機械の森

連鎖

文字の大きさ
上 下
22 / 25
オトギリソウ(迷信)

①リンゴ(選択と誘惑。恐山。)⑤

しおりを挟む
 1900年代には、

 霊。お化け。怪物。未確認生物。UFO。世紀末思想。ノストラダムス。

 現在では考えられないほどに、不可思議な事がテレビで放送され、
 少し調べただけで、それを真実だと思って生活している人が、
 放送されている事が、全て真実だと思っている人がいた。

 自分の妄想していることも、その人々と同じなのだろうと、
 全てが嘘と虚栄で塗り固められた希望だと、薄々気づいていたが、
 それでもいいから答えて欲しいと、
 諦めの気持ちを誤魔化しながら、東北の寒い土地まで来ていた。

(ふぅうう。寒い寒い。。昨日の格好じゃ凍えそうね。
 昼間なのに寒いって。。もう初夏になっているのよね。ハァ。寒ぅ。)

 東北まで来る時間など、今までの地獄のような時よりは短く、
 日差しがあって晴れているので、電車の中では感じていなかったが、
 この場所に吹いている風はトテモ冷たく、
 麗華の気持ちを、挫いているようにも感じていた。

 もちろん、連れもいない一人だけの旅だし、
 長谷の心配はわかるが、彼の人生を曲げてまでの事でも無いので、
 新幹線の車窓から見ていた綺麗な林檎の花を見ながら、
 久しぶりの長距離旅行を楽しんでいた。

(朝から何も食べていなかったなァ。でも、食べたいとは思わないし。。)

 彼女が新幹線で八戸に到着したのはお昼だった。

 それなら素直に、どこかで食事をとるべきだが、
 彼女は少しでも早く目的地に着きたいと思っていたので、
 すぐに移動して、待ち合わせの時間が短い電車を待っていた。

 そんな彼女の前に停車した電車も、寒々とした青い車体が、
 気持ちを落ち込ませるような雰囲気を醸し出していたが、
 それでも麗華は目的に近づくために素直に乗車していた。

 乗車した青い車体の電車から見える景色は、建物よりも自然が多く、
 大きな森というよりも草原のような場所が広がって、
 変わり映えのない景色と、青く澄んだ青空だけが続いていた。

 その景色を見ながら、これ以上探しても意味がないのか、
 また変わらない生活が続くだけで、もうこれで終わりなのか、
 という問い掛けが、麗華の心に浮かんでは消えていた。

 。

(イタコ?ジンさん。。いるの?本当は死んでいるの?イタコが鍵?
 私だけ置いて行ってしまったの?ジンさん。私はどうすればいいの?)

 何も考えずに過ごす時間はあっという間で、
 一時間も経たずに野辺地駅に到着した。

 次に乗る電車も、休日なのに人が少なく、
 海岸沿いを走る電車から見える景色は、下北半島の荒涼とした風景と、
 陸奥湾の穏やかな海と、晴れ渡った空との対比に見とれそうになるが、
 そんな景色を眺めても、麗華の心には景色が全く映っていなかった。

 。

(終点?ここが終わり。。ここが終わりなのよね。ジンさん。
 会えるのよね。ここなら、ジンが答えてくれるのよね。オネガイよ。)

 また一時間経って、本州最北端の下北駅に着くと、
 小さな駅舎だが、新しいロータリーもあって、
 駅の発着に合わせたタクシーも、客待ちをしていた。

「ボン。。。ガチャ。。お嬢さん。観光だが?
 そいだば申す訳ねばって、荷物は後ろに入れで貰っていべがなぁあ。」

 田舎では普通の事なのか、
 トランクルームとドアが一斉に開いて、運転手の声が聞こえてきた。

「ガン。。ドン。。。。。ドン。。」

(客にさせるって。。はぁあああ。ここって、最果てってかんじよね。)

 田舎なので仕方がないのも分かっているが、
 サービス過剰の生活が続いていた麗華が気になるのは仕方が無く、
 さっきまでのザワつく気持ちも重なって、少し強くドアを閉めていた。

「お嬢さん。目的地は何処だべがぁ?」「恐山へ。お願いします。」
「わんつか時間がかがるがもすれねばっが、よろすういが?」

「大丈夫ですよ。」
「わがったぁ。そいでば、出発すます。
 わんつか揺れるはんでスートベルトも着用すてけぇ。」
「。。。」

(田舎。。田舎よねぇ。。ハァ。。仕方がない。そうよね。ハアぁぁァ。)

 普通の精神状態であれば、
 タクシーのやり取りに対してイラつくこともなく、
 この程度のことで怒ることもないが、
 どれだけ調べても、どれだけ探しても、答えには近づけないと感じ、
 方言の聞き取りにくい音にまでイラついて怒った顔で口をつぐんでいた。

