夏目の日常

連鎖

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二人の日常

報告①

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 海斗は、まだ薄暗い朝の街並みを走っていた。
 夏目からの課題をすべて解決し、あとは説明するだけだったはずなのに、
 なぜか、こんな早い朝に家に戻らなければならなくなって、
 少しでも早く褒めてもらいたくて、必死に走っていた。

「ハア。ハアハア。ハア。ハアハア。なっちゃん。ハア。なっちゃん。」

 遠くから走ってきたので息が切れた海斗の前には、
 築三十年以上経ったオンボロアパートが、朝日を浴びて輝いていた。

(なっちゃん。用意出来ましたぁあ。ハアハア。フゥゥゥ。ふうぅうう。)

 もちろん、その建物の中にいる大好きな夏目に褒めてもらうためには、
 2階にある部屋までの階段を上らなければならないが、
 海斗の身体は、この古い建物では支え切れないと何度も注意されていた。

 それなのに海斗は、この早朝に住人の迷惑を考えずに、

「ガツン。ガツン。ぐらぐら。ガツン。ぐらぐら。。。夏目さぁあああん。
 ドンドン。ドンドン。。ガン。ぐらぐら。カイト!帰りましたぁああ。」

 大声で夏目を呼び、階段を駆け上がって廊下を駆け抜けていた。

 大きな身体の海斗が、この古びたアパートを駆けていたので、
 建物は軽い地震のように揺れて、早朝なのに大声で叫んでいたため、
 住民全員が目覚めるような、迷惑な目覚ましになっていた。

 自分が走る騒音で、住人に迷惑をかけていることなど少しも気にせずに、
 嬉しい気持ちが爆発している海斗が、

「ガチャ。夏目さん。ぜんぶの用意が出来ましたァアア。
 なっつめさああああぁあん。僕、課題を全て解決出来ましたぁあああ。」

 家のドアを勢いよく開けて、旅行に行けると嬉しそうに叫んでいた。

「。。。」

 海斗がドアを勢いよく開けて、二人で旅行に行けることを喜んでいたが、
 夏目はこんな早朝に起きていたのか、
 寝ぼけた感じは少しもなく、完全に怒ったような顔で腕を組み、
 海斗に何かを言いたそうに、玄関前で睨んでいた。

「条件を全て解消出来ましたァ。聞いてください。旅行に行けるんです。
 夏目さぁあん。りょ。旅行に行けますよぉおぉ。行けるんですぅゥゥ。」

(あれ?どうして怒っているの?夏目さん。どうして睨むの?
 ぼく、なにか忘れている?何か言っていない?何か悪かった?)

 せっかく二人で旅行に行けるというのに、
 何も言わずに夏目が不機嫌そうに睨んでくるので、
 海斗には、その怒っている意味がわからなかった。

「はぁあぁ。何度言えばいいの。カイトくん?あのさ、海斗?
 私、いつも言っているよね。もう忘れたの?もう忘れちゃったの?」

 さすがに相手の気持ちに鈍感な海斗でも、昨日と同じことを言われ、
 これだけのヒントが出ていれば、帰宅時に挨拶がないことに気がついた。

「はっ。。はい。ただいま。夏目さん。
 ビシッ。海斗。仕事から戻ってきましたぁあ!海斗、帰宅しましたぁ。」
「はい、おかえりなさい。海斗。
 忘れていなくて、良かったわ。じゃあ、わたしもね。」

 ちゃんと海斗が帰宅の挨拶をすると、夏目が笑った顔で挨拶を返し、
 いつものように、笑顔の彼女が近づいてきた。

(うぅん。早く。夏目さん。早くしてぇ。僕頑張ったよ。ぼく頑張った。)

 夏目の顔が海斗に近づいた後は、
 いつものように、お互いの唇を合わせて愛を確かめるのだが、

「クンクン。。んっ。。カイトくん?あのさぁ。クンクンクン。んッ!」

 唇が触れそうなほどに夏目の顔が近づくと、
 何かに気がついたのか、怪訝そうな顔で海斗を睨んでいた。

「な。。なんでしょうか。タラタラ。えっと。。なんでしょうか?」

(あ。シャワーを浴びていなかった。まずいぞ。ヤバい、そういえば。
 嬉しくて、つい。そのまま、直接来ちゃったっけ?
 もしかして、僕のカラダから。。まさか、僕の身体って臭っている?)

 キャバクラのVIPルームで旅行の課題を片付けた後は、
 社長命令で、そのまま店で彼女達と飲んでいたことは覚えている。

 その後のことはよく覚えていないが、どこかの部屋で目を覚ますと、
 課題が片付いたことを思い出し、夏目に話して褒めてもらおうと、
 すぐにベットから飛び起きて、我が家に帰っていた。

 海斗が店で飲んだ後は、どこかの家で目を覚すのはいつもの事だったが、
 今日は少しでも早く、夏目に褒めて貰おうとしていたので、
 シャワーを浴びて、女の匂いや痕跡を消すのを忘れて、
 お風呂に入った時の匂いを消す為に必要な、マラソンだけをしていた。

「徹夜明けなの?それとも、どっかに行った?クンクン。この臭いさぁ。」

「あの。そのぉお。う。。打ち合わせにですねぇえ。ウチアワセです。」
「ふぅううん。打ち合わせぇえ。へぇー、それで?」
「シャッチョうが、いいところ連れて行ってやるって。社長がデスネェ。」

(ヤバい。夏目さん。すみません。夏目さん。怒ってるぅ。ヤバイよぉ。)

