人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆03:幽霊の出る街-1

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 喫茶店『ケテル』は、おれ達が(仕方なく)出入りしているフレイムアップの事務所と同じビルに収まっている。『ケテル』が一階、事務所が二階という構成だ。

 観葉植物や壁紙でどうごまかしてみても殺風景な印象がぬぐえない事務所とは対照的に、『ケテル』の内装はとことん正統派のヨーロピアンスタイルである。

 適度に控えられた間接照明が漆喰とレンガの壁に映え、重厚だがいささか無骨な椅子と卓とを浮かび上がらせている。どちらも黒光りのするオーク材で、インテリアにこだわる人が見たら喜びそうな逸品だ。

 が、実はこれ、バルカン半島某国の資金源として密輸されかかっていたものが、紆余曲折を経て桜庭さんのもとに流れ着いたというイワクツキだったりする。

 この落ち着いた雰囲気に惹かれ、いつしか静けさを求める人々が集うようになった。今では賑やかな学生街の中にありながら、ある種の別世界を形成するまでになっている。

 おれもブンガク好きの女性の先輩と仲良くなるために、六人ほどご招待したことがあったりする。なお戦績は六敗だが気にしてはいけない。そして内装と並ぶもう一つの目玉が、マスター桜庭さんの提供する食事と珈琲なのである。
 
 
 たっぷりのマーガリンが塗られたきつね色のトースト。カリカリのベーコンと、対照的なふわふわのスクランブルエッグ、そして瑞々しいトマトとレタス。

 ありふれていながらどこにも死角のない朝食を、おれは女性陣の前でがっつかないよう注意しながら口に放り込んだ。一息ついて、真凛達の皿を洗っている桜庭さんに声をかける。

「いやしかし、相変わらずの腕前ですね」
「お誉めに預かり光栄ですな」

 日頃は朝食どころか昼食もろくに摂取しない生活を送っているおれだが、それは単に自分で作るのが面倒だからに過ぎず(決して食費が足りないからではない……と思いたい)、このように素晴らしい朝食を出されれば食べない理由はない。あっというまに平らげて、マグカップに注がれたカフェオレを胃に流し込んだ。

 糖分とカフェインが注入され、ようやく頭にエンジンがかかってくる。

「しっかしこういう基本の料理ほど、腕の差がはっきり出るんだよなあ。嫉妬しちゃうぜ」

 おれも食べるときはそれなりに自炊する人間である。一回桜庭さんの真似をしてこの手の朝食を作ってみたのだが、とても比べられるレベルの代物ではなかった。材料も同じ高田馬場の商店街で仕入れたものを使っているので、弁解の余地もない。

「やっぱり料理の加減もすべて計算通り、ってとこですかね?」
「残念ながら、それほど料理は底の浅いものではありません。計算だけではコーヒーの豆一粒さえ満足に挽けませんからな。要は練習です。毎日練習さえすれば、誰にでも出来る」

 そりゃまあそうなんですがね。毎日腹筋をすればお腹が引っ込むことは誰もが知っているはずなのに、なぜかお腹の出ている人は世の中にたくさんいるわけだし。と、なにやら心得顔をして真凛が言う。

「そうだよ陽司。やっぱり人間、毎日の練習が大事だって」

 ほほう。カップ焼きそばの湯切りに失敗して半泣きだったお子様がほざきよるわ。

「でも、前に亘理さんに作ってもらった朝ご飯はおいしかったですよ」

 そういやライブの合宿の時、メンバーの一人に頼まれてみんなの朝飯を作ったことがあったりしたなあ。

「フォローをありがとう涼子ちゃん。涙が出そうだ」
「え?朝ご飯?」
「っとと。もたもたしてるとチーフが来ちまうな。先に任務の概略だけ説明しちまおう。桜庭さん、ごちそうさまでした」

 桜庭さんが皿を下げている間に、おれは最近バージョンアップされて色々新機能がついた携帯通信端末『アル話ルド君』を懐から取り出し、タッチペンでデータを開いてゆく。

「あ、それじゃ私、そろそろ家に戻りますね」

 お仕事モードに入ったおれを察して、涼子ちゃんがトートバッグをかついで席を立つ。

「ありゃ、すまんね涼子ちゃん。気を使わせちまったかな」
「いいえ。亘理さん、お仕事頑張ってください。じゃあ凜、月曜にね」
「うん!今度はボクがマンガ持ってくよ!」

 元気よく手を振って扉を引き、涼子ちゃんは明け始めた街へと去っていった。その姿が通りの向こうに隠れるまで窓越しに見送った後、おれ達は改めて液晶画面の依頼内容に視線を落とす。

「えーと。うん。それで。ボクらはどこまで出張するのかな?」
「あん?妙に歯切れが悪いな。何か気がかりでもあるのか」
「別に」

 ならいいが。そう、おれ達が貴重な週末の朝早くに集合している理由は他でもない。今日の仕事先は少々遠いところにあり、これから街が動き出す前に現地入りしなければいけないのだった。

「埼玉県元城市。群馬県の境に位置する、国道17号沿いの街だよ」

 任務概要に記載された住所をタッチする。ネットの地図検索サイトと連動するようになったおかげで、すぐに衛星写真が表示された。

「ずいぶん山に近いんだね」
「というより、山の麓に街があるといった方が正しいみたいだな」

 西北にどんと腰を据えるなだらかな板東山。その東の端を切り開くように、JR高崎線と国道17号が南北に通っている。その二本の交通網に挟まれたエリアが発展し、つつましやかな繁華街を形成しているようだ。

 そしてその周りには豊かな田園が広がり、ところどころに牛舎や町工場が点在している。典型的な日本の地方都市と言えた。

 板東山の一部は切り開かれており、官庁の施設や民間の工場が誘致されているのが見て取れる。

「今日はここで仕事だな。美味くて安い名産品でもあればいいんだがね」
「のんびりしたところみたいだね。で、今日は猿退治をするのかな?それともまた自動車レースとか?」

 おれはとびきり意地の悪い笑みを作って言ってやった。

「真凛、お前幽霊って信じるか?」
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