213 / 368
第6話:『北関東グレイヴディガー』
◆09:『派遣社員』VS『派遣社員』−3
しおりを挟む
清音にはこの霊の言っている言葉の意味がまったくわからなかった。というより、行動そのものが理解できない。錯乱して意味のわからない言葉を叫ぶ霊や、狂気に触れた霊と相対したことはある。だが、この霊には、むしろ冷静極まりない理性が感じられる。だからこそこの霊の言っていることが理解できなかった。
「でも。貴方の霊がここにこうして居るということ自体が、貴方の死亡を、」
”なぜそう言いきれるのかね”
「なぜって、それは、」
”幽霊、という存在は所詮、科学的にも、あるいは君の使うような特殊な能力においても、正式に証明された存在ではない。今ここにいる私は、その小田桐剛史とやらのただの残留思念かも知れない。あるいは、そうだな、君自身の意識が作り出した妄想かも知れない”
「そんなことはありません!」
自分の能力を妄想と否定されたのでは、巫女として清音の立つ瀬がない。だが反面、以前、土直神が言っていたことも思い出す。”もしかしたら、霊との会話は、実際は鏡のように、霊に話しかける形を取りながら自分の予知能力を発揮しているだけなのかも”と。
清音が戸惑ったのを感じてか、霊の気配がすこし和らいだ。
”……すまない。たしかにそうだな。君の能力は本物だ。私が言いたいのはね。死んだ人間の魂が幽霊になる、などという証明は、誰もしてみせたことはないということだよ”
「そ、それでは。小田桐さん、貴方は今、どこにいるのですか?」
”探してみるといい。意外と、近くにいるかも知れないぞ”
チューニングがずれた。ひとつ風を震わせると、小田桐剛史であるはずの見えない”霊”の気配は、急速にノイズ混じりのものになって溶けていった。
「小田桐さん?、小田桐さん!!」
しかし返事は、なかった。森の中に清音の声だけが虚しく響く。
「……いったいどうなっているんでしょう?」
よりにもよって最も肝心な、亡骸のある場所を教えてくれないということは、清音にとっては完全に想定外の事態である。
こういった仕事はすでに何度か請け負ったことがあるが、通常、不慮の死に遭った人の霊には、圧倒的な”孤独”の思念が焼きついている。彼らは例外なく、親しい人に今一度会いたいと思っている。そして、人の通らない事故現場ではなく、自らのかつて知ったる場所や、祖先の隣で眠りにつきたいと、そう望んでいるのだ。
だから彼らから「早く俺を見つけてくれ」と急かされることはあっても、「見つけたければ探してみろ」などと言われることは、まずありえない。
冷たく暗い土中に何ヶ月も、あるいは何十年も取り残される孤独は、想像すら及ばぬ苦痛だと思う。それを圧してまで、自分の遺体を見つけてほしくない理由があるとでもいうのか。はたまた――本当に、死んではいないのだろうか?
「小田桐さん、どういうことですか?事情があれば、私に話していただければ――」
とにかくもう一度、聞かなければ。そう思ったとき、不意に清音の意識に強いノイズが走った。
「……ぅあっ!!」
耳元でいきなりガラスを引っかく音を聞かされたような不快感。たまらず集中が途切れてしまった。異変を察知した土直神が、すぐに駆け寄ってくる。
「どうしたん!?清音ちゃん」
「……気が乱れています。この近くで、何か強く激しい感情が渦巻いて……」
清音が正座を解いて立ち上がる。それを契機としたのか、二つある気配のうち、自らを小田桐と名乗った方は、完全に存在感が消失した。立ち上がる際に、儀式を妨害されたフィードバックが一気に押し寄せてきて、軽くよろける。
「おいおいなんだあ?ハイキングの団体さんでも押し寄せて来たってかい」
舌打ちする土直神。清音の霊との会話――神下ろしは、風という形の定まらないものを媒介にして行われる。その利点として、死者がどこにいるかわからなくとも、あるいは亡骸や遺品などの直接の接点を持たなくても、だいたいの位置さえわかれば会話が可能になる。
その反面、近くに騒がしいもの……騒音や電子機器、あるいは誰かの強い感情といったものが近くにあると、途端にその効力が落ちてしまうのだった。だからこそ土直神達は沈黙を保っていたというのに。だが、清音はかぶりを振った。
「いえ……そんな生易しくありません。これ、近くで戦いが起こっているんじゃないでしょうか」
全員が顔を見合わせる。今回はあくまで調査だ。こんな山奥で突発的に戦闘が発生する事などありえないはずなのだが。
「もしかして、四堂さん?」
斜面の方角へ視線を転じる土直神。森の奥、土砂によって切り裂かれた一本道は昼なお暗く、まるで洞穴のようにぽっかりとその口を開いていた。