 睨んだ顔で身体中の匂いを嗅いでいる夏目に焦りながら、
 どうすればいいのかを必死に考えていた。

(ししょぉおお。僕って、スグに嘘をぉお。僕の嘘ってバレるんですよ。
 スグに嘘だって見破られるんです。どうすればいいですかぁ?)
(嘘か、アレは簡単だ。全て本当の事を話せばいい。
 重要なのは、相手に勘違いさせる事だ。嘘はつくなよ。嘘はバレる。)
(嘘を言わない?)
(プロ以外は、嘘をつくのはダメだ。おまえは素直に話せ。特にダメだ。)
(じゃあ、怒られちゃいますよ。僕、怒られたくありません。)
(そうだよ。お前なんて、怒られてしまえばいいんだよ。怒られちまえ。)
(それじゃぁ。ダメですってぇえ。うぅ。ししょぉお。ダメですよぉお。)

 確かに嘘の本質を述べているような気がするのだが、
 海斗はそれを理解していなかったのか、
 それとも知っているから違う答えが欲しかったのか、
 必死に山崎の身体に抱きついて、いつもの様に泣き落としをしていた。

「へぇぇぇ。私が、一人で。。寂しく。。家で。。ご飯を。。その時にぃ。
 ふぅううん。続きは何かなぁ?さあ、怒らないから、続きを教えて。」

 もちろん、海斗が家にいないことはとても寂しかっただろうし、
 自分だけの行為では、彼が満足していないことも知っているのだろう。

 もちろん、小さな頃から経験している人は、
 稚拙なテクニックなど、愛情が無ければ嘲笑や軽蔑の対象だし、
 最初は笑って許していても、すぐに飽きてしまうので、
 だから、少しでも飽きられるのを伸ばそうと、
 心を閉ざして必死に我慢していたのに、
 今回は、それさえも裏切られたような気がしていた。

 もちろん、怒らないからなどと夏目が言っているのは、
 ただの嘘なのは、いくら鈍い海斗でも知っていた。

「ガタン。ごめんなさい。夏目さん。仕方ないんです。
 社長命令で、連れて行ってやるって言われて、無理矢理なんです。」

(師匠。ししょぉおお。たすけてぇえ。夏目さんがぁああ。怖いですぅ。)

(海斗ぉお。そういう気の強そうな女の相手はなぁ、
 気合いだ。オラオラ系で押せばいい。ふうぅう。飲めよ。ほら、飲めよ。
 押し倒せば。コン。ふぅ。おまえも飲んでいるか?コンコン。飲め!
 でも、アイコちゃんわぁ。まだ。まだ来ないのぉ?あいちゃぁあん。)

 いつの記憶なのか曖昧になっているが、
 怒っている夏目に許してもらう方法と、師匠が言っていた対処の仕方を、
 必死に思い出そうとしていた。

「そっかァ。ふぅぅうん。へぇええ。そうなんだぁ。へぇエエ。
 今って、仕事終わりの朝帰りなのよね。そのまま帰ってきたんでしょ?」
「は。。はイィいいィ。」
「本当にそれって、仕事だけをしていたの?ほ。ん。とうに、シゴトだけ?
 怒らないから、何をしていたか話してみて!怒らないから話してね!!」

 年上の自分が大人の対応をしなくてはいけないのに、
 愛してる相手だと、普通の女と同じような事しか言えなくて、
 心の中では、自分がおばさんだからだと許しているのだろうが、
 口から出るのは、醜く嫉妬している女が吐き出す言葉になっていた。

 もちろん、海斗だって夏目が何を考えているのかは知っていた?

「し。しっ仕事です。。は。。ハイ。ら。らいげつは、
 残業代がふえ。ふえます。キョロキョロ。増えるんですって。
 来月は増え。。。ます。ほ。。本当です。仕事なんですよ。
 し。信じてください。増えますから。ぜったい。。。絶対です。」

(師匠。お願いします。頼みますよ。ししょぉお。お願いします。
 ちょっとでいいので増やしてください、お願いします。残業代をぉおお。
 師匠に付き合ったんだから、出来ますよね。できちゃいますよね。)

 確かに残業をすると、夏目に送っていたメッセージを見ていたし、
 たまたま残業の打ち合わせ場所が、飲み屋で行う事もあるので、
 仕事だと証明できる結果さえあれば、夏目も許してくれると祈っていた。

「そうだったのぉお?この匂いは、その残業ってのカナァアア。
 はぁぁあ。そう?そうなのかなぁああ。そうなのカイトぉお。
 今なら許してあげるから、言いなさい。今だけよ。たった今だけ!
 何処で、誰と、何を、していたの?ほらハヤク!!早く、話しなさい。」

「打ち合わせにキャバクラに行っちゃいました。う。うちあわせ。
 すみません。でも、シャッチョ。しゃちょオがぁ。打ち合わせってぇえ。

 残業だから一緒に来いって、残業だから連れて行くってぇえ。
 無理やりぃ。キョロキョロ。無理やりですよぉお。キョロキョロ。

 ぼ。。僕は、こ。。コ。コ、ことわったんです。断りました!」

「じゃあ、海斗くん?この香水の匂いは、どうやったらつくのかしらねぇ。
 クンクン。。すごく近くから、今も匂うのよ。クンクン。匂うのよ。
 この匂いを、カイトくんに擦り付けてきた。女は。。。。ダレ!」

「こ。。香水は、キョロキョロ。こおすいわぁあ。ここ。こおすうぃい。」

 香水の匂いを夏目に気づかれてしまった海斗は、
 どうすればいいかと答えを探し、必死に周りを見渡していた。


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