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「父を愛した」愛された。
しおりを挟むコンボイに別れを告げて高速を降りた。
一般道を走る。
片道1車線の県道だ。・・・・狭い。
交差点。
信号を左折する。
左にウインカーを出す。
対向車がいなくなるのを待って、ハンドルを右に切る。トラックの頭が対向車線に飛び出す。
十分に頭が交差点に出きったっところで、すぐに、今度は左に目一杯ハンドルを切っていく。
・・・・そうだ、この車両は大回りが必要だ。
しばらく走ると石油会社の看板が見えてきた。
東京と同じく広大な敷地だ。
守衛の許可を得て中に入っていく。
石油精製・・・・プラントなどの大きなタンクが並んでいる。
入っていけば赤い棒を持った、馴染みの誘導員が駆けつけてきた。・・・・首にタオルを巻いている。歳は父より少し上だ。
運転席のボクを見て、少し驚いた顔をした。・・・・そして、すぐに笑顔になった。
停車。二言三言言葉を交わす。接舷するタンクの確認をする。
指示されたタンクの脇、白線で仕切られたところ。
ピタリと白線内に停車させなければならない。・・・・それがボクの重要な仕事だ。
ここからは、バックで車庫入れを行っていく。
ハンドルを右に切ってバックをすればトラックは・・・・荷台は左を向く・・・・
左にハンドルを切ってバックすれば、荷台は右を向く・・・・
そう・・・・ボクが運転しているのは「大型トレーラー」だ。
全長16mにならんとする大型トレーラーのタンクローリー車だった。
全長13mのタンクローリーの荷台を、大型トラックが牽引している。
こいつの「車庫入れ」は一筋縄ではいかない。
普通の車、普通のトラックの車庫入れとはわけが違う。
・・・・言ってみれば、2両連結の電車をバックで車庫入れするのと同じだ・・・・・それを線路なしで、だ。
よって、高度な運転技術が要求される。
最も難しい運転免許のひとつだ。
今日からボクは「大型トレーラー」を担当する。
誘導員の指示。
両サイドミラーを確認しながらの微妙なハンドル操作。
ピタリと白線内に全長16mの大型トレーラーを停めた。
運転席の横に誘導員がきて親指を立てた。・・・・笑顔だ。
大きなエアブレーキのリリース音がして、エンジンを止めた。・・・・・ホッと溜息をついた。
指示書どおりに、タンク内に各種の油種が積載されていく。
ヘルメットをかぶり、タンクの上に乗って作業をする。
・・・・汗が流れ落ちる。
リストバンドで汗を拭った。
詰め所で書類のやり取りを完了する。
・・・・・誘導員がタオルで汗を拭きながら詰め所に入ってきた。
「ほら、お祝いじゃ」
冷たいコーラを手渡された。
ありがとうございます・・・・受け取った。
いつもここへくるとコーラを奢ってもらった。
冷房の効いた休憩場所でいただく。
「ずいぶん早かったなぁ・・・・何回目じゃった?」
自分の事のように喜ばれている。笑顔を向けられる。
元は大型トラックの運転手だった。
定年後にこの部署に勤めている。・・・・・息子さんがボクと同じ歳くらいらしい。
・・・・・儂はトレーラーは乗れんかった・・・・
目を細めながら濃い味の緑茶を飲んでいる。
「大型トレーラー」
会社内で、同期の中では一番の早さで免許をとった。
2回目の挑戦で合格した。
・・・・父が何度も挑戦して取れなかった免許だ。
その、合格の自分へのご褒美がGTRだった。
今日から「大型トレーラー」この車両がボクの担当だ。・・・・・しかも「新車」を与えられた。
しばらくして、礼をして詰め所を辞した。
再び走り出す。
守衛に見守られながら敷地を出る。
また、東北自動車道に入っていく。
・・・・・幼い日。父のトラックの横で見た「大型トレーラー」がカッコよかった。
大きくて・・・・地を這う恐竜のような姿に憧れた。
交差点を曲がる姿。
車庫入れの姿。
いつか自分で乗りたいと・・・・運転したいと思った。
運転手になりたい・・・・そう思った原点だ。
・・・・幼い日の夢が叶った。
「三つ子の魂百まで」ということか・・・・・
・・・・いや・・・・「蛙の子は蛙」ということか・・・・
日が暮れていく。
ガラス越しに見える海岸線に陽が沈んでいく。
コンボイが行く。今も昔も、日本の物流を支えているのは大型トラックだ。
父を憎んだ。
酒乱。 クズ。 クソ野郎。 負け犬・・・・あらゆる言葉で憎悪していた。
