「父を愛した」父を憎んだ。

ポンポコポーン

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「居場所がない」弟だけだった。

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・・・終わった。

教室。
教科書の入ったショルダーバッグを肩にかけた・・・ランドセルは4年生でやめた。

校庭を歩く。
ブランコや鉄棒で、何人かの生徒が遊び始めてる・・・・放課後の解放感がはじけていた。

グランドにはグローブ、バットを持った生徒たちが集まっている。・・・・その中にゴンがおった・・・・龍也もおった・・・


ひとりで小学校を出た。
野球帽を目深にかぶって歩いた・・・黒の帽子でフチが黄色・・・阪神タイガースの帽子やった。
でも、マークが違う。阪神はH・T・・・・ボクの帽子にはT・Tのマークがついていた・・・クラスの野球チームのマークやった。
このマークの帽子が、クラスの野球チームのメンバーの証や。
みんなでお金を出しあって作った。


田んぼの中の一本道を歩く。

左手一面は田畑。右手・・・ずーーーっと突き当りには山々が見えた。
初夏・・・・サワサワと風が流れた。
・・・帽子を目深にかぶって・・・・ジーパンのポケットに手を入れて、ボクはひとり歩いていた。


・・・・ついた。家に着いた。・・・逃げた屋敷のほうや。
鍵を開けて入る。

廊下を歩いて、ボクたちの部屋だった離れに向かう。

飾り棚があった。・・・・戦艦のプラモデルが並んでいる。
その上に作りかけのプラモデルを置いていた。・・・・それを廃墟の、古民家に持って帰るつもりやった。
あの日、慌てて家を出て行った。プラモデルを置いたまんまや。・・・・塗料もそのままや。

母屋に行って「入れもの」・・・段ボールを探す。・・・・部屋の中が散らかってた・・・押し入れが開いていて段ボール箱が散乱してる・・・何かを探しまわった感じや・・・父が祖父さんの酒を探しまわったんやろう。・・・よく見た光景や・・・
ちょうどいい野菜の段ボールを見つけた。
それを持って離れへ。プラモデル・・・・そして塗料を入れた。
・・・・少年ジャンプはどうしよう・・・・マンガ本はどうしよう・・・・部屋に入っていく・・・・ボクの机があって・・・本棚から何冊かのマンガ本を選ぶ・・・

あと、もういっこ持ってかなあかんものがある・・・・もういっこ・・・・弟のオモチャ箱があった・・・この中に・・・・

・・・音がした。気配がした・・・

奥の部屋に入っていった・・・・

父がいた。・・・・布団で父が寝ていた。
布団の横に鍋・・・ラーメンの残骸や。
箸が乱雑に転がっている。

・・・・いや、部屋全体が乱雑やった・・・・脱ぎ散らかった服・・・新聞・・・雑誌・・・・
押し入れが開いたまんまや。
いくつもの段ボールが開いてる・・・・古い洋服が散らばっていた。
大きな葛籠の箱が開いてる。
古い茶碗の箱・・・・壺・・・・掛け軸・・・・刀剣・・・・刀・・・?
そんなんあったんか・・・・・
その他にも骨董品が転がっていた。

一升瓶が転がっていた。サントリーの角瓶が転がってた・・・父の好きな酒や。
布団が汚れていた・・・・真っ白なふとんの端に大小の赤茶けた染みが飛び散っていた。

何日も経っていない・・・・ボクらが家を出て、まだ、何日も経っていない・・・
それなのに、もう自分の家じゃないように思えた。
家のすべてが一気に古ぼけてしまったような・・・・そんな感じがした。

・・・・もう、ここにも、ボクの居場所はない・・・・
・・・・いや・・・・もう・・・・ボクには、どこにも居場所がなかった。


目深に帽子をかぶった。
段ボールを持って屋敷を出た。
歩き出す。

「ピョコン、ペタン・・・ピッタンコ・・・・・」

「ド根性ガエル」を歌いながら歩いた。
仮面ライダーが好きやった。ガンダムが好きやった・・・・ヒーローものか、野球マンガが好きやった。
悪者に向かっていくとか・・・・強い相手に立ち向かっていくとか・・・・そんなマンガが好きやった。

・・・ギャグマンガは、あんま好きやない。アホみたいや。


田んぼの中を、2km歩いた。

廃墟みたいな家に着いた。

玄関をあけた・・・・隣の部屋・・・母さんが寝ていた・・・

「カァくーん」

部屋から弟が走ってきた。

弟も、みんなと同じでボクを「カァくん」と呼んだ。
ただ、弟の呼び方は「カァくーん」って・・・・ちょっと舌足らずな呼び方やった。


段ボールを置いて・・・・目深にかぶった帽子をとった。

T・Tのマーク・・・
・・・今頃は、みんなは・・・学校で2組との試合をしてるんやろう。
もう、試合に呼ばれることもなくなってた。
ライトどころか、呼ばれることがなくなった・・・・

