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第六話 ゾンビ少女

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キキーーーーーーーッ。
アスファルトを擦る音と、焦がす臭いが背後から襲いかかってくる。
  ボクが振り返ったときには、視界はダンプで一杯。
  格闘技で鍛えた体なんて、何の役にも立たなかった。
  3トンの前には、50キロなんて、木の葉に等しい。
  ボクは、天使のように空に舞い、隕石のようにアスファルトに激突した。
  寒い。体中から、血が抜けていくのがわかる。
  こりゃ助かりそうにないと、自分でも分かってしまう。
  痛すぎて、痛みを感じない。
  思考が、するのが辛くなっていく。
  まだまだやりたいこと、いっぱいあったのにな。
  とても、満足に天ごくになんかいけない。
  せめてせめて、ここすうかげつきたえたせいかがためせるかくとうぎたいかいくらいにはでたいよ。
  おねがい。あくまでもいいから、だれかたすけてよ。
  でもだめか、だれもこたえてくれない。
  めもみえなくなっていく。

  ぼくここでおわっちゃうの?

「はあ~っ」
  かなしみとともに、はいにのこったくうきを吐きだした。
「どうしたりん?」
 しにかける、ボくみおろす、てんしさんがいた。
 ぴんくのかみをみっつにまとめて、こいぬかとかわいい。
 このこぼくを、てんごくにつれていくの?
 あなたが、ぼくをつれてくの?
「ううん。くるくるリンは、天使。天使は絶対に人を殺せないんだ」
 じゃあ、なんできたの?
「お姉さんが、溜息ついたから。
 なんで溜息ついたの?」
 ためいきじゃない、どちらかというとだんまつまだ。
 まあもうどっちでもいいか。
 みりゃわかるでしょ、ボくしにかけてるのよ。まだまだやりたいいっぱいある。
 でも、おわる、わたし。おわっちゃう。
 てんしならたすけてよ。
「分かったりん。お姉さん、お名前は?」
 さき
「さきちゃんが、りんの下僕になるなら、助けるりん。
 どうりん?」
 なるなる。なるからたすけて。
 たすかりたい。ただそれだけをねがい。わたしこたえた。
「契約成立りん。
 くるくるくるくる、くるくるりん」
 リンは、ボクの血溜まりの上、回り出した。
 それはそれは、楽しそう。
 くるくる指を回して、体を回す。
「マジックアイテム。エンジェルデスサイズ」
 リンの手には、刀身がピンクに輝く巨大な鎌が表れた。
「ズバッと、首落ちろ」
 ヤクザよりドスの効いた声を共に、ギロチンのごとく鎌は振り下ろされ。
 ボクの、首はスパーーーーーーーーーーー
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんと切り落とされ、転がった。
 コロコロコロコロ、首は地面を転がり、切り離された自分の身体を見る。
 なんで?助けてくれるって言ったのに、ボク殺されちゃった。
 騙された。
 睨み殺したいのに、涙でリンの姿が霞んでしまう。
 ならせめて、唇を噛みしめていた口を開いて、呪詛を吐き出してやる。
「うわあああああん。何で何で騙すんだよ~。嘘つき~」
 呪いの言葉を吐くどころか、ボクは泣き出していた。
 死んじゃった。死んじゃったよ~。
 ただ悲しかった。
「酷いりん。リンは騙してないりん」
 ボクの傍まで寄ってきたリンは、ボクの首を、その可愛い手で持ち上げた。
 リンの見るだけで和む瞳が、ボクと同じ高さで見える。
「あれ、ボク生きているの?
 でも、首斬られたし、なんで?」
「言ったりん。天使は人間を絶対に殺せない、
 それは因果律に組み込まれた、絶対の宿命りん。
 だから、サキが死ぬ前に、リンが殺したことで、死ななくなったりん」
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 全く意味が分からない、でも生きていることだけは分かった。
 でも、首が切られて生きているというのかな?
 生物的にどうだろう?
「今度は、サキちゃんが約束守る番だよ」
「ぐすっ。でもボク首だけに」
 首だけじゃ、精々オウムの如く話し相手になるぐらいしかできない。
 ボクは、この娘の愛玩動物にされちゃったの?
「だいじょぶりん。サキちゃん、立ってみるりん」
「でも」
「うるせえ、ごちゃごちゃ言うな」
「はっはい」
 リンのチンピラの如く睨み付ける目に震え上がり、ボクは試しに起きあがろうとしてみた。
 するとちゃんと、身体から手応えが返ってくる。すごい、手に感触がある。
 リンが、ボクの首を身体の方に向ける。
 ボクの身体は、ちゃんと起きあがろうとしているのが見えた。
「凄い」
「ね。じゃあ病院に行って身体を治すりん。でも首だけは直しちゃだけだりん。
 そうすると因果律が戻って、サキちゃん死んじゃうから」
「分かったわ」

 ピンクの悪魔に魂を売ってから、一ヶ月後。
 無差別武闘大会決勝戦まであと数分。
 控え室でのイメージトレーニングを止め、ボクは前に鏡の前に立って、もう一度自分の姿を見た。
 赤髪をボーイッシュにカットした顔は、うん引き締まってる。
 首元は、ちゃんと晒しできつく縛ってある。
  よし
 ボクは、最後に道着の帯を締め直して、気負いを入れた。
「勝っても負けてもこれが最後。行くよボク」

 大勢の観客に、周りをぐるっと取り囲まれ。
 目の前には、同じ人間とは思えない巨体のレスラーがいる。
 まるで筋肉の壁だ。ボクのパンチなんか、効きそうに見えない。
 バチッ。
 頬を叩いて気合いの入れ直し、飲まれちゃ駄目だ。 
「はっ」
 にやついた笑みと共に、レスラーが拳を振り下ろしてきた。
 ボクは、さっと躱して、懐に飛び込もうとする。
「!」
 不用意に突っ込んだボクに、バズーカのような膝が迫ってきた。
 咄嗟に、十字ブロック。
 ブロックごと、ボクは2メートルは吹っ飛ばされる。
「がははははは、小娘に勝ち目はない。痛い目に遭う前に降参するんだな」
「このっ」
 悔しさで拳を握り締めたが、実際にリーチが違いすぎてどうにも成らない。
 レスラーは、余裕を見せつけのっしのっしと間合いを詰めてくる。
 やるなら今しかない。
 決勝戦まで、温存しておいた必殺技。
 ボクは、レスラーに向かって走り出すと共に、両手を頭にかけた。
「はっは。特攻か」
「馬鹿にするな。くらえ、ロケットヘッドアタック」
 ボクは、レスラーのアゴ目掛けて、自分の頭を投げつけた。
 驚きで間の抜けたレスラーの顔が、ぐんぐん迫る。
 よし、ボクは耐ショックにそなえ、歯をグット噛みしめ。
 激突。
 落下するボクの頭を、駆けつけた身体が見事キャッチ。
 頭を小脇に抱えたまま、ボクは追撃の止め技を放つ。
「ギロチンキック」
 ボクの回転の乗った蹴りが、レスラーの喉に食い込み。
 レスラー失神。
 この瞬間、ボクの優勝が決まった。
 やったやったよ。
 ボク優勝出来た上に、史上初の技も編み出したんだ。
 これで、もう悔いはないな。
「うおーーーーーーーーーーっ」
 ボクは唖然としている観客に向かって、勝利の雄叫びをあげた。

 武道館から出てくると、そこにはピンクの悪魔が待っていた。
「もういいりん?」
「ああいいよ。さあ、ボクを好きなように使ってくれ」
「じゃあ、行こうりん。
 溜息をつく、不幸な人々がリン達を待ってるりん」
 悪魔に魂売った自分が一番不幸な気もするけど、まっいっか。
 これはこれで楽しそうだ。
 ボクは、前で揺れるリンのテールを見ながら思った。


                                     おわり
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