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第2話:『秋葉原ハウスシッター』
◆06:スイカとともに一夜を過ごし−1
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「ああ~。ボクもその場に居合せればなあ!」
昨夜の襲撃から明けて午前8時。一晩休んで鋭気を養いしきりにテンション高く口惜しがる真凛とは対照的に、おれと直樹は目の下にどんよりとした雰囲気をたっぷりと湛えて沈み込んでいた。結局あの後、暗闇の中二人がかりでモップがけしたのである。どうにか元通りになった頃にはすっかり夜が明けており、オマケに朝一番で管理人さんから電話で懇々と注意されたりして殆ど寝られなかった。ちなみに今朝も爽やかな夏空ががっつり広がっており、すでに辺りはセミの大合唱で満たされている。
「はいこれ。頼まれた朝ご飯と、電球。型番これでいい?」
「サンキュー。じゃあさっそく取り付け手伝ってくれ」
「あいあい、さー」
おれと真凛が昨夜砕かれた電灯を応急処置している間に、直樹はスイカに水をくれている。ゆうべのドタバタ騒ぎも我関せずとばかりに、今日もスイカ君たちはひたすらすくすくと育っているようだった。
「何はともあれ、だ」
おれはよどんだ頭を二、三度振ってどうにか正気を保つと、昨日の出来事を改めて真凛に説明する。
「物騒になってきたね」
そういうセリフはもっと深刻そうに喋れ。
「原因はやはりこのスイカ、か?」
直樹が大玉のスイカを一つ、撫でて一人ごちる。
「今のところそれ以外に心当たりはないわけだが」
おれは一つ首を捻る。
「取り得る選択肢は二つだ。何はともあれこのまま留守番を続けるか」
「襲ってきた敵の正体を調べるか、でしょ?」
「やっぱりそうなるよなあ」
おれは肩をすくめる。やる気満々の真凛はもとより、昨夜不意打ちを受けた直樹もこのまま黙って済ますつもりは毛頭無いようだ。昨日まで儚く抱いていた、ごろごろ寝ていてオカネがもらえるという甘い夢想はこれで完璧に潰えることとなったわけだ。まあいくらごろごろ出来ても、夜のうちにあの黒い男に寝首を掻かれてしまったりするとさすがに楽しすぎるので、ここはおれとしても腹を括るしかない。
ちなみに直樹の傷の方は朝がくるまでにはほとんど良くなっていた。服には何かを穿ったような小さな穴が開いていて、野郎は散々文句を言っていたが、結局このまま着続けることにしたようだ。
「とにかく。もう一度所長にかけあって今回の依頼の詳しい情報を聞かせてもらおう。そこから少しずつ、こちらの背景を探っていくとしようや」
おれは一つ手を打ち鳴らした。それならそれで、まずは朝飯だ。真凛が持ってきてくれたコンビニのパンを並べてゆく。ささやかな朝食を始めようとしたその時、おれの携帯が鳴った。相手は所長だった。丁度いい、改めて今回の依頼の経緯を問いただしてくれよう。そう思いつつ交わされる二言三言の他愛の無いやり取り。だが、先制攻撃は向こうから来た。
「依頼人が消えたぁ!?」
朝飯がわりのパンを危なく噴出しそうになりながら、おれは携帯に向かって怒鳴った。
『うーん。ちょっと困っちゃったわねえ』
電話向こうの所長の声は呑気極まりない。おれ達が事の顛末を報告し、調査を行いたいと提案した事に対する回答がこれである。
「どういうことっすか、それ」
『任務の都合上、依頼人とは定期的に連絡を取らせてもらってるんだけどね。今日の朝から連絡がつかないのよ』
職場の方に問い合わせても今日は不在だという。おれは深々とため息をついた。
「改めて話してもらえませんかね、所長。今回の依頼について」
『わかったわ。こうなった以上、守秘契約の特記事項に該当するしね』
そもそも今回の依頼人は『笹村周造』氏である。これは間違いない。所長の話によれば、彼は三十後半のいかにも技術者と言った雰囲気の男性であったそうだ。彼は唐突に事務所を訪れてこう告げたのだという。『これから四日間、自宅を不在にするので、留守番をお願いしたい。誰が来ても、何が届いても、決して部屋には入れないでくれ』と。
彼が指定したのは保証金コース。つまり『事前に充分な依頼料を払うかわりに、一切素性や理由に干渉しない』というモノである。彼はここ数日全く自宅に戻っておらず、かつ今後もしばらくは戻らない予定だとの事だった。所長は前金と保証金を受け取ること、定期的に携帯電話で連絡を取り合うことを条件として契約を締結したのだそうだが――
「結局ほとんど何も調べないまま引き受けちまったワケですか」
『充分ワケアリだとは思ってたけどね。まあ亘理君と直樹君なら大丈夫だろうし』
からからと笑う所長に殺意を覚えたおれは許されると思う。
『それでももちろんウラは取ったわよ。笹村氏の個人的なデータも調べさせてもらったけど、特に財政上……借金や投資の点では全く問題は無かったわね』
家族関係や職場での人間関係もまず良好で、トラブルに巻き込まれる理由はなかったという。
「となると。残る理由としては」
おれは部屋に鎮座ましましているスイカ殿の群れを見やる。
『そういうことになるわね。笹村さんの職場はご存知、クランビール株式会社。スイカの栽培とくれば、清涼飲料かデザートがらみ、と考えるべきかしら』
