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「くっだらない真相」彼女の理由。

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案件が落ち着いてきていた。

残業は相変わらず。それでも、休日出勤まではしなくていい。



久々の休み。

ボクは、明菜さんを隣に乗せて、愛車スカイラインを走らせていた。


助手席の明菜さんは、ずーーーっと喋り続けている。

ボクを相手に喋っているかと思えば・・・独り言のような・・・


明菜さんを、一言で表すなら「自由人」だ。

その言動や、行動、

その全てが「自由」だった。


変な忖度や、躊躇、・・・そんな言葉とは無縁だった。

言いたいことを言い・・・ってか、

なんか、すぐに「口から出ちゃう」って感じだけど・笑。


「熟慮」ってな言葉を知らないのか・笑。


でも、

悪気も何もない。

空気を読むも何もない。

あっけらかんとしていて・・・・常に「素」でいるような・・・


本社に戻されて、最初に喋った人・・・何かれなくかまってくれた人・・・

「恩人」だって言っていいヒトだろうなぁ・・・



明菜さんも地方出身だ・・・東北だった。

高校を卒業して、東京の短大に進学・・・そして卒業・・・今は会社の寮住まいだ。



立場は、出会った最初、そのままの関係から変わらない。


「姉弟」


そのまんまだった。


どこか「肉親」のそれで・・・

未だに、ボクはご飯を奢ってもらっていた。


もうボクの方が給料は多いはずだ。


「総務女子」


残業はほとんどない。

いくら、4歳ほど年上とはいえ、残業続きのボクの方が給料は多い。



「ひとり暮らしで家賃払ってるでしょ。ガソリン代だってかかるでしょ」



そんな風に言われて、

未だに、一切ボクにお金を出させない。


明菜さんとは、

一緒にいて、とにかく気楽だった。

ボクも「素」でいられた。



小雨。

ワイパーが規則正しく動く。


雨は好きだ。

・・・・中学校の部活で優勝した時が雨だった。


東京に出てきた時・・・・田舎の駅を出た時も雨だった。

・・・・そして、東京に着けば、また雨が降っていた。


なんだか、
人生のターニングポイントで雨が降るような気がしている。


だから、こんな日は、

小雨が降る中で、車を走らせるのは好きだった。


大都会。東京。

高層ビル群が雨に煙っていた。・・・・上の方が霞に隠れてしまっている。



異例の異例。

課を超えての人事異動。



・・・・どうやら、全ての状況が飲み込めてきていた。



そもそもが、

ボクが「新入社員」でありながら、このスカイラインを買ったことから端を発しているようだった。


ボクが車を買ったのは「新人研修」の真っ只中だ。

まだ、入社して2週間ってな時期。


18歳のボクは、

喜んで、
買った直後は、夜な夜なドライブに出かけていった。

毎週末は、必ず、愛車スカイラインで出かけていった。


・・・・当然に、それを快くは思ってない連中もいるわけで・・・寮内外に。



毎週末。夜。
ボクは「首都高」を走っていた。


走ると言ったところで、

ただ、ドライブしていただけだ。



「首都高」・・・・「首都高速道路」

その名の通り、「首都」、東京中に張り巡らせられた「高速道路」だ。


首都に張り巡らせられているってことは、

「環状線」にもなっている。


東京の東京。


皇居あたりを中心に「円」を描いて環状線になっている。



当時、「首都高」は、定額制だった。500円とかだった。


ゲームセンターのドライブゲームは、

100円を入れて、数週すれば GAME OVER になってしまう。


しかし、

「首都高」は、500円を払えば、永遠に走り続けることができた。

ガソリンが続く限り永遠に。

「首都高速」を延々と環状線で、回り続けていられた。



毎週末。

いろんな人間が「首都高速」に集まってくる。


「500円」を入場料として、


「環状線」をレースのように走るドライバーもいた。


「首都高ランナー」

「サーキット族」


そんな名称で呼ばれていた。

新種の・・・・大都会・東京ならではって「暴走族」のような扱いだった。



ボクは、そんな「暴走行為」はしていない。


ボクは、ただ、スカイラインを運転していたかっただけだ。


高校生の時、

