人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆08:『粛清者』−1

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 つむぐべき言葉が見つからない。


 
 おれはしばらく逡巡したが、結局くだらない言葉しか思いつかなかった。

「……シドウ、あんた、日本人だったのか」

 目の前にいるのは、旧知の男だった。

 まだ、おれがフレイムアップに所属するよりもずっと前。中学高校とロクに通わず、狩りと称しては海外を放浪していた頃に、この男、『粛清者パニッシャー』シドウ・クロードとは知り合った。

 腐れ縁と言うべきか。複数の派遣会社を渡り歩き、その場限りの危険な仕事を請け負うこのはみ出し者の異能力者と、当時派遣会社に所属せず、独立して活動を続けていたおれは、自然と顔を合わせる機会が多かったのだ。

 一度だけ、同じ仕事を請け負い共闘したこともある。いかつい体格と彫りの深い顔立ち。そして流暢なフランス語を操ることから、てっきりフランス系だとばかり思っていたのだが。

 シドウは何もしゃべらない。無言のまま、巌のような沈黙でただおれを見据えている。重い沈黙を埋めるように、おれは空疎な言葉を吐き出し続けた。

「日本語で発音するなら”四堂蔵人”かな。まさかあんたとこんなところで再会するとは思わなかったぜ。こんな山奥でなんの仕事をしているんだ?まさか日本で『粛清者パニッシャー』稼業を続けているわけじゃないだろう。こんな山奥のドサ回りなんぞしているってことは、転職が上手くいかなかったのか?なんならもう少し真っ当な仕事を、昔の友人のよしみで――」
「――けがれた口を閉じろ塵殺者ジェノサイダー

 鉄槌で叩きつぶすように、奴はおれの言葉を遮る。その声は、まかり間違っても同僚や友人知人に向けるものではなかった。そこに含まれていたのは、明らかな敵意。いや。殺意だった。

「……おい、シドウ?」

 今。あいつは、おれの事を、何と呼んだ?

「貴様と最後に会ったのはマルセイユだったな」

 まさか、こいつ。

「その後に。俺も……貴様を追ってロンドンへ向かったのだ」

 シドウの言葉が、後頭部のあたりに氷水のようにじわじわと染みこんでくる。

「柄にもない。俺でも貴様達の戦いの力になれるかと思ったからだ。だがそこで俺が見たものは、」

 シドウは言葉を切った。脳裏から流れ出す光景に、必死に耐えるかのように。
 そうか。こいつは、あの『真紅の魔人』との戦いの一件を、見届けたのか。

「『召喚師』……否、塵殺者ジェノサイダー。人殺しのワタリ。あの場に居わせた者として、『粛清者』として。生きている貴様を見逃すわけにはいかない」
「待ってくれ、今のおれは――」

 おれの言葉を、奴はかぶりを振るだけで拒絶した。いかなる言い訳も切って捨てるという無言の、そして鉄壁の意思表示。

「貴様が都合良く忘れたふりをしようとも、貴様が老若男女問わずに皆殺しにした者達は、決して貴様を許しはしない。数多の犠牲の上に立つ貴様が生きながらえる程に、その罪は重くなるのだ」

 左足を半歩前に進め、半身の構えを取る。それだけで圧倒的なプレッシャーがおれに向けて吹きつけてくる。

「待て、待ってくれ。シドウ――」

 おれはなんとか舌を回転させようとして、だが出来なかった。

 弁明が、したかった。数え切れないほどの人々の命を瞬時に奪ってしまったその理由、そして、『俺』が、今の『おれ』になってしまったその理由を、こいつに言ってしまいたかった。だが。

「貴様が言い訳をすれば。貴様がり潰した命が帰ってくるのか?」
 
 
 
 ――そう。弁明の余地なんて、あるわけがない。
 
 
 
 ……おれは唇をひん曲げ、嘲弄をひらめかせる。

さえずるなよ『粛清者パニッシャー』」

 自分でも笑えるくらい冷たい声が出た。舌が滑らかに回り始める。一度ささやかな望みを諦めてしまえば、あとはいつものように振る舞うことが出来た。

「無口が身上のクセに、オマエ、何時から舌で戦うようになった?」

 両手をポケットに突っ込み胸を張り、上背のある相手を傲然と見下す態勢をとる。これは対等な者の戦いではなく、格上が格下に加える誅罰であるという、無言の宣告。

「まさか実力でに勝てないから口喧嘩、か?やれやれ、往年の『粛清者』も堕ちたものだな。人喰い虎もすっかり猫になってしまったらしい」

 おれは毒々しい侮蔑を吐きかける。かつて、敵に対していつもそうしていたように。
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