 。

 山の景色なのだろ、麗華には何も感じない景色が続き、
 車内の静まり返った状況に、運転手が声をかけてきた。

「こったらに美人だのにぃい、恐山さ何の用なんでじょおうがぁ?」
「イタコに会いたいと思って。」

「今の時期さイタコはいねじゃ。そえでもえぐのがいぃ?」

「えっ。。。。はぁぁあああ。。いないんですか?」
「イタコはいねじゃ。
 でも恐山は感動でぎるはんで、行ってもそんでねじゃ。」

「じゃあ、お願いします。」

(知ってるわよ。いないんでしょ。知ってるのよ。でも。でもでもでも。)

 今の時代なら、少し調べれば恐山にイタコが居ない事も、
 その憑依して話してくる言葉も、忖度の結果だと冷静に予想していた。

 それでも、彼を探すために必要な事だと、会うために必要なことだと、
 論理的に考える事をやめて、全てが運命の糸だと信じて突き進んでいた。

 もちろん最初に始めたのは、彼と会う前の自分に戻って探して貰おうと、
 会う前の自分なら、また探してもらえるという根拠のない希望だった。

 その行為が彼が望んでいないことや、
 身体を大事にしない行為など、ジンに止められるとわかっているが、
 そんなことにまで手を染めていないと、
 彼との約束を忘れて、生きることさえ投げ出してしまいそうだった。

(もちろん、ここに来たって。。。)

 。

 目的地についても、運転手がタクシーから降りる事は無かったので、
 自動的に開いたトランクルームから、荷物を取りだして歩き出していた。

「ドン。ガラ。」
「んだば。お嬢さん。帰りのタクスーさぁあ。予約済みだがい?」
「あっ。。そうですね。帰りもお願い出来ますか?」
「へば、閉館時間の18:00に迎えに来るじゃ。
 時間余ったっきゃ、ゆにでも入って時間ば潰すて待ってでけ。」

「よろしくお願いします。」「ブロロ。。。」

 優しい言葉をかけられて、タクシーから降りた場所には、
 観光地特有の建物と、観光から帰ってきた人が買い物をしていて、
 最初に思っていた印象とは、とても違っていた。

 ああ、確かに壁があって奥が見えなくなっているが、
 タクシーに乗っていた時から、硫黄の臭いを感じていたので、
 こじんまりした温泉観光地にでも、来たような気がしていた。

(観光地?。。。ここが恐山?。。ネットとだいぶ違うような気が。。)

 スマホで見ていた感じと違い、
 何か違う場所にでも来たのかと思ったが、悩んでいても仕方がないので、
 門の横にある案内所で、素直に聞くことにしていた。

「その格好で大丈夫かい?」「はい、大丈夫です。何か問題ですか?」

(スカートでも無いし、露出も少ないと思うんだけど。。どうして?)

 今日の格好は濃紺のパンツスーツなので、
 昨日の服装よりは、この場所にそぐわないとは思えないし、
 寒いと言えば寒いが、凍えるようには感じなかったので、
 彼女が何故心配するのか解らないので、素直に困っていた。

「じゃあいいけど、中では気をつけるんだよ。
 あと、そのバックじゃ大変だから、
 荷物は、隣の食事処で預かって貰ってから、またおいで。」

「はい。。そうします。」

(石畳だったような気がするけど、車輪で壊すからかなぁ。うぅん?)

 確かに古い石畳の通路にキャスターバックだと、
 道を壊してしまいそうなので、
 素直に言われた通りの食事処に入って、荷物を預けようとしていた。

「ガラガラ。。すみません。荷物の預かりをお願いしたいのですが?」

「いらっしゃい。じゃあ、あの辺に荷物を置いて、
 ここじゃ、誰も盗まないけど、預かるから心配しないでいいからねぇ。」
「すみません。お願いします。」

「ああ、そうだ!帰りにでも何か食べてくれると嬉しいけどね。あはは。」

「じゃあ、何か冷たい物でもお願いします。」「わかったよ。」

 ここに来るまでのように、急いでいるのであれば、
 何も食べずに走って向かっていたはずだが、
 目的地に着いてもイタコには会えないことを知っているし、
 鍵がどこかに落ちていないか、何か見落としていないかと探していた。

 。

(時間などイイけど。まあ、イタコもいないし。。次は、どうすればいい?
 何をしたらいいの?私は来たよ。ジン。。あなたは見ているの?)