毎日・・・何はなくともバイクを走らせていた。・・・あれと同じだった。
ただ、車を走らせていたかった。


しかし、
田舎から出てきたボクには、東京の地理はわからない。


地方から出てきて、東京で運転するようになった人にはよくわかるだろうけど、


「東京の道路」を運転する。


これは、かなり難易度が高い。

田舎とは違って、とてつもなく信号が多い。・・・さらに車線も多い。・・・さらには、渋滞だらけだ。

田舎なら30分でいける距離が、東京だと1時間以上かかってしまう。


その点、「首都高速」を走っていれば、

環状線を走れば・・・1周50km程度の道を憶えてしまえば、信号もなく快適なドライブが楽しめた。



暴走行為なんか、

したくたってできるもんじゃない。


まず、「車」が違っていた。


「サーキット族」

「首都高ランナー」


そんな連中は、・・・


いわゆる、田舎の「暴走族」とは、全く別物だった。


田舎の暴走族は、

いかに「イカツイ」か。

いかに「目立つ」かだ。


しかし、「首都高ランナー」たちの車は、

いかに「速いか」だ。


そのためには、

ポルシェを始めとした、・・・・普通の会社員には買えないような高級車が彼らの愛車だった。

国産車であっても、

車本体とは別に、何百万もの大金を「改造費」としてつぎ込んだ「モンスター」たちだった。


とてもとても、

ボクのように、

型遅れの「おっそい」スカイラインなんかで真似ができるようなものじゃなかった。



・・・・さらには、


「首都高速」の道路としての複雑さだ。・・・運転の難しさだ。



断言できるけど、


地方で「暴走族」なんぞとイキがってるガキどもを「首都高」に連れ出せば、

すぐに右にも左にも行けずに「泣き」が入るに違いない。

どれだけ、自分たちが「井の中の蛙」としてイキがってるだけか、どれだけ、自分たちが「下手くそ」なのかを思い知らされる。


地方の暴走族がイキがって、首都高に入り、


出るに出られず、行くも帰るもできず、延々と首都高上を流され続けた。・・・・気づいたら千葉県まで流されていた・・・・


そんな都市伝説には事欠かない。



一度、首都高を走った方にはわかるはずだ。

首都高がどれほどに「難しい」道路か。



以前の「東京オリンピック」に向けて、急造、急ピッチで建設された高速道路は、


大都会、大東京の地上を、右へ左へと曲がりくねって造られている。


先の見通せない「ブラインドコーナー」・・・・そして「高速急コーナー」の連続。

さらには、「入口」「出口」が、右から左から現れる。


・・・・地方出身者が、最も戸惑うのはこいつだ。


地方出身者にとって、

高速道路「入口」「出口」は、左車線からと決まっている・・・・しかし、それは、別に「法律」によって決まってるわけじゃない。


便利に、安全に高速道路を造るための、ひとつの「ルール」となっているだけだ。


「首都高速道路」


東京オリンピックに向けての、

時間が無い中での、

用地買収がままならない中、

国、東京都の権利の上空だけでの「高速道路」の建設。


その結果、
無理な合流、無理な分岐が至る所にできることになった。

同じく「入口」「出口」が、無理難題のように出現する。



・・・・・こんな道路、怖くて走れない。


田舎育ち。

片道1車線の国道が「大通り」とされた田舎で免許を取ったボクには、

とんでもなく難しい・・・危険・・・・おっそろしい・・・・とてつもなくデンジャラスな高速道路だった。


・・・・それでも、

何周も、

何周も、

何周もしていれば、道は覚える。


覚えてしまえば、信号のない高速道路は快適なドライブコースになった。

ボクは、毎週、毎週、
ダラダラと左車線を何周もしていただけだった。



東京の地理に自信がないボクが、

ただ、

ダラダラとスカイラインを運転していたくて、・・・・ドライブしていたくて選んだのが「首都高速」だったというわけだ。



「首都高」

難しい道路だ。

さらには、交通量も多いことから事故も多い。

それで、突然の事故渋滞に巻き込まれ、

社員寮の「門限破り」となってしまった。・・・何回かあった。



・・・・そんなことから、

どこからか、


「ヤツは暴走族だ」


そんな「噂」が立っていたらしい・笑。


「噂」に尾ヒレがつくのは常だ。


「ヤツは、
毎週末、何台もの車を引き連れて暴走している・・・門限を破っての夜通しの暴走だ」