・・・・いや・・・父を憎まざるを得なかった。
虐められた・・・・・「家」の没落から理不尽なように虐められた。
・・・・しかし、本当に理不尽だったのか・・・
ボクは、自分では気がつかなかったけれど、生意気な小僧だったんだと思う。
どの学年でもクラスの中心だった。
・・・・しかし、それは、ボクの「出自」によるものだった・・・・長年に蓄積された、この地に培われた風土のようなものだった。
その「出自」に底上げをされて、ボクはクラスの中心人物になっていただけだ。
・・・・それがなければ生意気な、我の強い小僧でしかなかったんじゃないのか・・・・気がつかずに他人を傷つけていたこともあったんじゃないのか・・・・
・・・・そうでなければ、あれほど見事に掌を返されることはなかったんじゃないかと思う・・・・
・・・・いや・・・・気づいていた。
自分の生意気さを・・・・自分の我の強さを・・・ただ、それを「虐め」の原因と認めたくない自分がいた。
・・・・・・・自分のせいじゃない・・・・・・・・その「虐め」の理由を他に求めた。
・・・・それが父への憎悪だった。
父を憎悪することで・・・・全ては父が悪いんだと・・・・父を恨むことで自分を正当化させ・・・自分の置かれた境遇とのバランスをとっていた。
全てを父のせいにした。
虐める相手を恨むことをせず、喧嘩すらせず・・・戦いもせず・・・立ち向かいもせず・・・・ただ、ひたすらに父を恨むことだけでやり過ごした。
虐めの原因が自分にあると認めるのは、あまりに辛い。
だから、目の前のことを直視しなかった。
目の前の現実を見ず、全ては父の撒いたことが原因・・・諸悪の根源は父にあると自分を正当化させた。
・・・・そうしなければ、精神のバランスが保てなかった・・・そうしていてすら精神のバランスを崩した・・・・・物は食べられなくなり・・・・・喘息を悪化させ・・・壊れる寸前に・・・・否、すでに壊れてしまった。
なんとか、父を憎み、世間を憎むことで生きる糧とした。
・・・・そうすることで・・・・守のように自ら死を選ばずに済んだ。
そうだ。
ボクは、自分の命を守るために父を憎んだんだ。
・・・・全ての責任を父になすりつけ・・・・父を憎み・・・父を嫌悪することで、なんとか生き永らえた。
手首を切らずに済んだ。
すでに暗くなっていた。
真っ暗だ。
・・・漆黒の路面・・・赤いテールランプの群れ・・・またひとつコンボイに出会う。
深夜の高速道路・・・・みんなが寝静まっている深夜。走っているのは長距離トラックだけだ。
一瞬すら気の緩みが許されない大型トラックの運転。
そして重量物の荷物の積み下ろし・・・・過酷な重労働だ。
トラックターミナルに到着する。
トレーラーを駐車する。
トラック専用の施設だ。
食堂・・・・シャワー・・・コインランドリーなどの施設もある。
今夜はここで宿泊だ。
シャワーを浴び、夕飯を食べた。
歯を磨いてトラックに戻る。
・・・・星が綺麗だった。
思わず立ち止まって見上げる。
運転席で業務日誌を書く。今日の全てが終了した。
運転席の後ろ、簡易ベッドに胡坐をかいて座った。
フロントガラスからは、ズラリと並んでいるトラックが見えた。
父さんと旅をした。
日本全国を旅した。
父さんのトラックでフェリーに乗り海を渡った。
春の桜の下を父さんのトラックで走った。
夏の琵琶湖を父さんのトラックで走った。
冬の雪国を父さんの横で見た。
真っ白な世界・・・・一面の雪が吹きすさぶ中を父さんのトラックで走った。
仕切りのカーテンを閉めた。
横になる。
新車のトラックの匂いがした・・・・・
父さんの嬉しそうな顔を忘れない。
男にとって「新車」ほど嬉しいものはない。
ましてや、それが何千万円もする、大型トラックならなおさらだろう。
自分の稼ぎで買った、自慢の愛車、相棒、愛機だ。
おそらく、納車されて、・・・・一番にボクに見せたんじゃないかと思う。
息子のボクに自慢したかったんだろうと思う。
「カズ、今日からこいつがウチのトラックだ。ビカビカの新車やで」
父さんの嬉しそうな顔が忘れられない。
・・・・父さんと一緒に寝た。
狭いトラックのベッドで・・・・運転席の後ろの狭いベッドで、父さんに抱かれて眠った。
真冬の中・・・・それでも父さんに抱かれて温かかった。ボクには一番落ち着ける安全地帯だった。
まだ「おねしょ」の心配があった幼子だ・・・・父さんは、夜中にトイレに連れて行ってくれた・・・ボクを抱き上げ・・・時には肩車をして、一緒に星空を眺めた・・・・
