
 晴臣の鎖骨の辺りに瑛の耳ほほが当たっている。
 もしかしたら晴臣の鼓動がわかっているはずで……。

 名前を呼んでも、返答はなく、しばらくすると、瑛は回した手を離し、一歩下がった。

 抱きしめ返してきたのは、『本気』だと言ったことへの返答なのか、そうでないのか分からず、慣れないことにどぎまぎし、次の言葉が見つからない。

 お互いになにも言わすに並んでいた。

 駅に着くごろになって瑛が「はる」と呼んだ。

「晴臣がちゃんと向き合ってくれたんだから、おれも向き合わなきゃね」
 自分に言い聞かせるような、聞こえるか聞こえないぐらいの小さな声だった。

「知ってた」
「……」

 なにが?

 喉の奥に声が引っかかって出てこない。

「もしかしたらって程度だけと、おれのこと好きなのかなって」

 まさか……、知られていた……?

 いつからそう感じでいた?
 今、取り繕えているか?
 熱していた熱が冷めるように、体が冷えていく。
 晴臣は歩みをとめた。
 
 瑛は、晴臣が止めると同時に、止まって振り返ってきた。

 目の前にじっとこちらを見つめる彼がいる。

 もう駅前だ。人も多くなってきていた。足を止めた二人に顔を向けていく人たちに、本来なら気にするところだ。でも、今は、まっすぐこっちを見ている瑛しか目に入らなかった。

「おれを見てくる視線とかで、一緒に居たら気づいた。近くにいすぎてわからないって言うこともあるけど、そんなことはなかった。彼女たちだってそうだった。気持ちがどんどん離れていくのがわかって、焦っても、その気持ちの距離はいくら頑張っても縮まらないんだ」

 淡々と感じていることを言葉にしているような口調だ。その穏やかな表情が崩れて、眉をよせた。なにか決心するように、一度つばを飲み込み、瑛は続けた。

「でも、それが本当だったらどうしようって、おれ、はるから逃げたんだ。彼女作って、はるのこと考えないようにしてた。でも、それが彼女にも伝わってしまうんだろうね。結局ダメになって、また、はると会って、離れて、またダメになるの繰り返し。やっぱ、ダメなのっておれでしょ」

 あきは悪くない。と言いたいのに、別のことで頭がいっぱいになった。
 自分の聞いた言葉は本当で、聞き間違いじゃないのか。解釈は合っている?

 瑛は、自分のことが気になって、距離を取った。そして、彼女が離れていく原因が晴臣だと言った、のか……?
「つまり……」

 答え合わせをしたくて、結論をおずおずと尋ねた。

「はるが気になってしかたがないってこと」

 恥ずかしそうにいているが、真っ直ぐみてくる彼の瞳が真剣だと語っていた。
 離れていた時間を思う。

 瑛が離れたように、晴臣だって辛さから距離を取っていた。それを悪いというなら自分だって悪い。

「あき、ダメなんて言うな」

 瑛は瞬きもせず、晴臣を見た。
 
 『気になってしかたがない』なんて聞かされて、それもずっと片思いの相手から言われて喜ばない奴なんているか?

 これが駅前でなかったら、もう一度瑛を抱きしめていただろう。でも、今は、人通りもある、人目もある。
 晴臣はぐっとこぶしを握り込んだ。
「あきが自分のことを悪く言って、オレが離れると思ってんの」
 ニヤついてくる口元を必死で抑えながら静かな口調で言うと、首を横に振った。

「あきから『彼女が』って聞くのがいやでオレだって逃げた。だから、さっき『気になってしかたがない』って聞いて、めっちゃ幸せなんだけど」

 瑛の戸惑い顔が少し赤いのは、気のせいだろうか。

もう瑛を好きだと知られているならいいやと、開き直って笑うと、口元に手の甲を当てて瑛も笑った。


「はる、もうちょっと、おれに時間ちょうだい」

 笑いを収めた瑛が言った。

「わかった」
 
「近いうちに連絡するから。今度荷物が届くから受け取って。じゃあ、今日は一人で帰るよ」
 言うだけ言って、走って改札を通って行ってしまった。
 晴臣は、その場所で、別れぎわの会話を反芻しながら、彼の背中を目で追っていた。

 数日後、登山靴が送られてきた。
 送り主はもちろん瑛だった。
 そして、 

 登山行きたい

 というメールも。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

《完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...