人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第3話:『中央道カーチェイサー』

◆10:『貫影』−1

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 状況は混戦の態を示しつつあった。

 勝利条件である前後編の原稿を揃え、現在進行形でゴールに向かって走行しつつある、『包囲磁針』なるエージェントの乗ったクラウン。大きく引き離されながらも、追跡する玲沙さんとおれの『隼』。そして足止めに徹している『貫影』と、バイクの運転手。おれ達に指揮しつつ現場に向かってくれている見上さん。現在両チームとも三人ずつのエージェントが舞台にあがっている。そしておれ達は、最後のカードをここで切った。

「予定が変更になった!とにかくその槍使いを何とかしてくれ!」

 メット越しのおれの台詞は、ただいまローラーブレードで中央道を疾走する女子高生……我がアシスタント七瀬真凛の耳につけた小型インカムに伝わっている。

『いいよ、ボクとしてはこっちの方が大歓迎だからね!』

 言うや、自らの手に巻きつけた革紐をぐい、と引く。そのもう一方の先端を巻きつけられた『貫影』は、真凛がどういうモノなのかを即座に認識したらしく、革紐をこちらも強く引き、油断なくバイク上で槍を構えなおす。ピンと張り詰める、紐と緊張。時速百キロ超で後方に流れるアスファルトの上、槍使いと殺捉者は、危険というのも馬鹿らしい程物騒なチェーン・デスマッチを開催しようとしていた。

 
 本来真凛がここに待ち伏せしていたのは、おれ達が原稿を奪取した後、しんがりとして追っ手を確実に封じ込めるためである。そういう意味では、原稿を奪って先行逃げ切りという作戦は敵味方共通していたわけだ。だが、初戦で先方に軍配が上がってしまった以上、何とかしてここで挽回しなければならない。手持ちのカードを出し惜しみしている余裕はおれ達にはなかった。

 あいつが免許さえ持っていれば、直接クラウンを襲わせるという手があった。だが、機械オンチの暴力娘が停めようにもブレーキがどこかわからない、などと抜かしたため、結局それは断念せざるを得なかったのである。

 戦いの舞台の加速はもはや留まらず、猛禽と甲虫と女子高生は睨みあいながら無数の車両を振りちぎってゆく。抜かれる車の中から注がれる脅威の眼差しなどどこ吹く風といった態で、白兵戦の練達者同士の戦いの火蓋は切って落とされた。

 ローラーブレードが保つ慣性と己の鋭い踏み込みを利して、文字通り滑るように真凛が間合いを詰める。迎え撃つは槍使い。二輪車の上とは到底信じられぬどっしりとした構えから、最短最速の軌道で穂先を突き込む。それを払おうとする真凛、だが穂先は敵の強靭な手首にたぐられ、軌道を変じて腕を弾く。たまらず姿勢を崩す真凛。

 追い撃つように返しの払い。咄嗟、身を沈めて交わす。一転して好機。まだ死んでいない踏み込みの勢いを利し、さらに一足を滑り込ませ間合いを詰める。と、翻って頭上より落ちかかるは石突。額を撃ち割らんとするそれを身を開いてかわし、結果、詰めた間合いを渋々放棄することになる。車上の『貫影』、悠々。穂先を突きつけ、不動の構え。

 それは現代の騎兵と歩兵の戦いだった。しかもこちらは無手、あちらは槍である。まあ何だ、純粋などつきあいに限定すれば、あのお子様の白兵戦の戦闘力は業界でも特一線級のシロモノだ。道場で一対一の試合であれば、おそらく真凛は『貫影』に遅れをとることはあるまい。だが、この位置の高さと得物の有利は、多少の腕の差など容易く覆す。凶悪無比の真凛も、冷静に槍を捌く『貫影』の猛攻に攻めあぐねているように思えた。

「あのバカ……」

 おれは舌打ちする。真凛はここで大きなミスを犯している。そもそもこのゲームで戦闘に勝利する必要はない。相手を無力化すればいいのだ。極端な話、革紐を巻きつけた時点で相手をバイクから引きずり下ろせばそれで良かったのに。どうやら相手が騎兵と聞いて、正面から打ち破る気になったらしい。

『亘理さん、あれを!』

 玲沙さんのコメントが耳に飛び込み、おれは我に帰った。慌てておれは前方を見やり、前方の路肩――あっという間に視界の前方から後方へ過ぎ去ってしまったが――に、見覚えのあるシルエットを発見した。

「乗り捨てか……?」

 おれは呟く。そこに停めてあったのは確かに、この『カミキリムシ』を載せて走っていたはずのトレーラーだった。このゲームに参加できるのは四人。となれば当然、このトレーラーの運転手が敵の四人目のエージェントでなければならない。おれはそう踏んでいたのだが。

「無人……か」

 すれ違い様に眺めた程度なので確かな事は言えないが、車内はからっぽのようだった。すでに運転手は降りたのか。咄嗟に、待ち伏せしたエージェントの襲撃を予測したが、それは外れた。そのまま何もなく『隼』と『カミキリムシ』、そして真凛は高速道路を疾走してゆく。

 おれはとりあえず胸を撫で下ろした。どれほど高い攻撃力を持つエージェントでも、十キロと離れればそうそう手の打ち様はないはずだ。さっきの『包囲磁針』のような化け物はさておいて。
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