父さんと一緒にご飯を食べ‥‥父さんと一緒に銭湯に行った。
父さんは、肌身離さずボクを傍に置いて仕事をしていた。
どこへ行くにも、何をするにも父さんと一緒だった。
・・・・間違いなく、父さんに愛されていた。
間違いない。断言できる。父さんに愛されていた。
父さんが直した・・・・ボクが壊した戦艦長門・・・・間違いなく、ボクは父さんに愛されていた。
・・・・父さん・・・・父さん・・・父さん・・・・・・父さん・・・知ってるよね・・・
ボクは・・・ボクはね・・・父さんが・・・父さんが大好きだったんだよ・・・
ボクが、最初に買った車はスカイラインだったよ・・・・そう、父さんが最初に買った我が家の愛車と同じだよ。
・・・・そして、今乗ってるのはスカイラインGTRだよ。
そうだよ・・・・父さんがレースでの活躍の話を・・・・トラックで話してくれた、あのスカイラインGTRだよ。
ボクは、父さんの話をトラックで・・・隣に座って聞いてるのが大好きだったんだ。
・・・・父さん・・・・父さん・・・父さん・・・
ボクは、みーんな、父さんの真似をしてるんだ。
父さんに褒めてほしくて・・・・父さんに褒めてほしくて頑張ってるんだ。
徳島で・・・・
徳島で子供たちを見た。
子供たちが供えた花を見た。
・・・・ボクは父さんを嫌悪していた。
見るに見かねた叔父が、ボクにアパート暮らしを勧めた。アパートを手配してくれた。
父さんは、晩年、阿波踊りの普及に「二拍子」を教えることに情熱を注いだ。
児童館にアイスクリームの差し入れ・・・活動費・・・・
それを支えていたのは叔父だった。
叔父とて・・・分家とて・・・本家が憎くて家屋敷を手に入れていったわけじゃない。
赤の他人・・・全くの余所者の手に渡るぐらいならとの善意から、家屋敷を買い取っていった。・・・・父さんの独立の面倒をみたのも分家だ。
・・・・失敗した後の面倒をみたのも分家だ。叔父だ。
ボクは、誰もいなかったときに父さんの祭壇に線香を立てた。
そして・・・・・子供たちが供えた花の横に「鳴門鯛」の一升瓶を供えた。
・・・父さん・・・ゆっくり飲んで・・・高い酒なんだからね・・・味わって飲んでよね・・・・もう、誰にも迷惑かけないだろうから・・・・全部飲んでいいよ・・・・
・・・・父さん・・・・一緒に酒を呑みたかった。
一緒に呑めなくてゴメンね・・・・
・・・・父さん・・・・
父さんのトラックで・・・・父さんの新車のトラックで、いろんな所に旅をしたよね。
父さん・・・父さん・・・
・・・・目を閉じた。
眠りに落ちた・・・・
カーテンが明るかった。
朝だ。伸びをして起き上がる。
食堂で朝食を食べた。
ベンチで缶珈琲を飲む。
飲み終わって缶を棄てた。
トレーラーの周りを一周して点検。
運転席に乗り込む。
エンジンをかける。
キーを捻る。ディーゼルエンジンが唸りを上げる。
ギアを入れ、右・・・左・・・安全確認をして走り出す。
父さん・・・
・・・・ボクが、今運転してるのは、大型トレーラーだよ。
そうだよ「トラックの王様」だよ。
今度は、ボクの運転で旅をしよう。
ボクの大型トレーラーで旅をしよう。
「トラックの王様」で、一緒に旅をしよう。
仮面ライダーのキーホルダーが揺れる。
助手席に青いグローブがふたつ。
小さいグローブは、母さんがまとめておいてくれた段ボールから出てきた。
母さんは、父さんの遺品整理のついでと言っていた・・・違うんじゃないかと思った。
前からまとめて保管してあったんじゃないかと思う。
ボクが遊ばなくなったもの・・・ひとつひとつをとっといてくれたんだと思う。
・・・・たぶん、弟用の段ボールもあるはずだ。
父さん・・・・帰るよ。
休みになったら、また帰るよ。
今度は墓参りに帰るよ。
そして「鳴門鯛」を供えるよ。
朝の高速はすでに動き出している。日本の流通はすでに動き出している。
コンボイの最後尾についた。
父さん・・・・父さん・・・・父さん・・・・
・・・・父さん・・・・ボクの父さんになってくれて、
ありがとう。
亡き父に捧ぐ。
全てのトラック運転手に捧ぐ。
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ありがとうございます。
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