人災派遣のフレイムアップ

紫電改

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第6話:『北関東グレイヴディガー』

◆12:ブレイク&リコール(サイドA)−2

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「………………悪夢にしちゃぁチープだよな」

 ごうんごうんと鳴動するマッサージチェアにうずもれて、おれは胃の中のモノを全部吐き出してしまいたい気分で覚醒した。

 広い部屋に高い天井、明るい照明に陽気な有線放送。周囲ではテーブルを囲んで、運動を終えた中高年のおばさま方が談笑しているそばを、子供達がはしゃぎながら走り抜けていく。平日のスポーツクラブにおける、典型的な午後の平和なひとときだった。

 
 おれが今いるのは、元城町の国道17号沿いにある、スーパー銭湯兼スポーツクラブといった感じの施設である。板東山の山中で『浄めの渦』メイルシュトロームなる兄ちゃんの罠にまんまと引っかかって濁流に呑まれたおれ達は、川下に流れ着いてくたばっていたところを、車を回収して追いついてきたチーフに発見されたのだった。

 たぶん、手加減されたのだと思う。あのシチュエーションなら、泥だけでなく、流木や岩塊とともにおれ達を押し流すことが出来たはずだ。洪水の威力は恐ろしい。身動きできない水の中、流れに乗った高速の岩や木にもみくちゃにされたら、今頃挽肉になって板東側を漂っていたに違いないのだ。

 で、泥まみれの体では街に戻ることも出来ず。そのままこのスーパー銭湯で汚れを落とすことになったのだった。それにしても、こういった街では、本当に国道沿いに車を三十分も流せばどんな店でも見つかるもんである。

 都内の街が駅の中心に行くに発展しているのとは対照的だ。ここらへんが電車中心と、車中心のライフスタイルの差なんだろうなあ、と今更な事実に気づいてみたりもする。

 下着はここで新しいのを買って取り替え。上着とズボンだけは備え付けのコインランドリーに放り込んだが、ボロボロだし東京に戻ったら処分しなけりゃならないだろう。くそ、あのジャケットは結構奮発して買ったのに。

 女湯に向かう真凛と、もともと汚れていないチーフと別れて銭湯に入って三十分。たっぷり暖まったことだし、真凛が来るまでマッサージでもするか、と浴衣姿でロビーのマッサージチェアにコインを投入したのが、たしか十分前だった。これだけリラックスした癒し空間、さぞ良い夢が見られるだろうと思いきや。

「今さらあんなモン観るとはな」

 まだ動き続けているマッサージチェアから上半身を引きはがすと、自嘲が口を衝いた。原因は探るまでもない。『粛清者』シドウ・クロード。まさかまた遭遇するとは、おれのリアルラックもよっぽどワースト記録に挑戦したいらしい。

 ……苦いものが胸のあたりにわだかまっている。奴に殺されそうになったことは、別にいい。理は向こうにありすぎるほどだ。いずれ誰かに首をくれてやらにゃならんとしたら、奴にやってもまあいいかな、とも思う。それはいいとして問題は。

「お待たせ」

 振り向くと、同じようにさっぱりした様子の真凛が立っていた。おれと違って、泥まみれの服はもう上着もなにもすべて諦めたのだろう。このスポーツクラブのロゴが入ったTシャツに、同じくロゴ入りジャケットとパンツという出で立ちだった。

「湯加減はどうだった?」
「良かった」
「そっか」

 おれはマッサージチェアから移動して空いているテーブルを占拠した。向かい合わせに真凛が座る。

「ああそうそう。チーフは車ン中に居るぜ。なんでも、海外から入り込んできた相当危険なエージェントの行方が一週間ほど前から掴めなくなってたらしいんでな。あぶり出すために、他の派遣会社のエースやチーフと情報交換してるらしい」
「……そうなんだ」

 すぐ近くにあった冷蔵庫みたいな自販機に百円玉を投入すると、ビン入りのコーヒー牛乳がひとつ落ちてきた。

「コーヒー牛乳くらいならおごるぞ。飲むか?」

 おれ的に出血大サービスな提案だったのだが。

「いらない」
「じゃあフルーツ牛乳か?」

 首を横に振る真凛。手持ちの雑談のネタを使い切ってしまうと話の接ぎ穂がなくなり、おれ達は一分ばかり間抜けな時間を消費した。やがて真凛がこちらに顔を向けると、意を決したように、だがおずおずと話しかける。

「あの、陽司――」
「『ひとごろし』、の事だろ」
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