クランビール。こりゃまたメジャーな名前が出てきたものだ。
昨夜の襲撃から明けて午前8時。一晩休んで鋭気を養いしきりにテンション高く口惜しがる真凛とは対照的に、おれと直樹は目の下にどんよりとした雰囲気をたっぷりと湛えて沈み込んでいた。結局あの後、暗闇の中二人がかりでモップがけしたのである。どうにか元通りになった頃にはすっかり夜が明けており、オマケに朝一番で管理人さんから電話で懇々と注意されたりして殆ど寝られなかった。ちなみに今朝も爽やかな夏空ががっつり広がっており、すでに辺りはセミの大合唱で満たされている。
「はいこれ。頼まれた朝ご飯と、電球。型番これでいい?」
「サンキュー。じゃあさっそく取り付け手伝ってくれ」
「あいあい、さー」
おれと真凛が昨夜砕かれた電灯を応急処置している間に、直樹はスイカに水をくれている。ゆうべのドタバタ騒ぎも我関せずとばかりに、今日もスイカ君たちはひたすらすくすくと育っているようだった。
「何はともあれ、だ」
おれはよどんだ頭を二、三度振ってどうにか正気を保つと、昨日の出来事を改めて真凛に説明する。
「物騒になってきたね」
そういうセリフはもっと深刻そうに喋れ。
「原因はやはりこのスイカ、か?」
直樹が大玉のスイカを一つ、撫でて一人ごちる。
「今のところそれ以外に心当たりはないわけだが」
おれは一つ首を捻る。
「取り得る選択肢は二つだ。何はともあれこのまま留守番を続けるか」
「襲ってきた敵の正体を調べるか、でしょ?」
「やっぱりそうなるよなあ」
おれは肩をすくめる。やる気満々の真凛はもとより、昨夜不意打ちを受けた直樹もこのまま黙って済ますつもりは毛頭無いようだ。昨日まで儚く抱いていた、ごろごろ寝ていてオカネがもらえるという甘い夢想はこれで完璧に潰えることとなったわけだ。まあいくらごろごろ出来ても、夜のうちにあの黒い男に寝首を掻かれてしまったりするとさすがに楽しすぎるので、ここはおれとしても腹を括るしかない。
ちなみに直樹の傷の方は朝がくるまでにはほとんど良くなっていた。服には何かを穿ったような小さな穴が開いていて、野郎は散々文句を言っていたが、結局このまま着続けることにしたようだ。
「とにかく。もう一度所長にかけあって今回の依頼の詳しい情報を聞かせてもらおう。そこから少しずつ、こちらの背景を探っていくとしようや」
おれは一つ手を打ち鳴らした。それならそれで、まずは朝飯だ。真凛が持ってきてくれたコンビニのパンを並べてゆく。ささやかな朝食を始めようとしたその時、おれの携帯が鳴った。相手は所長だった。丁度いい、改めて今回の依頼の経緯を問いただしてくれよう。そう思いつつ交わされる二言三言の他愛の無いやり取り。だが、先制攻撃は向こうから来た。
「依頼人が消えたぁ!?」
朝飯がわりのパンを危なく噴出しそうになりながら、おれは携帯に向かって怒鳴った。
『うーん。ちょっと困っちゃったわねえ』
電話向こうの所長の声は呑気極まりない。おれ達が事の顛末を報告し、調査を行いたいと提案した事に対する回答がこれである。
「どういうことっすか、それ」
『任務の都合上、依頼人とは定期的に連絡を取らせてもらってるんだけどね。今日の朝から連絡がつかないのよ』
職場の方に問い合わせても今日は不在だという。おれは深々とため息をついた。
「改めて話してもらえませんかね、所長。今回の依頼について」
『わかったわ。こうなった以上、守秘契約の特記事項に該当するしね』
そもそも今回の依頼人は『笹村周造』氏である。これは間違いない。所長の話によれば、彼は三十後半のいかにも技術者と言った雰囲気の男性であったそうだ。彼は唐突に事務所を訪れてこう告げたのだという。『これから四日間、自宅を不在にするので、留守番をお願いしたい。誰が来ても、何が届いても、決して部屋には入れないでくれ』と。
彼が指定したのは保証金コース。つまり『事前に充分な依頼料を払うかわりに、一切素性や理由に干渉しない』というモノである。彼はここ数日全く自宅に戻っておらず、かつ今後もしばらくは戻らない予定だとの事だった。所長は前金と保証金を受け取ること、定期的に携帯電話で連絡を取り合うことを条件として契約を締結したのだそうだが――
「結局ほとんど何も調べないまま引き受けちまったワケですか」
『充分ワケアリだとは思ってたけどね。まあ亘理君と直樹君なら大丈夫だろうし』
からからと笑う所長に殺意を覚えたおれは許されると思う。
『それでももちろんウラは取ったわよ。笹村氏の個人的なデータも調べさせてもらったけど、特に財政上……借金や投資の点では全く問題は無かったわね』
家族関係や職場での人間関係もまず良好で、トラブルに巻き込まれる理由はなかったという。
「となると。残る理由としては」
おれは部屋に鎮座ましましているスイカ殿の群れを見やる。
『そういうことになるわね。笹村さんの職場はご存知、クランビール株式会社。スイカの栽培とくれば、清涼飲料かデザートがらみ、と考えるべきかしら』
クランビール。こりゃまたメジャーな名前が出てきたものだ。
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