人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第5話:『六本木ストックホルダー』

◆08:凶蛇猛襲−2

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 ――カネのあるところには暴力がついてまわる。トミタ商事、および、トミタ商事が被害者から集めた金を投資した先には、暴力団の息がかかっているところが多かった。

 そういうところに単身乗り込んでいってカネを返せ、と申し立てたわけだから、露木弁護士にかかる圧力は相当なものだった事は想像に難くない。取り立ての際には随分と脅迫や妨害も受けたそうである。

 だが、暴力団にしてみれば仮にも相手は弁護士。下手な脅しや直接の暴力は、そのまま逆手に取られて警察の介入を招くおそれがある。結果、彼らが取った手段は、姑息と称しうるものだった。

 無言電話や差出人不明の脅迫状、明らかに悪意を持って流される風聞、過去のスキャンダル。人間、誰だって叩けば多少は埃が出る。結婚前につき合っていた異性や、親の仕事上の汚点などを探し出してきては、かなりあざとく近所に吹聴してまわるというような事もやってのけたらしい。

 それでも、正義と信念の人である露木弁護士は怯むことはなかった。……だが。家族はそうではなかった。夫を支えて露木夫人は随分と健闘したらしいが、連日の嫌がらせに疲れ果て、やがて睡眠障害を発症した。

 そして寝不足の状態で車を運転し……交通事故に遭い亡くなった。一人息子の恭一郎を、安全を期して学校まで迎えに行こうとしていた途中だったのだという。


 そして皮肉にも、この露木夫人の死こそが、世間の注目を集めることとなった。詐欺事件として終わったと思われていたトミタ事件の被害者達が今なお苦しんでいることを知らせるきっかけとなり、世論が味方につき、事件は決着へ向けて進み出したのだ。


 
 
「あの男は自身の名誉のために何もかもを切り捨てた。ならば名誉だけ背負って生きればいい」

 水池氏はまだ十分残っているタビドフを灰皿に押しつけ、それ以上おれ達に口を差し挟む余地を与えなかった。

「用件は他にはないな?露木甚一郎とやらが俺に会いたがっている。お前達はそれを俺に持ち込んだ。そして俺はそれを聞いて、無理だと断った。以上でこの件は終わりだ」

 時間は十分を経過していた。

「そういうわけにはいきません、露木氏は――」
「しつこいな。二度目はないと言っただろう」

 水池恭介氏は席を立ち、パンくずを払った。

「会食は終了だ。実りはなし。これ以上俺を拘束しようとするなら、業務妨害とみなす」

 その視線に応じて、シグマの二人がさりげなく居住まいを正す。それに応じて直樹もわずかにソファから腰を浮かし、たちまちのどかな昼食気分は社長室から吹き飛んでしまった。ここからは門宮さんも容赦なく警備としての務めを果たすだろう。

 水池氏の態度がこうまで強硬とは、正直誤算だった。おれは心の中で舌打ちする。『時の天秤は常に私達『シグマ』に味方する』。門宮さんの言葉が耳に痛い。おれ達を尻目に当の水池氏は社長室を出ようとしていた。強硬手段は下の下策だが……やむなしか。それとも。
 

 
 おれ達が行動を決めようとして顔をあげると。

 本当に偶然に、水池氏の足下にあるそれ・・が目に入った。
 
 
 直樹も、門宮さんも、そして水池氏も気づいていない。

 社長室には小さいながらもホームバーがあった。その流しの小さな蛇口から、何か透明なゼリーのようなものが流れだしている。それ・・は、高級な絨毯を横切り、その先端は水池氏の足下近くにまで届いていた。

 蛇口から実に数メートルにも渡り伸びる細長い透明なゼリー状の物体。あまりに透明だったので、光の加減が違っていたら気づかなかっただろう。高級ホームバーともなると、蛇口から水の代わりにジェルでも流すのだろうか?だが、どこかで見たような……。

 あまりにシュールな光景にしばし呆然と見守る。と、その先端が――蠢いた。

「水池さん、それ、」
「あん?」

 そこまで口に出した時、おれの脳裏でアラームとともに検索結果が表示され、唐突に全てを理解した。

「『絞める蛇キガンジャ・ニョカ』!!呪術師の使い魔だ!!」

 おれの絶叫と、絨毯に横たわっていた『絞める蛇』の鎌首が跳ね上がったのはまったくの同時だった。その勢い、まさに密林から躍り出る毒蛇のごとく。

 床から水池氏の首筋を目指し、『絞める蛇』の頭が一直線に空を奔る。一気に思考が加速する。――直樹、門宮さんは完全に反応が遅れた。おれの能力では――悠長に一言紡いでいる間に手遅れだ。どうする!?

 その時、横合いから走り込んだ『スケアクロウ』が水池氏をその巨体で突き飛ばした。おれと同じ方向を向いていたこいつも気づいていたようだ。ちょうど水池氏の首筋の位置に入れ替わった『スケアクロウ』の胸元に、『絞める蛇』がその毒牙を剥いた!

「Hh……ッ!!」

 くぐもった声が一つ。突き飛ばしたのではない。弾き飛ばしたのでもない。『絞める蛇』の突進は、『スケアクロウ』の鋼鉄の、いやそれ以上の強度を誇る装甲を埋め込んだ胸板を、杭のように貫いていた。
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