人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第4話:『不実在オークショナー』

◆13:二人なら−1

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「おのれ、どれが本物だ!?」

 霧の中、無数に現れる『西風』の分身を、次々と斬り裂く『毒竜』。彼とて無数の修羅場を潜りぬけ、S級とまで称されたエージェントである。これが幻術だという事は最初から看破している。問題は。

「――くっ!」

 霧の中から、首筋を狙って飛来した苦無を弾き落とす。そう、問題は無数の偽物の中に本物が紛れており、それが攻撃を仕掛けてくるということである。

 幻術使いや霧使いは業界にも数多いが、熟練のエージェントにとっては、映像の不自然さや気配の有無を見破るのは容易いことだ。だが、この『西風』は、『毒竜』に対してすら完全に殺気を遮断し、攻撃を仕掛けてくる。底無しの技量と言えた。

『そこから右へ三メートル、前へ二メートルの床に攻撃を』

 霧の奥から、『定点観測者』の声が響く。直観的に指示に従った。金属塊を斬り裂く音が響く。すると、たちまち青黒い霧が晴れていった。見れば、彼が今壊したのは、映画で使うようなスモーク発生装置だった。

「……何だこれは」

 見れば、苦無が投擲されてきた方向の柱には、バネで苦無を打ち出す、簡単な仕掛けが取り付けてあった。

「最初に霧の中で分身によりあなたを翻弄し、徐々に幻術と、苦無の自動投擲にすりかわっていったようですね」
「…………ッ」

 自分が子供だましのトリックに引っ掛けられた事を悟り、『毒竜』から一切の表情が消えて失せた。やがて、沈黙の底から、ごりごりと異様な音がする。それは、ごつい顎の奥で、『毒竜』の奥歯と犬歯が擦り合わされる音だった。

「コケにしてくれるな、『西風』よ!」

 視線を向けるトラックのコンテナの上。だがそこには。

「生憎と、『西風』は多忙らしくってな」

 先ほど真凛に向けられた二本のライトを背負って。

「もう一度ボク達がお相手するよ」


 おれ達が居た。

 
 
 仁サンに勝ち逃げされた事が、『毒竜』にして見れば余程プライドに応えたのだろう。マグマのような怒りの前に、既にその理性は、沸騰して気化する寸前だった。

「ガキどもが。いいだろう、毒にのたうちまわらせて悶死したお前達を切り刻み、奴への見せしめとしてやる……!!」
「あーおっかねえ。肉食獣でもカルシウムはきちんと摂ったほうが良いって言うぜ」

 おれはこの一年ですっかり仁サンから受け継いでしまった口調で、野郎を見やる。

 ――大した敵では、ない。

 おれが昼に奴を見た時に感じた焦燥感は、奴に対しての物ではない。奴に敗れた一年前の自分に対してのものだった。今のおれは、あの時より遥かに冷静で。

「頼りにしているぜ、我がアシスタント」
「りょーかい!!」

 それに、こんな奴もいるわけだし。

 空気が弾けた。コンテナを蹴るかすかな一音。カモシカのように躍動感溢れた跳躍で、真凛がライトの光の中から踊りかかった。毒が抜けたせいか、あるいは他に迷いを吹っ切ったからか。おれが知るどれよりもキレのある動きだった。

 そのまま、『毒竜』の真上の空間を獲る。空中で背筋と腹筋を爆発させて、縦に二回転。それによって得られた加速と全体重を踵に乗せて、

「っはぁぁぁあああっ!!」

 大木を撃ち割る稲妻を思わせる勢いで叩き下ろした。

「ぬうっ!!」

 たまらず両手を交差させガードする『毒竜』。だが、想像以上の衝撃に膝、腰が沈む。受け止めた両腕の筋肉が、ブチブチと嫌な音を立てるのをはっきりと聞いた。

「かっ!!」

 それでも迷わず反撃を選択出来るところはさすがにS級だった。クロスした両腕の奥から、致死性のブレスが吐き出される。しかしその攻撃は予測の範囲内。真凛はその時点で既に身を翻し、右足を『毒竜』に預けたまま、地面に両手をついていた。

 そのまま独楽のように身体を回転させ、軽やかに左足で『毒竜』の両足を刈る。完璧なタイミング。柔道教室に初めてやってきた子供のように、一本の棒となって『毒竜』は地面に這いつくばった。

「とどめっ!」
「そうは問屋が卸しません!」

 横合いからかけられた声と、柱に仕掛けられた残りの指向性地雷が真凛に向けて炸裂したのは同時だった。しかし今度は真凛は冷静だった。敵意を感知した瞬間に深追いせずに飛びのき、降り注ぐゴム弾のシャワーをやり過ごす。失敗したと悟って、次のボタンに手をかける『定点観測者』。

 そうは問屋も卸せないってね。

 脳裏の古ぼけた机から『鍵』を引きずり出す。微力ではあるが、この世界に定められたあらゆる法則を根源からクラックする『鍵』を手にし、おれはおれをバックヤードに放り込み、空いた容量を……俺が占有する。

「『この倉庫内で』『七瀬真凛に』『爆発は』『当たらない』」

 事象が捻じ曲げられる。それは、大河の流れを堰きとめ、無理矢理小川に引き込む行為にも似ていた。俺の定義した事象を実現するために、運命と言う名の大河は何とか現実と折り合いをつけようとし――結果、通常では有り得ない確率の『都合のいい幸運』が発生する。

 まさに爆薬が起動するその瞬間。『毒竜』が振るったカギヅメに切り裂かれ、荷重に耐え切れなかった鉄骨が、音を立てて大きくひしゃげた。それに巻き込まれた地雷は、みなあらぬ方向を向いて暴発した。真凛にはカスリ傷もない。

 『定点観測者』鯨井さんが目を細める。

「……亘理君ですか」
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