「でも。貴方の霊がここにこうして居るということ自体が、貴方の死亡を、」
”なぜそう言いきれるのかね”
「なぜって、それは、」
”幽霊、という存在は所詮、科学的にも、あるいは君の使うような特殊な能力においても、正式に証明された存在ではない。今ここにいる私は、その小田桐剛史とやらのただの残留思念かも知れない。あるいは、そうだな、君自身の意識が作り出した妄想かも知れない”
「そんなことはありません!」
自分の能力を妄想と否定されたのでは、巫女として清音の立つ瀬がない。だが反面、以前、土直神が言っていたことも思い出す。”もしかしたら、霊との会話は、実際は鏡のように、霊に話しかける形を取りながら自分の予知能力を発揮しているだけなのかも”と。
清音が戸惑ったのを感じてか、霊の気配がすこし和らいだ。
”……すまない。たしかにそうだな。君の能力は本物だ。私が言いたいのはね。死んだ人間の魂が幽霊になる、などという証明は、誰もしてみせたことはないということだよ”
「そ、それでは。小田桐さん、貴方は今、どこにいるのですか?」
”探してみるといい。意外と、近くにいるかも知れないぞ”
チューニングがずれた。ひとつ風を震わせると、小田桐剛史であるはずの見えない”霊”の気配は、急速にノイズ混じりのものになって溶けていった。
「小田桐さん?、小田桐さん!!」
しかし返事は、なかった。森の中に清音の声だけが虚しく響く。
「……いったいどうなっているんでしょう?」
よりにもよって最も肝心な、亡骸のある場所を教えてくれないということは、清音にとっては完全に想定外の事態である。
こういった仕事はすでに何度か請け負ったことがあるが、通常、不慮の死に遭った人の霊には、圧倒的な”孤独”の思念が焼きついている。彼らは例外なく、親しい人に今一度会いたいと思っている。そして、人の通らない事故現場ではなく、自らのかつて知ったる場所や、祖先の隣で眠りにつきたいと、そう望んでいるのだ。
だから彼らから「早く俺を見つけてくれ」と急かされることはあっても、「見つけたければ探してみろ」などと言われることは、まずありえない。
冷たく暗い土中に何ヶ月も、あるいは何十年も取り残される孤独は、想像すら及ばぬ苦痛だと思う。それを圧してまで、自分の遺体を見つけてほしくない理由があるとでもいうのか。はたまた――本当に、死んではいないのだろうか?
「小田桐さん、どういうことですか?事情があれば、私に話していただければ――」
とにかくもう一度、聞かなければ。そう思ったとき、不意に清音の意識に強いノイズが走った。
「……ぅあっ!!」
耳元でいきなりガラスを引っかく音を聞かされたような不快感。たまらず集中が途切れてしまった。異変を察知した土直神が、すぐに駆け寄ってくる。
「どうしたん!?清音ちゃん」
「……気が乱れています。この近くで、何か強く激しい感情が渦巻いて……」
清音が正座を解いて立ち上がる。それを契機としたのか、二つある気配のうち、自らを小田桐と名乗った方は、完全に存在感が消失した。立ち上がる際に、儀式を妨害されたフィードバックが一気に押し寄せてきて、軽くよろける。
「おいおいなんだあ?ハイキングの団体さんでも押し寄せて来たってかい」
舌打ちする土直神。清音の霊との会話――神下ろしは、風という形の定まらないものを媒介にして行われる。その利点として、死者がどこにいるかわからなくとも、あるいは亡骸や遺品などの直接の接点を持たなくても、だいたいの位置さえわかれば会話が可能になる。
その反面、近くに騒がしいもの……騒音や電子機器、あるいは誰かの強い感情といったものが近くにあると、途端にその効力が落ちてしまうのだった。だからこそ土直神達は沈黙を保っていたというのに。だが、清音はかぶりを振った。
「いえ……そんな生易しくありません。これ、近くで戦いが起こっているんじゃないでしょうか」
全員が顔を見合わせる。今回はあくまで調査だ。こんな山奥で突発的に戦闘が発生する事などありえないはずなのだが。
「もしかして、四堂さん?」
斜面の方角へ視線を転じる土直神。森の奥、土砂によって切り裂かれた一本道は昼なお暗く、まるで洞穴のようにぽっかりとその口を開いていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
負けヒロインに花束を!
遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。
葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。
その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる