人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第2話:『秋葉原ハウスシッター』

◆02:ハウスシッターというお仕事-2

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「……何これ?」

 真凛の率直極まりない疑問にもおれは返す言葉がない。最初は本気でここは八百屋かと思ったほどだ。もしくは野菜冷蔵室か。ところがここは都内の高級マンションの一室に相違なく、部屋にあるのはただ無数のスイカと、それを冷やすためだろうか、全開で稼動しているエアコンのみ、だった。

 それでも、こんな異様な光景も三十分ほど過ぎるとそれなりに慣れてしまったりするあたり、自分が怖い。文字通りのハウス栽培のせいか、スイカの蔓には虫などもついていないようだ。で、今おれ達は周囲のスイカどもをかき分けてスペースを作り、どうにか居場所を確保しているというわけである。アイスクリームを片付けてしまったおれはザックを枕にして横になった。

「良くこんな所で寝れるよね」
「タフだと言ってくれタマエ」
「いつもごちゃごちゃした部屋に住んでるからじゃないの?」
「失礼な。おれの部屋は結構キレイだぞ?」

 これはそれなりに自信がある。意外に思われるが、おれは割と部屋は片付いているほうだったりする。もっとも、ごちゃごちゃモノがあるのは好きな方ではないので、散らかっていないというよりは不要なものはさっさと捨ててしまう、という方が正しいのだが。

「むしろお前の部屋の方が散らかったりしてるんじゃないか?」

 日ごろのガサツっぷりを拝見するに。

「えっと。お手伝いさんが時々掃除に来てくれるから」

 このお子様に世間の荒波を今すぐ叩き込んでやりてぇ。

「で。この部屋の持ち主、ええっと。笹村さんってどんな人なの?」
「どっかの会社の研究員らしいけど」
「ってことは。このスイカと関係が?」
「さあ。知らね」

 率直過ぎるおれの返答を受けた真凛がのけぞる。

「し、知らないって、いくらアンタでも無責任すぎない?」
「無責任も何も。『依頼人の素性には関与しないこと』ってのがこの依頼の条件だからな。むしろおれは立派に責務を果たしているぜ?」

 事実である。この手の留守番の仕事にはとかく後ろめたい依頼人が多かったりするので、素性や依頼の理由については知らされない事の方がむしろ多いのだ。もちろん情報ゼロで契約を結ぶほどこの業界は阿呆ではない。『危険はない』事を示す高額の保証金を預かるかわりに、一切素性や理由に干渉しない、とか、依頼人と派遣会社の間でのみ守秘契約が結ばれており、おれ達のような下っ端実働部隊には詳細が知らされていない、なんてのが良くあるパターンだ。

「それって、実はすごく危険な任務だったりするんじゃない?」

 だからどうしてお前はそういう台詞を凄く嬉しそうに言うのか。

「スイカの番をするのが?」
「うぐ」

 とはいえ、確かに異常な状況ではあるのだが。

「高級マンションの室内で野菜を栽培。室内菜園は今日び珍しくない趣味だしな」
「趣味、なのかなあ」
「数が桁違いに多いことを除けば、な」

 とはいえおれ自身も本当にそれで納得したわけでは無いが。

「まあ、本当にリスクがあるんだったら、留守をどこの馬の骨とも知れない派遣社員なんかにゃ任せんよ。警備なら警備で、こないだ会った門宮さん達の仕事になるさ」

 例え何か途方も無い陰謀があったとしても、『何かをしなければいけない』のではなく、『何もなければそれでいい』のだ。そういう意味でも『楽な仕事』ということ。おれは寝そべったまま、ザックから雑誌や文庫を取り出す。これもハーゲンダッツと一緒にコンビニで買った物だ。何冊かと事務所から持ち出してきたクッションを真凛に放りやると、おれはこの間門宮さんから教えてもらったファンタジー小説を読み始めた。ジュースやスナック菓子も引っ張り出して完全にカウチポテトを決め込む。

 ちなみに水や電気は常識的な範囲内では自由に使ってよいとのお触れも頂いており、周囲から無言のプレッシャーを加えてくるスイカ君たちとその甘い香りにさえ慣れてしまえば、まったく天国のような仕事だった。

「うーうーうぅ。でもなあ、それだとあんまり意味がないって言うか」

 ところが真凛はお悩みのご様子。そんなにこないだみたいなバケモノとガチやりたいのかねこのお子様は。

「それはそうだよ。フレイムアップと関わって、自分が今までいた世界よりはるかに強い人たちがいる領域を知ったからこそ、このお仕事を始めたんだから」

 それまでは新宿ストリートでも実家の交流試合でもほとんど負けなしだったのだから、真凛にとってはそれは人生を一変するほどの一大事だったのだろう。かくて『ボクより強い奴に会いに行く』理論のもと、七瀬真凛はウェイトレスもレジ打ちもやらず、はたまたショッピングや部活動に明け暮れることもなく、女子高生としての夏休みをこんな所でスイカに埋もれて過ごしている。金に困っているわけではないのに。そういう屈託のなさが、少しばかりおれには好ましく、そして羨ましい。

「そう言えばさ」

 難儀な顔をして文庫版『ガラスの仮面』を読んでいた真凛が顔を上げる。

「あんたは何でこんな仕事始めたの?」

 あれ?言ってなかったっけか。

「よくあるだろ?社会勉強を通じた自分探しの旅だよ」

 は?と真凛が呆け面をする。

「『おれがこの世に生まれてきた理由』を見定める、って奴さ」
「……冗談だよね?」
「冗談だよ」

 カッコつけすぎ、と真凛は文庫本に視線を落とす。実際、仕送り無しの学生は何かにつけて金がいる。花の東京一人暮らし、全く金銭的には楽ではないのだ。と、真凛が文庫を読み進めながら、でもそれならわざわざこの仕事でなくてもよかったんじゃない?などと問いかけてきた。

「まあ、出来ることから逆算してったらこうなったんだよ」

 おれは素っ気無く答えてチョコレートに手を伸ばそうとして、その手は空中に止まることになった。
 部屋の電話が、鳴り出したからだ。
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