そんな「噂」になっていたらしい・笑。


さらには、


毎週のように「女の子」を助手席に乗せている・・・・これは明菜さんだったり、今日子さんだったりの、「総務女子」なんだけど。


そこから、


「ヤツは、毎週ディスコでナンパしまくりだ」


・・・・時は「ディスコブーム」でもあった。


そんな、噂も立っていた。


・・・・さらに、


「ナンパで知りあった女の子を妊娠させた・・・」



もう、ここまでくれば、何が何やらだ・笑。

全くの「誹謗中傷」

悪意のある噂以外の何ものでもない。



高校時代もそうだったけど、


「男のやっかみ」ってのは始末に負えない。


昔、

田中角栄が、


「男の嫉妬は女の嫉妬より怖い」


って言葉を残しているけど、

まったくその通りだと思う。


・・・・まぁ、

新入社員・・・さらには新人研修中に車を・・・さらには、若者の憧れのスカイラインを買ってしまったってのが、そもそもの始まりなわけだけど・・・

だから、
まぁ、ボクが悪いってことなんだけどな・・・


「虐められるのは、虐められる人間にも問題がある」


そういうことなんだろうけどな。



ボクが「現場」から、本社に引き戻されたのは、


そんな「素行不良な社員」を目の届かない「現場」に置いておくわけにはいかない。

本社で、
目の届く場所で、キッチリ監督、監視すべきだ。
・・・・そんなストーリーからだったらしい・笑。


なんつったって、このゼネコン。

上場企業だ。

頭が高い。


社員研修の時でも、やったらと「企業自慢」を聞かされた。

それと同時に、


「看板に傷が付く」


そんなことがないようにと、メチャメチャ念を押されていた。
くどいほど訓示を垂れられた。


なんたって従業員数が多いし、

「建設業」なんてのは、荒くれ者集団のイメージだ。


社員たちは、一歩外に出れば、会社名の入った作業服を着ている。・・・・どこで、何で、悪い噂が立つかはわからない。


会社の姿勢としては、


「若者たちの首根っこを押さえ付ける」


そんな社風だった。

それで、

「転ばぬ先の杖」ってわけでもないだろうけど、


「素行不良」の噂のあるボクを本社に戻して、監視しようって話になったらしい。


・・・・あわよくば「依願退職」させられればベスト・・・そんな思惑もあったんじゃなかろーかと思う。



・・・・そういえば・・・



「どうだね・・・ヤツは・・・・?」


「今のところ、何も問題はありません・・・・」


「そうだな。別に、頭は悪いわけじゃなさそうだしな・・・・」



そんな、ボクに関しての上司の会話を耳にしたことがある・笑。


偶然にだった。

直属の、部長と課長が話してるのを聞いちゃったんだよな・笑。

ボクが近くを通って「うわぁ!」ってな顔をしてらっしゃった・笑。

・・・ったく、
失礼な話だよな・笑。



で、

そんな「素行不良」な社員の面倒をみようってな先輩社員はいない。


「課」のなかで、

「火中の栗」を拾おうなんてな先輩は誰もいなかった。


忙しくてどーーーしょーもないときには、


「図面の手伝い」を頼んだものの、

正式にチームに引き入れようなんてな先輩はいなかったってことだ。



「虐め」が始まれば、なかなかそこから抜け出すのは難しい。

・・・・それと同じように、

一度、


「使えない」

「素行不良」


そんなレッテルを貼られてしまえば、

なかなか、その立場から抜け出せはしない。



都心を外れて、
スカイラインが住宅街に入っていく。


アパートの駐車場に停めた。

・・・ボクが住んでるのと同じようなアパートだ。・・・・ふっるい木造モルタルのアパート。


途中で買ったスーパーの袋を持って、明菜さんが鉄製の階段を昇っていく。

ドアをノックする。

扉が開いて明菜さんが入る。・・・・続いてボクも入っていく。


入口に、
銀縁眼鏡。初老の男性が立っていた。

小柄な男性だ。・・・ボクよりも、さらに身長が低い。



「こんにちは」


頭を下げた。


「おお・・・」


男性はぶっきらぼうに言って奥に入って行く。・・・少し猫背・・・それがよけいに身体の小ささを感じさせた。


明菜さんが、玄関に靴を揃えて上がる。
男性の後ろに続いていく・・・



男性は、

明菜さんの親父さんだった。


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