隣にいて

立樹

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「……? おい、おい。帰れって」
「嫌です」
 きっぱりと言う杉山は首を横にふった。

「上げる理由などない。帰りなさい」

 強引に聞き出して置いて、家に上げろとはどういう了見だろうかと、苛立ち、ついキツイ口調になってしまった。
けれど、杉山はそれを跳ね返すように言った。
「川浪さんの苛立ちはもっともです。けれど、ここで引き下がったら、僕は自分を許せない。そんな気がして。迷惑なのも、無神経なのも分かっています。でも、僕は、今の川浪さんを放っておいて帰ることが出来ません」

 意志の強い目に隼大は怯んだ。

 体の奥が熱い。
 なぜここまで、ほとんど赤の他人といってもいい人間に親身になれるのか、隼大にはわからなかった。
 それが、杉山という人間なのだろうか。

 隼大は一歩下がった。

「わかった」
「い、いいんですか?」
 顔をぱっと明るくしながら言う。

「いいも悪いも、そこまで言われたら、いいと言わなきゃ仕方ないだろう」
 隼大は、杉山に折れた。
「けど、なんにもないぞ。布団もないから、ソファで寝ろよ」

 苦笑しながら言うと「はい」と、嬉しそうに笑った。
 もし、しっぽがあるなら、ぶんぶんと大きく振っていそうな笑顔だった。

「掛け布団は毛布で我慢してくれ」
「もちろんです」
「あ、そう」
 困ったと思いながらも、杉山の満足そうに笑う顔をみていると、お腹がじんわりとあったかくなっている。

 認めたくはない。

 ないけれど、一人で悶々と耐えるような夜を迎えなくてもいいことに、自分がホッとしていることに、隼大は、内心驚いた。

「川浪さんの家ってマンションなんですか?」
 無邪気に問うてくる杉山に適当に答えながら、夜空を見上げた。
 冷たいどこまでも飲み込んでしまいそうな夜空に、淡く光る星々が優しくほほ笑んでいるようだった。

 夜道に等間隔にある街灯が二人を照らし、暗い地面に長い影をつける。辺りは、静けさで満ち、聞こえるのは遠くから車が走る音。歩く音と、衣擦れの音。そして、杉山のしゃべる声だけ。
 マンションや民家の立ち並ぶ間をすり抜けるように続く路を歩く。
 隼大は、人との距離が近いと辛くなってしまうため、適度な距離を常に保ってきた。それをいとも簡単に壊して、気がつけば懐に入ってきていた杉山。
 普通なら不快に感じる所だろう。なんとしてでも、家に帰らせたのではないだろうか。それは、社内でも親しい堂岡でも一緒だ。

 なのに、なぜ、杉山はそうさせなかったのだろう。

 チラッと隣を歩く杉山を見た。
 隼大の目線に気づき、目線を合わせてにこやかに笑う。

 柔らかい笑みに、ドキリとした。

 咄嗟に顔を逸らし、前を向く。
「もしかして、冷蔵庫にはお酒しか入ってなかったりしますか?」
「それは、自分の目で見るといい。着いたぞ」

 五階建てのマンションのオートロックを外し、エントランスに入った。
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