 懐かしいと言えば納得できるのだろうか、
 昭和の頃に出てくるような店で、商品が出てくるのを待っているだけで、
 何故か不思議な気持ちになっていた。

「コン。。今日も暑いから、これでも食べて元気を出してね。」
「あっ。。ありがとうございます。」

(アンミツ。いつ頃食べたっけな?いつだろぉ。いつかなぁ。
 そういえば、今日は何を食べ。。。あはは、食べてなかった。)

 普通に日本語を話していたので、外人だとは思われていないと思うが、
 冷たい物を頼んだので、ジュースなどの飲み物が来ると思っていたのに、
 何故か、丼に入った黒蜜が沢山入っている寒天と数個の甘い果物に、
 中央に甘い粒あんが乗っている食べ物が置かれていた。

 もちろん店主としては、
 思い詰めたような顔で、この場所に女一人で来ているだけで、
 ここを訪れた理由を察してしまい、少しでも笑顔にしてあげようと、
 すぐに食べ終わらない、甘い物を選んでいた。

「パクパク。。うふっ。」

(これって。。何キロカロリー?美味しいけど。。アハ。カロリーがァ。)

 さすがに、この年でスタイルを維持するために食事制限しているのと、
 電車では寝ていたが、徹夜明けの最初の食事としては、
 考えられないほどに、強烈な甘みが身体を駆け巡っていた。

 そんな甘い食べ物でも、自分の為に用意された物を食べている内に、
 少しだけ気持ちが前向きになっているのを、麗華も感じていた。

 。

 久しぶりの食事が終わり、受け付けの横を通り抜けると、
 真っ白な地面と左右に灯篭が配置された石畳の床が続き、
 道の先には、朱色の門がそびえ立っていた。

(凄い。。大きな門。。白い床に赤い門。山門ね。
 大きいけど。こんな山奥に。。凄い。これが、昔から。あんな昔に。)

 今日は晴れていて天気が良いので問題ないが、
 この風景を薄暗い雨の日にでも見てしまったら、
 すぐに引き返したくなるほどの、荘厳さと静寂が周りに漂っていた。

 。

(ここが、温泉?ここでお風呂に入るって。。もし。。。)

 門を抜けても同じような風景が続いていたが、
 少し気になるのは、貰った案内図に書かれていた温泉という建物で、
 平屋で長屋のような建物が道の両脇に並んでいた。

 しかも、道のすぐそばにあるのに、なぜか窓が開いている建物が多く、
 麗華の目からも、人が温泉に入っている姿が見えていた。

(見られるのはぁあああ、まぁ。。いいんだけどぉぉ。。この場所で?
 こんな場所で覗かせていてもいいの?昔って、そういうもの?)

 さすがに麗華でも、この荘厳で静寂な場所で自分の身体をさらけ出し、
 見られて発情した身体のまま、外から覗かれ続ける事には戸惑っていた。

(。。。いいけど。。いいんだけど。。。うぅうん。そうかなぁ。)

 道の行き止まりに着くと、多くの地蔵が安置された建物の横をぬけ、
 噴煙と人の思いが積み重なった意志の山が、麗華を歓迎していた。

「ジャリ。。イタッ。。ビシビシ。。イタタタ。。。ジャりぃ。。イッ。」

 今は平らな石畳では無く、小山のような場所を歩いているので、
 パンプスの隙間から砂利のような噴石や軽石が中に入り、
 黒いパンプスの表面と、靴で守られている生足にまで傷を作っていた。

(この事だったのね。言ってくれたらいいのにィイ。もう言ってよぉ。)

 手荷物は預けているので問題無いが、生足にパンプスだけだと、
 どうしても、この歓迎を迎えるには物足りなかったらしく、
 靴の中にも傷が出来ているだろうと、今は半分諦めていた。

 そんな麗華でも、周りの殺風景?寒々しい?荒涼な風景を見ていると、
 何故か心が穏やかになっていくのを感じていた。

 。

 それから先は、塔や仏像に御堂が続き、赤く見える水の中に。。
 カラカラと回り続けるカザグルマ。。。そして、

「うわ。。。。」

 さっきの風景を見た後だと、声を上げるのも仕方ないのか、
 荒涼とした山の風景と、痛みさえ感じていた歓迎の先には、
 エメラルドグリーンの湖が目の前に広がっていた。

 その湖面は穏やかで、その透き通った水の中に、
 今歩いてきた地面と同じような景色が、遠くまで続いていた。

(極楽?こういう感じなの?あなたは、ここにいるの?ジンさん。
 やっぱり、もういないの?こんな場所で、貴方は休んでいるの?)

 その美しい風景を見続けているうちに、
 さっきまでの足から感じる違和感や痛みなどわすれて、
 青い空とエメラルドグリーンの湖面を、ただジッと見続けていた。


 ①リンゴ(選択と誘惑。恐山。)⑤
しおりを挟む

処理中です...