黙って一人で学校に行き、黙ってひとりで帰ってきた。


・・・給食の時間が怖かった。
給食が食べられなくなっていた。
吐き気がこみ上げてきた。
給食の匂いだけで吐き気をもよおした。

・・・理由はわからへん。
家では、普通にご飯が食べられた・・・ただ、給食だけが食べられへんかった。

4時間目が終われば校庭の裏に一人で向かった。
給食時間が過ぎるのをやり過ごした。

・・・・誰も、何も言わへんかった。
心配は当然として、文句すら言われへんかった。

・・・・ボクは「透明人間」になっていた。
誰からも見えてない存在になっていた。


クラスは、ゴンと龍也を中心にして回っていた。

・・・いや・・・実際に動かしているのは「女の子グループ」やった。
女の子たちは、いくつかの「村」の女の子グループと、いくつかの「町」の女の子グループに分かれていた。
そして、それぞれに「気に入った男子」たちがいた。
この小学校では「町」の女の子グループは少数派や。・・・・人数が少ない。・・・そして、その彼女たちのアイドルが龍也やった。
ボクを支持していたのは「村」の女の子たちや・・・・でも、それは、この土地に根ざしたもので・・・・龍也のようにアイドルといった雰囲気とは、全く違うものやった。
幼児から・・・幼稚園・・・延々と根付いた・・・・生活の中での当たり前のようなものでしかなかった。・・・「支持していた」・・・・そんな言葉、そんな意識すらないものやった。

その中での、今回のゴタゴタが起こった。
ウチが、本家が失墜していった・・・・クラス内、学校内での「村」の勢力自体が失墜したような感じやった。
・・・・そこに乗じたように「町」の女の子グループが活気づいていた。
彼女たちの中には「村」・・・・その存在そのものを見下したような雰囲気があった。

「村」の女の子の中には、「町」の生活に憧れてる女の子たちもいた・・・・農業じゃなく、ネクタイをしたお父さんのいる生活・・・・
民家じゃなく、白い家に住む生活・・・・
軽トラックやなく、乗用車に乗る生活・・・・

・・・・「村」の女の子グループが、次々に「町」の女の子グループ派へと寝返っていった。
オセロの白が、黒へと変わるように雪崩を打った。
・・・そして、気づけば、一番熱心に、街のアイドル、龍也を応援しているのは「村」の女の子グループやった。


・・・・「町」の女の子グループ・・・・その最大の権力を握っている・・・・この女の子たちに逆らえば虐められる・・・・そこまでの絶対的な権力をもっていたグループがあった・・・それは・・・

ボクが小学校3年生のときに「虐め」を止めさせようと戦ったグループやった。

あの一件以来、彼女たちとは仲良くやっていた・・・・おそらく、そう思っていたのはボクだけやったんやろう。
彼女たちにとって、学校全体を牛耳っているようなボクという存在は「目障り」以外の何物でもなかったんやろう。

・・・・そこに千載一遇のチャンスがやってくる。
ボクへの反感を持っている龍也を擁立し、「町」の勢力を一つにまとめる・・・・さらには地元実力者のゴンを抱き込んだ。

これで学校内での力関係は決まった。


学校の中で、ある者は意思を持ってボクを無視し、ある者は意思を持たずにボクを見えない者としてた・・・関わったらアカン存在になっていた。
何か言いたげに憐みの目を向けてくる生徒もおった。

学校全員がボクを「透明人間」として扱った。


・・・・ただ、ひとりを除いて。


すでに学校には居場所がなかった。
どこにいても「針の筵」のような状態やった。・・・・もう、この土地には居場所がなくなっていた。


朝は起きられず、学校は毎日遅刻気味やった。・・・・もとより、今までよりも2km以上は遠い。小学5年生にとって徒歩での通学路が2km伸びるのは辛かった。

家でご飯は食べられる。学校では食べられない。・・・原因がわからない・・・・

・・・・今ならわかる。
大人になった今ならわかる。
おそらく「鬱」になっていた。・・・・「摂食障害」になっていたんやろう。

学校には居場所がなく・・・・徹底した無視・・・誰も話しかけてこなかった。・・・それでも一挙手一投足を見られている緊張感があった・・・休み時間が怖かった。
むしろ授業が始まればホッとした・・・・しかし、授業でも「班単位」で行う理科の実験といったものもある・・・・そこで走る緊迫感・・・
・・・常に緊張を強いられた・・・それが不安となり「吐き気」を生む。
家に帰れば、ホッとして、安堵して、気持ちが落ちつきご飯も食べられる。・・・・そして、それを誰にも訴えることができない不安。

・・・当時は、誰にも知識がない。
「鬱病」と「精神病」が同じ扱いを受けた時代や。

誰にも理解されず・・・・誰にも心配されず・・・・誰にも訴えることもできず、ただ、校庭の裏に避難して給食時間をやり過ごした。


家はバタバタとしていた。
父と祖父さんは屋敷にそのままいた・・・・つまりは別居状態やった。
母さんは着替えを取りに行くなど屋敷を出入りしていた・・・・疲れた顔の母さんがおった・・・



「ピョコン、ペタン、ピッタンコ・・・・」

テレビからド根性ガエルが流れていた。・・・・夕方の再放送や。
今まで見たことがなかった。・・・・この時間は外で野球をやってるか・・・・友達と遊んでるか・・・・放課後の一番楽しい時間やった。

テレビの前でブロックを広げた・・・・今日、屋敷から・・・弟のオモチャ箱から持ってきたやつや・・・・弟と一緒に遊ぶ。
ブロックで遊んでいれば弟は大人しい。・・・・ボクが車を作れば喜んで遊んでいた。
ボクと弟は8歳違いや・・・一緒に遊べるものもない・・・・ブロックなら一緒に遊べた。
だから、今日は、プラモデルとブロックを取りに行った。

テレビの中で、いつものように「ひろし」と「ぴょん吉」がケンカしながら遊んでいた。
・・・・なんにもない毎日のドタバタが繰り返されていた。

ヒーローものか、野球マンガが好きやった。

・・・・今は、「ド根性ガエル」が好きやった。
笑えて・・・・のーんびりしてて・・・なんでもない毎日を笑ったギャグマンガが大好きやった。

学校には居場所がなかった。
家にも居場所がなかった。
・・・・弟と一緒におるのが、ボクの唯一の居場所やった。


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